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148話「やめますか?(y/n)」

 あっという間に春休みは過ぎ去り、始業式も終わって学校生活は四年目へと突入した。

 毎年恒例の学科見学会の準備で賑わう廊下を一人歩く。

 向かう先は学長室。その更に奥の部屋。

 今日は珍しく呼び出しを受けている。


『さて・・・・・・肚は決まってるか?』


 開口一番。訪れた俺にレンシアは言った。

 短く答える。


『あぁ・・・・・・頼む。』


 それだけで済む。

 この時の為に心構えをしてきたのだ。


『そうか・・・・・・。なら、まずは場所を変えるぞ。』

『何処へ行くんだ?』


『それは着いてからのお楽しみって事で。』


 レンシアについて歩く。

 だがその方向には、ついさっき俺が入って来た扉しかない。


『部屋を出るのか?』

『いや・・・・・・この上に立って。』


 レンシアの足元に視線を下げると、そこには・・・・・・。


『足ふきマット・・・・・・?』

『そ、コレに転移魔法陣を編み込んであるんだよ。』


『ネコの柄にしか見えねえけど・・・・・・。』

『カモフラージュだよ。まさかこんな所にあるとは誰も思わねえだろ?』


 確かに、コレをわざわざ調べようとは思わないだろう。


『よし、乗ったな? ”覚悟”はいいな? 行くぜ・・・・・・”テレポ”。』


 ”覚悟”の意味を問う前にグラリと視界が傾き、歪み、揺れる。

 キツい立ち眩みの様な感覚に思わず膝を着く。


 ・・・・・・と、そこは先程の足ふきマットの上では無く、魔法陣の描かれた床の上。


 周囲を見ると、どこかの地下室のようで広くはない。

 無機質な石壁に木製の棚が並べられ、埃を被った魔道具らしきものが乱雑に置かれている。

 目の前に見える階段の上には跳ね上げ式の扉。


『こ、ここは・・・・・・?』


 同じ様にしゃがんで口元を押さえるレンシアに問いかける。


『うぅ・・・・・・昔、魔女が住んでた家の地下だよ。今は・・・・・・転送用にしか使ってない。』

『なるほど・・・・・・。てか、転移魔法って、こんな・・・・・・気持ち悪くなったっけ・・・・・・?』


『あのマットに編み込んであるのは、古い・・・・・・バージョンだから・・・・・・。やっぱり、先に新しいの作って・・・・・・もらうべきか・・・・・・うぇっぷ。』


 あんな手の込んだ物をホイホイと作れるわけないってことか。

 目眩が治まるのを待ってから階段を上る。

 跳ね上げ式の扉の先はレンシアの言葉通り、家になっていた。


 フローリングの床に白を基調とした壁紙、リビング、ダイニング、キッチンにバス、トイレ付き。

 ただ、家具は一切無く広さだけを感じる家だった。


 少々埃っぽくて人は住んで無いが、たまに手入れはされているようだ。

 俺が動くと、窓から入る光に埃が舞う。


『なぁ、昔は魔女が住んでたって・・・・・・今は何処に住んでるんだ?』

『そいつは外に出れば分かるさ。』


 レンシアに促されて建物の外へ出た。

 その光景に、思わず言葉が漏れる。


『うお、すげぇ・・・・・・。』

『あれが”魔女の塔”だ。』


『塔ってか・・・・・・タワーマンション?』


 俺の眼前には巨大な長方形がそびえ立っていた。

 白く塗られ陽光を反射して輝く石造りの外壁に、整然と並ぶ窓とベランダ。

 しかし、そのマンションの周囲は深い森に囲まれており、妙にちぐはぐな印象を受ける。

 まるで元の世界のマンションがこちらへ転移してきたかのよう。


『以前はもっと一軒家とかアパートみたいなのもあったんだがな。こいつに統合したんだよ。今出てきた建物も、各地にある転移魔法陣の換装が終われば取り壊す予定だ。』

『周りには森しかないけど、場所は何処なんだ?』


『街の北にある森のずっと奥の更に奥。人が来れない様な場所にダメ押しの結界で隠してある。結界は魔物除けってのもあるけど。』


 転移魔法以外で来るには、かなり骨が折れそうだ。

 そんな機会は無いと思いたいが。


『それじゃあ中に入るか。』


 ガラスの自動ドアをくぐると、中は小綺麗なエントランス。

 大きめの観葉植物なんかも置かれ、雰囲気は悪くない。

 正面にはエレベーターが二基と、その脇には上階と地下へ繋がる階段。


『エレベーターまであるのか。』

『流石に10階以上あるのに階段だけじゃな。コレがなかったら住処を統合しようなんて、話すら出なかっただろうし。・・・・・・まぁでも、結局あんまり使われてないんだけど。』


