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123話「憩いの場」

『あぁ~、疲れた~・・・・・・。』


 畳の上に寝転がり、高い天井を見上げた。

 言葉に出すと本当にドッと疲れが溢れてくる様な気がする。


『人の部屋で随分くつろいでくれるじゃねえか。』


 呆れ顔で溜め息を吐きながら顔を覗き込んでくるレンシア。


『他に落ち着ける場所がねえんだよ・・・・・・。』


 寮の部屋にも凄く居辛い。あんな騒動の後だからな・・・・・・。

 というわけでレンシアの部屋に逃げ込んだわけだ。

 晩御飯までには帰らないといけないが。


『クククッ・・・・・・聞いたぞ、結婚するんだってな?』


 レンシアの楽しそうな声に辟易して言葉を返す。


『耳が早いなオイ・・・・・・勘弁してくれよ。』

『ま、学内の事だしな。それで、どうするんだ? 一応真剣に考えた方がいいぜ?』


『考えてるからこーなってんの。今更モテ期が来てもなぁ・・・・・・。元の世界に居た時に来て欲しかった。』


 頭を抱えながらゴロゴロと転がる。

 別に結婚を迫られて嬉しくない、という訳ではない。

 そこまで好いていてくれているんだな、と思うと素直に嬉しく思う。

 ただ、元の世界でも結婚したことがない、ましてやDTなのにいきなり同姓婚である。ハードル高過ぎだろ。

 こちらの法では問題無いとは言え、やはりそれは少数派。

 自分と相手の将来を考えた時、すんなりと首を縦に振るのは難しい。

 そんな覚悟、俺には出来ていないのだ。


『転生者は基本モテるからな。・・・・・・特に女子に。』

『そうなのか・・・・・・? そもそも何で女子に? 男子にモテるなら分かるけど。』


 『可愛いからな!』と続けると、『へいへい・・・・・・。』と受け流された。


『そうだな・・・・・・理由としてはまず、頭が良い。学院なら成績上位は固いからな。』


 それはそうだろう。

 基礎学科で習うのは小学校レベルの事柄。

 義務教育を終えている転生者には簡単なものだ。

 歴史なんかもゲーム感覚で覚えられるしな。


『次に・・・・・・強い。魔法は勿論そうだけど、剣術なんかもね。十歳前後となれば、女の子の方が身体の発育も良かったりするし。』

『でも、俺みたいに強化魔法は使えないよな?』


『そもそも身体の動かし方が違うんだよ。中身が男だから。』

『なるほど・・・・・・確かに違う気がする。』


『羞恥心とかも薄いから大胆な動きも出来るからな。で、それに加えて普段の仕草も男っぽい。』

『ぅ・・・・・・そ、そうかな?』


 言葉は丁寧に使うように意識しているが、仕草の方はそこまで考えた事が無い。

 例え意識していたとしても、どこかでボロは出てしまうだろうが。


『おしぼりとか出てきた時に顔とか拭いてるだろ。』

『あ~・・・・・・シ、シテナイヨ? ・・・・・・たぶん。』


 それただのおっさんやんけ。


『まぁ、それは極端な例だけど、ふとした時に出る男っぽい仕草に胸キュンしちゃうらしいよ。』

『え~・・・・・・マジで? ソレで?』


『寮が特殊な環境ってのもあるだろうけどな。』

『そんなに特殊か? 普通な気がするけど・・・・・・。』


 寮生活なんて元の世界でもした事は無いが、大体想像はつく。

 そして学院での生活はそれより大きく逸脱してはいない。


『十歳前後で親元を離れて寮生活ってのは結構特殊だと思うぜ?』

『あ~、言われてみれば確かに・・・・・・十三歳で成人って言っても、やっぱり子供だもんな。ってか、ずっと思ってたんだが・・・・・・成人年齢低過ぎるよな?』


『それは昔の戦争の名残だ。兵士が足りないからって各国でチキンレースみたいに徴兵年齢の引き下げ合戦をしてたんだよ。・・・・・・で、魔女(オレ)達で十三歳未満は徴兵禁止にさせた。』

