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13話「火の扱いは要注意」

 授業が始まって数日。

 皆、新しい環境にもようやく慣れ始めてきている。

 そんなある日の朝。


 漂う朝食の香りに、フィーのお腹がぐぅぐぅと悲鳴を上げる。


「・・・おなかすいた。」

「もうちょっと待っててね、お姉ちゃん。」


 フィーの頭に生えた白金の尻尾も、心なしか項垂れているようだ。

 そしてニーナがその匂いに釣られて起きてくる。


「おー、美味しそうな匂いだー。」


 短めの青髪には寝癖がピンと跳ねている。

 口を尖らせてニーナを碧の瞳で睨みつけるリーフ。


「遅いわよニーナ。また授業に遅れても知らないんだから。」

「ふぁ~い。」


 だが瞳と同じ色をしたリーフの髪がニーナの寝癖と同じようにピンと跳ねる。


「あう・・・っ。」


 慌てて髪を押さえるリーフに温めたおしぼりを手渡す。


「これ使って。」

「あ、ありがとう、アリス。」


「ほら、ニーナも。」

「ありがとー。」


 二人でいそいそと寝癖を直し始める。

 開けっぱなしの扉から朝食を運んで来たヒノカ。


「ふむ、もう皆起きているな。」


 両手が塞がっているヒノカに手を貸すフラム。


「・・・ぁ、て、・・・手伝い、ます。」


 動く度にウェーブのかかった紅い髪がフワリと揺れた。

 配膳を終え、全員が席に着いたのを確認し、音頭を取る。


「それじゃあ食べよう。いただきます。」


 朝食はホクホクとした白いご飯に焼き魚、湯気の漂う味噌汁に新鮮な野菜のサラダ。

 日本に居た頃より、日本人らしい食生活している気がする今日このごろ。


 まぁ、それは先にこちらの世界に来ていた転生者達の努力の賜物なのだが。


*****


 食事を終え、食器を洗っていると隣のヒノカが声をかけてくる。


「今日はまだ余裕があるな。」

「いつもこうだと良いんだけどね。」


 いつもはもう少しだけ大変なのだ。もう少しだけ。

 テーブルの上を片付けているリーフもそれに賛同の声を上げる。


「そうね、特にニーナはきっちり起こしてあげないとダメだわ。」

「えーっ、ちゃんと起きてるよー。」


「そう言って二度寝してたのは誰だったかしら?」

「うっ・・・。」


 更にフィーが追撃を掛ける。


「あとわすれもの、多いよ。」

「うぐっ・・・。」


 そしてフラムまでもが。


「き・・・、今日・・・算術ある、けど・・・教科書・・・は?」

「あっ!忘れてた、ありがとフラム!」


 そんなやりとりを見て、リーフが口元を押さえて頬を緩める。


「言った傍から、仕方のない子ね、ニーナは。・・・フフッ。」

「何だか楽しそうだな、リーフ。」


「ええ、こういうのも良いなと思って。」

「・・・そうだな。師匠と居た頃を思い出す。」


 ヒノカもリーフもゆったりと構えているが、時間も迫ってきている。


「二人とも、私たちもそろそろ準備しておかないとまた走る羽目になっちゃうよ。」


「もうそんな時間か。」

「私は昨日のうちに済ませてあるから大丈夫よ。」


 胸を張るリーフ、同時にピンと髪の毛が跳ねる。


「髪、また跳ねてるよ。」


 何度か指で梳いて撫でつけてやる。


「ぁぅ・・・あ、ありがとう。か、鞄取ってくるわ。」


 リーフは顔を真っ赤にして部屋の奥へと消えた。


「アリスー、こっちは準備出来たよ。」


 ニーナ、フィー、フラムの三人がすでに扉の前で待機している。


「うん、すぐ行くよ。」


 準備してあった鞄を掴み三人の元へ駆ける。

 程なくしてヒノカとリーフも合流し、全員で部屋を出た。


 歩きながらニーナが疑問を口にする。


