182話「あいのす」
校門側から、こちらへ向かって歩いてくる人影。
いつぞやの老執事だ。名前は確か・・・・・・ウィロウ、だったか。
柔和な表情を浮かべながらも、その足取りは洗練されている。
彼は俺たちの元へ辿り着くと、一礼して言葉を発した。
「お嬢様、お迎えに上がりました。」
「お迎えって・・・・・・どういうこと、フラム?」
いいや・・・・・・そんなこと、聞かなくても分かっている。
それでも、口に出さずにはいられなかった。
フラムが顔を伏せたまま答える。
「ごめん・・・・・・なさい・・・・・・。」
「いや、その・・・・・・責めてるわけじゃなくて・・・・・・。」
「止めなさい、アリス。貴女だって分かっているのでしょう?」
「それ、は・・・・・・。」
フラムは貴族であって、彼女には彼女の為すべき事があるのだ。
そして俺は平民の出。
彼女を思いやることは出来るが、慮ることが出来ない。
もし俺が貴族の子に転生していたら、色々と察することが出来たのかもな。
「私の方こそゴメンね、フラム。いきなりで少し驚いちゃって。」
「ううん・・・・・・ずっと、言えなくて・・・・・・。」
「そ、そうだよね。私が浮かれちゃってたから・・・・・・。」
少し考えれば、分かることじゃないか。
貴族の子が学院を卒業して、自由に出来るなんて・・・・・・。
レールはもう、初めから敷かれているのだ。
「はて、皆様はこれからご予定がお有りなのですかな?」
重い雰囲気を察してか、老執事が割り込むようにして聞いてくる。
「えと・・・・・・はい。迷宮都市に行く計画を立てています。」
「おぉ、あそこは活気があって良いところでしたなぁ。皆様の活躍も、風に聞き及んでおりますぞ。」
俺たちの活躍って・・・・・・どこまで知ってるんだ、この人?
でも・・・・・・そうか。普通はどう過ごしているかは調べるよな、特にフラムは良いとこのお嬢様なんだし。
・・・・・・ん?
って、迷宮なんかに連れて行って良かったのか?
色々危険な目にも遭わせちゃってるぞオイ。
忠告するタイミングはいくらでもあっただろうから、黙認されているという事なんだろうけど・・・・・・。
この人は一体何を考えてるんだろう?
「しかし困りました。てっきり、お嬢様がご学友を招かれるとばかり思っておりまして・・・・・・おもてなしする手筈を整えてしまいました。」
若干トボけながらそんな事をのたまう老執事。
えぇー・・・・・・、そんな勝手に物事進めて何も言われないのだろうか?
でも、それは俺にとって渡りに船だった。
「だ、だったら、最初にフラムのところへ行こうよ! 転移魔法陣は使えないけど、順番が前後するだけだし!」
気づけば早口でまくし立てていた。
「何を必死になってるのよ、もう・・・・・・。でもそうね、私は賛成だわ。皆はどう?」
「急ぐ旅ではないし、私は構わないぞ。」
「・・・・・・わたしも。」
「ボクも! これでお別れしちゃうのは、ちょっと寂しいもんね。」
「あちしは、あるーに付いてくにゃ!」
「みんな・・・・・・ありがとう。」
ホッと胸を撫で下ろす。
そうだよな、ニーナの言う通り、こんなに急にお別れなんて・・・・・・。
だが、フラムの表情が晴れる様子はない。
「あの・・・・・・フラム。迷惑、かな?」
「ぅ、ううん・・・・・・そんなこと・・・・・・ない、よ。・・・・・・うれしい。」
「そ、そう? なら、良いんだけど・・・・・・。」
少し、気まずいような沈黙が訪れた。
フラムの瞳には、喜びと哀しみが入り交じったような色が浮かんでいる。
その沈黙を破ったのは、老執事の声だった。
「この老いぼれの勝手のためにありがとうございます、皆様方。表に馬車を用意しておりますので、皆様の準備が整いましたらお声がけください。」
「分かりました。荷物を取りに行こう、みんな。」
寮の部屋へ戻り、最低限の物を詰めた鞄を肩にかけた。
前日までに不要な物の処分や整理を終えていたため、部屋の中はガランとしている。
でもすぐにまた、新しい子たちがやって来るのだろう。
・・・・・・色々あったけど、長いようで短い学院生活だったな。
「何やってるのよ、アリス! 置いて行くわよ!」
「あっ、待ってよ!」
*****
老執事に先導され校門を出ると、道なりにズラリと馬車が並んでいた。
当然全てがフラムの家の物ではなく、他の良いとこの家の物である。
道沿いを歩いている間も、入れ代わり立ち代わりそれらの馬車が動いている。
「あーっ! やっと出てきた! 旦那さまーーっ!!」
