婚約者に嫌われているわたしは、努力の方向性を間違えていた
悪役令嬢もの大好きです^^
小さじ1くらい入ってます。
気まずい空気がわたしたちの間に流れている。
チラリと隣にいる婚約者の恐ろしいほど整った顔を盗み見た。
(ホント、キレイなお顔…)
スン、と前を見据える横顔は真顔だとゾッとするほど美しい。
バチッと目が合い、まずいと思って慌てて目線を逸らす。
ここまで関係が悪化したのには訳がある。
幼い頃、たまたまご挨拶をしようと教室へ向かった際に聞いてしまったのだ。
それ以来わたしは、どう接したらいいか分からずにいつも言葉に詰まってしまう。
「アイツ、装飾品はジャラジャラして隣にいられるとうるさいし、この間なんてメイドを烈火のごとく怒鳴りつけてたんだ」
悪役令嬢みたいだろ、とご学友と話し合っていた婚約者がそこにはいた。
ピシャーン、と背中に雷よろしく衝撃が走った。
(あ、悪役令嬢…?)
聞き慣れない言葉だが、文脈から褒め言葉でないことはわかる。そもそも、悪役と付いている。
言い訳させてもらうなら、装飾品は婚約者であるヴァレンティンさまからの贈り物だ。だから、ただ沢山身につけていただけで、メイドを叱ったのも贈り物のカップを割られたためだ。
(…それに、謝ってるもの)
ワザとではなかったし、わたしも反省してメイドに後から謝罪をしている。
それでも、彼がわたしに嫌悪感を持っていることには違いない。
だからこそ、その元となる悪役令嬢を払拭しようと思う。
(…調べなければ)
取り敢えず悪役令嬢を勉強するためにわたしは図書館へ急いだ。
そこから、仕草、言葉遣い、身に纏うもの全てを逆にするよう気をつけた。
この努力が果たして実っているかと言われたら微妙なところだが、恐らく今後実るはず。
過去に思いを馳せていたら、わたしをじっと凝視する深紅の瞳に気付く。
「…君、ボクがあげたイヤリングはどうしたの?」
確かに、贈答の装飾品は身につけないと失礼ともいう。それでも、あのイヤリングは深紅の宝石の周りに金色の装飾がゴテゴテと付属されており、悪役令嬢が付けていそうな見た目だったのだ。
「丁重に保管させていただいております」
「……君ねぇ…」
「あ!いや、とても素敵なイヤリングでしたので厳格に保管しております!」
今までいただいていたものも保管しておりますよと胸を張って言えばヴァルさまがジト目でわたしを非難する。
(え、わたし、なにか間違ってた…?)
本日の装飾品は品がある小さなものが中心だ。小さいためいつもより数が多いが、大きめなのひとつの方が良かったのかも?
たしかに、頂いたイヤリングは大きめだったしとグルグル頭を回転させる。
はぁ、と頭上から大きい溜息が聞こえる。
「…ボクは、翠のコサージュを付けているんだけど」
「?え、えぇ、よくお似合いです」
確かに本日のヴァルさまの見た目を褒めていなかったなと、わたしは原因が分かり饒舌に話し始める。
「とってもかっこいいです!翠がヴァルさまの漆黒の髪によく似合っております!」
「…もういい」
怒らせてしまったのだろう、ヴァルさまが耳まで真っ赤になりながら腕を差し出される。
(…そ、そこまで怖い顔をしなくても)
差し出された腕に遠慮がちに触れる。
なにが悪かったのか分からないまま、また険悪なムードになってしまった。
(どうしてこうも、上手くいかないのかな…)
わたしはこっそりため息を吐いた。
あれからしばらくして、相変わらず噛み合わないまま別の夜会の日になった。
プレゼントだから、と重厚そうな箱の中に深紅の宝石があしらったネックレスを渡される。
わたしは少し困惑していた。
いつもは事前に装飾品はくださるので、家に保管ができたが、馬車の中で渡されては置いていくこともできない。
「…付けてあげるよ」
首元が少しうるさくなるが、せっかくいただいたのだしつけてもらえるのなら、それもいいかもしれない。
それに…
(これなら、悪役令嬢ぽくないのかな…?)
