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199話「脱出ゲーム?」

 迷宮に潜り始めて二十日ほど経過した。

 ゴブリンたちと別れてから迷宮をいくつか踏破し、今回の迷宮攻略も折り返し地点を過ぎている。

 そして新たな迷宮に足を踏み入れたところだ。

 新しい場所は狭かったらしく、先に門に入っていたフラムの背にぶつかりそうになる。


「また妙なところに出たわね・・・・・・。でも、清潔な場所みたいね。」

「だが随分狭いな、この部屋。壁は・・・・・・金属でできているのか?」


「寝台は凄くフカフカだよ!」


 壁をくり抜いたような、カプセルホテルっぽいベッドで跳ねるニーナ。

 あぁ・・・・・・はしゃぎすぎて頭ぶつけちゃった。

 何やってんだか。


 白を基調にした壁の左右に寝台が上下2つずつの計4つ。

 部屋の端に寄せられた小さなテーブルが1つ。これは邪魔なので端に移動させたらしい。

 入口近くには観葉植物であろう鉢植えが置いてあり、照明が反射して艶々と葉が光っている。

 天井が低く窮屈な印象の部屋だが、こうして緑があるだけで若干和らぐ。

 ホントに寝るためだけの部屋って感じだ。

 そして入口のドア。・・・・・・これ格好いい効果音とともに斜めに開くタイプのドアだな。多分。


 さっきまでナントカ文明の遺跡みたいな場所にいたのに、やたら様変わりしたな。

 遺跡からいきなりSFとか、相も変わらず節操のない場所だ。

 それがこの迷宮の面白いところではあるのだが。


「とにかく、狭いし一度外に出ない?」

「そうね、身動きも取り辛いし。」


「しかし・・・・・・この扉はどうやって開けるのだ? 押しても引いてもビクともしないが・・・・・・。」

「これじゃない?」


 扉の横にあるボタンを押す。ポチッとな。


「・・・・・・。」


 ・・・・・・。


「開かないわよ・・・・・・?」

「何でだろ?」


 連打してみるもやはり反応は無し。

 故障している・・・・・・というより、動力が通ってない?


