167話「雨宿り」
「はァ・・・・・・。にわか雨に降られた上に魔物と戦うことになるなんて、ついてないわね。お陰で靴の中までびしょ濡れだわ。」
「あはは・・・・・・そうだね。すぐ止むだろうし、少し休もう。」
迷宮の街から戻って、夏休みもあと数日。
今日はレンシアの街からいくらか離れた森の中に、リーフと二人で薬草採取に来ている。
夏休みの終わりに一稼ぎと、ヒノカとリーフと三人でギルドに行ったまでは良かったのだが、碌な仕事が無かったので予定変更という訳だ。
長期間の仕事は既に無理だし、短期のも夏休みに稼ぐガチ勢がさっさと良い仕事を取っていくしな。元々期待はしていない。
ちなみにヒノカは「リーフが付いて行くなら帰って修行」だそうだ。ニーナの事が気がかりなのだろう。
リーフもそれを汲んで俺に付き添ってくれたようだ。
俺の見る限りニーナはもう大丈夫だと思う。
以前のような元気が無くなったのではなく、少し思慮深くなったという印象である。
まぁ、それでも元気いっぱいと表現できるのは変わり無いのだが・・・・・・。
「ひゃ・・・・・・冷たっ!」
リーフが小さな悲鳴を上げた。首筋に滴が落ちたらしい。
慌てて駆け込んだ木の下では大粒の雨を防ぎ切れないようだ。
パンツまでずぶ濡れになってしまった後だし、今更であるが。
「ちょっと待ってね、リーフ。」
地面に手を触れて魔力を流し込み、屋根付きバス停のような小屋を作り上げた。ついでに中にベンチも作る。
一夜明かすならもっとしっかりした小屋を作るところだが、にわか雨を凌ぐだけなら問題無いだろう。
「これで大丈夫だよ、入って。」
「・・・・・・相変わらず便利ね。」
「どういたしまして。」
土のベンチに二人並んで座った。
雨粒が屋根を叩く。
着ている服に魔力を流し、染み込んだ水を操って服から追い出す。
思ったよりもデカイ水玉が出来上がると、大きな耳垢が取れたような・・・・・・何とも言えない満足感。
「よし・・・・・・っと。リーフの服も乾かすよ。」
「へ・・・・・・っ!? え、遠慮するわ! 自分で出来るのだし・・・・・・。」
「さっきの戦闘で結構魔力使ってたでしょ?」
「う・・・・・・。けれど、貴女に頼むなら服を脱がなきゃダメなのでしょう?」
「そうだけど、そのまま放っておいたら風邪――」
「っ・・・・・・くしゅん!」
「――引くよ?」
「でも、こんな陽の明るい内に外で脱ぐなんてイヤよ!」
「えっと・・・・・・一応、脱がなくても出来なくはないけど・・・・・・。」
「それを先に言いなさいよ!」
「いや、でも・・・・・・触らなきゃいけないのは変わらないよ?」
「・・・・・・脱ぐよりはマシだわ。」
「分かったよ・・・・・・。じゃあ、上の方からやるね?」
片方の手でリーフの服の裾をつまみ、もう片方の手を下から服の中へ潜り込ませる。
「ちょ・・・・・・っ、何してるの!?」
「下着の方も触らないと、下着が乾かせないんだよ。それか・・・・・・下着だけでも脱いでくれれば大丈夫だけど。」
要はパーツごとに触れている必要があるのだ。
自分が着ているものについては内側から水分を追い出せば良いだけなのだが、他人のものとなれば勝手が違う。
脱いでくれれば一つずつ出来るから楽なんだけど。
「うぅ・・・・・・そのまま手を入れて頂戴。」
やはり脱ぐのはNGらしい。
まぁ、どちらを選ぶにしろ究極の選択だ。
「んっ・・・・・・。」
「ちょっと我慢しててね。」
下着も指でつまむように持ち、服と同時に魔力を流して水分を追い出していく。
この「同時」というのがミソなのだ。
