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159話「暑よりも夏い場所」

「うぅ~、暑い・・・・・・何なのここ~?」


 新たな階層に降り立った俺達を迎えたのは、身も焦げてしまいそうな暑さだった。

 四角に区切られた部屋は、壁ではなく真っ赤な光を放つ溶岩の川で囲まれている。

 火山洞窟と表現するのが一番近い。


「と、とにかくあの陰になっている所へ行きましょう!」


 リーフの指した方向には、岩で覆われた洞窟のような通路が真っ直ぐに伸びている。

 確かに、ここでじっとしているより多少はマシだろう。

 俺達は慌てて通路へと駆け込んだ。


「わぁ~っ、涼しい!」


 意外にも通路の中は全く熱気を感じなかった。

 涼しい、というよりは常温か。

 温度差のせいでそう感じるだけだろう。


 しかし、それだけで十分有難い。

 あの暑さのままだったら一日も持たなかったに違いない。


「野営は通路でする事になりそうだね。」

「そうね・・・・・・あれだけ暑かったら休んでなんていられないもの。」


 慌てて駆け込んだせいでバラバラになっていた隊列を組み直し、薄暗い通路を進んでいく。

 程なくして、次の部屋が見えてきた。

 溶岩がグツグツと煮えたぎっているのが遠目でも分かる。

 ・・・・・・行きたくねぇ。


「魔物は・・・・・・居ないみたいだね。」

「うむ、何も感じないな。」


「罠はどう?」

「ここからだと一つ。先に行って解除するから、皆は合図したら部屋に入ってきて。」


「き・・・・・・気を付けて、アリス。」

「うん。ありがとう、フラム。」


 覚悟を決めて部屋へ踏み込んだ。

 身構えていた分、肌を焼くような熱気もいくらかマシに思える。

 ・・・・・・いや、やっぱダメだわコレ。暑い。暑過ぎる。


「早いとこ終わらせよう・・・・・・。」


 部屋の中をぐるりと見渡す。

 中央に一つと、手前側の隅に一つ。

 サッと罠を解除し、皆の方へ振り返った。


「皆、終わっ――」


 ――ゴボッ。ゴボゴボッ。

 背後で気泡が連続して割れる音。

 同時に、魔物の気配。


「おいっ、アリス!」

「分かってる! 皆はまだそっちに居て!」


 音の方へ向き直り、剣を構えた。

 湧いてくる気泡を視界に収めながら、ゆっくりと後ずさる。

 どうする、逃げるか?


 いや・・・・・・逃げるには少し遅かったみたいだ。


 ソイツは溶岩の中からゆっくりと這い出してきた。

 体長5メートルは優に超えていそうな大きなトカゲだ。

 ずんぐりとした体型からは鈍重そうな印象を受ける。


「デケェな・・・・・・こいつ。」


 太く肉厚な足からは鋭く大きな爪が伸び、大地をしっかりと捕らえている。

 横に大きく裂けた口からは鋸のような歯が覗く。

 小さな濁った目と視線がぶつかった気がした。


「とにかく先手必勝!」


 ガラ空きの背中目掛けて一気に触手を突き刺す。

 ガツンッ!


「ちょ・・・・・・硬っ!」


 溶岩に潜ってても平気なだけはある。

 あれじゃ手持ちの武器は刃が通らないだろう。


 ・・・・・・+3000の鉄パイプ買っときゃ良かったかも。


「じゃあコレはどうだ!」


 魔力を水弾に変えて撃ち込む。

 物理がダメなら属性攻撃ってなワケだ。


 水弾が直撃すると、その部分から水分が染み込み膨らんでいく。

 ピシッ・・・・・・・・・・・・プシュゥゥゥウウウ!!

 大トカゲの皮膚に亀裂が入り、水蒸気が吹き上がった。


「グギャアッ!」


 ヤツが悲鳴を上げ、身悶える。

 焼け石に水、とはならなくて良かった。これなら倒せそうだ。


 と思った矢先に、大トカゲはくるりと反転し、ズリズリと這いずって溶岩の中へ帰っていった。意外と素早い。

 しかし、ザブッと一潜り終えると再び溶岩から這い出してきた。

 逃げた訳ではないらしい。


「げ・・・・・・治ってやがる。」


 先程与えた傷が綺麗サッパリ消えている。

 溶岩から引き離して戦う必要がありそうだ。となると通路か。

 見渡せば部屋からはいくつか通路が伸びているが・・・・・・来た道が一番安全だろうな。


「そっちの通路に誘き寄せるから、全員来た道を戻って!」

「えぇ、分かったわ。 戻りましょう、皆!」


 リーフの号令で撤退を始めるも、荷車があるせいであまり速度は出ない。

 少し時間を稼いだ方が良さそうだ。


「もうちょっと遊んで貰うよ!」


 触手を伸ばし、ヤツに絡み付ける。

 これで動きを封じ・・・・・・封じ・・・・・・ヤベェ、重っ! 無理だコレ! しかも力強ぇ!

