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1.5話「侍の旅立ち」

 ワアァァッ!と大きな試合会場いっぱいに歓声が上がる。


「勝者、ヒノカ!!」


 毎年、この国の各地から成人前・・・つまり12歳の者を集めて開かれる闘術大会。

 すっかり形骸化してしまっているが所謂【成人の儀】というものである。

 その優勝者が、たった今決まったところだ。


 私は試合開始位置へと戻り、相手に礼をする。

 またも歓声が上がり、私達は互いに背を向け、それぞれの控え室へと戻った。

 この後は準備が整い次第、表彰式になる手筈だ。


 控え室へ戻った私を迎えてくれたのは私の師匠。


 黒い髪は伸ばし放題で、相変わらず道着を着崩しており、道着の胸元からはサラシでも押さえきれない胸が主張している。

 目鼻立ちは整っているが、その目は固く閉じられている。

 腰に差された刀を手入れしているところは見かけた事がない。


「残念でしたね、ヒノカ。」

「ありがとうございます、師匠。」


「・・・からかい甲斐がありませんねぇ、貴方は。」


 彼女は飄々とした態度で肩を竦める。

 その動作に合わせて私と同じ色の黒髪が揺れた。


 いつもこんな感じなのだ、師匠は。

 もうとっくに慣れきってしまっている自分が少し哀しい。


「私を倒せる者が居なくて残念だった、と言う事でしょう?」

「フフフ、正解です。まぁ、とりあえずおめでとうございます、ヒノカ。」


「ありがとうございます、師匠。」

「でもすぐに表彰式が始まるでしょうから、ゆっくりしている暇はありませんねぇ・・・もぐもぐ。」


 そう言いながらどこからか取り出した団子を頬張る。

 二十歳を超えた女性だというのに、もう少しお淑やかに出来ないものだろうか。


「また買い食いですか・・・。晩御飯が食べられなくなりますよ。」

「いやぁ、美味しそうな匂いに釣られちゃいました。どうですか、ヒノカも一つ。」


「私には串だけしか見えませんが。」

「はっはっは、いやぁすみませんね、目が見えないもので。」


 そう言いながら師匠はポイと串を投げ捨てる。

 串は放物線を描き、小さなゴミ箱の中へカツンと落ちた。

 時々、目が見えないというのが嘘ではないかと思えてくる。


「表彰式が終わったら宿に戻りますので、此処に居てくださいね。居なかったら置いて行きますので。」

「えぇー、冷たいなぁー。迷子になったらどうするんですかー。」


「野宿してください。」


 まぁ、師匠であれば普通に宿に帰ってくるだろうが。


「弟子の冷たさが骨身に凍みるわー。」


 銅鑼の音が響き、表彰式の準備が整った事を報せる。


「そろそろ始まるようですので行ってきます。」

「はいはい、頑張ってくださいねー。」


 師匠はヒラヒラと手を振り、私を送り出した。


*****


 長く退屈な表彰式が終わり、控え室へ戻ってくる。

 扉を開けて中を確認するが師匠は居ないようだ。


「よし。」


 そのまま扉を閉めて会場を後にする。


「ちょっと待て何が「よし。」だコラー!」

「師匠、おられたのですか。」


「おったわ!天井裏に!」

「そうですか、まだまだ精進が足りないようです。」


 突っかかる師匠を適当にあしらってスタスタと歩を進める。


「ん?こっちは宿じゃないですよ、ヒノカ。」

「今日の晩御飯を買いに行こうかと思いまして。」


「おー、今日は何にするのですか?」

「団子です。」


「へ?」

「師匠が先程食べていた団子が美味しそうだったので団子にします。」


「し、師匠ちょ~~っとお団子飽きちゃった・・・かなっ☆」

「私は飽きていませんので、今日は団子づくしでいきましょう。」


「ご、後生じゃあ~!団子は、団子はやめよう!ねっ!?」

「冗談です。」


「へ?」

「冗談です。」


「も、もう~!ヒノカの冗談は分かり辛いんでもうちょっと分かり易くしてくださいね!」

「そうですか、まだまだ精進が足りないようです。」


「むきー!・・・・・・んー、じゃあどこに向かっているのですか?」

「両親に手紙を出しておこうかと思いまして。」


「あー、ここからだと手紙のほうが早いですからねぇ。」

「そういう事です。」


「どうするかは決めているのですか、ヒノカ。」

「はい、学院へ行こうかと。」


 闘術大会の優勝者には、かのレンシア魔術学院への入学金が免除される。

 入学するかは自由、しかしその際には国の名であるアズマの性を名乗る事が義務付けられている。

 要は、国の看板を背負っていく訳だ。


 勿論、自分で入学金を払えばそんな必要はない。

 余程の金持ちか、貴族でなければ無理だろうが。


「そうですか・・・、たった一人の弟子がいなくなってしまっては、私の道場も寂しくなってしまいますねぇ。」

「師匠、あれは”空き地”というのですよ。」


「”青空道場”です。それより・・・これからの私のご飯はどうなるのでしょう?」

「働いて下さい。」