片方だけ乾いても残った方の水分が染みてくるからな・・・・・・。だから着たままはめんどい。
「これでどうかな? まだ濡れてるところはある?」
「・・・・・・いいえ、大丈夫よ。」
「なら、次は下の方だね。」
リーフの前にしゃがみ、スカートをまくり上げ――
「なにしてるのよバカぁ!!」
「目視しないと難しいし・・・・・・。」
「さっきは見なかったじゃない!」
「いや、透けてたから・・・・・・。」
「っ――!?」
慌てて胸元を隠すリーフ。
「もう乾いてるから大丈夫だよ。」
「・・・・・・・・・・・・見ないと”難しい”って言ったわよね。」
「うん。」
「”出来ない”・・・・・・じゃないのよね?」
「わ、分かったよ。見ないでやるから・・・・・・。」
リーフの正面に立ち、片手にスカートの裾をつまむ。
「中・・・・・・入れるね?」
「い、良いわ・・・・・・入れて。」
ものすごく誤解されそうな言葉を交わし、スカートの中に空いた手を差し込む。
濡れた下着に手を触れると、リーフの肩がピクリと震えた。
「じゃ、やるからね。」
一つ深呼吸し、触れた部分から魔力を流し込んでいく。
そして魔力を操作し――操作し――・・・・・・あれ?
「ひぁぅっ!? な、なに!? 何か、動いて――」
「わっ、ちょ・・・・・・いきなり抱きつかないで、リーフ! あ――」
魔力の操作に集中していた俺は咄嗟のことにバランスを保ちきれず、グラリと身体が傾いた。
その先には、夕立でしとどに濡れた地面。
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雨音が、並んで座る俺たちの沈黙を更に重いものにする。
泥々になってしまった服は綺麗に乾かし終えたが、雨脚はまだ強い。
「・・・・・・・・・・・・今日は散々な日ね。」
「ご、ごめんね、リーフ。」
「・・・・・・。」
「あの・・・・・・本当に、ごめんなさい。」
「あぁ、もう・・・・・・! 分かってるの、私が悪いことくらい! だから・・・・・・そんな顔しないで。」
「私がもう少し魔力の操作が上手ければ良かったんだけど・・・・・・。」
「いいえ、貴女の魔法だって万能じゃない。そんなの分かっているのにね。つい・・・・・・貴女に甘えてしまったわ。我儘ばかり言ってごめんなさい。」
状況が状況だけに仕方ないとは言え、下着を脱いで誰かに渡すなんて嫌に決まってるよな。年頃の女の子なんだし。
「リーフが悪いなんて思ってないよ。むしろもっと我儘言って甘えたって良いと思うけど・・・・・・。」
「そんな訳にはいかないわ。立派とは言えないけれど、私だって・・・・・・もう大人だもの。」
「そうだけど・・・・・・、甘えられる時にちゃんと甘えられるのが大人だと思うよ! だから、リーフだって仲間の私たちに甘えたって・・・・・・良いと思う。」
俺の言葉を聞いて目をぱちくりとしばたかせるリーフ。
「ぷ・・・・・・ふふっ・・・・・・そうね、そうかもしれないわね。」
「私、何か変なこと言った?」
「いいえ・・・・・・でも、少し甘えさせて貰おうかしら。」
そう言うとリーフが俺の膝の上に頭を乗せた。
「リ、リーフ!?」
「あら、いつか膝枕してくれるって言ってなかったかしら?」
「言ったけど・・・・・・今なの?」
「えぇ、少しだけ休ませて頂戴。」
「・・・・・・分かったよ。雨が止んだら起こすね。」
「ん・・・・・・お願い、アリス。」
戦闘で思ったよりも魔力を消耗していたのだろう、しばらくするとリーフは静かに寝息を立てはじめた。
遠くの空には、雲の切れ間から青い空が顔を覗かせていた。




