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156話「魔女狩」

『気分はどうだい?』

『・・・・・・マジ最悪。』


 ベッドに寝たままピッコロ先生の問いに答えた。

 ついでに疼く頭に悪態をつく。


『傷は治したし、後は休んでれば治るよ。』

『・・・・・・なら良いんだけど。』


 ”事故”から三日。

 身体中に出来ていた裂傷は、何処にあったか分からないほど綺麗に治されている。

 ただ頭痛やらの症状が治まらないので、こうして保健室のベッドに寝かされいるわけだ。


 ニーナは外傷以外は軽い症状だったらしく、既に復帰しているらしい。

 今の時間なら、剣術科の授業で剣を振るっていることだろう。

 俺は昨晩目覚めた為まだ顔を合わせていないが、ピッコロ先生の話によれば身体に異常は無いようだ。


『さて、レンシアから仕事を預かってきてるぞ。』

『おいおい・・・・・・とんだブラックだな。』


『コイツを預かってくれってさ。・・・・・・振動を与えないようにな。』


 ベッドに身を起こし、ピッコロ先生から慎重に桐の箱を受け取った。

 ズッシリと重い。

 蓋を開けると、箱と同じ形に粘土が隙間無く敷き詰められている。


『何この粘土?』

『その粘土の中に、あの子が作った魔道具が入ってる。』


『ふぅん・・・・・・何でわざわざ粘土なんかで包んでるだ?』

『その魔道具の起動条件は”振動を与える”こと。効果は周囲の魔力を振動させるんだと。』


『で・・・・・・結果がコレか。』


 自分を指さす。


『ダメージは対象の魔力量と距離による。魔力を振動させるんだから当然だな。』

『周囲の・・・・・・って事は、持ってる本人も?』


 ピッコロ先生が頷く。


『自分より相手の魔力量が高ければ相対的に有利になれるって訳だ。まさに転生者キラー。』

『なるほど・・・・・・だから”魔女狩”ね。』


 蓋の表に達筆で書かれた『魔女狩』の文字を眺める。


『症状としては、頭痛、生理痛、情緒不安定、悲しくないのに涙が出ちゃう。』

『何処のナースだ。』


『まぁ、冗談は置いといて。普通の魔力を持った人間なら目眩程度。転生者なら鼻血が出たり身体に痣ができたり・・・・・・見ろよ、オレのこの痣。全く酷いことしやがるぜ。』


 腕をまくりあげるピッコロ先生。

 実験台にされたらしい彼女の腕には、青痣がいくつか浮かび上がっている。


『今のアリスなら・・・・・・インフルエンザに二日酔いを足したくらいか。』

『あぁ、確かに・・・・・・通りで死にたくなる気分なワケだ。』


 ニーナが工房で鼻血を出してたのも、お風呂で見た痣も、この魔道具を自分自身に使っていた所為だろう。

 効果を試すなら、自分の身体を使うのが一番手っ取り早いからな。

 そこから試行錯誤して威力を”下げて”いったのだ。

 ただ、流石に転生者の魔力量なんて考慮出来るはずもない。


『・・・・・・ん? ちょっと待て、俺の症状なんか重くないか? 身体中から血まで吹き出たし・・・・・・。 そこまで強力じゃないんだろ? ニーナもそうだ。』

『魔力の籠った物体と接触したのが不味かったみたいだ。共鳴とか共振とか、そんな感じので威力が上がったらしい。』


 言うまでも無く、俺の持っていた剣のことだ。

 剣の素材が土で、すぐ崩れたのが不幸中の幸いであったらしく、そうでなければもっと酷い事になっていたという話である。

 余談だが”魔女狩”の調査中に、他の魔力が籠もった道具にコツンとぶつけて大惨事になったらしい。軽い接触だったため、血ではなく吐瀉物まみれで、だが。


『この魔道具・・・・・・処分はしないのか? 言ってしまえば転生者の天敵だぞ、文字通り。』

『そもそも転生者なんて、普通の人と同じく弱点だらけだからね。それに、可愛い生徒が作ったものだから、そんな事はしないってさ。ただ、危険だからこちらで預かるって話になった。作った本人は処分したいようだったけど。』