「良いですか、ヒノカ。」

「はい。」


「私の師匠が残したありがた~~い言葉の中にこんなものがあります。」

「師匠の・・・師匠が?」


「”働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!”と。」

「・・・・・・・・・・・・それは”働いたら負け”と言っていた方ですか。」


「そうです、よく覚えていましたね。だから私は働く事が出来ないのです。」

「師匠ならきちんとした道場を開けば人が集まると思いますが・・・。」


「それだと働かないとダメじゃないですか。」

「・・・じゃあ何故私に剣を教えてくださるのですか?」


「ただの趣味です。」

「はぁ・・・・・・、師匠のことは両親にお願いしておきます。」


「流石!ヒノカ先生!分かってるぅ!」

「・・・はぁ。」


「それにですね、私に習いたいという奇特な人なんて・・・、貴女ぐらいですよ、ヒノカ。」

「そうかも・・・、しれませんね。」


「ちょっ・・・何をしみじみ言ってるんですか!?そこは「そんなことはありません!」っていうところですよ!?酷くないですか!?あっ・・・ちょっと無視しないで!ヒノカ先生~!」


 実際、師匠の腕前は確かなものなのだ。

 弱かったこの私でも闘術大会で優勝させてしまえるほどに。


*****


 学院へ出発する日の朝。

 家の門前には父と母、そしてだらしない恰好の師匠が見送りに出て来てくれている。


「それでは行って参ります。父上、母上・・・・・・・・・師匠。」


「しっかりと学んでくるのだぞ。」

「身体に気をつけるんだよ。」

「ふぁ~~~~~~、がんばってきてくだひゃいね。」


 昨日は遅くまで起きていたらしい、流石というか何というか。


「ふぁい、これ餞別。」


 そう言って師匠から手渡されたのは一本の短刀。

 古いものではあるがきちんと手入れされており、鞘には文字のような装飾が施されている。


「いや~、これが中々見つからなくてですねぇ・・・ふぁ~~。」


 手に持ってみると異様に軽い。

 抜いてみるとそこには指先ほどの長さの刃がついているだけだった。

 折られている訳ではなく、そういう造りになっている。


「私のししょーからもらった物でですね。”がっかり刀”っていうらしいです。これを使いこなせればいちにんまえだーってね。」

「使い・・・こなす・・・ですか。」


 こんな物をどうしろというのだろうか。


「あー・・・、まぁお手本を見せておきましょう。先に言っておくと、私の師匠はもっと上手かったですよ。」


 私は刃を納めて短刀を返す。

 師匠は短刀を受け取るとそれ以外の武器を外し、ポイポイと地面に転がしていく。

 武士の魂と言われる刀さえも。


 良いのか・・・それで・・・。


 父も若干引き気味だ。

 綺麗になった腰に短刀を差し、準備は出来たようだ。

 師匠は短刀に手を伸ばして構える。


「じゃあ行きますよー。がっかりしないで下さいね?」


 そして師匠がゆっくりと短刀を抜―――――


 何が起こったのか分からなかった。

 師匠が刀を抜こうとした瞬間に私は飛び退り、刀を抜いていた。

 見れば父上と母上も同じ様に刀を抜き、父上は母上を庇うように構えている。

 私の構える剣先はカタカタと震えて、定まらない。

 師匠を見れば先程と構えは変わっておらず、短刀を抜いてもいなかった。


 私を突き動かしたのは、師匠から放たれた”殺気”だ。

 それも、とてつもなく恐ろしい。


「まぁこんな感じですねー。」


 いつもと変わらない師匠の声を聞くとフッと力が抜け、その場にへたり込んでしまった。


「あ、あわわ、大丈夫ですか、ヒノカ?」


 慌てて駆け寄ってくる師匠を見て何とか立ち上がる。


「は、はい・・・・・・大丈夫、です。」


 ツーっと頬に冷たい感触。


「ぁれ・・・、涙・・・?」

「ほほほ、ホントに大丈夫!?ごめん、ごめんねヒノカ!」


「あ、いえ・・・だいじょう・・・むぐっ!」


 ぎゅっと師匠に抱きつかれる。


「ご、ごめんね、怖かったね。」


 師匠が震える手で私の頭を撫でる。

 どうして師匠が震えているのだ、逆だと思うのだが・・・。

 でもこんなに取り乱した師匠は始めてだ、もう少しだけこの感触を楽しませて貰うことにした。


「―――では気を取り直して、行って参ります。」


「うむ、気をつけてな。」

「いってらっしゃい、ヒノカ。」

「あんまり頑張り過ぎないようにするんですよ、ヒノカ。」


 そこは頑張れと言う所じゃないのだろうか。


「はい、必ず使いこなして見せます。」


 私の手には頂いた”餞別”。

 さっき抱きつかれた時に腰から抜き取っておいたのだ。


「・・・あっ!もぅ~!」


*****


 自分の国を出て、どれくらい経っただろうか。

 船で大陸に渡って来た後は、少々古い荷車を引きながら徒歩で旅を続けている。

 今までは何事も無く順調に進めていたのだが―――


 ―――ガタンッ!!バキッ!!


