10話「見学会一日目」
魔道具科の教室へ見学に訪れた俺たちを出迎えてくれたのはアンナ先生だ。
「おおっ!よく来てくれたね!六人も来てくれるなんて嬉しいよ!」
アンナ先生の歓迎に言葉を返す。
「元々魔道具に興味がありましたので。」
「うんうん、素晴らしいねぇ。他の皆は付き添いと言ったところかな?」
「はい、それぞれの見たい所へ皆で順番に回って行くつもりです。」
「仲の良いことは良い事だよ、うん。まぁ退屈はさせないからさ、キミ達も楽しんでいってくれたまえよ。」
教室内にある席へ着く。
俺達以外には誰もいない。
「さて、じゃあ始めようか。キミ達は魔道具ってどういうものか分かるかな?」
「えーっと、魔力で動く道具、ですかね。」
「うん、大まかに言えばそうだね。例えば―――」
アンナ先生から魔道具についての説明が始まった。
魔道具とは、魔法陣が組み込まれた道具の事だ。
そして言葉や動作で魔力が消費され、その魔法陣が発動するように設定されている。
言葉の場合は、例えばギルド証の”情報”がそうだ。
総称して【起動語】と呼ばれている。
動作の場合はボタンを押せば発動、といった具合だ。
寮にある炊飯器はスイッチを入れれば動くので、これに当たる。
「―――まぁ、簡単に言えばこんなところかな。何か質問はあるかい?」
説明タイムが終わり、今度は質問タイムだ。
「魔道具って昔からあるんですか?」
「大昔の神話とかにも出てくるくらい昔からだね。」
先生がポケットから何やら取り出す
「で、嘘か真か初めて作られたと言われている魔道具がこれ。まぁ、これは私が再現した物だけどね。」
見せられたのは手のひらサイズの直方体。
小さい面に一つ穴が空いており、その横に小さなボタンがある。
「ライターっていうんだけど、ここを押すと―――」
ポッ、と穴の上に小さな火が灯る。
「―――こんな風に火が出るんだ。」
なるほど、確かにライターだ。
それを見たヒノカが発言する。
「それぐらいであれば火の魔法で良いのでは・・・?」
この世界の人間にとっては至極当然だ。
「ま、そうなんだけど。これの凄いところは魔法陣から魔道具への変遷の切っ掛けになった事だね。」
今度は何やらごちゃごちゃと書かれた紙を渡される。
「例えばこの魔法陣。ライターと同じ火を出すんだけど、物凄く複雑でしょ?」
このごちゃごちゃしたのが魔法陣らしい。
他の皆にも見せてみるが、反応は皆「よく分からない。」だ。
「その魔法陣は無駄が多いと声を上げた人がいてね。その人がもっと簡略化した魔法陣を作ったんだ。」
先生が続ける。
「で、更にその人が簡略化した魔法陣を掘り込んで最初に作ったのがこのライターというわけだ。それでも初めは全く広がらなかったんだよ。」
説明を終えた先生が最後に一言付け加えた。
「・・・・・・まぁ、それは今でもそうかな。」
*****
魔道具科の見学が終わり、少し早めの昼食をとっている。
「中々興味深い話だったな。」
「そうね、三年からは魔道具科に行ってもいいかも知れないわ。」
「私はよく分かんなかったよー。」
「さっぱり。」
「ぅぅ・・・・・・。」
俺は次の予定を思い出しながらリーフに尋ねる。
「次は魔術科だったっけ?」
「ええ、そうよ。お昼を食べ終わってから少し余裕があるけど、どうする?」
「人が多そうだし、早めに行った方がいいかもね。」
「そうだな、先程のように私たちだけ、ということはあるまい。」
魔道具科は不人気のトップ争い常連らしいからな・・・。
*****
魔術戦用の競技場が魔術科の見学会場となっている。
やはり人気の学科らしく人が多い。
競技場の舞台の上に現れたのは青いローブを着たお爺さんだ。
「皆さん、よく来てくれました。私は魔術科講師のアイヴィです。」
