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183話「母」

 数日進み、宿場町で補給し、また数日進む。

 馬車二台、それを挟む形で護衛の馬車が二台。

 計四台の馬車の旅路であるため、必然的に足は遅い。


 賊の襲撃は無かったが、食糧を狙った魔物の襲撃が数度。

 いずれも護衛と協力して撃退した。

 護衛の腕は悪くなく、手伝う必要は全く無かったのだが、生憎うちのパーティは馬車でじっとしている子の方が少数派なのである。


 平穏とは呼べないながらも旅は順調に進み、とうとうイストリア家の領内へと到達した。


「すごいにゃー! まだまだずーっと広いにゃ!」


 瞳を輝かせ、尻尾をゆらゆら揺らしながら窓の外に目をやるサーニャ。

 その視線の先には、広大で所々に草の生えた真っ平らな土地が広がっている。


「ごめん、ね・・・・・・な、何も、無くて・・・・・・。」

「大丈夫だよ。気にしないで。」


 フラムの言葉通り、周囲には何も無い。

 右を見ても左を見ても平原である。

 初めこそ、その圧倒的な広さに目を剥いたが、今ではすっかり見慣れてしまった光景。


 それでも、いくつかの農村を通り過ぎた。宿すら無い小さな集落ばかりだったが。

 どの村も空き家や荒れた畑が多く、中には廃村となっていた場所もあった。

 そのため人の往来が少なってしまったせいもあってか、道の状態もあまり良くはない。


 いつだったか、「凋落の途にある」と言っていたリヴィの言葉は嘘では無かったようだ。

 フラムが否定しなかったので信じていない訳ではなかったが、俺が想像していたより酷い状況である。


 しかし流石に中心地に近づいていくと、人や家を見かける事が増えてきた。

 だがやはり、その規模と人口は釣り合っていないように感じる。

 老執事によると「少しずつ人が出て行っている」という話だ。特に若者が。

 俺はこの牧歌的な風景は嫌いではないが、ここに住む若者たちにとっては”何も無い退屈な場所”になってしまうのだろう。


 確かに草原と言うかサバンナというか・・・・・・とにかく何もない。

 かつては森林地帯であったらしいが、魔物との戦いで焼き払われたという話だ。

 ただそれは老執事が生まれるもっと以前の話であって、彼も言い伝えでしか知らないらしい。


「でっかい家が見えてきたにゃ!」


 サーニャの声につられて窓から先に目を凝らすと、遠くの方に大きな屋敷が見えた。


「あそこがフラムの家?」

「・・・・・・ぅ、うん。」


 頷くフラムの表情には、不安の色が浮かんでいる。

 やはり彼女にとっては良い里帰りではないのだろう。

 そんなフラムの不安が少しでも和らぐよう、そっと彼女の手を握った。


*****


「さぁ、お手をどうぞ。」


 老執事の手を借り、屋敷の敷地内へ降り立った。

 夕日を浴びる屋敷は馬車と同じで古いデザインだが、こちらも手入れは滞りないようだ。

 庭の草花もきちんと剪定されている。


 屋敷の中へ案内され、中を見渡す。

 内装も綺麗ではあるが、ロールの家ほどに目が眩むような豪華さは無い。

 その代わり、威厳はたっぷりだが。


 執事や侍女の数も必要最低限といった感じだ。

 出迎えも年老いた侍女が一人で、他の人員は忙しそうに働いている。

 それでもこちらに気づけば仕事の手を止めて会釈し、フラムの友人だと紹介されると歓迎の言葉をかけてくれた。

 この時ばかりはフラムの表情も和らぎ、柔らかな笑顔も見せた。


 屋敷内を老執事につれられて歩き、辿り着いたのは執務室・・・・・・だろうか。

 老執事が扉をノックして中に声を掛ける。


「ファラオーム様、お嬢様をお連れしました。」

「――入れ。」


「失礼致します。」


 老執事とフラムに続いて、俺たちも入室する。