聞き覚えのある声とともに視界を塞がれた。
何とか抱き着いてきたミアの腕から脱出する。
「ミ、ミアたちも来てくれたんだね、ありがとう。」
馬車を待つ卒業生の女の子たちに、負けず劣らず可愛い女の子たちが待っていた。
「私は別にどっちでも良かったけど、ソフィがどうしてもって言うから・・・・・・。」
「うふふ、そういう事にしておきます。おめでとうございます、ご主人様。」
サラは相変わらずツンツンだな・・・・・・。
ソフィは道行く男性の視線を一点に集めている。
「おめでとうございます、姫騎士様。それに皆様方も。」
「おめでとーございますっ!」
「えぇ、ありがとう、リタ。リコもありがとう。」
そう言って、リコの頭をリーフが撫でた。
リタの義足の習熟は進んでおり、すでに長いスカートでも問題無く動けるようになっている。・・・・・・少々残念だが。
もう杖姉妹とは呼べないな。
「それから姫騎士様。中ボス様から言伝を預かっております。」
「・・・・・・何て?」
「いつでも”団長”のお戻りをお待ちしています、と。」
「・・・・・・分かった、ありがと。」
結局、中ボスが”団長”の座に就くことは良しとしなかったらしい。
そんなのは名前だけの問題で、運営は中ボスに任せっぱなしだったから、特に何か変わるわけではないけれども。
まぁ、たまに顔を見せるくらいならしてやってもいいか。
「旦那さま・・・・・・ホントに、行っちゃうんですか?」
ミアのウルウルした瞳が俺に訴えかけてくる。
がっしりと掴まれた腕は中々開放してくれそうにない。
「こ、この間も戻ってくるって説明したでしょ!?」
「で、でもぉ~・・・・・・。」
「ハァ・・・・・・しょうがないなぁ・・・・・・。」
懐から小さな紙を取り出し、ペンを走らせる。
それと一緒に、とある鍵をミアに手渡した。
「旦那さま・・・・・・これは?」
「私が買った家の住所と鍵。戻るまで管理をお願い出来る?」
この街での拠点にと、レンシアの伝手で手に入れた郊外にある一軒家だ。
学生寮はもう使えないしな。
職員用の寮も無いことは無いが、そちらは制約が多い。
それなら、とレンシアに相談して回してもらった物件である。
小さくて多少古いが、内見時に魔法を使って突貫で地下室を作ってあるので広さだけなら問題無い。
「お代は身体で」ってのが怖いところだが。
表の改装もしたいところだが、それは戻ってからゆっくりやれば良いだろう。
地下は魔法で穴開けて固めるだけだから良いのだが、表側はデザインとかもあるしな。
そっちの知識に明るい魔女を紹介してもらう予定なので、それからでも遅くはない。
「アタシと旦那さまの・・・・・・愛の巣!?」
「なに言ってんの。」
ペシッと額にデコピンをお見舞してやる。
「あいたっ!」
「小さい家だけど地下に幾つか部屋を作ってあるから、みんなも好きに使って良いよ。ソフィとサラも今の二人部屋じゃ手狭だろうし、リコも自分の部屋欲しいでしょ?」
「私は別にっ・・・・・・ソフィと一緒の・・・・・・部屋、でも・・・・・・その・・・・・・構わないけど。」
「わたしもおねーちゃんといっしょがいいっ!」
「そ・・・・・・そう?」
随分遠慮がちだな。
俺なんて自分の部屋って聞いたら小躍りして喜びそうだが。
「まぁ、遊ばせてても仕方がないからさ。必要なら使ってね。」
「ふふふふ・・・・・・アタシと旦那さまの・・・・・・。」
ミアは目にハートを浮かべてトリップしてしまっている。
彼女の頭の中ではとんでもないことになっていそうだ。
「・・・・・・とにかく、家の方はお願いね、ミア。」
「はい! まかせて下さい、旦那さま!」
鍵とメモを大事そうにを抱え、ようやく俺の腕が解放される。
若干心配だが・・・・・・まぁ、他の子も付いてるから大丈夫・・・・・・だよね?
頃合いを見計らっていた老執事が、声を掛けてくる。
「それでは皆様、こちらで御座います。」
案内された場所には、フラムの家の馬車が二台停められていた。
周りのものと比べると、ひときわ古めかしいデザインである。
しかし整備はきっちりされているようで、ボロいという印象は微塵も感じられない。
老執事の手を借り、馬車へと乗り込む。
内装もしっかり手入れが行き届いており、まるで下ろし立てのよう。
扉を閉めた老執事が御者台へ上がると、窓の外の景色がゆっくり流れ始めた。
見送ってくれているミアたちに小さく手を振り返す。
だんだん遠ざかっていく校舎を、隣に座るフラムがじっと見つめていた。