「ねぇ、今日の最初の授業何だっけ?」

「算術だよ。」


「うぅ~、算術かぁ・・・苦手なんだよなぁ・・・。」


 算術、とは言っても簡単なものだ。

 今は一年目なので加減算の授業が行われている。

 たし算、ひき算と言ったほうがいいか。


 だがこの世界では教育機関自体が未発達なため、これでも難しい内容なのだろう。


「分からない所があったら教えるから、頑張ろうよ。」

「リーフはまだしも何でアリスが出来るの~?なんか納得いかない・・・。」


 義務教育でやってましたし。


「確かに、先生も驚いていたな。どこかで習ったのか?」

「うん・・・まぁ、ちょっとね。」


 ニーナが口を尖らせながらぶーたれる。


「でも算術なんて役に立たないよね?」

「いやいや、確かにもっと高度なのは役に立たない場面が多いけど、今授業で受けてるのは必要だよ?」


「そうは思えないけど・・・。」

「えーっと、じゃあ例えば銅貨3枚のパンを3つ買ったら銅貨何枚?」


 ニーナは指を折り曲げて数え始める。


「・・・・・・9枚。」

「正解。じゃあ15個買ったら?」


 先ほどと同様に指を使って数えるニーナ。


「うー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、分かんない。」

「正解は50枚だよ。」


「50~?そんなの数え切れないよー。」


 リーフが会話に入ってくる。


「銅貨3枚のパンを15個買うのだから、45枚よ。」

「な、なんだよー、アリスだって間違えてるじゃん。」


「違うわ、ニーナ。貴女はアリスに騙されたのよ。」

「んー・・・、どういう意味?」


「貴女、お店の人に50枚と言われたら払ってたでしょう?」

「あ・・・・・・ぅ・・・ひ、酷いよアリス、騙すなんてー!」


「フフ、だから計算はきちんと出来るようにしておかないとダメよ。」

「そういうこと。ちゃんと役に立つでしょ?」


「うう~。」


 後ろではフィーとフラムが指折り数えている。


「・・・ょ、40・・・?あれ・・・?」

「・・・・・・む?」


 ヒノカは話を振られないよう彼方を見ている。

 その様子を見た俺とリーフは顔を見合わせため息をつく。


「はぁ・・・、前途多難だわね。」

「今度勉強会しないとね。」


*****


 午前の基礎学科の授業が終わり、皆揃ってランチタイム。

 午前の授業で限界を超えたニーナが、頭から煙を出して食堂のテーブルに突っ伏している。


「うぅ~もうダメだ~。」

「確かに、座学は少々疲れるな。」


「ヒノカはまだ良いじゃん、この後は戦術科なんだしさ。私は座学続きだよー・・・。」


 午後からは選択学科の授業なのでそれぞれ分かれることになるのだ。

 グダっているニーナにリーフが活を入れる。


「もう、しっかりしなさいよ。そんなんじゃ魔法騎士科に入ったときについていけないわよ?あっちの座学はもっと高度らしいし。落ちたのもその所為なんでしょ?」

「ぅぐ・・・そうだけど~・・・。」


「次は受かるようにしておかないとね。」


「そうよ、幸い私達の所にはアリスが居るのだし、きちんと教えて貰いなさい。」

「は~~い・・・。」


 思いついたとばかりに、リーフがフラムの方へ顔を向ける。


「フラム、貴女もアリスに魔法を見て貰ったらどうかしら?」

「ぁ・・・え?」


 いきなり話を振られたフラムがリーフと俺を交互に見る。


「フラムの魔法がどうかしたの?」

「魔術科の試験が魔法を使うものだったのだけど、フラムの魔法の威力があまりに弱かったの。魔力量の少ない者でも結構な威力が出る火の魔法よ?イストリア家の者なら火の魔法はそれこそ十八番な筈なのだけれど・・・。」