 部屋の中央には来客用のソファとテーブル、奥には執務机。

 壁には沿うように本棚が並び、本や資料で埋まっている。


 執務机に掛けていた一人の男性が立ち上がった。

 おそらく彼がこの屋敷の当主。フラムの父親だろう。

 端正な顔立ちだが、眉間にシワが寄り険しい表情、濃い茶色の髪には気苦労のせいか少し白髪が混じっている。

 彼は俺たちに怪訝な目を向けると、老執事に言葉を投げかけた。


「どういう事だ?」

「お嬢様のご学友をお連れ致しました。」


「呼んだ覚えは無いぞ。」

「私めの独断であります。ご容赦を。」


 何か全く歓迎されてないっぽいんですけど・・・・・・。

 いきなり「帰れ」とか言われないだろうか?


「ウィロウ、お前が何をしようが、私の考えは変わらぬぞ。」

「は・・・・・・心得ております。」


「そちらは明朝、領外の街まで送り届けろ。そこからなら馬車が出ているだろう。」

「承知致しました。」


 いきなり追い返されることは無いようだが、明朝か・・・・・・。

 それでも街まで送ってくれるあたり優しい・・・・・・のか?


「フラムベーゼ。」

「は、はい・・・・・・っ。」


 名前を呼ばれ、フラムの肩がビクリと跳ねる。


「ついて来なさい。」

「は・・・・・・ぃ。」


 彼が俺たちの横を通り過ぎると、その後ろにフラムがついて行く。

 フラムに声を掛けることも出来ないまま、その背を見送った。


「申し訳ございません、皆様方。少々ファラオーム様の虫の居所が悪かったようで。」


 少々・・・・・・なのか?


「えーと・・・・・・本当に私たちが居て大丈夫なのでしょうか?」

「はい、勿論ですとも。部屋を用意させて頂きますので、そちらでお寛ぎ下さい。」


 どちらにせよ、その言葉に甘えるしかないか。

 もうじき日も暮れるし、今追い出されたら途方に暮れてしまう。

 宿も見つかるか怪しいしな。


「分かりました。お願いします。」

「では、こちらへ。」


 用意された客室は三部屋。

 各部屋に寝台が二つずつあり、数はピッタリ。

 びっくりする様な広さではないが、二人部屋にしては大きい。

 俺とサーニャ、フィーとリーフ、ニーナとヒノカの三組に分かれ、それぞれの部屋を使う事になった。

 結局は一つの部屋に集まってしまうわけなんだが・・・・・・。


「フラム、来ないわね・・・・・・。」

「久しぶりの実家なのだ。家族と募る話でもあるのだろう。」


「とてもそうは見えなかったけれど。」

「まぁ、な。かと言って、私たちに何か出来るというわけでもあるまい。」


「それは、そうだけど・・・・・・。」


 リーフの視線がなにか言いたそうにチラリとこちらへ向く。

 それに釣られてか、皆の視線も集まる。

 いや、俺に何か期待されても・・・・・・どうしろと?


「えーっと・・・・・・。」


 言葉に詰まっていると、部屋の中にノックの音が響いた。


「フラムかな・・・・・・? ちょっと出てくるね。」


 これ幸いと、皆の視線から逃げるように立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。

 おそらく扉の向こうにいるのはフラム・・・・・・ではないだろう。

 であるなら、サーニャはあんなにソワソワしない。

 短く息を吸い込み、扉を一息に開けた。


「貴女が、フラムベーゼのお友達・・・・・・でしょうか?」


 そこに立っていたのは、銀色の長い髪が特徴的な物腰柔らかい女性だった。

 歳は二十代半ばから後半といったところだろうか。


「はい、アリューシャと言います。あの・・・・・・あなたは?」

「申し遅れました、私はクルヴィナ・イストリア。フラムベーゼの・・・・・・あの子の、母です。」

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