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208話「リーフの先生」

 登山を再開した俺たちは空が茜に染まり始めた頃、ようやく村の入口に辿り着いた。

 ただ、村の様子がリーフに聞いていたものとは若干異なる。


 村の入口には木で作られた小さな門が設けられており、側には物見台も設置されている。

 村を囲んでいる柵もずいぶん補強されているようだ。

 ”長閑な田舎”とは言い難い、物々しい雰囲気である。


 そして第一村人発見。


「ヘルゲおじさん!」


 リーフが困惑顔のままで門番をしている初老に差し掛かった村人に駆け寄った。


「もしかして、リーフちゃんかい!? いやぁ久しぶりだねぇ。そっちの子たちは友達かい?」

「う、うん・・・・・・学院でできた・・・・・・友達。そ、それより村はどうなってるの、おじさん!」


「あ~、詳しいことはヘルミルダ様に聞くといい。ほれ、通りな。」


 人自体は長閑なままのようで、あっさりと門を通してくれた。

 まぁ、リーフが居ることが大きいんだろうけど。

 中に居た村の人たちも最初はこちらをチラチラと窺っていたが、リーフの顔を見つけると笑顔で寄ってくる。


 村の中はリーフから聞いていた通りの田園風景が広がっていた。

 畑では主にこの場所でしか作れない果物を育てて出荷しており、近辺の街では人気の定番商品であるようだ。

 しかし収穫の時期ではなかったため食べることが出来なかったのが残念である。


 他の作物も育てているようだが、それらは村内で消費するためのもので、ここでの生活は基本自給自足。

 田舎はどこもそうだろうけど。


「それで、リーフの家はどこなの?」

「えっと・・・・・・さ、先にヘルミルダ様の所へ寄って行きましょう! それよりも村がどうなっているのか知りたいもの。」


「いいけど、家の方はいいの?」

「少し遠回りになるだけだから構わないわ。うん。」


 ・・・・・・何だろう。帰りたくないのかな?

 ただそこまで忌避している感じではないけど、気乗りはしない感じだ。

 照れているのだろうか。


「分かったよ。ヘルミルダ様っていうのは村長さん?」

「いいえ、違うわ。指導者というか・・・・・・相談役のような方ね。私に勉強を教えてくれた人でもあるわ。」


 ヘルミルダと呼ばれる人は高齢の貴族であるらしい。

 隠遁生活を送るためこの村に身を寄せているという話だ。老後は田舎でのんびりと、ということだろう。

 貴族であるため教育はきっちりと受けているので、リーフの言う相談役みたいなこともやっているのだという。


「見えてきたわ。あのお屋敷がそうよ。」


 リーフが指した先には、大きな屋敷が建っている。

 街で見かける貴族の屋敷に比べれば規模は劣るが、流石は貴族様といったところか。

 侍従を使うにしても隠居生活には少々大き過ぎる印象。


 呼び鈴を鳴らすと侍女が出迎えてくれ、屋敷内へと通してくれた。

 屋敷内の調度品は高級なものではなくとも上品さを感じさせるものだ。

 飾られている家族の肖像画は若かりし頃のものだろうか。

 通された客間で侍女の淹れたお茶の香りを楽しんでいると、質素なドレスに身を包んだ高齢の貴婦人が侍女を伴って現れた。


「ヘルミルダ様、お久しぶりです。」

「あらあらあら、随分と素敵な淑女になったわねリーフちゃん。けれど以前にも増して固くなっちゃったのは気のせいかしら? ”おばあさま”と呼んでもらえる日がまた遠のいた気がするわ。いっそのこと孫と結婚してもらおうかしら。」