 荷車の方から嫌な音が聞こえたと同時に動かなくなってしまった。


「・・・む?」


 道の端に引き摺って寄せる事も出来ないので、荷車の状態を確認する。


「これは・・・いかんな。」


 車軸が折れてしまっており、これではもう荷車を動かす事は出来ない。


「石にでも乗り上げたか、参ったな・・・。」


 だが、このままじっとしていても仕方がないだろう。

 荷車から荷物を降ろして荷車を処分、それから荷物を整理して持てる物だけ持って行く。

 こうするしかないか。


 そうと決まればさっさとやってしまおうと、荷車から荷物を降ろし始める。

 しばらく作業に没頭していると、馬車が近づいてくる音が聞こえた。

 馬車が止まり、背後から女性の声。


「どうかしましたか?」


 声のした方へ振り向くと、老婦人が立っている。

 その後ろには老婦人が乗ってきたと思われる馬車。

 馬車には子供が二人見える。

 これでは私の荷車が邪魔で通れない。


「申し訳ない、荷車の車軸が折れてしまい、荷物を降ろしている最中です。すぐに片付ける故、今しばらく待って頂けますか。」

「ええ、構いませんよ。ニーナ、アリス、手伝ってあげて頂戴。」


「はーい。」「分かりました。」

「二人とも頼みましたよ、私は馬の面倒を見ておきます。」


 子供二人がぴょんと馬車から飛び降り、こちらへ駆けてくる。


「いえ、そんなお手を煩わせるわけには・・・。」

「フフッ、その方が早いでしょう?」


 有無を言わせぬ老婦人。このような子供には危ない作業だと思うのだが。

 小さい方の子が荷物を積んでいる一角を指差して私に問う。


「荷車の荷物をあそこにまとめればいいですか?」


 正直猫の手も借りたいほどではあるが・・・。

 しかし、断るのも忍びない。


「それで問題ありません、かたじけない。」


 危なくないようにそれとなく補佐してやれば良いだろう。

 そんな事を考えていると小さい方の子が指示を出し始める。


「それじゃあ私が荷車から荷物を降ろすからそれを運んでね。」

「ほいほーい。」


 小さい方の子が荷車に飛び乗ったかと思うと、軽々と荷物を降ろしていく。

 中には結構重いものもあるはずなのだが、どれも羽毛でも扱うかの様に運んでいる。


「す、すごい・・・こんな幼子が軽々と・・・。」


 私の入る隙も無く、荷車はあっという間に空になってしまった。

 唖然とする私の小さい方の子が問う。


「それで、この荷車はどうしますか?」


 じっと今まで一緒に旅してきた荷車を見つめる、これは処分するしかないだろう。


「ふむ、処分するしかありませんね。」


 三人で力を合わせて街道の外へと運び、荷車を処分した。

 幼子二人と老婦人に感謝を伝え、頭を下げる。


「助かりました。」

「いえいえ。」「いいよいいよー、そんなの。」


 老婦人に問われる。


「それで、貴方はどうするのかしら?」


 先程決めた方針が変わる事はない。


「持てる物だけを持ってレンシアに向かいます。お礼といっては何ですが、好きな物をお持ち下さい。持てない分はここに打ち捨てる事になりますので。」


 どうせ捨ててしまうのだ、この人達になら構わないだろう。


「あらあら、それならその荷物全部頂こうかしら。」


 老婦人の示した荷物には私の物も含まれている。


「ぜ、全部!?」


 流石に自分の荷物までは渡せないと考えている間に老婦人が言葉を続ける。


「ふふ、貴方もよ、お嬢さん。」


 私も・・・?この人は人買いか何かだろうか。

 身体に緊張が走る。


「えっと・・・それはどういう・・・。」


 老婦人がペロリと舌を出して答えた。


「目的地は同じなんだし、一緒に行きましょう?可愛い子が増えるのは嬉しいわ。さぁ貴方達、荷物を載せて頂戴な。」

「はーい。」「分かりました。」


 子供たちがテキパキと馬車に荷物を積んでいく。

 漸く合点がいった頃には荷物の殆どが積み終わっていた。


「何から何まで・・・、かたじけない。」


 老婦人と子供たちに頭を下げる。


「ところで貴女、お名前は?」


 そういえばそうだ、まだ名乗ってもいなかった。


「申し遅れました、私の名は――――――

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