桃髪聖女の不吉
イヴォンは聖女である。ある日突然、王都の教会に降臨したのだという謳い文句であった。
とは言っても、そんな謳い文句を信じているのは王国には誰もいなかった。教会がどこかから魔力の多い子どもを拾ってきたのだろうと思われている。
イヴォンは神託によって選ばれた聖女である。その役目は、魔物被害の著しいディッキンソン王国において魔物から人びとを守ることにあった。
恐らくは孤児院かどこかの出身であろうイヴォンを、ディッキンソン王国の貴族たちは誰も歓迎しなかった。それでもイヴォンが聖女であることを表だっては誰も否定しなかったのは、確かにイヴォンが信じられないほど強いからなのであった。
ディッキンソン王国で魔物の被害が特に大きいのは、北の森と呼ばれる高魔力地帯周辺である。それも範囲が非常に大きくて、王国のだいたい三分の一くらいはいつも魔物に怯えるような生活をしていたのだった。
その広大な範囲を、イヴォンは容易くたった一人で守り抜いた。どれほど強大な魔物が新たに生まれたとしても指の一振りであっという間に消し去って、しかも怪我をした人びとまで瞬く間に治してしまうのだった。
権力者たちがイヴォンのこの能力に眼をつけないわけがなく、イヴォンは本人の意志など一つも確認されないまま王太子の婚約者になった。
とはいえ婚約者といっても、名ばかりのものである。なぜならイヴォンは最初から側妃の予定であって、正妃予定の婚約者として王太子にはいつでも公爵令嬢が侍っていたからだった。
名ばかりの婚約者であれば放っておくのかと思いきや、王太子はたびたびイヴォンをお茶会に呼び出した。そしてことさらもう一人の婚約者である公爵令嬢と仲睦まじくして見せて、まともな貴族教育など受けたことがないイヴォンの所作の拙さを嘲笑うのである。
仮にも王太子の婚約者であるというのに、イヴォンにまともな家庭教師はつけられなかった。
聖女であるイヴォンには、淑女教育などよりも魔物討伐のほうが大切であるとされたからである。だというのに、そういう事情を知っているはずの貴族たちや婚約者である王太子は、イヴォンの所作の拙さを論っては嘲笑ったのである。
ほんの時折だけれど、心ある貴族がイヴォンを案じて声をかけることがあった。そのたびにイヴォンは、ひどく無邪気に微笑むのである。
「愛していますから、大丈夫です」
イヴォンは実のところ何を愛しているのか明言したことはなく、まして王太子を愛しているなどと言ったことはなかった。だというのにいつの間にか人びとの間にはイヴォンが王太子を愛しているという共通認識ができてしまって、ますます王太子は増長することになったのだった。
「相変わらず、汚らしい髪だな!」
ある日、王太子はイヴォンを呼び出して、イヴォンの頭に紅茶をぶちまけながらそう声を上げた。王太子が聖女であるとはいえ平民出身のイヴォンが婚約者になったことに納得していないのは、誰の眼から見ても明らかであった。
王太子の隣に座っている公爵令嬢は澄ました顔のまま、眉一つ動かさなかった。極めて高貴な生まれである彼女にとって、平民女などは眼の前にいたって視界には入らないのである。
王太子は特にイヴォンの髪色が気に入らないらしくて、事あるごとにイヴォンの髪色を罵った。イヴォンの髪色を嫌うのは王太子に限ったことではなくて、だいたいの貴族たちがイヴォンの髪色を嫌っているのである。
それはイヴォンが、ディッキンソン王国において不吉とされる桃色の髪をしているからだった。イヴォンの桃色の髪はどこにいても目立ってしまって、それがますますイヴォンに対する心証を悪くしているのである。
なぜディッキンソン王国で桃色の髪が忌み嫌われているのかと言えば、ことは十五年前に遡る。
男爵家の出身であり、国一番と謳われた美貌で国王を誑かして側妃の座に収まった女性が、何を血迷ったか国王に深い傷を負わせて処断されたのである。
もともと、ディッキンソン王国には鮮やかな色合いの髪を嫌う下地があった。桃色や青色や緑色といった色味の強い髪色は妖精や人魚に多い髪色であるので、一部で災厄を呼び込むと忌み嫌われていたのである。
迷信でしかなかった髪色への差別意識が、正当化されて一気に噴き出したのが元側妃の一件なのであった。
一時期は本当に差別が過激になって、桃色だけではなくて青色であったり緑色であったり、とにかくあらゆる色味の強い髪色が差別された。道を歩いているだけで石を投げられ家を知られれば入り込まれて荒らされ、とにかく散々だったのだ。
