184話「食うか喰われるか」
フラムの母親・・・・・・か。
あまり詳しく聞いた事はなかったが、随分綺麗な人だ。
改めて言われると、少し気の弱そうな表情にはフラムの面影が見える。
「えっと・・・・・・クルヴィナさん。どういったご用でしょうか?」
「あの子の学院での様子をお伺いしたくて参りました。」
「それは構いませんけど・・・・・・。」
そんなの本人に聞けば良いんじゃないか?
・・・・・・とは言えず、彼女を中に招き入れた。
席に着き、彼女に付き従っている侍女がお茶を淹れる間、少しの沈黙が流れる。
そもそも俺たちに構っていて良いのだろうか。フラムが帰ってきている事は知っている筈だろうに。
そう思っているのは俺だけではないようで、俺と同じような視線がクルヴィナに向けられる。
その視線に答えるように、彼女は口を開いた。
「私は、あの子とは会わないよう命じられているのです。」
「そんな、どうして・・・・・・っ!?」
食って掛かりそうになったリーフをヒノカがやんわりと押し止める。
クルヴィナは非難の視線をそのまま受け止め、儚げな笑みを浮かべた。
「ですから、どうか話して頂けませんか。あの子の事を・・・・・・。」
「分かりました。何から話しましょうか――」
俺はフラムと出会ってからの事をかいつまんで語った。
危ない目にあったところや、その他の刺激的なシーンは伏せて。
そんなの言えるわけないだろ常識的に考えて・・・・・・。
「――とまぁ、こんな感じですかね。」
「そうですか・・・・・・。お話を聞かせて下さり、ありがとうございました。」
「いえ・・・・・・あの、本当にフラムとは会われないのですか?」
彼女は首を小さく横に振って答えた。
こればっかりは俺に口出してきるような問題では無いか。
・・・・・・でも良いのか、それで?
このままフラムと別れてしまって良いのか?
「・・・・・・一つ聞かせて下さい。どうしてフラムと会えないのですか?」
しばしの間、沈黙が流れる。
「あの子が私に甘えないように・・・・・・です。」
「えっと・・・・・・フラムは甘えてはダメなのですか?」
フラムは学院入学時で十歳程度だったはず、普通は甘えるでしょ・・・・・・その年齢なら。
それとも、貴族はそれが普通なんだろうか。
「あの子の魔法の力が弱いのは、私の血が原因なのです。」
”魔法が弱い”というのは、おそらくフラムの使う”熱くない炎”の事だろう。
確かにあれだけしか知らなければ、”弱い”と取られてもおかしくはない。殺傷能力は本当に無いしな。
けど、それはフラムの優しい心が反映された結果なのだ。
それが”血が原因”ってのはどういう事だ?
「というのは?」
「私は・・・・・・分家ではありますが、アストリア家の出なのです。」
アストリア家っていうと”水の民”の末裔と言われる貴族だ。
学院の後輩であったリヴィが本家の子である。
そして”火の民”であるイストリア家とは仲がよろしくないという話。
まぁ、それを抜きにしても火と水じゃ魔法が弱体化するって結論になるのも納得できる。光と闇の力が合わさり最強みたいな中二心が無ければ。
「夫は周囲の反対を押し切り、私を迎えてくれました。」
ロミジュリ的な夫婦らしい。
ファラオームは気難しそうな人物だったが、意外とドラマチックな人生を送っているようだ。
「そして、あの子が産まれました。始祖の力を持つ証をその身に宿して。夫はあの子の力に大きな期待を寄せました、けれど・・・・・・。」
「期待外れだったと。」
「はい・・・・・・。」
周囲の反対を押し切って結婚してしまった手前、彼としても肩身の狭い思いをしていたのだろう。
そこに証を持つフラムが産まれてムードは一変、だが蓋を開けてみれば・・・・・・である。まさに人生山あり谷あり。
それでフラムに対して異常に厳しくなっている、ということか。
しかし、そういう事なら首を突っ込む必要も無いんじゃないか?
自分が最強・・・・・・なんて思ってはいないが、魔力の扱いに関してはそれなり以上という自負はある。
けど、その俺がどんなに時間をかけて魔力を練り上げても、フラムの本気の威力には到底及ばない。
出会った頃のフラムならまだしも、現在の彼女の魔法なら”弱い”なんて話にはならない筈だ。
哀しいかな、これが才能の差というやつだろう。
まぁ、結局は俺の取り越し苦労だったという話だ。
「話は分かりました。ありがとうございます。」
すっかり話し込んでしまい、気付けば夜の帳が下りてきている。
自室へ戻ると言うクルヴィナを見送るため扉を開けると、外に老執事が待機していた。
彼は深々と頭を下げ「食事のご用意が整ってございます。」と、俺に向かって言った。
俺たちはクルヴィナと別れ、食堂へと案内される。
彼女は自室で食事を摂るのだそうだ。
徹底してフラムとは会わないようにされているらしい。
「もう食べて良いにゃ!?」
食堂に着いて開口一番にサーニャが叫んだ。
「いや、うーん・・・・・・ちょっと待ってね。」
「ええええっ!? そんにゃ~っ!? ・・・・・・むぐっ!?」
とりあえず五月蝿くなりそうなサーニャの口に、ポケットの携帯食を突っ込んで蓋をしておく。
席には肝心の二人が着いていなかった。
フラムと彼女の父ファラオーム。
流石にこの二人を無視して食事を始めるわけにもいかないだろう。
見回しても食堂の中に姿は見当たらない。
「フラム達はどうしたんですか、ウィロウさん?」
傍に控えている老執事に問い掛けると、渋い顔で答えが返ってきた。
「イストリア家に仕える身として、お教えする訳にはいきません。」
まぁ、そりゃそうだよな。
そんな簡単にペラペラと喋れるわけ――
「――しかし! どうしてもと仰られるのであれば、私めを倒してからにして頂きましょう!」
「・・・・・・は?」
思わず、間の抜けた声が口から漏れてしまった。
老執事はそんな俺を無視し、身構えた。
のだが・・・・・・何と言うか、殺気とか、気迫とか言った類のものが一切感じ取れない。
ヒノカも呆気に取られたままの表情を浮べている。
何この茶番。
「えっと・・・・・・・・・・・・えい。」
「おほぅっ!?」
隙だらけの老執事を触手で縛り、逆さに吊し上げた。
周りで様子を窺っていた給仕達から小さな悲鳴が上がる。
一応簡単には抜け出せないよう、要所を決めておく。
「これで良いですか?」
「くぅぅ・・・・・・っ! 老いたとは言え、私とて人の子。命を握られてしまっては、従わぬ訳には参りますまい。」
人聞きが悪いなオイ。自分から煽ったクセに。
まぁ、ここで無駄な問答をしても仕方が無い。
「フラムは何処で「修練場におられます。」」
セリフを喰われた。
食えない爺さんだ。