 逆にこっちが引きずり回されそうだ。


 触手の拘束をものともせず、ヤツが大きく口を開けて息を吸い込み始める。

 このモーションはマズい!

 触手を解き、大きく後ろへ飛び退く。

 次の瞬間、俺の居た辺りをヤツの吐き出した炎が焼き尽くした。


 うおっ、熱っ!

 このクソ暑いダンジョンで、なんて傍迷惑な・・・・・・!


 ブォォォンッ!

 追い打ちで飛んできた丸太のような尻尾の一撃をすんでのところで躱す。

 オイオイオイ当たったら死ぬわアレ。なんかトゲ付いてるし。


「おっと、今度は噛み付きか! 随分多芸だね!」


 更に繰り出されたひっかき攻撃も避ける。

 字面だけなら可愛い感じだが、アレも当たったら死ねるな。

 続くトカゲの猛攻を回避、回避、回避。


 動作は大振りなので落ち着いて対処していれば問題無さそうだが、こちらも決め手に欠ける。

 ドデカい魔法一発で決めたいところだが、チャージする暇は与えてくれないだろう。


「・・・・・・大丈夫、アリス?」

「お姉ちゃん! 皆は?」


「・・・・・・もういけるよ。」

「よし、じゃあアイツを誘い込もう!」


 踵を返し、通路の中まで駆ける。

 振り返ると猛烈な勢いで突進してきている大トカゲ。

 まるで戦車のようだ。

 ヤツ自身が発熱しているらしく、背後からムワッとした熱気が通り過ぎていく。


「ちょ・・・・・・速すぎない!?」


 差が少しづつ縮まってきている。

 曲がり角ではその巨体が仇になって速度が落ちているが、直線ではあちらの方が速い。


 もう一回魔法を当ててみるか・・・・・・?

 でも、もうちょい引き付けてからにしたいところだが・・・・・・。

 思案していると、フィーにひょいと担ぎ上げられた。


「お、お姉ちゃん!?」

「・・・・・・しっかり掴まってて。」


 フィーが力強く大地を蹴ると、更に加速する。

 同じ強化魔法を使っている筈なのに、使い手でこうも変わるのか・・・・・・。

 担がれたままの状態で通路を進み、ようやく皆と合流する事ができた。


「どうしたのよ、アリス!? 怪我でもしたの!?」

「いや、大丈夫。さっきの魔物が思ったより足が速くて。」


「そうなのか・・・・・・? 着いてきていないみたいだが・・・・・・。」

「え・・・・・・あれ・・・・・・? ホントだ・・・・・・。」


「・・・・・・途中からすごく遅くなってた。」

「お姉ちゃんは気付いてたのね・・・・・・。」


 振り落とされないように必死で気付かなかったわ・・・・・・。


「ともかく・・・・・・時間が稼げたなら、ここで魔力を溜めて一気に片をつけるよ。」


 通路が埋まる程の水で攻めてやれば、ひとたまりもあるまい。

 俺は集中し、魔力を溜め始めた。


*****


「来ないわね・・・・・・。」

「あぁ・・・・・・来ないな。」


 早く来てくれ、トカゲェー!!

 チャージした魔力を維持するの凄ぇ疲れるんだよ!


「それもう止めたら、アリス?」

「うぐぐ・・・・・・でも、いきなり来たら・・・・・・。」


 というか、せっかく溜めたし・・・・・・。


「サーニャの方はどうかしら?」


 ずっと地面に耳を当てていたサーニャが答える。


「足音もしないにゃ。ウンともスンともにゃ。」

「・・・・・・ですって。」


「・・・・・・・・・・・・ハァ。」


 溜め息に吹き飛ばされたように溜めた魔力が霧散していく。


「どうして追いかけて来なかったんだろ?」

「諦めちゃったんじゃないの? ボクだってフィーに逃げられたら追いつける気がしないし。」


「ふふっ・・・・・・案外そうかもしれないわね。」

「・・・・・・ごめんなさい。」


「べ、別に貴女を責めている訳じゃないのよ、フィー!」


 確かに、距離が離れてタゲが切れた可能性はあるか・・・・・・。


「それで・・・・・・どうするの、アリスちゃん?」

「後々を考えれば・・・・・・確認しに行った方が良さそうだね。」


 出来れば倒し方も把握しておきたい。

 でないと、おちおち野営も出来ないからな。


「ダ・・・・・・ダメ。ぁ、危ないよ、アリス・・・・・・。」

「だ、大丈夫だよ。いざとなれば脱出するからさ。」


 フラムをなだめ、もう一度トカゲの出た部屋へ向かって歩いて行く。

 ある程度進んだところで、先頭のヒノカがピタリと足を止めた。


「居るようだな・・・・・・向こうは止まっているようだが。」

「うん・・・・・・私も感じる。けど、通路で止まって何してるんだろ?」


「さぁな・・・・・・見て確かめるしかなさそうだ。」

「そうだね。荷車はここに置いて、静かに行こう。」


 忍び足で魔物の気配がする方へ近づいて行く。

 それにつれ、地鳴りのような唸り声が一定間隔で聴こえるようになってきた。

 怒っている・・・・・・のか?