それによって、他国で生きていけるような魔力や知識や技能や経済力などを持っているものたちは、次々とディッキンソン王国から逃げ出したのである。
鮮やかな色味を持つものは人間にはそれほど多くないので、これは人口全体を見れば些細な動きだった。なので王国においてこの排斥運動が問題視されることはなく、十五年後の今でも差別意識が根強く人びとの間に残っている。
実のところ色味の強い髪色は強い魔力の証左であることも多いので、このときの排斥運動が国力に影響するには五十年や百年ほどの年月が必要だった。そのときには何もかも手遅れになっているのだが、それはともかく――。
そういう事情があったので、孤児出身であり、桃色髪であり、それでいて王太子の婚約者であるイヴォンは、とにかくほとんどの貴族から嫌われていたのであった。
王太子から手ひどく扱われるたびに、イヴォンは少しだけ傷ついた顔をした。まともな貴族教育を受けていないイヴォンは、感情を隠す術など知らないのだ。
けれどあくまでイヴォンは忠実で、粛々と人びとを守り抜いた。だから一部の心ある貴族以外には、イヴォンの状況を憂うものは誰もいなかったのである。
あるとき、ディッキンソン王国はあくどいことを思いつく。いまは魔物討伐にしか使われていないイヴォンの戦力を、他国への侵略戦争に使おうと考えたのだ。
イヴォンはたった一人でも、訓練された騎士千人ほどの戦力に匹敵した。だからイヴォンを戦場に投入すれば、あっという間に他国を侵略できるはずだと思いついたのである。
けれど、命じられたイヴォンは首を振った。貴族たちが知る限り、イヴォンが見いだされてからイヴォンが王国に逆らったのはこのときが初めてだった。
「わたしの力は人びとを守るために神様から賜ったものです。なので、人びとを傷つけるためには使えません」
神様などと口にするイヴォンを、人びとは酷く嘲った。見窄らしいイヴォンが神々に見いだされたなどとは、誰も思わなかったからだ。
ディッキンソン王国はイヴォンを従えようと、イヴォンを屈服させようとした。けれどどれほど屈強な騎士がイヴォンに斬りかかっても、どれほど強力な魔法士がイヴォンに魔法を放っても、イヴォンと彼らの間には見えない壁があるかのように隔たれて、傷一つつけられないのだった。
状態異常の魔法を食らわせたり、毒を飲ませたときもあった。けれどどんなときであっても、イヴォンにはただの一つも影響を与えられなかった。
ついにはイヴォンに親切にした一人の貴族が捕らわれて、イヴォンの眼の前で首に剣を突きつけられた。命令に従わなければその貴族の首を落とすと脅す王国に、それでもイヴォンは首を振った。
「わたしの力は人びとを傷つけるためには使えません」
結局のところ、この貴族は厄介払いに適当な罪状をでっち上げられて死罪に処されることになった。これによって、イヴォンに味方をする貴族は本当にただの一人もいなくなってしまったのだった。
イヴォンの反抗によって、人びとの意見は一気にイヴォン排斥に傾いた。それを気づいていないわけではないだろうに、イヴォンはいつものように少しだけ悲しげな顔をして、困ったように微笑むのだった。
そんなときに、事件が起きる。魔物討伐の場で、王太子が殺されたのだ。
王太子を殺したのは魔物だった。通常は王太子が魔物討伐の場になど現れないが、視察と称して実際には物見遊山のために訪れたのである。
迂闊な動きをした王太子に狙いを定めたことに気づいて、王太子はイヴォンの後ろに隠れた。
「イヴォン! 俺を守れ!」
王太子は横柄にそう命じた。王太子はイヴォンが自分に逆らうなどと思ってもいなかった。
けれど、直前でイヴォンは眼の前の魔物から視線を逸らした。そして他の魔物が、迷い込んだらしい四人の子どもたちを追い詰めているのに気づいたのだ。
だから、イヴォンは四人を助けるために子どもたちの前に飛び出した。そうして、今にも襲いかかろうとしていた魔物を危なげなく討伐する。
王太子にとっては、その一瞬が命取りであった。盾にしていたイヴォンが、自分を守ると信じて疑っていなかったイヴォンが、あっさりと子どもたちを優先して王太子を見捨てたのである。
そうして王太子はひどく簡単に、魔物に殺されることになったのだった。
