177話「深青」
『外は魔物だらけなのに、まさかホントに来るとは思わなかったよ。 もしかして、あの子たちって見た目によらず強い?』
水着屋店主である魔女、通称「水ちゃん」の問いに頷いて答える。
『俺なんかより頼りになるよ・・・・・・。』
特に体力面では、チート魔力のお陰で何とかついていける程度。
同年代の子と比べると明らかに突出してるからなぁ、皆。
真剣に水着を選ぶ様子は、普通の女の子なのだが。
「うわぁ・・・・・・コレ凄いよ、ヒノカ姉ぇ!」
「コレはただの紐ではないのか?」
「ねぇ、フィー。こっちのも貴女に似合いそうよ。あ、こっちも! 早く試着してみましょう!」
「・・・・・・う、うん。」
外に出るのを怖がっていたロールたちも、水着を取っかえ引っ変えして今は楽しそう。
購入予定のものが山になってるが・・・・・・。
後で数着に絞るように言った方が良さそうだ。
「あるー、着替えたにゃ!」
目の前の試着室からサーニャが飛び出して来た。
水ちゃんがサーニャの為に作ったという水着に着替え――
――裸っ!?!?
いや・・・・・・よく見るとちゃんと水着を着ている。
超が付くくらいのマイクロビキニを。
『獣人ってやっぱり成長速度が早いんだねぇ、驚いたよ。』
『なんかしみじみ言ってるけど、それを考慮しても超から普通のマイクロビキニになるだけだよね?』
『チッ、バレたか。』
『却下で。』
「これ・・・・・・ダメにゃ?」
「駄目・・・・・・じゃないけど、サーニャには少し小さいから、店員さんに他のを選んでもらって。」
『ちゃんと外で着れるのを頼むぞ、オイ。』
『任せとけって!』
「さ、コチラへどうぞ、猫耳のおねーさん!」
「分かったにゃ!」
着替えもせずについて行っちまった・・・・・・。
まぁ、店は貸切状態だし、放っておこう。うん。
ツッコんだりするのが面倒臭くなった訳じゃない。
さて、俺は見当たらないフラムの様子を見に行くことにする。
並んだ棚の間を、見落とさないよう一つ一つ覗く。
・・・・・・お、いたいた。
憂いた表情のフラムが水着を選ぶでもなく、ただ眺めていた。
ここ最近の彼女は、ずっと塞ぎ込んでいる。
傍から見ればいつもと変わらない様子だが、俺だって伊達に長く一緒に居るわけじゃない。
表情は変わらなくとも、喜怒哀楽くらいは感じ取れる。
それでも原因は分かっていない。
聞いても「大丈夫だから」としか返ってこないのだ。
まぁ、あんまり大丈夫じゃないんだろうけど・・・・・・、そう言われると強く追及も出来ない。
最初は気弱で臆病なだけの子だったが、今はしっかりと芯を持っている。
それを彼女の成長ととれば喜ばしい事なのだろうが、俺としては少しヤキモキしてしまう。
これが子離れ出来ない親の心境ってやつか?
とにかく、今はフラムを信じるしかないか・・・・・・。
そんな心情を悟られないよう、努めて明るく話しかける。
「気に入ったの見つかった、フラム?」
「ァ、アリス・・・・・・その・・・・・・。」
どうやら、まだのようだ。
「一緒に探そっか。」
「ま、前のじゃ・・・・・・ダメ、かな?」
「フラムだって成長してるんだし、流石に体に合わないでしょ。」
「そ、そっか・・・・・・。」
「前のが気に入ってるんなら、似たのを探そうか?」
「ぅ、うん・・・・・・!」
フラムの水着はどんなだったか、記憶を掘り起こしながら店内を物色していく。
「あ、こんなのも良いんじゃない?」
ふと目に留まった水着を取り上げた。
それを見たフラムの頬が赤く染まる。
「ぉ、おヘソが・・・・・・出てる、のは・・・・・・。」
「そっかー、似合うと思ったんだけど。」
「ご、ごめん・・・・・・ね。」
「気にしないで。折角なんだし、色々見てみよう。」
どうせ時間はたっぷりあるのだ。
フラムの手を取って、ゆっくりと吟味しながら歩く。
「これはどう?」なんて会話をしながら。
「ァ、アリスのは・・・・・・どうする、の?」
「私はお姉ちゃんかサーニャが使ってたので良いかな。大きさは合うだろうし。」
所謂お下がりというやつだ。
「で、でも・・・・・・それじゃ、アリスだけ・・・・・・。」
「別に私は気にしないから大丈夫だよ。」
普通の子供や女の子だったら新しいものを欲しがるのだろうが、俺は自分の水着にそこまで拘るつもりも必要も無い。
お下がりにすりゃ節約にもなるし。
いや・・・・・・よく考えたら、むしろ”使用済み”の方が価値が高いような気もする。
「もしかしたら、フラムのもピッタリかもね。同じ年の子の中では小さい方だし。」
「アリスが・・・・・・ゎ、私の・・・・・・っ!?」
先ほどよりも更に、それこそ燃え上がるように彼女の頬が紅くなった。
「あ、あの・・・・・・フラム?」
「~~・・・・・・ッ!」
どんな想像したんだ一体・・・・・・。
「と、とにかく私のは気にしなくて良いから、フラムの水着を探そう。」
頬を紅くして俯いたままの彼女の手を引き、店内の巡回へ戻った。
決まるまで三周ほどする羽目になってしまったが。
まぁ、それは他の皆も大差無かったようで・・・・・・。
結局、皆の買い物が終わった頃には、フラムの代わりに紅くなった陽が海の向こうに沈みかけていた。
*****
買い物から宿に戻り、部屋で一息ついた俺は一人、夕陽に染まる海を見つめていた。
「あれがマグロドンか・・・・・・。」
見える、私にも見えるぞ!
沖合の紅い海に浮かび上がった巨大な影が!
その上空では、小さな物体が巨影に付き従う様に飛んでいる。
今チャットで盛り上がり、画像をアップしまくっている魔女たちだろう。
テレホマン並の速度でようやく読み込んだ一枚には、魔物を喰い散らかすサメかマグロか良く分からない物体が大迫力で写っていた。
これがマグロドンらしい。
というか、味方・・・・・・なのか?
どういう理屈かは分からないが、街中を彷徨いている魔物達も浜辺を目指し、マグロドンへ向かって海の中を進んでいく。
しかし魔物達は統率が取れていないため、到着した端から喰い千切られ、数の有利を生かせていない。
それでも多勢に無勢。マグロドンの体には大小傷が増えていく。全然効いて無いっぽいけど。
ほとんど一方的な戦いは暫く続き、気付けば日は落ちていた。
魔物の血で染まっていた海は深い青色を取り戻し、静まり返っている。
「もう魔物は居ないみたいだな。」
街にいた魔物は全てマグロドンの腹へ移動したらしく、眼下に見える宿の玄関からはゾロゾロと人が溢れだしている。
おそらくこれから野営の準備を始めるのだろう。大変だな。
食餌を終えたマグロドンは、島の結界の中を窮屈そうに泳いでいる。
「さて、こっちもそろそろエサの時間か。」
窓から離れブラインドをサッと閉じた。
この後は、うちの可愛い怪物たちの活躍を嫌でも見る事になりそうだ。