「な、何を言ってるんですかヘルミルダ様!?」

「ふふふ、”半分は”冗談よ。可愛い教え子の人生を勝手に決める訳にはいかないものね。」


「じょ、冗談でもやめてください!」

「つれないわねぇ・・・・・・それで、リーフちゃん。そちらの子たちは・・・・・・あら、失礼致しました、ヘルミルダ・ノルダールと申しますわ。」


 ヘルミルダさんがフラムの姿を目に留めると、優雅に淑女の礼をとる。

 フラムもそれに応じて席を立ち、礼をとって同じように名乗った。

 その様子を眺めていると、リーフに足をコツコツと蹴られる。


「ちょっと、貴女はやらなくていいの?」


 あ、そうだった。

 慌てて立ち上がり、見よう見まねで礼をして名を名乗った。

 慣れないなぁ、これ。


 それにしてもフラムがよく貴族だって分かったな。

 ヘルミルダさんのように綺麗なドレスでも着ているならともかく、今は長旅になるからと冒険者スタイル。汚い恰好というわけではないが、貴族に見えることはないはずだ。

 「お茶を嗜む所作を見れば分かるわ。」とはヘルミルダさん談。


「そういえばリーフちゃん、お家には帰ったの?」

「いえ、まだです。その、村に何があったのか気になって・・・・・・。」


 リーフの言葉を受けてヘルミルダさんがチラリと侍女の方を見やると、侍女は音も無く部屋を後にした。


「確かに随分様変わりしてしまったものね。驚いたでしょう?」

「はい。一体何があったのですか?」


「そうね、あれは二年ほど前だったかしら――」


 ヘルミルダさんの話によると、一昨年の春、雪解け水の量が例年より多く、山の一部が崩れてしまったらしい。

 村から離れた場所であったため被害は無かったのだが、その時期を境にとある魔物が現れるようになったという。


「”死魔”・・・・・・ですか。」

「えぇ、冒険者ギルドの方はそう仰っておられましたわ。」


 ”死魔”とは、その名の通り”死んだ魔物”・・・・・・分かりやすく言うならゾンビやらスケルトンやら、アンデッドモンスターの類である。

 それらに類する魔物は総じて死魔と呼称されており、呼び分けるにしても人型の死魔とか獣型の死魔というような呼び方になっている。

 かつて戦火が激しかった頃は闊歩していたそうだが、殆どが一掃され現在では姿を見ることは極めて稀である。


「そのギルドは一体どうしてるんです? 村には冒険者は居ないようでしたが。」

「お恥ずかしい話ですけれど、冒険者を雇う余裕がありませんのよ。」


 ヘルミルダさんがため息交じりに話し始めた。

 当初は冒険者を雇って対応していたそうだが、山奥なうえに長期間ともなればその費用は村にとってはかなりの痛手となる。

 ヘルミルダさんも貴族とはいえ隠居した身であるため、自由にできる資金は多くない。

 幸いなことに現れる死魔は、力は強いが動きは遅く、知能も無いため村人でも数人がかりで行えば対処が可能で、狩りに慣れている子供でも退治できたそうだ。

 数もたまにふらりと森から彷徨い出てくる程度で、群れで現れることもない。

 となれば、わざわざ冒険者を頼る必要も無いというわけだ。


 ただ、”死魔が現れた”ということ自体が問題である。

 死魔にはまず、”親玉”が発生する。便宜的に死の王とか死魔の王とか呼ばれる個体で、そいつが眷属となる死魔を生み出すのだ。

 つまり、真の解決のためにはその親玉を倒さなければならない。


 親玉が倒された後なら残った眷属を片付けるだけで済む話なのだが、何度か親玉の討伐を試みた冒険者たちは失敗したらしい。

 でも敗けたわけではなく、戦う以前に発見できなかったのである。


「死魔の王はおそらく、かつての廃坑を棲み処にしているのだと思いますわ。」


 かなりの昔。それこそまだ戦争が盛んだった頃、鉱山の町として栄えた場所があったらしい。

 しかし、落盤事故により大量の死者が発生し、それらの死体を苗床に死魔の王が生まれたという。

 そしてその場に残っていた死体を使って眷属を生み出し、炭鉱夫を次々と襲って更に眷属を増やしていったのだ。

 対処に困った当時の人達は死魔に溢れた坑道を崩して封印し、廃坑にしたのだそう。

 話を聞く限り、親玉は人型である可能性が高そうだ。


「でも、場所が分かってるなら見つからないってことはないと思うんですけど。」

「えぇ、冒険者の方々も町の跡を見つけて鉱山の入口も見つけたようなのですけれど・・・・・・封じられたままだったそうです。」


「なるほど、つまり――」


 おそらく山が崩れたことにより坑道の一部が露出してしまい、そこから死魔が出てきているのだろう。

 流石に手練れの冒険者でも、森の深い山奥でそんな場所を探し当てるのは困難である。


 それでもヘルミルダさんはいくつか方法は考えていたらしい。


 一つ、坑道が露出した部分を探す。

 冒険者たちが断念した方法である。ただ、狩りに出る村人についでに探してもらうことは可能だ。

 今でも継続はしているらしいが、狩場から大きく離れるわけにもいかないので成果は上がっていない。


 一つ、封じられた鉱山の入口を魔法で爆破するなりして開ける。

 魔法で爆破すればその衝撃で崩落が起きる可能性があるため却下。

 掘り起こすのであれば、それなりの人手と資金が必要である。そもそもお金が無いのだから無理だ。


 一つ、死魔の王が外に出てくるまで待つ。

 結局、お金も人手もかからない方法と言えば”待つ”くらいだ。

 ヘルミルダさんもそう判断したのだろう。親玉が現れればギルドに要請すれば良い。

 死魔の王の討伐ともなればギルドで緊急の依頼となるだろう。報酬もギルドから出るはずなので村の懐は痛まない。

 しかし問題は討伐隊が組まれるまで時間が掛かるということである。


「それで村の防衛力を強化ですか。」

「えぇ、私が言い始めたことではないのですけれど、柵の補修ついでにと村の方々が率先して動いて下さりました。少し張り切り過ぎたようですけれど、ふふ。」


 ついでにしては随分しっかり作ってあったからなぁ。まるで砦のようだった。補修の範囲じゃ収まらないだろう。

 まぁでも自分たちの命を守るため、というのなら力が入るのも分かる。


「今の村の状況はこんなところよ、リーフちゃん。」

「・・・・・・あ、あの、ヘルミルダ様――」


 ――コンコン。


 リーフの言葉を遮るようにノックの音が響いた。

 扉の向こうから先程席を外した侍女の声が聞こえてくる。


「ヘルミルダ様、お連れ致しました。」

「そう、入って頂いて。」


 ヘルミルダさんはすぐに言葉を返し、部屋の外に居る人物を招き入れた。

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