219話「特訓はお手柔らかに」
ナーテさんが発って数日後、彼女は”出来る秘書”な感じのギルド職員を連れて戻ってきた。
今はヘルミルダさんの屋敷にある応接室で、そのギルド職員の女性と膝をつき合わせている。
「――というわけで死魔の王は倒しましたが、眷属の方は正確な数が分からないので何とも言えません。もちろん目についた分は倒してますけど。」
「親玉が消滅したのはオレも確認した。間違いない。」
経緯の説明を終えてヘルフが俺の肯定すると、ギルド職員がゆっくりと頷いた。
「お話は分かりました。ヘルミルダ様の言もありますし、その紅いギルド証・・・・・・信用させていただきます。ただ、念のため後日に他の冒険者を確認に行かせることになるとは思いますが。」
「まぁ・・・・・・当然ですね。」
俺は深いため息を吐いた。
まさか死魔の王が憑りついていた魔鉱石が討伐の証明にできるなんて知るはずもないじゃないか。あの時はヘロヘロになってたせいで魔鉱石のことなんてすっかり忘れてたからなぁ・・・・・・。あれよあれよと外に運び出されちゃったし。
その確認作業も俺が行って、あの魔鉱石の山を全部回収してきたいくらいだ。
「眷属も残ってるかもしれないので、できれば定期的に巡回なんかしてほしいところですけど。獣人の方ばかりに負担をかけるわけにもいきませんし。」
「それはそうなのですが・・・・・・少し難しいですね。」
「ま、ですよねー。」
冒険者にだって生活はあるからね。儲けになるかも分からない仕事はやらないだろう。
村かギルドが報酬を出すにしても・・・・・・まぁ、無い袖を振ったところで何も出ないのである。
「我らは構わない。我らの郷を守るためでもある。」
「そう言って下さると有難いです。それで、貴女方の報酬の話なのですが・・・・・・今回の件を報告しに王城へ出向いたギルド長が戻ってから、ということでよろしいでしょうか?」
「構いませんけど、何でまた王サマに? そんな義務あるんですか?」
冒険者ギルドはどの国にも属さない組織なので、わざわざ王様にお伺いを立てるようなことはしないはずだ。というか、そんなことしてたらいちいち時間が掛かってしょうがない。
「今回は異常事態でしたので、国とも情報を共有しています。」
言われてみれば確かにそうか・・・・・・百年かそこらぶりの魔物だって話だしな。
死魔の王に関する情報も、ギルドに残っていた古い文献を探してようやく見つけたらしい。・・・・・・そんなのよく残ってたな。
昔は腕利きの魔法使いを百名単位で集めて浄化していたそうだ。それでも一割から三割程度が魔力切れで犠牲になっていたという。
もっと早くその情報が知りたかったよ。横着してギルドに行かなかったのは自分だから自業自得なんだけれども。
国と情報共有したという話は正解だろう。下手したら国が滅ぶ大災害になるわけだし。
でも先頭に立って討伐軍を率いるような武闘派の王様じゃなかったのは運が良かった。
最悪、討伐しに向かった軍隊が丸ごと眷属にされました、なんて話になっていた可能性もある。そんな状況になっていたら、もっと苦戦していただろう。
「それで、ギルド長はいつ頃戻ってくるんですか?」
「一ヶ月以内には戻られるかと思います。申し訳ないのですが、ヘルミルダ様には――」
ギルド職員が申し訳なさげにヘルミルダの方へ目線を向けると、彼女はその視線に静かな笑みを作って応える。
「えぇ、大丈夫よ。彼女たちはしっかりおもてなしするわ。ようやくゆっくり出来るようになったものね。」
一ヶ月以内か・・・・・・。何も無ければ二週間から三週間ってところかな。
ここまで旅しっぱなしだったし、少し長めの休暇だと思えばまぁ――
「ふむ、一ヶ月か・・・・・・ならば、その間は約束通りオレがお前たちを鍛えよう。」
ソウデシタ。そういや修行とかそんな話してましたね・・・・・・。
早く帰ってきてくれーー! ギルド長ーー!!
