155話「じこはおこるさ」
「魔法ありの一本勝負。ニーナ、アリス、二人とも準備は良いか?」
俺とニーナの間に立つヒノカが告げた。
いつも訓練に使っている広場に天頂まで昇った太陽の光が降り注ぎ、肌の表面をポカポカと温めてくる。
そしてサァっと風が葉を揺らし、肌を撫ぜ、上がった体温を奪い去っていく。
「いつでもいけるよ、ヒノカ姉!」
ニーナが元気に答えた。
いつも訓練に使っている剣を利き手とは逆に構える。
利き手側には板状の魔道具。
あれがニーナの言っていた秘密兵器らしい。
二枚の鉄の板をくっつけ、根元には扱いやすくするため鍔と柄が取り付けられており、パッと見は短剣を持っているように見える。
鉄板の見える部分に魔法陣は確認出来ない。
おそらく鉄板を重ねた内側部分に書かれているのだろう。
そうすれば少々打ち合ったところで魔法陣が削れることは無い。
魔道具を作る時に用いられる小手先の技術だが、丈夫に出来る反面、魔法陣の調整や修復が必要になった時に非常に面倒というデメリットがある。
「こっちも準備出来てるよ。」
訓練用の剣を両手に構えて体に魔力を滾らせ、開始の合図を待つ。
少し離れた所ではリーフ達が固唾を呑んでこちらを見守っている。
「・・・・・・ニーナ、頑張って。」
俺の応援はしてくれないのか、お姉ちゃん・・・・・・。
「ア、アリスも、頑張って!」
ありがとう・・・・・・フラム。
リーフは・・・・・・こちらに真剣な表情を向けているが、心ここに在らずと言った感じ。
あれは晩御飯の献立を考えてる顔だ。
サーニャは木陰に背を預けて眠っている。
もう気にしない事にしよう、うん。
ゆっくりと息を吐き出していく。
空気が止まり、ピンと張り詰める。
ヒノカの声が響いた。
「――始め!」
合図と同時に地面を思いっ切り蹴り、一気にニーナとの距離を縮める。
使い古しの手だが、力こそパワー!
分かっていても対応出来ないものは出来ないのだ。
ニーナには悪いが、秘密兵器を使われる前に弾き飛ばしてしまおう。
狙いをニーナが持つ魔道具に定め、剣を振るった。
ニーナはそれを読んでいたのか、俺が地を蹴った時には剣を捨て、両手で魔道具を構えていた。
だから剣の形に加工していたのか。
対応出来ない速さで打ち込んでも、その場所さえ分かっていれば反応速度も上がる。
最初に片手で構えていたのは剣筋を誘導するためのブラフだったのだ。
俺の剣と、ニーナの魔道具が真っ向からぶつかった。
――ボロッ。
その瞬間、俺の持っていた剣が形を保てず崩れた。
手にはグシャリと土を握った感覚。
考える間もなく、目の前が赤く染まった。
腕の皮膚が所々裂け、赤い血が噴き出している。
――ィィィイイイイイイインンッッッ!!!!
その痛みを認識する前に、耳鳴りと後頭部を殴打されたような衝撃が俺を襲った。
グラリと身体が傾き、地面が眼前に迫ってくる。
咄嗟に身体を捻って顔面強打は免れたものの、身体に力が入らず、立ち上がれそうもない。
「・・・・・・っ!! ごふっ・・・・・・!」
口から溢れた血が地面を赤く彩る。
身体中に広がった裂傷からも血が流れ出て、赤色を広げていく。
だが、不思議と痛みは感じない。
・・・・・・いや、ガンガン、ズキズキと響く頭痛が、それらの痛みをかき消している。
「お、おい!? ニーナ、しっかりしろ!」
・・・・・・そうだ、ニーナはどうしたんだ?
ヒノカの声がした方へ顔を向ける。
そこには俺と同じように裂傷を負って血溜まりを作るニーナの姿があった。
ヒノカがニーナを抱え、懸命に声を掛けている。
ニーナは気を失っているのか、目を開ける気配はない。
「・・・・・・い、一体・・・・・・何が起こったのよ!?」
額を押さえながらリーフがヨロヨロと駆け寄ってくる。
頭痛が酷いのか、脂汗が滲む顔を歪めている。
俺の側で膝を曲げると俺の身体を調べ始めた。
「・・・・・・大丈夫、大丈夫よ・・・・・・。」
自らに言い聞かせるように呟くリーフ。
その手と唇は震えている。
「治癒魔法は使えるわよね、ヒノカ?」
「あ、あぁ・・・・・・だが、こんな傷は・・・・・・。」
「私にだって無理だわ。けど、小さい傷なら大丈夫でしょう?」
「・・・・・・そうだな。泣き言は言っていられない。」
「フィー、貴女には先生を呼んできて欲しいのだけれど・・・・・・大丈夫?」
胃の中のものを全て吐き出してしまったフィーが、フラフラと立ち上がった。
「・・・・・・うん。行ってくるね、リーフお姉ちゃん。」
おぼつかない足取りで校舎の方へ向かってフィーが駆けていく。
「ゃ、やだぁ・・・・・・し、死なないで、アリス、アリス、アリスぅ・・・・・・!」
「あるー、死んじゃうにゃ・・・・・・?」
「・・・・・・っバカなこと言わないで!!!」
リーフの悲痛な叫びが虚しく空に吸い込まれる。
「ひぅ・・・・・・っ、ご、ごめ・・・・・・なさ・・・・・・。」
「ご、ごめんにゃー・・・・・・。」
「大丈夫・・・・・・だからね、アリス。」
そんな顔じゃ説得力無い。
なんてツッコミをしようにも、喉から空気が漏れる程度にしか声が出ない。
「少し、眠っていると良いわ。」
リーフが麻酔代わりに眠りの魔法を唱えた。
今の俺が抗えるはずも無く、瞼が重くなってくる。
死んだらまた転生のおねーさんに会えるのだろうか。
などと考えながら、眠りに落ちた。




