128話「水着回は中止です」
自室の扉を開けると、暖まっていた空気が冷え切った廊下に漏れ出てきた。
部屋の暖かさを逃がしてしまわないよう急いで中に入って扉を閉める。
「うー、さむ。ただいまー。」
「おかえりなさい、アリス。・・・・・・あら、何を持っているの?」
俺の手には封の開いた封筒と、一枚の手紙。
それらをリーフに手渡す。
「読んで・・・・・・良いのかしら?」
「うん。」
手紙を広げ、リーフの目が文字を追っていく。
その後ろから「何だ何だ」とニーナとサーニャが覗き込んだ。
「えーっと、成人と新年祝いパーティーへの招待状みたいね。ウィスターナ家と言えば・・・・・・ロールの家だったかしら?」
「どういう意味にゃ?」
「ロールのお家でパーティーを開くから参加しませんか?というお誘いね。」
「ぱーちー!? おいしいもの食べられるにゃ!?」
「え、えぇ・・・・・・まぁ、そうでしょうね。」
「行くにゃ! 行きたいにゃ!」
騒ぐサーニャを無視し、リーフが首を傾げる。
「新年祝いは分かるけれど、ロールはもっと前に成人していたんじゃなかったかしら?」
「そうなんだけど、その時は男の子の振りをしていたからね。本当なら学院を卒業してからっていう話だったみたいなんだけど、もうバレちゃったから・・・・・・。」
「今年・・・・・・というより、新年明けになった訳ね。」
「そういう事。」
早い話が、貴族の御披露目パーティーである。
社交界デビューってやつだな。
早ければ、これで結婚も決まったりするらしい。
「けれど、私達が参加してしまって良いのかしら?」
「まぁ・・・・・・ウチにはフラムがいるしね。」
フラムの家は上から数えた方が早い程の名家だ。
ロールの家がどれくらいかは知らないが、フラムの家より上という可能性は低いだろう。
そんな所へ”イストリア家”であるフラムが参加してくれるとなれば鼻も高くなる。
「何を言っているのよ。」
ふぅ、とリーフが溜め息を漏らす。
「ロールは貴女に来て欲しいのよ、アリス。」
「いや、私なんてそれこそ唯の田舎娘なんだけど・・・・・・。」
逆もまた然り、である。
俺が出たところで評判は下がりはすれど、上がる事はないだろう。
田舎娘からすれば玉の輿を狙えるチャンスとも言えるが、俺にそんな気は更々無い。
「折角の晴れ姿ですもの。好きな人に見て貰いたいと言うのは当然ではないかしら?」
「そ、そうなのかな・・・・・・。とにかく、皆はどうしたい? いつも行ってる島には行けなくなっちゃうけど。」
「・・・・・・どっちが美味しいにゃ?」
「さぁ・・・・・・分かんないけど、パーティーの方が豪華なんじゃないかな。」
貴族の催すパーティーなのだ、俺達が旅行に出かけて食べる物よりよっぽど良い物が出てくるに違いない。
それが口に合うかは別の問題だが。
「じゃあそっちにするにゃ!」
「はいはい・・・・・・他の皆はどう?」
「私もそれで構わないわ。宿泊費諸々は向こうが持ってくれるようだしね。」
「ふむ、なら態々理由を付けて断る事もあるまい。」
「・・・・・・わたしもそれで。」
「じゃ、ボクもそっちでいいや。」
決まりのようだ。
おずおずとフラムが手を上げたので続きを促す。
「ド、ドレス・・・・・・とかは、どうする・・・・・・の?」
「迷宮で貰ったので良いと思ってたんだけど、アレじゃダメかな?」
ドレスと一言に言っても流行り廃りなんかもあるだろうし。
「ちょ、ちょっと良いドレスだから・・・・・・そ、そんな事はない・・・・・・と思う、けど・・・・・・。」
「なら大丈夫かな。ドレスもロールが用意するって申し出てはくれたけど、流石にね・・・・・・。」
「ぅ、うん・・・・・・。」
どれだけお金が掛かるか想像もつかない。
出される料理だけでも馬鹿にならないだろうし、好意に甘え過ぎるのも気が引ける。
持ってないならまだしも、モノはあるのだしな。