先生の説明によれば、魔術科は魔法での実戦に特化した授業のようだ。
見学会では希望者は授業で行う模擬戦の体験をできるという。
魔術科希望の二人に声を掛けてみる。
「だってさ、フラムとリーフはどうするの?」
「ゎ、私は・・・見学・・・で。」
「そうね、私も見学にしておくわ。この後に戦術科も見るんだしね。」
二人に続き他の皆も見学するみたいだ。
「じゃあ、あっちの観覧席行ってみようか。」
大会にも使われるであろうこの競技場には立派な観覧席が設けられており、そこから見学が出来るのだ。
観覧席に上がると、会場の様子がよく見える。
「おおー、いい眺めだね。」
「うむ、ここなら良く見えるな。」
「・・・風もいい気持ち。」
「た・・・、高いぃ・・・。」
「もう始まってるみたいよ。」
リーフの指差した舞台ではすでに魔法が飛び交っている。
円形の舞台の端と端に設置された魔法陣から魔法を撃ち合っているようだ。
「当たり前だけど、やっているのは魔術戦ね。」
「だが、私の知っているのはもっと舞台の全体を使っていたが。」
「安全のために魔法陣から出ないようにしているんじゃないかしら。あの魔法陣は相手の魔法に反応して防御壁を張るようになっているはずだから。」
「ああ、確かそうだったな。だがあれだと魔力量の勝負になるな。」
「実力が拮抗していればそうなるわね。」
「お、あそこの人、五人も抜いたよ。ありゃ、今度はあっさり負けちゃった。」
「魔力が切れたんだろう。流石に連戦ではな。」
「うーん、思ったよりつまらないね。」
キャッチボールの風景をずっと眺めているみたいだ。投げるのはボールじゃないが。
「・・・むぐむぐ。」
「って、フィー何食べてんの!?」
「あっちで売ってたよ。」
見るといくつか出店がならんでいる。
店員は制服を着ているので学院生のようだが・・・、結構繁盛している。
興味が湧いたのか、ヒノカとリーフが席を立つ。
「ふむ、面白そうだな。私も何か買ってこよう。」
「そうね、行ってみましょう。」
「あ、ボクもー!」
席を離れ、すたすたとニーナを含めた三人で行ってしまった。
俺も席を立ち、フラムの方に振り返る。
「フラムも行く?」
「ぁ・・・う、ぅん。」
フラムが差し出した手をおずおずと握り返してくる。
「わたしもいく!」
おかわりですか、姉さん。
*****
出店は料理科の生徒が出しているものだった。
料理科では食事による能力向上の研究を行っており、
出店ではお試しで効果が薄く、お手軽なものを扱っているという。
俺が買ったのは【速度上昇アップルパイ】だ。
食べてみると味も良好で、確かに効果がある・・・ような気がする。
「味は悪くないな、何だか力が湧いてきた気もする。」
「食事一つで変わるものなのね。」
「うん、頭が良くなった気がする!」
「わたし、料理科にしようかな・・・。」
評価は上々のようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ、ぁっぃ・・・。」
たこ焼きを一気に頬張ればそうなると思うよ。
出店の食べ比べに夢中になっていると、いつのまにか魔術科の見学会が終わっていた。
次の見学会にはまだ余裕があるので、模擬戦に参加していた者たちも出店に群がっている。
魔術科のアイヴィ先生まで買い食いしている始末だ。
そして先生がもう一人。
「・・・アンナ先生?」
「ぎくっ!あ、あははー。さっきぶりだねぇ。」
手は出店で売られている食料で塞がっている。
「いやいやー、料理科がもう出店出してるっていうからつい、ね。キミ達もそうなんでしょ?」
「いえ、私達は魔術科の見学に来てて・・・まぁ後半はこっちにいましたが・・・。」
