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14話「決闘」

 いつもならばとっくに授業が始まっている時間、俺たちはギルドの中へと足を踏み入れる。

 ピークの時間帯はもっと早朝であるが、それでも人は多い。

 そのほとんどは学生服姿。

 俺達も森に隠れる木の如く同じ制服姿だ。


 今日と明日は休みなので生活費や遊ぶ金欲しさなどで仕事を探しに来ているのだろう。

 まぁ、俺達も御多分に漏れずってワケだ。

 貯金はあると言えども、いつ入用になるかなんて分からないしな。


 ヒノカがリーフとフラムを連れ、見習い登録のため受付へと向かう。


「私はリーフとフラムの登録をしてくる。アリスは依頼を探してくれ。」

「うん、分かった。お姉ちゃんとニーナはどうする?」


 ニーナがギルド内に作られているカフェスペースを指す。


「ボクたちは向こうで席を取っておくよー、依頼はアリスに選んでもらった方が良いと思うしね。」

「あれ、おいしそうだよ。」


 さっき朝食を食べたばかりだと言うのに、もうお腹が空いたのだろうか。


「ほどほどにね、お姉ちゃん。」


「なら、終わればフィーとニーナの所へ集合だな。」

「そうだね、それじゃあ行ってくるよ。」


 それぞれの目的のために別れる。


 俺は人が群がっている学院生用の依頼掲示板を素通りし、冒険者用の掲示板へ足を向けた。

 冒険者は早朝のうちに依頼を受けるので、今の時間帯であれば人はいない。

 俺は貼られた仕事を眺めていく。


「うーん、やっぱり討伐系の依頼かな・・・。」


 レンシアの街は辺鄙な場所にあるため、街道を外れれば森か山ぐらいしかない。

 魔物も多く、少し奥に踏み入れば低ランクの依頼の魔物であれば比較的楽に見つけられるだろう。

 危険度は少々高いが、今のパーティなら問題ないはずだ。


 対して採取系の仕事は、まだ周辺の土地には明るくない為どれだけ時間が掛かるか分からない。

 運が良ければすぐに見つかるかもしれないが。


 採取の依頼もひと通り眺めてみたが、やはり殆どが面倒そうな仕事。

 比較的簡単なのは学生の方に回されているからな。

 その分、冒険者向けの仕事は実入りが多くなっている。

 ほんの気持ち程度だが。


 ただまぁ、目的は周囲の散策だ。

 依頼はあくまでもついでだと思っている。

 なので時間が取られるような仕事は避けたい。


「安いけど・・・、これでいっか。」


 ぴょん、とジャンプして依頼書を一枚剥がす。

 内容は魔物20頭の討伐。報酬は銀貨一枚。依頼主はギルド。

 所謂害獣駆除のような仕事だ。

 ハブやらイノシシやらが魔物に変わっただけである。


 魔物の指定は無いが報酬も激安価格になっているため、受ける人は稀。

 とりあえず皆に相談しようとカフェスペースに足を向けるが、前に人影が立ち塞がる。


 10代前半の少年。背丈は俺の二倍くらいか。

 首からは学院証が誇らしげにぶら下げられている。

 その後ろには彼のパーティメンバーと思われる少年が三人。


「おい、一年。その依頼書こっちによこしな。」


 あー、面倒そうなのが来た・・・。


 まぁ、いつかは絡まれるだろうとは思っていたが。

 俺は素直に依頼書を渡す。


「はい、どうぞ。」

「へへっ、分かってるじゃねーか。おい、お前ら行くぞ!」


 俺の手から依頼書を奪うと、メンバーを引き連れて受付まで向かって行った。

 そんな様子を伺っていたのか、上級生っぽい女の子がおずおずと声を掛けてくる。

 肩には届かないくらいの栗色の髪に、翠の瞳が特徴的だ。


「ね、ねぇ、大丈夫?あの子いつも乱暴なの・・・。」


 口ぶりから先程の少年と同級生のようだ。


「あー、はい。問題ないです。」

「で、でも依頼書が・・・。」


「大丈夫です、もうすぐ戻って来ますから。」

「え・・・?」


 顔を真っ赤にして再度俺の前に立つ少年。

 依頼書を握る手はワナワナと震えている。


「おい、テメェ!よくも恥を掻かせてくれたな!」


