105話「上級探索者」
ラビの店に新たに掲げられた額縁を見上げる。
学校イベントクリアと上級探索者の賞状だ。
「こうして並べて見ると、中々に壮観だね。」
「いつもごめんね、私が貰っちゃってばかりで・・・・・・。」
「私達の荷物だって預かって貰ってる訳だし、おあいこだよ。それに今回は”学校”を貰っちゃったし。」
「そうね、寮の部屋に飾るよりは、こちらの方が良いと思うわ。”学校”はいらないけれど。」
「えぇ~・・・・・・良い物だと思うんだけどなぁ・・・・・・。」
「貴女が使うのは勝手だけれど、間違っても私達が入らないようにして頂戴。」
「は~い。」
店の奥からラビの母が忙しそうにドタドタと足音を響かせながら出てくる。
手には山盛りの食材が積まれた籠。
「ほらほら、どいたどいた! もう店は閉めるし、アンタらはゆっくり待ってなさいな!」
「えぇ!? もうお店閉めちゃうの、お母さん?」
まだ陽も上りきっておらず、店を閉めるには随分と早い時間だ。
「そうだよ! これからお祭りの準備で忙しいんだから! 向かいなんてもう閉めちゃってるよ!」
「・・・・・・ホントだ。」
朝っぱらから酒まで飲み始めてるぞ。
「でも、お祭りって言っても食材はそんなに・・・・・・。」
宴会くらいなら足りるだろうが、お祭りとなるととてもじゃないが持ち帰った量だけでは足りない筈だ。
「アンタらがそろそろ帰ってくるってんで、三日ほど前から他の探索者が持ち込んできたんだよ・・・・・・ウチにね!」
なるほど、見覚えの無い食材まであるのはその所為か。
邪魔をしても悪いので、俺達はキシドーとメイをおばさんに預けて部屋に戻ることにした。
あの二人ならしっかり手伝ってくれることだろう。
*****
二階の部屋の窓からは未だに青い空が見えているが、そろそろ朱に染まり始める頃だ。
お祭りの準備も佳境のようで、窓の外からは穏やかな風が階下のざわめきと料理の匂いを運んで来る。
部屋には俺とリーフ、フラム、ラビの四人。
街に戻って来たのが朝方だったので、他の子たちは待ち切れずに買い食いに出てしまっている。
夜の事もあるので食べるのは控え目にしておくように言ってはおいたけど・・・・・・大丈夫だろうか?
残った俺達は、余っていた携帯食を割って昼食にしたくらいで特に問題はない。
まぁ、後の事を思うと既に胃が重く感じているのだが・・・・・・。
昼食をとってからは各々本を読んだり、昼寝をしたりして過ごしている。
たまにはこうしてゆっくりするのも悪くない。
迷宮の中では結局ヒノカたちの稽古に付き合いっぱなしだったしな。
派手な魔法をぶちかましても苦情は来ないし、片付けもしなくて良いから楽でいいんだけどね。
ラビが読んでいた本を閉じ、俺の膝でお昼寝中のフラムの頬を軽く突いた。
「フラムって本当にアリスの事が好きなんだね。」
今度は同じく本を開いていたリーフが。
「ふふっ、そうね。私も妬けちゃうくらいだわ。」
くすぐったかったのか、身じろぎするフラム。
「んぅ・・・・・・。」
「もう、フラムが起きちゃうよ、二人とも。」
フラムの頬に掛かった髪をそっと退ける。
「ごめんなさい。でも、そろそろ起こしてあげた方が良いんじゃないかしら?」
「そうだね~、人も結構集まって来てるし。」
「え・・・・・・、もう? まだ外は結構明るいけど・・・・・・。」
陽はそろそろ紅くなるだろうが、お祭りは暗くなってからのはずだ。
だが確かに、窓から聞こえてくる喧騒は大きくなっている。
ラビが窓から身を乗り出し、店の前の通りを眺望した。
「お酒飲んでる人も沢山いるよ。」
「すでに始まってる感じだね・・・・・・。」
耳を澄ませてみれば、酔ったおっさん達の会話や歌声まで聴こえてくる始末。
