4.光
結婚して半年が過ぎた頃、由香里の中に、小さな光が生まれた。
その光は、命として由香里と夫総太に幸せをもたらした。
総太は今まで以上に仕事にまい進した。自分たちの子供が生まれることが、これほどまでに自分に活力を与えるなど、考えたこともなかった。
由香里自信にも大きな変化をもたらした。
仕事を辞め、家で主婦業に時間をかけることの幸せ。
その生活は、小さな命への喜びで満ち溢れていた。
だが、二人に全く不安がなかったと言えないのは事実だ。
万が一、生まれてきた子が盲目だったら……。
それが、何よりも怖かった。
「この子が、私のように光が見えない子だったら、私はこの子になんと言って謝ったらいいの?」
マタニティーブルー。
どんなに前向きに考えようとしても、健康な人でも陥る精神状態。
そこに、はまり込んでしまった由香里はもがき苦しんだ。
「見えなかったら、その時はオレが目になる。そして、由香里のように、まっすぐに前を向ける人に育てよう。どんな子でも、オレ達の子どもだろ」
総太は、どんなときでも優しく由香里を支えてくれた。
そんな総太だって、同じ不安を抱えていたはずなのに。
由香里は申し訳なさと、後悔に身を沈めてばかりいた。
総太の前では明るく。総太が仕事に行ってからは、ちょっとした心の隙をつくように、不安と悲しみが押し寄せていた。
6月も終りの頃。
由香里の不安をよそに、新しい命は生まれてきた。
その産声は力強く。小さな体を震わせて泣き叫んだ。
「どっちに似てる? 総太さん? それとも……」
自分に似て欲しくはなかった。
あり得ない話だが、自分に似ているということは、目も見えないのではないか。そんな風に思ってしまうからだ。
「どっちかなぁ。この鼻はオレかな。この口は由香里かな」
二人の子どもなのだから、お互いに似ているのは当たり前なのだろう。
それでも、自分には似て欲しくない。
「由香里。子どもの顔はね、大きくなるにしたがって変わるのよ。だから、今気にしてもしかたない。それよりも、とっても可愛いから」
そういうと、母は由香里の手を赤ん坊の顔へと持っていった。
ゆっくりと優しく撫でていく。
小さな手、小さな鼻、小さな口。
―――私は、この子を見ることができない―――
「名前をどうするか」
「そうだね。男の子だから、総太さんの文字を入れる?」
「総? 太? どっちも古臭いよ」
「そんなことないよ。私は好きだよ」
「オレ、ずっと考えてたんだ。名前のこと」
「うん」
「どんなにいろんな本を読んでも、どんなにいろんな文字を連ねても、どれもピンとこなくてさ」
「……」
総太は病室の窓に目を向けた。
そこには、由香里が見ることのできない光で満ち溢れていた。
「光って……どうだろう」
「ひかり?」
「そう。光」
そう言うと、由香里の手のひらに“光”と書いて見せた。
「光……」
「うん、オレ達の光。全てを照らす光。由香里の光」
その言葉は重く、優しく、温かさで満ち溢れていた。
「光……」
由香里は、生まれたばかりの光を抱きしめると、頬ずりをした。
「こんにちは、光。あなたは、光だよ」