「と言う訳で、みんな異論は無いかな?」
まぁ、たまにはドレス回というのも悪くないだろう。
水着回が無くなってしまうのは少々残念だが。
*****
「ね、ねぇアリス・・・・・・ホントに此処で合ってるのかしら?」
「そ、そうなんじゃないかな・・・・・・し、執事の人も呼んでるよ?」
冬休みに入り、年末当日に俺たちはロールの故郷へと到着した。
と言っても、学院の転移魔法陣から直通で行ける程の大きな街なので、出発してからまだ一時間も経っていない。
転移先のギルドから外に出たところには既にウィスターナ家の使用人が控えており、用意されていた馬車に揺られ、連れて来られたのが目の前の高級宿である。
石畳で舗装され、貴族御用達の高級店が並ぶ商業区画の一等地。
所々に積もった白い雪が陽の光を反射してキラキラと輝いている。
行き交う人もまた、それに相応しい。俺たちを除いて。
いや、こういう場には慣れているのか、いつもと変わらないフラムだけは少し頼もしく見える。
「い、行かない・・・・・・の?」
「あぁ、うん・・・・・・そうだね。」
少し白髪の混じる執事が開いた扉をくぐって中へ足を踏み入れると、フカフカの絨毯が迎えてくれる。
中からは宿の従業員に案内されるまま階段を上り、三階の部屋が並ぶ廊下に到着した。
一人づつに部屋の鍵が配られていく。
もしかしなくても一人一部屋、ということらしい。
「それでは、私めはこれにて失礼を。明日の朝にまたこちらへ迎えに参ります。侍女はこちらへ残しておきますので御自由にお使い下さい、との事です。」
深々と礼をし、執事は足早に去って行った。年末とあってか、随分と忙しそうだ。
残された侍女は俺たちに向かい頭を下げる。
「マルジーヌと申します。皆さま、御用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ。」
歳は若く、ヒノカやリーフより少しだけ上のようだが、それ以上にしっかりとした印象を受ける。
使用人としての歴は長いのかもしれない。
しかし、少し垂れた瞳と眉が作るおっとりとした表情がその印象を和らげているようだ。
長めで茶色がかった赤毛の髪は、仕事の邪魔にならないよう緩く三つ編みにされ後ろで纏められている。
身体は少しふっくらと肉づいており、抱き付いたら気持ち良さそう。
あと、胸がデカい。軍配はソフィに上がるが。
早速、受け取った鍵で部屋に入ると、入り口側に個室のトイレ。
中は清潔に保たれており、転生者謹製の便器型魔道具が設置されている。
使用者の魔力を必要としないタイプでかなりの値段だが、貴族には人気が高く、こういう高級宿には欠かせない代物だろう。
寮でも同じ物を使用しているので非常に助かる。
しかし、浴室がないのが残念だ。
更に奥へ進むと、これまた豪華な内装が迎え入れてくれた。
ベッドとその近くに小さなテーブルと椅子が一組、部屋の中央を挟んで反対側には大きなテーブルとソファー一組、そして壁際にクローゼットと暖房用の火鉢。
シンプルな構造ではあるが、白を基調としたそれらの調度品の一部には金があしらわれ、窓からの光が一層美しさを惹き立てている。
フカフカのベッドは三人でも余裕で寝転がれそうな大きさだ。
ウチのパーティなら二部屋もあれば十分そうだが、それを一人一部屋とは・・・・・・。随分太っ腹だな。
窓からは石造りの建物が連なる風景を一望できるが、年末というだけあって多くの人が行き交っている。
ただ、どこかの貴族の使用人達が大半なので、騒いだりしているという訳ではない。
お陰で宿では静かな時間が過ごせそうだ。
宿の周りには服飾店や宝飾店が多いが、態々覗きに行こうという気にもならない。
どうせ買えるような値段でもないだろう。
とは言っても、ずっと部屋で待機していても退屈なだけである。
俺は皆を誘い、街に繰り出すことにした。




