表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みえない光  作者: 久乃☆
4/7

4.光

 結婚して半年が過ぎた頃、由香里の中に、小さな光が生まれた。


 その光は、命として由香里と夫総太に幸せをもたらした。


 総太は今まで以上に仕事にまい進した。自分たちの子供が生まれることが、これほどまでに自分に活力を与えるなど、考えたこともなかった。


 由香里自信にも大きな変化をもたらした。


 仕事を辞め、家で主婦業に時間をかけることの幸せ。


 その生活は、小さな命への喜びで満ち溢れていた。


 だが、二人に全く不安がなかったと言えないのは事実だ。


 万が一、生まれてきた子が盲目だったら……。


 それが、何よりも怖かった。




「この子が、私のように光が見えない子だったら、私はこの子になんと言って謝ったらいいの?」


 


 マタニティーブルー。


 どんなに前向きに考えようとしても、健康な人でも陥る精神状態。


 そこに、はまり込んでしまった由香里はもがき苦しんだ。




「見えなかったら、その時はオレが目になる。そして、由香里のように、まっすぐに前を向ける人に育てよう。どんな子でも、オレ達の子どもだろ」




 総太は、どんなときでも優しく由香里を支えてくれた。


 そんな総太だって、同じ不安を抱えていたはずなのに。


 由香里は申し訳なさと、後悔に身を沈めてばかりいた。


 総太の前では明るく。総太が仕事に行ってからは、ちょっとした心の隙をつくように、不安と悲しみが押し寄せていた。




 6月も終りの頃。


 由香里の不安をよそに、新しい命は生まれてきた。


 その産声は力強く。小さな体を震わせて泣き叫んだ。




「どっちに似てる? 総太さん? それとも……」




 自分に似て欲しくはなかった。


 あり得ない話だが、自分に似ているということは、目も見えないのではないか。そんな風に思ってしまうからだ。




「どっちかなぁ。この鼻はオレかな。この口は由香里かな」




 二人の子どもなのだから、お互いに似ているのは当たり前なのだろう。


 それでも、自分には似て欲しくない。




「由香里。子どもの顔はね、大きくなるにしたがって変わるのよ。だから、今気にしてもしかたない。それよりも、とっても可愛いから」




 そういうと、母は由香里の手を赤ん坊の顔へと持っていった。


 ゆっくりと優しく撫でていく。


 小さな手、小さな鼻、小さな口。


―――私は、この子を見ることができない―――




「名前をどうするか」


「そうだね。男の子だから、総太さんの文字を入れる?」


「総? 太? どっちも古臭いよ」


「そんなことないよ。私は好きだよ」


「オレ、ずっと考えてたんだ。名前のこと」


「うん」


「どんなにいろんな本を読んでも、どんなにいろんな文字を連ねても、どれもピンとこなくてさ」


「……」




 総太は病室の窓に目を向けた。


 そこには、由香里が見ることのできない光で満ち溢れていた。




「光って……どうだろう」


「ひかり?」


「そう。光」




 そう言うと、由香里の手のひらに“光”と書いて見せた。




「光……」


「うん、オレ達の光。全てを照らす光。由香里の光」




 その言葉は重く、優しく、温かさで満ち溢れていた。




「光……」




 由香里は、生まれたばかりの光を抱きしめると、頬ずりをした。




「こんにちは、光。あなたは、光だよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