 受付で断られたのだろう。

 冒険者でなければその依頼は受けられないのだから。


「じゃあ依頼書返して貰えます?」

「て、テメェ、馬鹿にしやがってえーーー!!」


「きゃっ!?」


 俺が女の子の手を引いて少し下がると、俺のいた空間を少年の剣横切った。

 さすがに不味いと思ったのか、少年の取り巻き達が止めにかかる。


「あ、相手は小さい女の子ですよ!?お、落ち着きましょうよ!」

「うるせぇ!邪魔するんじゃねえよ!」


「ぁぐっ!」


 少年はパーティメンバーを殴って制止を振りほどき、血走った目で俺に剣を突き付けた。


「決闘だ!逃げるんじゃねえぞ、一年のガキが!」


 周囲の空気が軋む。

 俺が掴んでいる女の子の手からは震えが。


 決闘。そのままの意味。命と命のやりとり。

 彼はそんなつもりは無いのかもしれないが。


 俺は耳にタコが出来るほど、ルーナさんにその意味を聞かされている。


 少年の取り巻き達はアワアワと声も出せずに俺と少年を伺う。

 周囲も固唾を飲んで行末を見守っているようだ。


 痺れを切らした少年が叫ぶ。


「おい、余所見してんじゃねえぞ!」


 茹で上がった頭の少年に問いかける。


「それ・・・・・・本気で言ってます?」

「あ、当たり前だ!剣を抜けよ、一年!」


 普段なら相手がビビって終了だったのだろうが、その素振りを見せない俺に少し焦っているようだ。

 年下の女の子に啖呵を切って引くに引けないというのもあるだろう。


 俺の感覚で言えば唯の少年だが、この世界では13歳から成人とされている。

 彼は13歳を超えていてもおかしくない背格好。


 だからこそ、【決闘】という言葉を使いたかったのかも知れない。

 まぁ、背伸びしたい年頃のやんちゃボーイというやつだ。


 俺が手を握っている少女が彼を諌めようと声を掛ける。


「あ、あの・・・そ、そんなの可哀想だよ・・・。」

「うるせぇ!女は黙ってろ!」


「ひぃっ・・・!」


 ギロリと睨まれて少女が怯む。

 あんまり巻き込むのも可愛そうだ。


「大丈夫ですので、少し下がってて貰えますか?」

「で、でも・・・。」


「大丈夫ですので。」

「ぁ・・・ぅ・・・はい・・・。」


 少女は腰を抜かしたままズリズリと後ろへ下がった。

 彼女が十分離れたのを確認し、少年に向き直る。


「えーと、ここでやるんですか?」

「そうだ、さっさと剣を抜け!」


「はぁ・・・。」


 腰に下げた刀をスルリと抜いた瞬間、野次馬達に緊張が走る。


「そんな玩具で・・・俺を舐めてんのか!!」


 魔力で土を固めて作った刀なので玩具と言われればそうなのだが、注文の多い人だな。


「玩具が相手だと怖いですか?」

「このぉぉぉぉぉおお!!」


 少年の繰り出す剣を躱す。

 学院で学んでいるであろうその太刀筋は素人のそれではない。


 が、それだけだ。

 はっきり言って強化魔法を使っていないフィーやニーナの方が強い。

 ・・・いや、俺達の師匠が強過ぎたのか。

 何と言っても元魔法騎士だしな。


「くそっ!くそおぉっ!」


 ブンブンと振り回される剣を避け続ける。

 疲れて来たのであろう、徐々に斬撃に力が無くなってきている。

 同時に俺が反撃できないのだと見た少年は油断して攻撃が大振りになり、隙も大きくなった。


 その隙をついて俺は一瞬だけ身体を強化し、刀を鞘から走らせる。


 ゴトリ。


 少年は油断していたため俺の反撃に目を剥き、後ろへ跳んで距離を空けるが、その手には今まで握られていた剣は無い。


「え・・・?あ・・・?」


 剣のあった場所からは血がドボドボと流れ、床を紅に染めていく。


「あ・・・ぁ・・・腕・・・あれ・・・?」


 俺の足元には彼の剣と彼の一部が転がっており、同じ色に床を染め上げる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!腕っ!!!腕がっ!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!」