「どうする? これだけ頑丈なら蹴破るのも無理そうだぞ。」


 ヒノカが拳で軽く扉を叩いて具合を確かめている。

 斬ったりは・・・・・・無理だよねぇ。コンニャク斬れない剣でもないと。


 魔法でぶち破るのもダメだな。

 吹き飛ばせたとしても、こちらが無事で済む保証が無い。


 みんなして何か手掛かりは無いかと部屋の中を探ってみるが、何も見つからない。

 観葉植物の鉢をどけてみたりもしたが、鍵も無いようだ。

 まぁ、普通は外に置くもんだろうけど。


「む、何かあったぞ。」


 寝台に備え付けられた枕の下からヒノカが何かを取り出した。


「これは・・・・・・刺突用の短剣か? それにしては刃先が妙な形をしているが・・・・・・。」

「どれ、貸してみて。」


 ヒノカが見つけたものを受け取る。

 なるほど、刺突用の短剣ね。見ようによってはそう見えなくもない。

 鎧の隙間とかにぶっ刺せそうだし。

 もちろん本当の使い方はそうではない。


「これは工具だよ。みんなには馴染みが無いだろうけどね。」

「こんなの、ボクも見たことない。」


 俺の手にあるそれをマジマジと見つめるニーナ。

 彼女はアンナ先生の工房に入り浸ったりもするので、そういうのには結構詳しいのだ。


「え、えっと~・・・・・・これは特殊なヤツだから。」

「アリスは知ってるの?」


「ほ、本で見たことあるだけだよ。特殊な金具を外すために使うんだって。」

「ふぅん・・・・・・。」


 しかしドライバーか。

 こんなのどうしろってんだ。

 部屋の中には他に目立つものは無かった。


「・・・・・・アリス、他になにかないの?」

「お、お姉ちゃん・・・・・・。そうは言っても――」


 ――あ。あった。


「・・・・・・どうしたの?」

「多分あそこかも。」


 天井の一画を指差す。


「格子窓・・・・・・かしら?」

「いや、通気口かな。キシドー、こっち来て。」


 キシドーに肩車させ、天井へ手を伸ばす。

 通気口の蓋はネジで数か所留められており、ドライバーもピッタリ合う。

 これはもう外せってことだろう。よし、外す。


 ちょっと固めのネジに悪戦苦闘しながらも、なんとか蓋は外せた。

 脱出ゲームみたいでちょっと楽しくなってきたぞ。

 外した蓋を下で待機しているメイに渡し、キシドーの頭をポンポンと叩いて次の指示を出す。


「もうちょっと上に持ちあげて。そうそう、いい感じ。」


 キシドーにグッと持ち上げられると、通気口に楽に手が届いた。

 そこから「よいしょ。」と這い上がる。


 頭をぶつけないよう四つん這いになりながら、目を細めて暗い風導管の中を見渡す。中は結構広い。

 キシドーは無理そうだが、他の仲間なら難なく通れるだろう。

 中肉中背の男性であればギリ通れるくらいか。

 俺くらいの体格ならある程度は融通が利きそうだ。


 通気口からひょいと顔を覗かせて口を開く。


「それじゃ、少し調べてくるよ。」

「ちょっと待ちなさい、アリス! 一人で行くつもり!?」


 軽く声だけかけて探索に挑もうとしたところをリーフの叱責に呼び止められた。

 こんな狭い場所なら一人の方が動きやすいんだが・・・・・・でもまぁ、心配するのも無理ないか。

 小さく息を吐きながら誰と一緒に行こうかと考えを巡らせる。


 ヒノカ、リーフ、サーニャは風導管の中では動きが取り辛いだろう。

 中に余裕があると言っても、俺の体格に比べたら仕方ない。

 ラビを連れて地図を作って欲しいところだが、それは安全を確保できてからの話だ。

 フラムの魔法は風導管の中では使えない。そんなことをすれば俺の丸焼きが完成である。

 残るはニーナとフィーだが・・・・・・頼むなら前衛での戦闘に慣れているフィーの方が良いだろう。

 俺が支援に回ればある程度の障害なら対応できるはずだ。


「お姉ちゃん、一緒に行ってくれる?」

「・・・・・・ん、わかった。」


「二人だけじゃ危険でしょ!?」

「狭いから、人数が多いと身動きが取り辛くなって逆に危ないよ。」


 二人なら前進、後退もやり易い。

 俺たちの体格なら風導管の中で入れ替えも可能だろう。

 ちょっと窮屈だろうけど。


「・・・・・・わたしとアリスなら大丈夫だよ、リーフおねえちゃん。」

「ハァ・・・・・・分かったわ。アリスのことはお願いね、フィー。」


「・・・・・・うん、まかせて。」


 キシドーの身体をひょいひょいと伝って、フィーが通気口まで上ってきた。

 風導管の中は二方向へ伸びている。上か横か、である。

 俺たちの部屋を終点に、そこから直角に上方向へ風導管が伸びているのだ。


 触手を使えば上へ上ることも可能だろうが、ひと先ずは俺を先頭に横方向へ進むことにする。・・・・・・面倒だし。

 本当はフィーに先頭を任せた方が良いのだろうけど、魔物の気配を感知したら交代して進んで行けばいい。

 決めた進行方向へ目を向けると、すぐ近くに隣の部屋のものらしき通気口から光が入り込んでいる。


「お姉ちゃん、隣の部屋があるよ。覗いてみるね。」

「・・・・・・ん。」


 後ろに小声で話しかけてから、蓋は外さずに格子の隙間から部屋の様子を伺ってみる。


「・・・・・・っ!」


 部屋の惨状を目にし、一瞬息が詰まった。

 部屋の中には血が飛散し、バラバラに引き千切られた魔物の死体が転がっている。おそらくはコボルドだろう。

 造りは俺たちの部屋と変わらないようだが、扉は大きく引き裂かれたように破損している。


「な、何があったんだろ・・・・・・これ。」

「・・・・・・見せて。」


 フィーがグイッと俺を押しのけてくる。


「ちょっ・・・・・・お、お姉ちゃん、お尻押さないで・・・・・・! それに、見ない方が・・・・・・。」


 とはいっても、お姉ちゃんの威厳と力には勝てるはずもなく。

 俺を押しやったフィーがジッと通気口から様子を伺っている。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・い、いつまで見てるんだ?


「・・・・・・魔物の死体、消えないね。」

「え?」


「・・・・・・迷宮の魔物、いつも消えるから。」

「ごめん、お姉ちゃん。もう一回見せて。」


 確かにフィーの言う通り、魔物の死体は消えていない。

 通常であれば、迷宮の魔物は死んでからしばらく経つと死体が消えるのだが、その様子が見られない。


「消えないんじゃなくて、消さない・・・・・・? いや・・・・・・”あった”?」


 隣の部屋で殺されたなら、何か音がするなり、魔物の気配を捉えたりしていたはずだ。

 俺は最後にこの迷宮へ来たが、何かあったのならヒノカやサーニャが見逃すとは思えない。

 つまりこの死体は最初から”置いてあった”のだ。

 だが、何故そんなことをする必要があるのか?


「・・・・・・どうして?」


 俺の思考にフィーの言葉が被さる。

 何か答えなくては、と不意に言葉が漏れた。


「私たちを怖がらせるため・・・・・・?」


 言うなればこれは”演出”だ。

 こんな雰囲気はよく知っている。

 そう、これは脱出ゲームなんかじゃない――



 ――パニックホラーだ!

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