「さ、さっきから何よ・・・・・・この声。」

「分からない・・・・・・けど、もう近いね。」


 フィーが角から顔を覗かせ、先の様子を窺う。


「・・・・・・居た。」


 皆が群がり、フィーに倣って先を覗き込む。

 まだ少し距離があるが、ヤツは通路の隅で丸くなっていた。

 相変わらず一定間隔で呻き声を上げ、迷宮を震わせている。

 いや・・・・・・これは声と言うより――


「ねぇ、この呻き声みたいなのって・・・・・・もしかして、いびきじゃない?」

「言われてみれば確かにそう聴こえるけれど・・・・・・さっきまで戦っていたのに、こんな所で寝ているなんておかしいわよ。」


「いやまぁ・・・・・・そうなんだけどさ。寝不足だったとか?」

「貴女じゃないんだから・・・・・・。」


 呆れるリーフ。


「じゃあ、他に何かある?」

「例えば・・・・・・そうね、相手を油断させて近付いてきたところを襲う、とかかしら。」


 擬態して待ち伏せたりするのも居たりするしな。

 ただ、散々戦った後で今更な気がするが・・・・・・。


「ねぇ、ラビは何か知らない?」

「えっと・・・・・・たぶん、火焔トカゲっていう魔物だと思う。」


 まんまな名前だな。分かり易くていいけど。


「弱点とかは分かる?」

「冬眠させれば簡単に倒せるって書いてあったのは覚えてるけど、あれってもしかして・・・・・・。」


「なるほど・・・・・・冬眠ね。確かにあれは冬眠しているのかも。」

「冬眠? だが、全然寒くなどないぞ?」


「私達にとってはね。でも溶岩に潜っちゃうような魔物にとったら・・・・・・?」

「ふむ、そういうことか・・・・・・。」


 通路の隅っこで縮こまるように丸くなっているのだ。

 この環境をどう感じているかなんて容易く想像できる。

 ヤツ自身が発していた熱も、今は全く感じられない。

 あれだけの熱量だ。この通路に入って早々に体内のエネルギーを使い切ってしまったのだろう。


「簡単に倒せる、としか書いてなかったの?」

「うん、それだけだよ。」


 探索者がそう書いたなら、手持ちの武器で攻撃すりゃ倒せるって事だろうか?

 さっきは全く刃が通りそうになかったが。

 でも、それを確かめるために近づきたくは無いな・・・・・・。


「リーフ、あの魔物を弓で攻撃してみて。」

「そ、そんな事して大丈夫なの!?」


「何かあればすぐ魔法を使えるようにしておくよ。」


 元々そのつもりだったし、少々手番が変わったところで問題は無い。


「・・・・・・分かったわ。準備が整ったら合図して頂戴。」


 リーフが弓を取り出し、矢を番える。

 その隣で俺は魔力を溜め始めた。


 ・・・・・・こんなものか。

 十分に魔力を溜め、リーフへ視線を向け頷く。

 それを合図にリーフが弓を引いた。


 ――ヒュッ。


 静まり返った通路に風を切る音だけが鳴る。


 ――カツン。


 矢は硬い皮膚に遮られ、そのまま地面へ落下した。

 全員が息を呑む。


「動かない・・・・・・・・・・・・ようだな。」


 安堵の息が漏れる。


「弓ではダメみたいね。」

「ダメかぁ・・・・・・。ならやっぱり魔法でやるしかないか。」


「ねぇ、それよりさぁ・・・・・・さっきから音しなくなってない?」

「音・・・・・・?」


 ニーナの言葉に耳を澄ませる。

 いや・・・・・・そんな事する必要は無い。

 さっきまで嫌と言うほど迷宮内に響いていた火焔トカゲのいびきが止まっていたのだ。


「・・・・・・っ! アイツ、起きているのか!?」


 未だ丸まったままのトカゲに視線が集中する。

 それでも動き出しそうな気配は無い。


「一体何なのよ、あの魔物は・・・・・・。」

「ねぇ、見て! アイツの身体!」


 止まっていた火焔トカゲの身体が突如崩れだしていく。

 固唾を呑んで見守る中、崩壊は加速度的に進んでいき・・・・・・やがて、魔物は完全に消失した。


「倒した・・・・・・? のか・・・・・・?」

「そうみたい・・・・・・ね。」


「何がどうなったの、アリスちゃん・・・・・・?」

「おそらくだけど、さっきの魔物にとっては通路が寒すぎたんだよ。冬眠だけじゃ済まないほどに。」


 ”簡単に倒せる”という情報は正しかったようだ。

 何もしなくて良いんだし。

 冬眠させるまでは簡単じゃなかったが。


「まぁ、対処方法は分かったし、そろそろ探索を再開しようか。」


 迷宮に入って今日で一週間。

 探索はまだまだ続く。

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