 少年の絶叫に我を取り戻し、何が起きたかを理解した野次馬達はそれぞれ悲鳴を上げ、ショックのあまりに嘔吐する者も現れる。


「ぐぞっ!!ぐぞっ!!!ぐぞぉぉぉぉおお!!」


 少年はショックから自らの怒りで立ち直り、俺に無事な方の手を向けて魔法を放つ態勢をとる。

 俺も魔法へ対抗するべく身構えた。


 ―――が。


 颯爽と現れ、少年の腕を捻り上げて取り押さえたのはドリーグだ。

 冒険者で、このギルドの試験官の一人。


「おっと、そこまでだぜ。」

「ぐあっ!!」


 ドリーグはこちらを見据えて口を開いた。


「そういう訳だ、簡便してやってくれや、嬢ちゃん。」


 俺は何も答えない。


「あー・・・、剣を納めてくれると助かるんだがな。」

「まだ終わってませんので。」


 そう、まだ終わっていない。

 少年はまだ生きている。

 それがルールだ。


「まぁ・・・、そうだよな・・・はぁ・・・。」


 ドリーグは少年の懐を探り、取り出した財布にこちらの足元に投げた。

 鞘や腰に付けていた短剣も同様に扱う。


「や、止めろ!!何すんだ、ドリーグさん!!」

「おいボウズ、分かってんのか?お前は今命乞いをしてるんだ。」


 彼は俺と、俺の足の下にある彼だったモノと、それがあるべき場所とを見比べる。


「え・・・あ・・・あ・・・ぁぁぁ・・・・・・。」


 彼は自分の置かれた状況を理解した。

 顔色が恐怖に染まり、叫びにならない声を上げる。


「あぁぁ・・・・・・だ、出せ・・・おい、お前らも出せ!!」


 彼は自分のパーティーメンバー達に命令するが―――。


「・・・・・・・・・・・・い、嫌だ・・・。な、何で僕がお前なんかの為に・・・!」


 その少年は自分の財布を守るように抱える。


「そ、その子にこ・・・殺されれば良かったんだ!も、もう僕はパーティー抜けるし、か、関係ない!」

「て、てめぇ・・・っ!」


 少年は駆け出し、ギルドから飛び出していく。


「俺も・・・パ、パーティー抜けるから・・・。」

「ボ、ボクも・・・。」


 残った二人もギルドから出ていく。


「ク、クソがぁっ!!」


 そんなやり取りをしている間もドリーグは淡々と指輪やブレスレットを剥ぎ、こちらに転がす。

 首から下げた高価そうな銀細工のロケットも外す。


「あ・・・そ、それは・・・!」

「中々良いモンだなこれは。ほら、受け取れよ。」


 それは傷が付かないようにか、直接投げ渡された。

 左手でロケットを受け取り、確かめる。

 なるほど、細かい細工が綺麗に施されており、一目で高価な物だと分かった。

 ロケットの中には優しそうな女性の絵が納められている。


「これで全部だ・・・それで、その足に敷いてるモンをこっちに渡しちゃくれねえか?」


 俺は【それ】から指輪とブレスレットを抜き取り、ドリーグの側に蹴り飛ばした。


「ひ・・・っ!」


 転がってきた自分のモノを目の当たりにして少年が気絶してしまったのを確認し、刀を納める。

 剣を納めたのを確認したグリードは少年の傷口をきつく縛り、転がっている少年の一部を布で包んだ。

 魔法できちんと治療すれば問題無く、くっつく筈だ。


「すまねえな、こいつはちゃんと絞っておくからよ。」

「治療費もね。」


「ガハハッ、バレてたか!まぁオレのパーティの治癒師は一流だからよ!」


 俺はロケットをドリーグに投げて渡す。


「それは売っても二束三文にもならないから返すよ。」

「あん?そんな筈はねえだろ、これは・・・。」


 ドリーグはロケットを開き、中を確認する。


「・・・・・・ああ、そうだな。俺の鑑定眼もまだまだだな。こいつは返しておく、ありがとよ。」


 俺は足元に散らばった貴金属をひょいひょいと摘まみ上げて袋にまとめる。


「なぁ嬢ちゃん。」

「はい?」


「おめぇさんはとんだ甘ちゃんだが。俺は好きだぜ、そういうの。」

「それはドリーグの事でしょ。」


「ガハハハッ!そうかもしれねえなぁ!」


 ドリーグは少年を担ぎあげ、医務室のあるギルドの奥へと進んで行った。

 俺は一息ついて周囲を見回す。


 こいつは凄惨な現場だな・・・。


 ギルドの床には大小二つの血溜りが出来て、所々に血が飛び散っており、野次馬達の居た辺りは吐瀉物で彩られている。

 とりあえず、まだへたり込んでいる女の子に手を差し出す。


「えっと・・・怪我とかはありませんか?」

「う、うん・・・、ありがとう・・・でも、ごめん・・・立てないや、ははは・・・。」


 どうしたものかと思案していると、背後でフィーの声が響いた。


「”洗浄(クリン)”。」


 振り返ると、先程までの凄惨な現場は綺麗さっぱりと消えていた。


「あ、お姉ちゃん。ありがとう。」


 フィーの目が俺を射抜く。


「ころさなかったの?」


 その言葉にドクリと胸が鳴る。


「あー・・・、うん・・・。ルーナさんに怒られちゃうかな。」


 例え相手が誰だろうと手心を加えないようにと、口を酸っぱくして言われたものだ。

 でもまぁ流石に子供相手じゃ・・・ねぇ。

 こちらでは成人なのなろうが。


 ドリーグが止めに入らなければ俺はどうしていただろうか。

 いや、殺すつもりなら最初に首を落としてたか・・・。

 実際にそれは可能だった。

 それでも俺は―――


「・・・せきにんは自分でとりなさい。」


 フィーの言葉に、沈んでいく思考が停止する。


「・・・ははっ、確かに・・・そう言われそう。」


 面倒事にならないよう祈るばかりだ。


「それで、どうしたの?」

「この人が腰抜かしちゃったみたいで。」


 フィーがスタスタと女の子に歩み寄って抱き上げた。お姫様抱っこで。


「え?あ、あの!?」

「席、取ってるから。」


 顔を真っ赤にした女の子を抱きながらカフェスペースへと歩いて行った。

 ふと俺はある事実に気がつく。


「あー・・・、依頼書・・・。」


 すっかり目的を忘れていたのだった。

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