『・・・・・・で、俺が預かるの?』

『この箱を更に土でガッツリ包んで、インベントリに入れておいてくれってさ。その分のインベントリ拡張費用は経費で落とせるよ。』


『・・・・・・分かった。預かるよ。』


 ニーナが作った魔道具だし、他の人に預けるよりは良いか。

 経費もちょっと多めにふんだくってやろう。


『魔法を使うのは体調が戻ってからで構わないよ。そのために箱に詰めてあるんだし。』

『いや、それ位なら出来るよ。』


 インベントリにしまってある土を取り出し、桐の箱に纏わせる。

 二回りほどデカくなってしまったが、こんなものか。


 インベントリを拡張し、ピッタリの大きさに枠を揃えてそこへ収納した。

 これで不用意に触らなければ大丈夫・・・・・・だと思いたい。

 ちょうど作業が終わると、保健室の扉をノックする音が響いた。


『授業で怪我人でも出たかな。少し診てくるよ。』

『あぁ、俺は寝てる・・・・・・。』


 ベッドに寝転び、応対に向かったピッコロ先生を見送った。

 カーテン越しに先生の声が聞こえてくる。


「おや、君は・・・・・・。さ、入りなよ。」


 室内に足音が一つ増えた。

 新しい足音の主は、そのまま俺の寝ているベッドのカーテンを覗き込んだ。


「あ、あの・・・・・・アリス・・・・・・。」

「あれ、ニーナ? 授業はどうしたの? どこか怪我した?」


 時間的には午後の授業が始まって間もない。

 授業中にケガや病気でもしていない限り、保健室までは来ないはずだ。


「う、ううん・・・・・・気が入ってないからって、追い出されちゃった・・・・・・。」

「そっか・・・・・・。まぁ、怪我じゃないなら良かったよ。」


 もう一度ベッドに身を起こし、ニーナに椅子を勧める。

 ニーナが椅子に掛けると、沈んだ表情のまま訥々と話し始めた。


「アリス・・・・・・大丈夫?」

「うん、怪我はもう平気だよ。後は少し休んでれば良いって。」


「そ、そう・・・・・・・・・・・・。」

「ニーナは体調に変化無い?」


「うん・・・・・・ボクは、もう平気。」


 ニーナは既に頭痛等の症状は治まっているようだ。

 やはり魔力量の違いで影響が異なるのだろう。


「あ、あのね・・・・・・あの・・・・・・。」

「・・・・・・ふおっ、やべっ!」


 ニーナが何か言いかけた時、鼻の奥からツゥっと生暖かい滴が流れ落ちた。

 シーツに赤い染みが広がる。

 さっき魔法を使ったせいか・・・・・・。


「だ、大丈夫!?」


 ニーナは自分の手が汚れるのも厭わず、俺の顎に手を添えて滴る血を受け止める。


「せ、先生! アリスが・・・・・・アリスが!」


 その声を聞いてピッコロ先生が顔を覗かせた。


「あー・・・・・・、その辺に置いてある布を適当に詰めておけばいいよ。」


 随分おざなりな対応だ・・・・・・。

 まぁ、鼻血が出ただけだしな。


 ベッドの脇に用意してあった白い布をニーナに取ってもらい、鼻に詰める。

 ジワジワと赤い色が滲み、染まっていく。

 ポタリと手の甲に雫が落ちた。無色透明の雫。


「ぐすっ・・・・・・ご、ごめんね、アリス。ボクのせいで・・・・・・。」

「気にしないで・・・・・・って言っても無理かもしれないけど、私はニーナが悪いなんて思ってないよ。」


「でも・・・・・・ボクが、あんなの作ったから・・・・・・ひっく・・・・・・アリスが、怪我して・・・・・・。」

「私に怪我をさせるために作ったんじゃないでしょ?」


「そう、だけど・・・・・・。」

「なら、それで良いじゃん。魔道具が思いもよらない動作をするなんてよくある事だよ。」


 今回は運が悪かっただけだ。


「だから、あまり気負わないでね。」

「ぐすっ・・・・・・うん・・・・・・。」


 小さく頷いたニーナだが・・・・・・まぁ、そう簡単にはいかないか。


「あ、あのね・・・・・・ボク、何でもするから・・・・・・何でも言ってね、アリス。」

「へ・・・・・・? な、何を・・・・・・?」


「治るまで、大変でしょ? だから、ボクが出来ること、全部やるから・・・・・・っ。」

「い、いや・・・・・・いいよ、そんなことしなくても。」


 確かにちょっとは大変だが、自分で出来ない程じゃない。

 つーか、お世話される方が気を使うし・・・・・・何より気恥ずかしい。


「そ、それよりさ! ニーナに一つだけ約束して欲しいんだけど。」

「な・・・・・・何?」


「これに懲りずに・・・・・・魔道具を作る事、辞めたりしないでね。」

「辞める、んじゃ・・・・・・なくて?」


「うん、これからも続けて欲しいな。」

「どうして・・・・・・? ボクの所為でこんな事になったのに・・・・・・っ! そんなの、ダメだよ・・・・・・。」


「今回の件なんて、数ある失敗の一つに過ぎないよ。そんなので製作者仲間が減るなんて、寂しいからね。学科も変わっちゃったし。」

「でも・・・・・・!」


 食い下がるニーナを遮るように声を上げる。


「――それに! ニーナが先に気絶したんだから、試合は私の勝ちだし!」

「ぇ・・・・・・?」


「というわけで、次の”秘密兵器”も期待してるからね、ニーナ。」

「・・・・・・ぷっ、あははっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・懲りてないの、アリスの方じゃん・・・・・・。」


 ニーナには似合わない控えめな笑顔だが、今はこれが精一杯かな。

 部屋にはニーナが鼻を啜る音がいつまでも響いていた。

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