そしてそれを怒鳴りつけるおばさ・・・・・・お姉さま方の声。
リーフもラビの隣から窓の外へ顔を覗かせる。
「お酒・・・・・・私はもう飲まないわ。」
ボソリ、と頭痛が痛いような顔をしながらリーフが呟いた。
酔っ払ったおじさん達を見て何か思う所でもあったのだろう。
「それは残念。」
リーフがジトッと俺を睨む。
「何が残念なのよ、アリス。」
「何とは言わないけどね。」
リーフの険呑な雰囲気に、少したじろぐラビ。
「あ、あはは・・・・・・た、大変だったもんね。」
「うぅ~・・・・・・忘れて、ラビ。」
頭を抱えるリーフにラビが無自覚で無慈悲な一撃を放つ。
「で、でも・・・・・・いつもと違うリーフで可愛かったよ?」
「・・・・・・ぐふ。」
撃沈。
「何よもう・・・・・・二人して。」
「ごめんごめん。でも、私の事を好きって言ってくれて嬉しかったのは本当だから。」
「だから・・・・・・何よ・・・・・・。」
「お酒飲みたかったら、いつでも飲んでいいよ?」
「ぜ~ったい飲まないんだからっ!」
*****
蒸し暑かった夜も、お祭りが終わった途端に涼しい風が肌を撫でる様になり、熱っぽくなっていた体温を奪い去っていく。
窓から差し込む月光が、膝の上で静かに寝息を立てるリーフの顔を照らす。
まさか、本当に飲んじゃうとは・・・・・・。
別に誰かが飲ませようと思った訳でもない。
単なる事故である。
人が多くてグラスが足りなかったため、お姉さま方が普通のコップで飲んでいた果実酒を間違えて飲んでしまったのだ。
俺も少し舐めてみたが、口当たりは良かったのでジュースと間違えてしまったのも無理ない。
リーフがしな垂れる様に抱きついてきた時には、既に手遅れになっていた。
「ごめんね、フラム。今日はリーフに譲ってもらって。」
俺に少しだけ寄りかかるように身体を預けていたフラムがゆっくり首を横に振る。
「ぅ、ううん・・・・・・リ、リーフは、いつも・・・・・・我慢、してるから。」
「・・・・・・何を?」
「い、色々・・・・・・。ア、アリスの、お膝・・・・・・とか。」
「お膝って・・・・・・膝枕? いま素面に戻ったら嫌がりそうな気がするけど。」
「そ、そんなこと・・・・・・ない!」
フラムには珍しく、力の込もった言葉。
「ほ、本当に・・・・・・? どうして分かるの?」
「そ、それは・・・・・・ゎ、私がア、アリスのこと・・・・・・す、好き、だからっ・・・・・・。ア、アリスを・・・・・・す、好きな人のこと・・・・・・ゎ、分かる、から・・・・・・。」
「そ、そう・・・・・・なんだ。~~・・・・・・。」
こうして懸命に好意を伝えられると流石に照れてしまう。
普段は引っ込み思案なフラムが好き好きアピールできるのは、ひとえにミアの指導による賜物だ。
「だ、だから・・・・・・リーフ、にも・・・・・・もっと優しくして、あげて?」
「リーフには優しくないかな・・・・・・私?」
「ち、違う・・・・・・の! そうじゃ、なくて・・・・・・違う、くて・・・・・・うぅ~、その・・・・・・うぅ・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・。」
「謝らないでいいよ。上手く言葉に出来ないんだよね? 私も考えてみるよ。」
頭を撫でると、それを素直に受け入れるフラム。
リーフならきっと怒るな。
まぁ、リーフから見れば俺の方が年下なんだし、生意気だと思われても仕方のないことだろう。
年上であるのはフラムも同じだが、その辺りは別段気にした風もない。
同年代や年下の子たちと触れ合う機会が少なかったのかもしれないな。
後日、試しにリーフの頭を撫でて「膝枕しようか?」と聞いてみたら怒られた。