「そうだよね、出店があったらこっち来ちゃうよね!?」
「・・・そうですね、見学会も気付けば終わってしまいましたし。でも、こんなところでお店なんて出して良いんでしょうか?」
「アイヴィ先生の許可も下りてますからね。というより自分が行くのが面倒だから此処を使わせてるんですよ?・・・っと、そろそろ戻らなきゃ。それじゃあね。」
アンナ先生は両手いっぱいに食料を抱えたまま駆けて行った。
「ここにまともな先生いるのかしら・・・?」
いると信じたい。
*****
戦術科の見学会場はグラウンドだ。
集まっている人達はほとんどが男性で女性は僅か。
なんとも男臭い学科である。
以外にも冒険者のような人は少ない。
冒険者は魔物を相手に戦ってるし、今更ということか。
やはり魔法騎士科に殺到しているのであろう。
この学院に居る時点でエリートと呼んでも遜色はないが、あちらは言わばエリート中のエリートだ。
集まった生徒達の前に一人の男が立つ。
短髪の黒髪にガッシリと鍛え上げられた傷だらけの身体。
冒険者風の出で立ちで、腰には二本の刀。
「おう、よく集まったな。俺はジロー・アズマ。この戦術科の講師だ。」
どうやらヒノカと同じ国の出身らしい。それも闘術大会優勝者の。
「戦術科は戦いの中で生き残る術を教える学科だ。剣術科と違って型なんてもんはねえ。ま、要は勝てばいいんだ。」
ジロー先生が説明を続けた。
戦術科の授業は対魔物が中心なようだ。
魔物がもっと蔓延っていた頃に戦術科が作られたらしい。
当初の目的は互いに切磋琢磨し、情報共有することで生存率を上げるためだとか。
そして、この学科でも模擬戦をやるみたいだ。
と言っても先輩を相手に、こちらが攻撃を仕掛けるだけのスパーリングのようなものらしいが。
「よし、説明はこんなもんだな。・・・・・・それからお前。」
先生がヒノカを指差し、ニィ、と笑う。
「その刀、同郷の者だな?」
「はい。ヒノカ・アズマです。」
「よし、お前は俺と手合わせだ。いいな?」
「分かりました。」
突然の指名に平然と答えるヒノカ。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ああ、よくある事だ。」
そう言ってヒノカはジロー先生の前へと進む。
「よろしくお願いします。」
互いに礼をし、構える。
「ああっと、忘れてた。希望者は適当にウチの生徒捕まえて勝手にやりな!じゃあいくぜ!」
その言葉を皮切りにあちこちで試合が始まった。
俺達はヒノカを応援することにし、ギャラリーに混ざる。
互いにジリジリと間合いを計るジロー先生とヒノカ。
そして、とん、と一歩踏み出したかと思うとヒノカが鋭い一撃とともに一気に間合いを詰めた。
金属のぶつかり合う音が三度響く。
「おっと、へへ、中々良い太刀筋だな。しかしおとなしいな、お前。いつもならもっと鼻っ柱の高い奴が来るんだがな。っと。」
「すでに欠片も残っておりませんよ。」
「はは、面白い奴だな、お前。名は?」
「・・・先程名乗りましたが。」
「あー・・・・・・、悪ぃ。忘れたわ。ハハハ!」
「ヒノカ・アズマです。」
「ヒノカね、覚えたぜ!っと。」
喋りながら剣を打ち合わせているようだが、随分と余裕のようだ。
何度か剣を交え、距離を取るヒノカ。
「どうする、まだやるかい?」
「・・・いえ、ありがとうございました。」
刀を納めてヒノカが礼をし、こちらへと戻ってくる。
「待たせたな。」
「お疲れ様、飲み物を買ってきてあるわ、どうぞ。」
「やっぱヒノカはすごいねー。」
「か・・・、格好、良かった・・・です。」
「あれ、お姉ちゃん?」
ヒノカと入れ替わりにジロー先生の前と立ち、ぺこりと頭を下げる。