 あー、フラムに家の話は地雷なのに・・・。


「ぁ・・・・・・ぁ・・・ご、ごめん、なさぃ・・・。」

「ち、違うのよ!あ、貴女を責めてる訳じゃないの!何か原因があるかもって・・・それで・・・っ!」


 案の定顔色が青くなったフラム。

 やってしまったと慌てるリーフの目も少し赤くなる。


「ほら、二人とも落ち着いて。」


 俺はフラムの手を握ってやり、二人を落ち着かせる。


「・・・ぁ・・・・・・の・・・・・・ごめん、ね・・・リーフ。」

「・・・いいえ、私が無神経だったわ、ごめんなさい・・・。とにかく、魔法を弱めてる原因があるなら、その手掛かりだけでも掴めないかと思って。」


「うーん、でも私の使う魔法は特殊みたいだから・・・。」


 俺の言葉に少し頬が赤くなるリーフ。


「それは・・・、嫌というほど知ってるわ。でも、だからこそ何か分からないかと思って。先生すらも分からないと仰っていたし・・・。」

「そういう事なら、今日の放課後に見てみようか。」


 パッと顔を輝かせるフラム。


「ぃぃ・・・の?」

「うん、何も分からないかもしれないけど・・・。」


「私も付き合うわ、言いだしっぺだものね。」


 またイベントかとばかりに食い付いてくる他のメンバー達。


「面白そうだな、私も付き合おう。」

「じゃあ私とフィーも行くよ!行くよね、フィー?」

「うん。」


「・・・・・・フフ、結局みんな来ちゃうのね。それじゃあ授業が終わったら一度部屋に集まりましょう。それでいいかしら?」


「了解。」

「おっけー。」

「うむ、心得た。」

「・・・うん。」

「は・・・はぃ・・・。」


 話がまとまると、ちょうど予鈴が鳴り響く。

 その音にヒノカとフィーが席を立つ。


「そろそろ行こうか、フィー。」

「うん、わかった。」


 続いてリーフ。


「私も行くわ。」


 残る魔道具科。


「そうだね、私たちも行こう。」

「ほいほい。」

「は・・・ぃ。」


 それぞれが、それぞれの場所へと別れた。


*****


 本日の授業が全て終わり、戦術科の二人が部屋へと戻ってきた。

 ヒノカが部屋にいるメンバーを見渡す。


「ふむ、私たちが最後のようだな。」


 その声に応えるニーナ。


「あ、おかえり~、今日は遅かったね。」


「ただいま。」

「授業が少し長引いてな。」


 オレは時計を確認し、全員に声を掛ける。


「夕食までまだ時間があるから、先にフラムの魔法を見ちゃおうか。」


「そうね、寮の裏でやりましょう。」

「分かった、荷物だけ置かせてくれ。」


「預かるわよ。ほら、フィーの分も。」

「ありがとう。」

「頼む。」


 ヒノカとフィーの鞄を受け取ったリーフが二人の鞄を部屋へと運ぶ。

 俺はフラムへと手を差し出した。


「行こう、フラム。」

「ぁ・・・、うん。」


 寮の裏にある開けた場所に集まる。

 リーフが一歩前に出た。


「まず私がやるわね。・・・”(フォム)”。」


 リーフの手から少し浮いた所にポッと小さな火の玉が生まれ、暖かい空気が肌を撫でた。

 魔力の流れを視るとリーフの手から魔力が供給され、魔力が火を丸く覆って火の玉が維持されているのが分かる。


「見事なものだな。一定の形で保つのは難しいというのに。」

「ヒノカも火の魔法使えるんだよね?」


 ニーナの質問にヒノカが答える。


「ああ、リーフ程ではないがな・・・”(フォム)”。」


 ボウッと火が出現して辺りを照らし、肌にジリジリと熱を感じさせる。

 リーフと違い、魔力をそのまま火に転化しているようだ。

 二人が火を消すと、薄暗かった景色が光で照らされる。


「次はフラム、やってみて。」

「は、・・・はい。・・・・・・”(フォム)”。」


 ユラユラと蝋燭の火よりも少し大きい程度の火がフラムの手から立ち上る。


「魔力の弱い人でも普通はヒノカの半分くらいの火が出るのだけれどね。」


 フラムの火はさらにその半分以下、というところだ。

 魔力の流れを視てみる。


 ・・・どういうことだ?・・・変換効率が悪い、のか?