王太子が殺されたのとほとんど同時に、イヴォンの魔法が魔物を燃やし尽くした。そうして残っていた魔物たちを一掃して、一つ嘆息した。
そしてイヴォンは、ひどく悲しげな顔をして、王太子の隣に膝をついて、手を組んで祈ったのだった。
もしもイヴォンをよく知るものが存在していたら、その仕草が魔物被害で亡くなった他の人びとに対するものと全く同じであって、イヴォンが『王太子』ではなく『人間』が亡くなったことを悲しんでいることに気づいただろう。
けれどディッキンソン王国にイヴォンをよく知っているものなど、ただの一人もいなかった。だからイヴォンの悲しみに寄り添うものなど誰もいないまま、事態に気づいた騎士たちによって、反逆者としてあっさりと捕らわれることになったのだった。
***
裁きの場において、貴族たちはイヴォンを酷く責め立てた。そもそも戦いの心得を持たない王太子が魔物討伐の場にうかうかと足を踏み入れたことこそが問題であるのだが、そんなことは誰も口にしなかった。
イヴォンは困ったように眉尻を下げて、困惑した。
「なぜ王太子を助けなかったのだ! これは重大な反逆であるぞ!」
そんなことを言われても、イヴォンに間違ったことをしたつもりはないのである。だからイヴォンは、素直に説明した。
「四人だったので……」
顔を真っ赤にしていた貴族が、唖然として声を失った。理解できなかったのかと思って、イヴォンは補足した。
「王太子殿下はお一人、子どもたちは四人でした。だから四人を助けました」
イヴォンは神から使命を与えられた聖女である。ディッキンソン王国の誰一人信じていないとしても、紛れもない事実なのだった。
神から与えられた使命は、『人びとを魔物から救けること』。だからイヴォンはその使命の通りに、より多くの人数を守るために王太子ではなく子どもたちを守ったのである。
イヴォンにとっては自明の理由なのであった。けれどあらゆる説明を端折ったので、貴族たちはイヴォンに愕然とした視線を向けることになった。
「貴様、王太子殿下がどれほど尊いお方か理解しているのか!」
一人が怒鳴った。イヴォンはまた困ってしまって、へにょりと眉尻を下げた。
イヴォンにとって、よほど親しくならなければ人間を見分けるのは難しい。犬猫に詳しくないものが、余所の犬猫を見分けられないのと同じことである。
だからイヴォンはイヴォンなりに、王太子と四人を脳内で比べてみることにした。
全員二本ずつの手足があって、陸で二足歩行をしていて、眼と鼻と口と耳の数が同じだったので、イヴォンには彼らの違いがいまいち判らなかった。それでもイヴォンなりに、これかなという答えを口にした。
「髪の色が、違います、ね……?」
年齢や性別を判断するのはイヴォンには難しかったけれど、判りやすい身長が違うことには気づいていた。だというのに咄嗟に髪の色のことが口に上ったのは、いつもいつも髪の色を責め立てられていたことをイヴォンが覚えているからだろう。
本当に困り果てたように答えるイヴォンに、貴族たちが異様なものを見る視線を向けた。それは、眼の前に存在するのが化け物であったことに初めて気づいたような、押し殺した怯えを孕んだ視線だった。
「どうするのだ、この国には国王陛下に近しいお血筋は王太子殿下しかおられなかったのだぞ!」
国王には、他に兄弟姉妹がいない。これは流行病で亡くなってしまったそうなので、仕方のないことである。
けれど、同母異母を問わず王太子以外の兄弟姉妹も一人もいないのだった。
なので、次の王太子は血筋を遡って先代以前の国王の系譜を辿ることになるだろう。ここまで来ると人数が急に増えてしまうので、王位継承争いが激化することは誰にでも予想できることだった。
誰かがぼそりと呟いた。吐き捨てるような声だった。
「くそっ、これも側妃が馬鹿な真似をしなければ……」
その呟きの意味がイヴォンにはいまいち判らなかったけれど、側妃のことは知っていた。これはイヴォンが神の血を受けているので、知るつもりがなくても最初から知っているのである。
元側妃は、男爵令嬢でありながら極めて魔法に長けた少女だった。
当時の王家はこの才能を欲しがったが、そのときには現国王である当時の王太子にはすでに公爵令嬢の婚約者がいた。だから王家は、男爵令嬢に無理やり魔力制御装置を嵌めて、ほとんど奴隷のような扱いで側妃として嫁がせたのだった。