「よろしくおねがいします。」
「はははっ、俺の所に来るとは中々良い根性してるな、嬢ちゃん。あいつの友達か?」
「はい、同じパーティです。」
「そうか、あいつは俺の同郷なんだ、仲良くしてやってくれや。じゃあ来な!」
フィーが剣を抜いて構える。
「ふふ、フィーもやるのか。これは応援せねばな。」
「あの子っておとなしそうなのに案外武闘派なのね。」
「昔はボクと違って、もっとおとなしくて運動も出来なかったんだよ。本ばっかり読んでたし。今でもそうだけど。」
「それは初耳だが・・・、想像がつかないな。」
「実際フィーって強いのかしら?」
「リーフはまだフィーが戦ってるところは見た事ないんだっけ?」
「ゎ、私も・・・なぃ。」
「ふむ、そうだな・・・。フィーが本気を出せば私より強いのではないか?」
「ええっ!?嘘でしょ!?・・・じゃあアリスが戦ったら?」
「私が?・・・うーん、剣だけだと勝てないと思う。魔法使っても厳しいかも。」
「そ、そんなに・・・?」
「冒険者の試験を受けた時なんか凄かったんだよ。一瞬消えたと思ったら試験官の剣が飛んでいってさ。」
「まぁ、見ていれば分かるだろう。そろそろ始まるようだぞ。」
フィーがジロー先生に剣で斬りかかる。
強化魔法を全開にしていないため、まだ追える速さだ。
だが、徐々に強化を強めており、速さも一撃の重さも増していっている。
「すげえなっ!嬢ちゃん!はははっ!」
それでも余裕で捌くジロー先生。
気が付けばグラウンドには二本の剣が奏でる音のみが響いていた。
他の者たちも手を止めて魅入ってしまっているようだ。
「あ、ありえないわ・・・あんなの・・・。」
「す、すご、ぃ・・・。」
「しかし、あれを捌ける先生も凄いな。」
「さすが戦術科の先生だねー。」
キィンと一際大きな音が響き、フィーとジロー先生の間合いが開いた。
もう一度間合いを詰めるためにフィーが身体を沈ませて力を溜める。
「あー、待っただ待った!」
先生がフィーを制止し、刀を納める。
「・・・?」
フィーも同様に剣を納める。
「へへっ、これ以上やると本気でやり合いたくなっちまうからな、今日のところはこれで勘弁してくれや。」
「わかりました。ありがとうございました。」
礼をし、フィーがこちらへ戻ってくる。
リーフが飲み物を戻ってきたフィーに手渡す。
「お疲れ様、貴方も凄いのね。どうぞ。」
「ありがとう。」
「やはり凄まじいな、フィーは。いつか私の師匠にも会わせてみたいものだ。勿論、アリスもな。」
「くそー、ボクとの差が開く一方だよ。」
「いや、ニーナだって素晴らしい実力を持っているぞ。少なくとも三年前の私では勝てない。あの二人が規格外なだけだ。」
「ぁ・・・あの・・・、向こぅ・・・行かな、ぃ?」
フラムが俺の裾を引く。
周りを見れば多くの注目を集めてしまっている。
「そうだね。皆でお店の方に行ってみよう。さっきの所とは別の物が売ってるみたいだよ。」
「確かに落ち着かないし、そうしましょう。」
皆で揃って料理科の店へと向かった。
そこには―――
「・・・アンナ先生?」
またもや両手いっぱいに荷物を抱えたアンナ先生の姿が。
「あ、あれー。奇遇だねぇ。」
「まだ見学会の時間なのでは・・・?」
「あー、私はね、時間は有意義に使うものだと思うのだよ、うん。君たちは戦術科の見学かな?」
「ええ、そうです。明日は魔法騎士科と剣術科に行く予定です。」
「ふふ、人気どころは全て網羅というわけかな。良いと思うよ。・・・っと急いで戻らないと見回りが来てしまいますね。それじゃっ!」
そう言ってアンナ先生は荷物を抱えたままスタコラと走って行った。
その後、時間終わりまで屋台の味を堪能し、初日の見学会は幕を閉じた。




