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187話「二人の障害」

「ファラオーム様。今のお嬢様のお力であれば、家督を継がれても安泰でありましょう。」

「あぁ・・・・・・そう、だな・・・・・・。」


 火球が飛び去った彼方を見つめるファラオームは、先程までより老けた印象を受ける。

 肩の荷が下りた、というか憑き物が落ちた感じだ。

 彼は彼で大変だったのだろう。


 だが俺が肩の荷を下ろすにはまだ早そうだ。

 家督がどうとか言ってるし、後々ものすごく面倒な事になりそうな・・・・・・。

 まぁ、俺の手で済むのならいくらでも貸そう。


「い、今のは何事ですか、ファム君!?」


 いつの間にか集まっていた使用人たちを押しのけ、クルヴィナが姿を見せた。

 あんなのが突然出てきたら、飛んで見に来るのも仕方ない。


「・・・・・・っ皆の前だぞ、ヴィーナ!」

「ご、ごめんなさい、あなた。」


 ・・・・・・てか、”ファム君”に”ヴィーナ”?

 この夫婦、実は未だにラブラブ・・・・・・?


 そんな二人のことは気にも留めず、老執事が答える。


「お嬢様が力をお示しになり”小さな太陽”を創り出されたのです。」

「では、先程のアレが・・・・・・。」


「おかあさま!」


 クルヴィナの姿を見たフラムが、彼女の胸に飛び込んだ。


「あぁ・・・・・・フラムベーゼ!」


 母娘でひしと抱き合う。

 二人にとっては数年ぶりの再会。

 ええ話や・・・・・・。


「それで、お嬢様。式はいつに致しましょう?」

「・・・・・・し、式?」


「はい、お嬢様とアリューシャ様の結婚式でございます。」


 ・・・・・・ん? んんんんん?

 誰と誰の結婚だって!?


「あの・・・・・・ど、どういう事ですか?」

「ホッホッホ、何を仰います。アリューシャ様が仰っておられたではありませんか。”ヨメ”と。」


「いや、その、あれは~・・・・・・。」

「ウィロウ、一体何の話なのです?」


 ”結婚”という単語に眉をひそめ、老執事に説明を求めるクルヴィナ。


「はい、クルヴィナ様。実は――」


 先程の戦いを余すところなく説明し始める老執事。

 それを聞き入るクルヴィナと、耳をそばだてる野次馬使用人たち。

 ・・・・・・ちょっと話を盛り過ぎじゃないですかね。


「それは真ですか、ウィロウ?」

「はい、確かにこの耳で。このウィロウ、歳は取れども耄碌はしておらぬと自負しております。」


「そうですか・・・・・・。」


 なんか雲行きが怪しくなってきたな。

 そりゃあ学校を卒業したと思ったら、婚約者まで連れてきたなんて聞かされちゃあ――


「素敵ですわ!」


 何でそうなる!?

 貴族なんだから、そこはもっとこう・・・・・・そういや、ロミジュリ夫婦だったな・・・・・・。


「学院へ行かせたと聞いてからずっと不安でしたが、こうして婚約者まで見つけてくるなんて・・・・・・。アリューシャ様も黙っておられるなんて、お人が悪いですわ。」

「は、はぁ・・・・・・なんかスミマセン・・・・・・。」


「そんな事より、式の日取りですわね。ウィロウ、準備にはどれ程掛かりますか?」

「はい、三日ほど頂ければ。」


 早くない!?

 分家の人とか呼んだりしたらもっと掛かるだろ?

 事後報告で済ませる気だろうか・・・・・・。

 披露宴は別で、って手もあるだろうけど。

 ・・・・・・いやいや、何で結婚する流れになってんの!?


「え、ええっと・・・・・・そ、それは急ぎ過ぎな気が・・・・・・。」

「フラムべーぜももう成人したのですから、早過ぎるという事はありませんわ。ねぇ、あなた?」


「あぁ・・・・・・力を示して見せたのだから好きにしなさい、フラムベーゼ。」


 俺はまだ成人してないんですが・・・・・・。

 しかもファラオ―ムにまであっさりと認められてしまった。

 まぁ、普通に考えれば玉の輿なんだから、俺に拒否する理由は無いんだろうけども。

 ・・・・・・そもそも庶民に拒否権なんて無いのかもしれないが。


「ゃ・・・・・・やめてっ!」


 フラムのか細い叫びが響いた。

 こんなに拒絶を露わにしたフラムは初めてじゃないだろうか。

 あの老執事でさえも呆気にとられたように目を瞬かせている。

 もちろん俺もであるが。


「い、嫌だよ・・・・・・ね、アリス。ご、ごめん、ね。気に・・・・・・しないで・・・・・・良い、からっ!」


 そう言って無理に作られたフラムの笑顔から、涙が一粒零れ落ちた。

 それは今までで見た一番ひどい笑顔で、泣き顔だった。

 その顔を見ていると胸が締め付けられるように苦しくて、辛くて、だから、俺は――


「嫌なんかじゃないよ!」


 自然と言葉が漏れ出し、その意味に後から気付く。

 そうだ、嫌なんかじゃない。

 フラムと結婚する。それはとても魅力的な提案だ。

 けれど・・・・・・でも――


「で、でも・・・・・・私は女の子、だし。それに、この先フラムに好きな男の人が出来たら、私が――」

「アリス。」


 俺の言葉が、それまで黙っていたリーフに遮られる。


「貴女はフラムをそんな子だと思っているの?」

「それは・・・・・・思ってない、けど・・・・・・。」


 フラムに好きな人が出来たとして、俺を邪魔に思ったりすることはないだろう。

 けれど、それが彼女の負担となることに変わりはない。


「そうね・・・・・・だったら、貴女はどうしたいの、アリス?」

「・・・・・・私?」


「成人しないうちに結婚するなんて貴族では珍しくないし、未来のことを気にしたって仕方ないわ。なら、貴女の気持ちは?」


 リーフが諭すように言葉を紡ぐ。

 優しげな口調だが、それは容赦なく俺の逃げ道を奪っていく。

 そうだ、自分でもそれは分かっていた。

 俺の言葉は、答えから目を背ける逃げ口上でしかないのだ。結局の所。


 ちらりとフィーの方へ視線を向ける。

 いつかのようにこの場をおさめてくれやしないかと、淡い期待を込めて。


「・・・・・・フラムがかわいそう。」


 うぅ・・・・・・返す言葉もない。


「それにもし、貴女の言う通りフラムに好きな人が出来たとして・・・・・・その人と一緒になれない可能性だってあるのよ?」


 リーフが俺にだけ聞こえるように言った。

 フラムのことだ。例え両親が許したとしても、家の事情や相手を想って、今のように――

 その時、彼女はどんな顔をするのだろう。


 気付けば、決定的なまでに外堀が埋まっていた。

 むしろ埋められすぎて壁にまでなっていそうなくらいだ。

 それは、俺が今まで逃げ続けてきた結果なのだけれども。


 もう、よくあるラブコメみたいにのらりくらりとは出来ない。フラムを傷つけてまで。

 答えを・・・・・・出さなければならない。


 俺は・・・・・・俺は・・・・・・――

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