『階段使ってるのか? 随分と健康志向だな。』

『いや・・・・・・部屋から各階とか主要な街へ転移してる。戻る時は直接部屋へ転移だね。』


 不健康な方だった。


『便利過ぎるだろ転移魔法。』

『街へ買い出しとかなれば、徒歩では無理だしな。』


 そりゃそうか、森を抜けるだけで何日さまよう事になるか見当も付かない。

 会話しながらレンシアについて歩き、エレベーターの後ろに回り込む。

 そこには更にエレベーターが二基。こちらは地下専用のようだ。


 エレベーターに乗り込むと、レンシアが鍵を使って操作パネルの蓋を開き、中にあったボタンを押した。

 体が少し浮き上がる感覚と共にエレベーターが動き出す。


『地下も結構あるんだな。』

『あぁ、研究施設とか作業部屋とか倉庫に使われてる。って言っても、大半は拡張もしてないから行っても何も無いけどな。今から行くのがお目当ての場所だ。・・・・・・ほら、着いたぜ。』


 レンシアの言葉と同時にドアが開いた。


*****


『さて、魔女化によるメリットデメリットは分かってるだろうから置いといて・・・・・・最後に確認しておくけど、まだ生理はきてないよな?』


 必要最低限の説明を受け、諸々の書類にサインさせられた後、その問いに頷いて答える。


『あぁ、大丈夫だ。・・・・・・てか、何で生理がきてたらダメなんだ?』

『正確に言うと、新しい生命ができる状態・・・・・・子供が産めるようになってるとダメらしい。因果律が云々で計算が狂うんだとさ。だから、生理がきてなくても失敗する可能性はあるぞ。』


『え、マジかよ・・・・・・。』

『今のアリスなら問題ないだろ。止めるならまだ間に合うが。』


 一瞬躊躇するも、すぐに首を横に振る。


『いや・・・・・・やる。』

『それじゃ、身に着けてるものを全部外してあの建物に入ったら、さっき教えた起動語で動かしてくれ。無事目覚めたら完了。目覚めなかったら・・・・・・ご愁傷さま。』


『・・・・・・分かった。で、起動語って本当にアレなのか・・・・・・?』

『皆が通った道だ、諦めろ。まぁ、一度は言ってみたかっただろ?』


 レンシアが指した真四角のプレハブ小屋のような建物。

 エレベーターから降りた、だだっ広い空間の中央にそれは存在していた。


 小屋の壁は何枚もの紙が貼り合わさって作られており、紙の一枚一枚に複雑な魔法陣が書き込まれている。

 不老化というだけあって、かなり高度な魔法なのだろう。

 どんな魔法陣を描けばソレを実現できるかなんて、俺には想像もつかない。


『脱いだらあの籠に入れとくといい。』


 小屋の傍にポツンと置かれた脱衣籠。


『・・・・・・もっと他のは無かったのか?』

『別に何でも良いじゃねえか。』


『まぁ、そうだけどさ・・・・・・。一気にファンタジー感が薄れるというか・・・・・・。』

『それこそ今更だろ。』


『・・・・・・それもそうか。』


 制服も下着も脱ぎ、脱衣籠へ適当に放り込んでいく。


『おっと、ギルド証は登録情報を変更するからこっちで預かる。』

『へいよ。』


 髪留めの紐を解くと、伸ばした髪が背中とお尻をくすぐるように揺れる。


『随分伸ばしたんだな。ギャルゲの主人公も真っ青な前髪だぞ。』

『いい加減鬱陶しくて仕方ないよ。終わったらまず髪を切るか・・・・・・。』


『カリスマ美幼師を予約しといてやるよ。』

『頼むよ。』


『ああ、もし神サマに会ったらよろしく言っておいてくれ。』

『縁起悪いなオイ。』


『そういう意味じゃねえって。・・・・・・ま、会えたら分かるさ。』

『・・・・・・分かったよ。』


 小屋に空けられていた四角い穴から中へ入る。

 ずむっと足が床に沈む。


『うお、足下が妙にフッカフカなんだけど!? しかも生暖かい!』

『人をダメにする感じのやつだ。』


『え、何で!?』

『じゃ、閉めるぞー。』


『聞けよオイ!』


 入口が壁と同じ紙の塊で塞がれ、視界は闇に閉ざされた。

 準備完了、というわけだ。


『ま、まぁ・・・・・・・・・・・・やるか。』


 魔法少女モノなんかじゃ、ここらで『やっぱり私は人として生きていきたい!』みたいな展開になるんだろうけど、俺は・・・・・・。

 スゥっと息を大きく吸い込む。


『”俺は人間をやめるぞぉぉぉーーーーっ!!!!!”』


 起動語を唱えた瞬間、無数の魔法陣たちが一斉に光を放ち、俺の視界は真っ白に塗り潰された。

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