元側妃の悪い噂は、ほとんどが王家や王妃の流したものだった。男爵令嬢に行った非人道的な行いを隠蔽するために、ことさら男爵令嬢を悪し様に貶めたのである。
結婚してからしばらく、元側妃は従順だった。王家の望むままに魔法を提供し、酷い嫌がらせや悪意を黙って耐えていた。
そこで状況が変わる出来事が起きる。元側妃が妊娠したのである。
元側妃は、それまではどう足掻いても外せなかった魔力制御装置を膨大な魔力で破壊し、王宮を破壊し王宮を守る数々の結界を何もかも破壊し、ついでに近くにいた複数人の関係者に重軽傷を負わせながら逃げ出したのだ。
このときに重傷を負った一人が、国王なのであった。
莫大な魔力によって受けた傷は王宮の魔法士たちにも癒やすことができず、国王はそれ以上の子どもを作る能力を失ったのである。すでに正妃とのあいだに後の王太子である第一王子が生まれていたことが、不幸中の幸いだった。
元側妃を突き動かしたのは、ごく単純な、理由のない母性愛であった。自分の腹に宿った、まだ息子か娘かも判らぬ子どもを悪意から守ろうとする、母の愛だった。
自分の命すら擲っても子どもを守ろうとする、本能的な、ほとんど獣のような衝動だった。そうやって、搾取され続けた元側妃は腹の子ども以外の何もかもを捨てて逃げ出したのだった。
元側妃の愛情など、もちろん王宮の人びとには誰一人理解されなかった。ただ、国王の胤を孕んだまま逃げ出したうえに、国王に致命的な傷を負わせた大罪人であるというだけである。
極めて魔法に長けた元側妃の足取りを、王宮の精鋭たちは誰一人追うことができなかった。そういう事実を隠すために、国民たちには大罪を犯した元側妃が処断されたことを公表したのだった。
ちなみに元側妃は無事に逃げ出して娘を産んでいたし、ディッキンソン王国から遥か遥か遠く離れた国で平和に暮らしていた。
なんなら魔法士としての才能を見いだされて、元側妃はとある伯爵家に嫁入りしているのだった。いまはきちんと愛してくれる家族に大切にされて、心ある王家に仕えているのである。
そういう色々なことを、神の恩寵によってイヴォンは知っていた。けれど断罪の場において、口には出さなかった。
別に隠したわけではなく、単純にこれが王宮の者たちが喉から手が出るほど欲しがっている情報であることが、イヴォンには判らなかったのだ。
きっと、王位継承争いによって多くの血が流れることになるだろう。イヴォンは人間を愛していたので、ごく単純にその未来を悲しんだ。
けれど、最も正統な継承権を持つ国王の第二子にして第一王女の存在をディッキンソン王国に知らせることはなかった。イヴォンは魔物から人びとを守ることが使命であって、人びとの政治に関わることは神々から特に命じられていないからである。
憎たらしげな顔をしている貴族たちを見回して、イヴォンはしょんぼりと落ち込んだ。
人びとが怒っていることは理解ができても、イヴォンには自分の何が悪かったのか判らないのだ。イヴォンにとっては王太子も平民の子どもも同じ人間であって、一人と四人であれば四人を守るのである。
「殺してしまえ!」
イヴォンを取り囲んだ貴族のうちの一人が、そう叫んだ。誰かが言い出すのを待っていたかのように、皆が口を揃えた。
「殺してしまえ!」
「反逆者など生かしておいて良いことはあるまい」
「そうだ、大罪人だ!」
「役に立たない聖女など殺してしまえ!」
誰も彼もが熱に浮かされたように、そう言ってイヴォンを糾弾した。イヴォンはもともと貴族たちに嫌われていたので、一つでも失態があればあっさりと処刑されうる立場だったのである。
どうして自分がこれほど責め立てられているのか、イヴォンには理解ができなかった。ただ、自分が人間に嫌われて、憎まれていることは理解した。
イヴォンは人間が好きだった。愛していると言っても良い。
これはイヴォンが何の力も持たない小鳥だった頃に、とある人間に親切にして貰ったことによるものだった。
小鳥であった頃に、イヴォンはひどく幸せだった。幸せなまま、最期まで大切にされて生涯を終えたのである。
だから大好きな人間が魔物に苦しめられていると知って、人びとを守るために、神様に人間を守る力が欲しいとお願いしたのであった。
神様も広がり続ける魔物被害にちょうど人びとに救いの手を伸ばすべきか否かを迷っていたところだったので、これ幸いと小鳥を聖女に据えた。小鳥の魂に自分の血の一滴を垂らして、聖女の血肉を作ったのである。