『お前らかよっ!?』


『当時は仕方なかったんだよ。戦える人間が少なかったからな。』

『それなら戦争なんか出来なくね?』


『そ、戦争自体は有耶無耶になった・・・・・・けど、戦える奴が居ないって事は、魔物を抑えられる奴も居ないって事だからな。』

『な、なるほど・・・・・・でもどうして魔女にそんな権限が?』


『冒険者ギルドを立ち上げたのがその時で、誘致したけりゃ補助金やらその他諸々の条件を飲めってね。』

『ほぼ脅しじゃねえか、それ。』


 その”諸々”の中に徴兵年齢の制限も入っていたのだろう。


『別に悪いとは思っちゃいないさ。転生者が戦争で受けた仕打ちを考えりゃ、優しいもんだろ。』

『仕打ち・・・・・・? よくある魔女狩り的な?』


『殺されるだけなら、まだマシな方だ。酷いのは手足やら目玉を潰されて、更に薬漬けで洗脳。命令一つで魔法を撃つような人間兵器にされてたらしいぜ。』

『む、酷いな、それ・・・・・・。』


『まぁ、そんな時代があったから冒険者ギルドなんて物が各地にある訳だ。』

『結構ちゃんとした理由があったんだな・・・・・・。もっとノリで作ったのかと思ってた。』


『そんなのなら良かったんだけどな。』


 レンシアが深く溜め息を吐く。


『辛気臭い昔話に脱線しちまったな。話を戻そう。』

『あぁ、悪かったな。寮生活の話だったか。』


『そうだったな。要はまだ甘えたい年頃の子供が親元を離れて暮らしてるんだから、父性を求める女の子も少なくないって事だ。』

『父性・・・・・・ね。でもそれなら男の冒険者が居るじゃん。』


 それこそおっさん臭いのがゴロゴロと。


『そっちは警戒心が先に来ちまうんだろうな。歳が離れてりゃ接点も薄くなるし。それに比べると年代の近い女の子同士なら、心も開きやすいだろ?』

『そこへ不意に男っぽい仕草が出て胸キュンしちゃう、と?』


『それに、面倒見も良いから。特に美少女相手には。』

『まぁそれは・・・・・・否定出来ないです。ハイ。』


 ウチのパーティの子だって皆可愛いしな・・・・・・。

 いやいや、別に選り好みしてるワケじゃないぞ、うん。


『それはそれで仕方のない事なんだけどな。特に目的とかが無けりゃ、転生者の行動指針は”主人公っぽく”なっちまうから。』

『主人公・・・・・・っぽく?』


『考えてもみろよ。異世界へ行った時にどうすりゃ良いかなんて、誰も教えてくれなかっただろ?』

『そりゃそうだろ。』


 むしろ今こそ教えて欲しい。


『となると、一番身近にあったファンタジーなサブカル系の知識を無意識に引っ張って来ちまうワケだ。特にゲームなんかは異世界疑似体験とも言えなくないしな。』

『随分暴論だな。』


『でも、そうでないと言い切れるか?』

『うーん、それは――』


 そう言われると少し躊躇ってしまう。

 ゲームとして作られた【千の迷宮】ならいざ知らず、この世界自体を現実と認識しつつ、でも一方でゲームやアニメの感覚でこの世界を捉えてしまっている自分も否定できない。


『オレだってそうだったし、それを悪いと言ってるんじゃないよ? 世界征服なんかを目論まれる方がよっぽど迷惑だからな。ポンポン大魔法をぶっ放せるワケだし。』

『・・・・・・それでテロみたいな事をされると厄介だな、かなり。』


『まぁ、そういう特別な願望でも無けりゃ、可能な限り”善い主人公”っぽい行動を選択するんだよ。破滅願望でも無けりゃ、トゥルーエンドを目指すのは当然だろ? セーブもロードも出来ねえんだから。』

『・・・・・・そうだな、俺もそうかも知れん。でも、元の世界に居た時は率先して善い事をやろうなんて全く思ってなかったんだけどな。』


『その辺はあれだ、アリスは自分の身体をアバターとして扱うタイプだからだろう。』

『ゲームの自キャラ・・・・・・って事か?』


『自分であって自分でない。そういうフィルターが掛かっているからこそ、”優等生の良い子ちゃん”みたいなロールプレイもそこまで苦にはならない。』

『ロールプレイ・・・・・・ね。身も蓋もない言い方だけど、確かにそんな感じかも。』


『そうする事で精神と身体の性差における矛盾にも適応しているんだよ。やり方は人それぞれだけど、それが出来なきゃ心が壊れる。』


 性差・・・・・・か。

 数年経って慣れてきてはいるが、男と女という剥離は埋まりそうもない。

 三つ子の魂百まで、とはよく言ったもんだ。


『今更だが・・・・・・なんか凄ぇシビアな世界に来ちまった気がするぞ・・・・・・。』

『そんな世界だからこそ、転生者同士で集まってたりする訳だ。こうしてたまに日本語で会話して精神バランスを保ったりな。』


『この会話にそんな意味があったのか。』

『特にアバタータイプの人間は、精神と身体の線引きを続けなくちゃならないからな、”中の人”を出すって事が重要なんだ。』


『”中の人”の本体はもう無いしな・・・・・・。』

『そういうこった。』


 本体・・・・・・つまり本来魂の在るべき所であり、還る場所。

 今は灰になって墓の下ってとこか。


『他にはどんなタイプが居るんだ?』

『大きく分けりゃ、心に寄るタイプか身体に寄るタイプ・・・・・・つまり男として生活するか、女として生活するかの違いだな。アバタータイプはその中間・・・・・・どっちつかずって事だ。』


 優柔不断とも言えるか。

 当たり障りがないよう自分なりに女の子を演っているつもりだが、心まで完全に女の子になったという訳ではない。

 だから結婚の話題も足踏み・・・・・・というか避けてしまうのだろう。


『どっちつかず・・・・・・か、耳が痛いな。』

『別にそれが悪いって話じゃないさ。鬱とか自殺の率が一番低いのはそのタイプだし。』


『そんなに多いのか?』

『魔物にやられる方が多い位だな。』


『多いのか少ないのか分かんねえぞ、それ。』

『ハハハッ、まぁ難しく考える必要はねーよ。結局のところ、やりたいように生きるのが一番ストレスフリーなワケだし。』


 レンシアはカラカラと笑い飛ばした。

 何処の世界でも、それは変わらねーのな・・・・・・。世知辛い。

 この部屋に来て何度目かの溜め息が漏れた。

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