*****
村での暮らしが三週目に突入したころ、ようやくギルド職員がギルド長を連れて村を訪れた。
ヘルフによる修行を中断し、ボロボロの身体を引き摺って席に着く。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫デス・・・・・・はじめましょうか。」
部屋には土を落とし終えたヘルフたちも集まっている。
一番に口を開いたのはギルド長だった。
髪には白いものも混じっており、肉付きの良い・・・・・・というか肥えた身体をしている。
現役を退いてから時間が経っているとはいえ、本当に元冒険者かと疑いたくなるほどだ。
「さて、君達が死魔の王を倒した冒険者か? ウチの者から紅いギルド証を持っていると聞いたが・・・・・・。」
「これですか?」
胸元からギルド証を取り出して見せると、ギルド長が食い入るように目を細めてジッと見つめる。
「何か問題がありますか?」
「いや・・・・・・確かに本物のようだ。すまないね、冒険者ギルドの規定にはその色の証を持つ冒険者には最大限の便宜を図るようにと記されているが、今まで見たことが無かったものだからね。」
未だに離れない視線に居心地が悪いものを感じ、ギルド証をサッと服の中へ戻して話を促す。
「えっと・・・・・・それで、報酬はどうなるんでしょう?」
「その報酬の話なんだがね・・・・・・。国王様が直々に話を伺いたいそうだ。報酬もその時に渡す、と。」
ん・・・・・・? 王様から貰う? ギルドからではなく?
冒険者ギルドは設置した国から援助金をせしめて・・・・・・ではなく、寄付を受け取って運営費に充ててはいるものの、財布は完全に別。
なので報酬はギルドから受け取るのが本来の形である。
眉をひそめていると、ギルド長が取り繕うような笑みを浮かべた。
「国を救った英雄に直接礼を言いたいと仰せなのだ。今後のギルドのためにも行ってくれぬか?」
確かに、ここで断ってギルドと国の間に軋轢でも生じれば、困るのはこの国で活動する冒険者たちだ。俺だけが困るならこの国に来なければ良いだけなんだけど。
それに、リーフもこの国の人間である。無用な揉め事は極力避けておきたい。
「・・・・・・分かりました。」
「ギルド長、彼女らもお疲れのようですし、街の方へは明日来て頂くのは如何でしょう? 私がこちらへ残って、明日にお連れします。」
「そうだな、では私は先に失礼させてもらうとしよう。」
そう言って、ギルド長はそそくさと席を立ち、部屋を後にした。会話の最中もチラチラとヘルフやサーニャの方を窺っていたので、獣人が嫌いなタイプの人間なのだろう。
ギルド長の屋敷の中から気配が無くなると、職員の女性がホッと胸を撫で下ろして「申し訳ありません。」とヘルフの方へ向かって頭を下げた。
「いや、気にするな。それに、ここのニンゲン達には良くして貰っている。」
「有難うございます。」
「えっと・・・・・・明日は街の方へ行くんですか?」
「はい、王からの迎えの馬車が来ておりますので・・・・・・。」
「それ、早く行かなくて良いんですか?」
「準備の時間は頂いているので、一日二日なら問題ありません。」
「分かりました。明日に発てるよう今から準備しておきます。皆もそれで良い?」
「えぇ、分かったわ。」
リーフが代表して頷いた。
「えっと・・・・・・残りたいならリーフは――」
「何言ってるのよ。貴女たちだけにしたら何をしでかすか分からないじゃない。一緒に行くわ。」
その言葉を聞いて、フィーが「リーフお姉ちゃん!」と抱きついた。まだ一緒にいられることが分かって嬉しかったようだ。
「というわけでヘルフさん。明日からの長旅に備えての休養と準備で鍛錬の方はお終いに・・・・・・。」
「・・・・・・そうだな。まだ心許ないが致し方あるまい。」
こうして地獄の特訓編は幕を閉じたのだった。