イヴォンは人間が好きだった。イヴォンは人間に大切にされて、幸せであった記憶があったからだ。
だから人間に嫌われたことは、ごく単純に悲しかった。イヴォンはぽろりと泣いたけれど、それを見ても貴族たちはイヴォンを責め立て続けた。
「今さら後悔しても遅い、死んで償え!」
なのでイヴォンは、貴族たちの言葉にこくりと頷いた。
いずれにせよ、イヴォンの正体は単なる小鳥である。救いを求める人びとの願いに応える形で神様から権能を借り受けているので、人びとに嫌われてしまえば聖女としてあり続けることは難しいのである。
イヴォンは自分の舌のほんの端っこを噛みきった。本当にささやかな動きだったので、貴族たちの誰もそのことに気づかなかった。
ほんの小さな舌の傷から滲んだのは、ほんの一滴の血だった。けれどイヴォンには、その一滴だけで十分だったのである。
なぜならイヴォンが神々から借り受けたのは、ただ一滴の血であったので。
薄らと開けたイヴォンの唇の隙間から、神の権能が抜けていった。それと同時に、イヴォンの体がほろほろと崩れ始めるのだった。
「聖女が要らぬと言うのであれば、わたしは空に還ります」
単純に聞けばそれは、死刑を受け入れると言うように聞こえただろう。けれどそうではないのは、イヴォンの様子を見れば明らかなのだった。
髪から、指先から、肩から、体の端から、どんどんイヴォンが崩れていくのだ。
崩れた体は桃色の羽根になって、風もないのにふわりと部屋の中で舞い上がった。そしていつの間にか開いていた窓の隙間を通って、羽根たちは次々と空に昇っていくのであった。
明らかに尋常ではない様子を見て、貴族たちは顔色を変えた。ここでようやく、自分たちが選択を間違えたかも知れないことに気づいたのである。
「何ごとだ、どこに行く気だ!」
誰かが叫ぶように問いかけた。それにイヴォンが答えた。
「ピィ」
それは明らかに小鳥の鳴き声で、神の血の一滴を還したイヴォンはすでに、ひとの言葉を話す力も失ったのだった。
不味いことが起こっている。そこでようやくイヴォンに対する神託が本物である可能性を思い浮かべた貴族たちは、焦燥に顔を歪めた。
「待て、われわれを見捨てる気か!」
「聖女は人びとを助けるものだろう! 無責任め!」
そういう、色々なことを、貴族たちはイヴォンに投げかけた。
けれどすでにイヴォンは人間が何を言っているかも理解できなかったので、にこにこと上機嫌でまたピィと鳴いた。イヴォンが生きている頃に人間が親切にしてくれたことを覚えているので、イヴォンは人間が大好きなのだった。
聖女の体が崩れていく。体が散って、桃色の羽根が散る。イヴォンの髪色と同じ桃色の羽根が舞い上がって、窓から逃げ出して、空に昇っていく。
王宮から桃色の何かが流れていくのを、王都の人びとが目撃していた。桃色が不吉の象徴であることはディッキンソン王国の常識であったので、人びとはきっと悪いことが起きる予兆に違いないとひどく気味悪がった。
そして人びとの予測は、現実のものとなる。これから随分と長い間、政治闘争と魔物被害によってディッキンソン王国には冬の時代が訪れるのだった。
なろうテンプレ小説での聖女の扱いの悪さに思うところがあるので、『だったら思いっきり話の通じない聖女を書ーこぉ!』と思いついたので書きました。思いつくままに書いていたら設定を詰め込みすぎました
書き始めてから気づきましたが、これ聖女の正体を小鳥にする必要ありませんでしたね、、まぁ思いついてしまったのでそのまま進めましたけれど
なんとなく、動物を登場させようと思ったら犬猫よりも先に鳥が思い浮かびます。空を駆ける姿に思うところがあるのかも知れません
これ読者さん側にどんな影響があるのか知らないのですが、一応ここ数年の作品はAI使用状況の設定を行いました。言うまでもなく全て不使用でございます。AIを上手く使えるくらい賢い人間ならわたしはもっとまともな小説を書いているのだわ
一括で変更できるのかと思ってたら個別ポチポチだったのでげんなりしました。UIなんか気にしないし期間限定でも良いので一括変更ページを作っておいて欲しかった、、『ユーザー頑張れ』ってことでございますわね
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