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186話「小さな太陽」

「ッ・・・・・・熱く・・・・・・ない?」


 俺を取り囲んでいた炎が、渦を巻き一点に向かって収束していく。

 フラムが翳した手の中に。


「フラム・・・・・・逃げなかったの?」

「ア、アリス、大丈夫!? 大丈夫!?」


 駆け寄ってきたフラムがガクガクと俺の身体を揺さぶる。

 身体を確認してみるが、特に異常も無く、痛みも無い。

 ただ、何かが焦げる嫌な臭いが鼻に突いた。


「あ、あぁ・・・・・・おかげで毛先が焦げただけで済んだよ。ありがとう。」


 それを聞いて安心したのか、フラムが声を上げて泣きながら抱き着いてくる。

 く・・・・・・苦しい。


「な、何だ今のは!? 何が起きた!?」


 炎を消され、流石のファラオームも狼狽を隠せない。

 まぁ、あんな芸当が出来るのはフラムくらいだろうしな。

 ちなみに俺も何度か試してみたことがあるが、全く出来なかった。


 あ。

 てか隙だらけだ。


 土壁の影から外れたので俺とファラオームを隔てるものは何もない。視界良好。

 全神経を集中させ、触手を一気に展開する。

 目標めがけて何本もの触手が空を裂くように伸びていく。

 一度ファラオームの横を通り過ぎた触手は、彼の後ろで大きく弧を描いて襲いかかる。


「ぐあっ!」


 後ろから腕を捻り上げ、ファラオームを地面に組み伏せた。

 身動き出来ないようギリギリと締め上げる。


「おぉ・・・・・・。 まさかファラオーム様を降してしまわれるとは・・・・・・聞きしに勝る実力のようですな。」


 老執事の口からつぶやきが漏れる。

 ・・・・・・一体どんな情報を集めていたのやら。

 ファラオームの拘束を緩める事無く、慎重に近寄っていく。


「勝ちは勝ちですからね、ファラオームさん。」

「ぐっ・・・・・・だが貴様の能力がどうであれ、フラムベーゼ自身が力を示せなければ意味は無いのだ。」


「フラムの力・・・・・・? どういう事なんです?」

「・・・・・・それは、私からご説明致します。」


 老執事が訥々と語りだす。

 彼の説明によると、古の民の家系で重要視されるのは、それぞれの力である。

 フラムのイストリア家では火の力がそれだ。火の力が最も強い者が本家を名乗ることを許される。

 とは言っても”血の濃さ”というのは結構なウェイトを占めるようで、他家を含め今まで分家が本家の力を超えることは無かったそうだ。


 だが、フラムの場合は少々話が違ってくる。

 彼女の母親はアストリア家の人間だからな。

 フラムが力を示せなければ「ほれ見たことか」と本家の座を奪われかねない、という訳だ。


「でも、それならさっき貴方の炎を打ち消したのはフラムの力ですよ? それではダメなんですか?」

「虫一匹殺せぬ魔法で力を示したと言うつもりか?」


「それは・・・・・・。」


 まぁ、確かに・・・・・・。

 あれで分家の人間を納得させるというのは難しいのかも知れない。

 だからこその「力を示せ」という言葉なのだろう。

 必要なのは圧倒的火力なのだ。


「えっと、じゃあフラムが凄い炎を出せれば良いって事ですよね?」

「出来るのならな。」


 ファラオームの視線がフラムの方へ向くと、彼女の肩がビクッと震える。


「やって見せなさい、フラムベーゼ。」

「ヒッ・・・・・・は、はい。」


 フラムが震える手を構え、唱える。


「ふぉ・・・・・・”(フォム)”!」


 構えた手にポッと小さな灯火が生まれた。

 それを見たフラムの顔は蒼白になり、強張ってブルブルと震える身体に合わせて灯火も揺らめく。

 やがて、その灯火は音も無く消えた。


「・・・・・・今のがそうか?」

「ひっ・・・・・・ご、ごめ、なさ・・・・・・。」


「そうですね。今のも凄いですけど、フラムはもっと凄い炎を出せますよ。」

「ほう? それは是非見てみたいものだな。」


「分かりました。集中したいので、皆さん声を出さないで頂けますか?」

「・・・・・・良いだろう。」


 ファラオームの拘束を解くと老執事が駆け寄り、彼に手を貸して立ち上がらせる。


「皆も、お願いね。」

「分かったわ。けど、大丈夫なの?」


「うん、問題無いよ。」


 顔を伏せたままのフラムに向き直る。


「あ、あの・・・・・・ア、アリ、ス・・・・・・。」

「大丈夫だよ、任せて。まず、ここに座ってくれる?」


「う、うん・・・・・・。」


 腰を降ろしたフラムの背後に周り、そっと手で彼女の目を覆い隠す。


「アリス・・・・・・?」

「私の声だけに集中して。」


「わ、わかった・・・・・・。」


 うーん、少し身体に力が入ってるな。

 ふぅ~っとフラムの耳元に息を吹きかけてみる。


「ひゃうっ!? な、なに!?」

「ごめんごめん。肩に力が入ってたからさ。お詫びに、これが上手くいったらご褒美をあげるよ。」


「ご褒美?」

「うん、何か欲しいものを考えておいてね。」


「なんでも?」

「えーっと・・・・・・私があげられるものにしてね?」


「う、うん・・・・・・!」

「それじゃあ、さっさと終わらせちゃおうか。」


 まずは何度かフラムに深呼吸させ、心を落ち着かせる。


「今回は本気で。力を出し切るつもりでいこう。」

「ほんきで・・・・・・。」


 フラムが呟くと、彼女の手の中に魔力が集まりだす。


「”(フォム)”。」


 フラムの声とともに種火が生まれ、うねり、渦を巻き、絡み合い、球体を形作ってどんどん大きくなっていく。

 俺の想定よりも早く、大きく。


「おゎ熱ーっ!!」


 思わずフラムの目を覆っていた手を離してしまった。


「だ、大丈夫、アリス!?」

「大丈夫だから、集中して!」


 一瞬前を向いたフラムが、再びこちらへ振り返る。


「ど、ど、ど、ど、どうしよう・・・・・・!?」


 フラムにとっても想定外だったらしい。

 炎の球体は今もなお膨れ上がって人を二~三人丸呑み出来そうな程にまで育ち、目を焼くほどの光を放っている。


「えーっと・・・・・・上! あの穴に向かって撃って!」


 頭上にある煙突を指さす。


「え、えい!!」


 炎の球体がゆっくり浮かび上がり、煙突へ向かって進む。

 球体に比べると穴は小さくとても通りそうにはなかったが、そんなものはお構い無しに溶かし、蒸発させて穴を広げていく。

 ついには修練場の天井に綺麗な大穴を開け、炎の球体は夜空の彼方へ消えていった。


「えー・・・・・・ど、どうでしたか? 今のは凄かったと思うんですけど。」

「す、素晴らしい・・・・・・! ファラオーム様、ご覧になられましたか! あれぞまさしく”小さな太陽”! よもやこの私めが目に出来ようとは・・・・・・!」


「あ、あぁ・・・・・・。」


 感涙にむせぶ老執事に放心状態のファラオーム。

 二人の様子を見るに、どうやら成功みたいだ。


「ア、アリス! て、手は・・・・・・!?」

「これくらいならすぐに治るよ・・・・・・ほら。」


 さっと魔法で火傷を治療し、元通りになった手をフラムに見せる。


「ご、ごめん、ね。」

「平気だよ。それより――」


 天井の大穴から見える夜空を見上げる。

 ・・・・・・修繕費とか要求されないよね?

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