217話「引き抜き」
魔力の弾丸を華麗に回避した眷属の濁った瞳が俺の姿を捉える。表情は無いはずだが、ニヤリと口角を上げたような気がした。
「引き付けて触手でやるしかないか・・・・・・気は進まないけど。」
臭いし、潰せば中身が飛び散るしで出来る限り近づけさせたくはなかったのだが。
あんまり無茶して噛まれでもしたら最悪だ。別に噛まれたからゾンビになるとかではないし、怪我も魔法で治療できるが、一番重要なのは気分の問題である。
意を決して触手を構えると、通路の奥から咆哮とともにヘルフが飛び出してきた。
「ウオォォォォ!!!」
振り上げた斧が眷属の頭部を打ち砕いた。と、同時に中身が盛大にまき散らされた。
咄嗟に手で顔を覆ったので何とか無事だった。顔だけは。
いや、魔法で綺麗にすれば良いだけなんだけどね・・・・・・。死魔の王の精神攻撃よりキツい。
「アリューシャ、無事か!」
「えぇ・・・・・・まぁ・・・・・・。」
ヘルフの言葉によると、死魔の王の気配が消えたため急いでこちらへ戻ってきたらしい。
身体に付着した汚れを綺麗にしていると、他の皆も遅れて部屋になだれ込むように入ってきた。
地面にへたり込んでいる俺の姿を見つけたリーフが悲鳴のような声を上げる。
「どうしたのよ、アリス!?」
「ちょっと魔力を使い過ぎただけだよ。怪我とかはしてないから大丈夫。」
「”だけ”って・・・・・・貴女ねぇ!」
リーフがひょいと俺を抱き上げると、サーニャの背に押し付ける。
「サーニャ、アリスをお願いね。」
「わかったにゃ!」
「いや、別にだいじょう――」
「おだまりなさい!」
ぐにぐにと頬を引っ張られる。
「いひゃいれす。」
「だったら少し休んでなさい、良いわね?」
「わはりまひた。」
「よろしい。」
リーフは俺の頬を解放すると、ほぅと一つ息を吐いて再び口を開く。
「それで・・・・・・死魔の王はどうなったの?」
「”倒した”というより”浄化した”って言った方が正しいかな? とにかく、終わったよ。」
「そう・・・・・・ありがとう、アリス。」
ほぅ、とリーフの頬から緊張が解けた。村のことを想ってずっと気を張っていたのだろう。
それから二言三言の会話をし、まずは外に出ようという話に落ち着いた。
サーニャの背におぶさりながら、来た道を戻っていく。
「アナスカさん、怪我をした人たちをどこかに集めておいてもらえますか? 戻ったらすぐに治療をはじめますので。」
「いや、しかし・・・・・・良いのか? かなり魔力を使ったと聞いたが?」
「いつもと違う魔力の使い方をしてちょっと疲れただけで魔力は余ってますから、治癒魔法を使うくらいなら問題ありませんよ。」
「そ、そういうものなのか・・・・・・?」
「私は他の人より魔力が多いので。人間が皆そうであるわけじゃないです。」
「皆が貴女くらいの魔力があれば苦労しないわ。」
「あはは・・・・・・。」
「フッ・・・・・・そうだな。ではヘルフ。オレは先に戻って怪我人をまとめておく。」
「あぁ、彼女らの事は任せておけ。」
戻っていくアナスカを見送り、俺たちはゆっくり歩きだす。先頭を行くヘルフが背負われている俺のことを気にかけてくれているのだろう。
坑道内の敵は殆ど片付いたようで、戦闘の音も聞こえてこなくなった。
しばらくは言葉もなく歩を進めていたが、ヘルフがおもむろにこちらへ振り返って口を開いた。
「同胞よ・・・・・・名をサーニャと言ったか?」
「・・・・・・何にゃ?」
「その眼が問題無いのであれば・・・・・・我らの所に来ぬか? お前は筋が良い、鍛えれば戦士としてやっていけるだろう。」
彼の言葉に、心臓がドキリと反応する。
今まで一緒に暮らしてきたとはいえ、サーニャは獣人。このままずっと一緒に暮らしていっても良いのだろうか。
サーニャの瞳が色違いだからと集落を追い出されたことが発端ではあるが、彼らが問題にしないのであればサーニャは彼らと共に行った方が幸せなのでは?
「行かないにゃ。」
俺がサーニャの背で悶々としている間に、彼女はキッパリ言い放った。
「これからもニンゲンの世界で暮らしていくつもりか?」
「あちしは獣人もニンゲンもスキじゃないにゃ。けど、あるー達はスキだにゃ。だから、あるー達といっしょに行くにゃ。」
「サーニャ・・・・・・良いの? この機会を逃したら・・・・・・。」
サーニャの言葉は正直嬉しい。俺だって別れたくはない。
しかし、故郷へ戻れるわけではないとはいえ、この機を逃せば獣人たちのコミュニティへ混ざることの出来るチャンスはもう来ないかもしれない。今回だってかなりのイレギュラーなのだ。
今後、普通に獣人たちの元へ訪れたとしても、色違いの瞳のサーニャでは受け入れられない可能性の方が高い。
「いいにゃ。それにあちしは、あるーにゴハンをいっぱいもらったのにゃ。」
それは胸を張って言うことじゃない気がするが。とりあえず落ちそうなのでもうちょっと大人しくしてほしい。
「なるほど、そうか。オレの失言だった。お前は獣人の誇りを失っていないようだ。」
「え、いや、そんなことを気にしてるんなら別にいいんだよ?」
外に出た時はサーニャも狩りで取ってきてくれたりするし、ギルドの仕事だって手伝ってもらっている。むしろお釣りを払った方がいいくらいだ。
「小さいニンゲンのアリューシャ。それはお前の問題ではないのだ。」
「は、はぁ・・・・・・。」
サーニャまで力強くウンウンと頷いている。
え、何この俺だけ分かってないみたいな空気。
「しかし、だ。我らの盟友を任せるにはお前は弱すぎる。」
いや、今のサーニャでも俺には十分過ぎるほど強いんですが・・・・・・。
確かに彼らに比べればサーニャの実力は劣っている。彼らは獣人同士でバチバチやり合って鍛えられるが、サーニャはそうもいかない。相手になるのは俺たちしかいないし。
というかそんな環境が用意出来れば苦労しない。
「そこで、だ。オレが直々に手ほどきしてやろう。時間はあるのだろう?」
「えっと・・・・・・時間はありますけど、良いんですか?」
急ぐ旅ではないし、目的地はあっても予定はない。一~二ヶ月程度なら時間をとっても構わないだろう。
それはこちらの都合でどうにでもなる問題だが、彼らの都合はどうなのだろうか。そこまで人間と深く関わっても大丈夫なのか?
「構わない。”同胞”が弱いというのは我らの名折れでもある。」
「それは私も参加して構わないだろうか?」
”修行”の匂いを嗅ぎとったヒノカが会話に割り込んでくる。
「ニンゲンのヒノカだったか。お前達には返しきれない恩がある。長も快諾するだろう。ニンゲンにしては見所もある。アリューシャも今から鍛えていけば身を守れるくらいにはなるだろう。」
ヘルフというか獣人たちの強さに対する評価はかなり厳しいようだ。そりゃあ彼らからしたら俺たちなんて赤子同然なんだろうけども。
って、ちょっと待て。なんか俺まで修行させられる流れになってない・・・・・・?