 消費魔力が明らかに多い。先程のリーフとヒノカ以上だ。

 フラムに近づき、火を観察する。


 ・・・何かおかしい。何か足りてないような。

 ふと気がつく。


「あれ・・・?暖かくない・・・?」


 そう、ジリジリと刺すような熱さも、包み込むような暖かさも感じられないのだ。


「ちょっとごめんね。」


 足元に落ちているマッチ棒ほどの小枝を拾い、先端を火の中に突っ込む。

 しばらくしてから取り出してみたが、燃えたような形跡は見当たらない。

 小枝の先端を指で触って見たが、熱も持っていないようだ。


 俺は意を決して自らの指を火の中へ潜り込ませた。

 それを見たリーフが慌てて俺の腕を引っ張り、火から離す。


「ちょ、ちょっと何やってるの!?」

「・・・・・・熱くない。」


「は?何言ってるのよ?」

「その火、熱を持ってない・・・いや、周囲の温度と同じ、なのかな?」


「そ、そんな筈ないでしょ?」

「いや、そんな筈はあるみたいだぞ?」


 見るとヒノカが俺と同じ様に指で火に触れていた。


「あ、貴女まで何してるの!?」

「リーフも触れてみると良い。中々興味深いぞ?」


「ボクもボクもー!」

「ま、待ってニーナ!私が試してからにして頂戴!」


「えーっ、ズルいよリーフ。」

「だ、だって火傷しちゃうかもしれないでしょ?」


「アリスとヒノカが平気だったんだから大丈夫だよ。」

「まぁ待て、ニーナ。先にリーフを安心させてやってくれ。すまないな。」


 リーフの俺の腕を掴む手は震え、目の端には涙が浮かんでいる。


「・・・ごめん、リーフ。心配かけて。」

「べ、別にしてないわ。」


 ぷいっとそっぽを向いてリーフが魔法の火に近づく。


「本当に熱を感じないわね・・・。」


 おそるおそる指を近づけていき・・・触れる。


「不思議・・・。どうなってるのかしら。」


 指を離し、火に触れていた部分をマジマジと見つめる。


「大丈夫・・・みたい。」

「じゃあボクも触っていい!?」


「問題ない・・・と思うわ。でも気をつけてね?」

「うん!よし、じゃあ早速・・・。」


 ニーナは躊躇いなく火の中にズボっと指を差し込んだ。


「おー・・・、全然熱くない。」

「わたしも。」


 フィーはゆっくりと指を近づけ、火に触れる。


「・・・どうなってるの?」


 自分の指を炙って遊ぶ二人。


「ぁ・・・あの・・・もぅ良い、かな?」


 先程から火を出しっ放しなのだ、魔力もそれなりに使った筈だ。

 リーフが魔力を消耗したフラムを休ませる。


「長時間ごめんなさいね、私も動揺してしまって。」

「ぅうん・・・大丈、夫。」


 ヒノカが俺に尋ねてくる。


「それで、何か分かったか?」


 先程見たフラムの魔法についての考えをまとめていく。


「うん・・・、多分だけど、フラムが無意識の内に火の温度を調節してるんじゃないかな。」

「そんな事可能なのかしら?」


「リーフも火を球体の形に留めてたよね、それと同じ理屈だと思う。」


 指先に集中し、魔力を火に変換する。

 更にその火に魔力を送り込んで操り、形を球体に整えてみた。


「ほう、アリスも球体で維持出来るのか。」

「リーフのとはやり方が少し違うけどね。」


 魔力の操作を止め、火の形を元に戻す。


 火の温度ってどうやって下げるんだ・・・?ま、いっか。


 とりあえず、温度よ下がれと念じながら指先の火に魔力を送ってみるが、特に変化はないように感じる。


 ・・・下がってんのか?送る魔力を増やしてみるか。


 火に流す魔力をだんだんと増やしていくと、体感温度が少し下がった気がした。

 更に魔力量を増やす。


「おお、温度下がってきているぞ。」

「信じられないわ・・・。」


 やがて、フラムと同じ様に熱の感じない火が出来上がった。


「すごーい!」

「本当に出来てしまうなんてね・・・。」


 思い思いに俺の指先に灯った火を弄ぶ一同。


「出来ることは出来たけど・・・かなり魔力が必要だよ、これ。」


 俺が使っている魔力は先程フラムが使っていたそれよりも遥かに多い。

 いや、フラムの魔力効率が良すぎるのだろう。

 あれが名門イストリア家という所以か。


「しかし、これだと役には立たんな・・・。」

「そうでもないと思うよ。」


「どういう事だ?」

「温度が下げられるんなら、その逆もいけるんじゃないかな。」


「なるほど、そちらは役に立ちそうね。」

「とりあえずやってみるよ。」


 皆から少し距離をとり、今度は逆の事を念じながら魔力を操作する。

 火の輝きが増し、近くに居るものに照りつける。

 肌はジリジリと熱を持ち、まるで太陽のようだ。


「すごいな、これは・・・。」

「・・・夏みたいね。」


 汗が頬を伝うのを感じ、魔力を霧散させて火を消す。


「ふぅ・・・。フラムが制御出来るようになればもっと凄くなるんじゃないかな。」

「そ・・・そぅ・・・かな・・・?」


「うん、最初は火の温度を下げない事を意識して練習するといいよ。」

「温度を・・・下げない・・・?」


「多分フラムは無意識に攻撃用魔法の威力を下げたりしているんだと思う。だからまずはそれから直していかないとね。」

「ぅん・・・やって、みる。・・・・・・・・・”(フォム)”。」


 フラムの手に生み出された火は微かに温もりを纏っている。


「さっきのより暖かいわね。早速効果が出たんじゃないかしら。」

「あとはフラムの修練次第、というところだな。」


「が、がんば・・・る・・・。」


*****


 しばらくワイワイと騒いでいると、フィーのおなかからクゥーと可愛い音が聞こえた。


「おなか空いた・・・。」


 気づけばもう夕食の時間が迫っている。


「それじゃあそろそろ夕食にしましょう。」

「そうだね、もうこんな時間だし。準備してくるよ。」


「手伝おう。」

「私も手伝うわ。貴方達に任せると野菜が少ないんですもの。」


「大盛り頼んだぜー!」

「おおもり!」

「ぁ・・・ぅ・・・わ、私・・・は・・・・・・。」


「はいはい、大盛り二つと小盛り一つね。」


「もう、ほんとにしょうがない子たちね。」

「いやなに、私の師匠に比べれば可愛いものだ。」


「貴女の師匠さんって一体・・・。」

「それより、献立はどうするんだ?」


「そうだね、今日は―――――」


 ワイワイと騒ぎながら短い帰路に着く。

 薄暗くなった空には一番星が輝いていた。

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