都合よく解釈し、ありがとうございますと素直に後ろへ振り向けば、意外だったのかヴァルさまの目が大きく開く。
もしかして、またなにかやらかしたのでは?と冷や汗をかきながら首を差し出した。
つぅ、と首に触れた手が冷たくてわたしはビクっと身体が揺れる。
「君は、赤い宝石を身につけないと思ってた…」
「え?まあ…普段は翠が多いかもしれないですが、特に好き嫌いでは選んでないです」
翠は自分の瞳と同じ色なので、選びやすいだけでこだわりはなかった。
赤や金、黒などは悪役令嬢のイメージがあるので避けていたのかもしれない。
「あぁ、そう…」
呆れ顔をしているヴァルさまに、わたしはなにかやらかしたことを確信し、馬車に揺られて夜会へと向かった。
会場に着くと、人気があるヴァルさまは学友やご令嬢の相手に忙しそうだった。
わたしはそっと離れ、食事に舌鼓を打つ。
モグモグと食べていると視線を感じて、キョロキョロと周囲を見るが、誰とも目は合わない。
(…なんだろう?)
首を傾げてもう一度よく周りを見るとヴァルさまがご令嬢たちと歓談している。
人気者は大変だなぁ、と呑気に考えているわたしに向かって3人組のご令嬢がやってきた。
「クラリスさん、婚約破棄なさるそうですわね?」
「…え?」
「あら?そのようにお話されているとお聞きしておりますけど」
ねえ、と一人の令嬢が二人に聞く。
「え、えぇ…」「そうですわね…」と少し煮え切らない気もするがわたしにとっては青天の霹靂だった。
まさか今日、婚約破棄される予定とは露知らず呑気にパーティーを謳歌していた。
事前に言ってくださればと心の中で愚痴り、ご令嬢にお辞儀をしてその場を去る。
ヴァルさまより早く婚約破棄を申し出なければ…!
わたしはキョロキョロと彼のご家族を探す。
こちらからも婚約破棄を申し出れば、双方同意となり、円滑に話が進むだろう。
(これ以上、ご迷惑はかけられないし…)
今まで迷惑をかけた分、報いたい。
これが、婚約者としてのわたしの最後の役目だと信じて。
(…見つけた!)
「お 、お義母さま!」
「あら、クラリス…?」
はあはあと息を切らしながら、ヴァルさまのお義母さまに駆け寄る。
「急いでどうしたの?まぁ!そのネックレス、よく似合ってるわね…あら、ヴァレンティンは?」
「お、お話がありまして…」
あまりにも息が切れているのを見かねて差し出されたお水を一気に飲み干す。
手が少し震えてくる。
恋をしていたわけではない。
でも…。
(でも、このままヴァルさまと…結婚すると思ってた)
それでも、
「わたしからも、婚約破棄を申し立てます!」
「えっ…えぇっ…!?」
戸惑っているお義母さまにわたしは今までのお礼も込めて深くお辞儀をする。
「本当に申し訳ございません。失礼いたします」
「え、ちょ、クラリス…?」
まあ、大変、ヴァレンティンを早く呼んで!というお義母さまの声を尻目にわたしは会場から足早に立ち去った。
(…これで、良かったんだ)
そう、ヴァルさまも嫌いな婚約者から解放されるし、わたしも晴れて自由の身になれる。
お互いに良い結果になったはず。
少し強引に申し立てしてしまったが、早く決断しないと先延ばしにしそうで嫌だった。
(思い立ったが吉日とはよく聞くし…)
吉日がたまたま大雨だっただけで。
ビチャビチャと泥が跳ねるのも気にせずに乱雑に歩く。ドロドロになる靴とドレスに複雑な気持ちになる。
ううん、いいのだ。わたしにとっての夜会はもう終わったのだし。
今日は頑張ったご褒美に家で自分を労わろう。
馬車に乗り込み、ハハっと自嘲気味に笑う。
一息ついたその時だった。
ガァン、と馬車の扉が開き、ヒィ!と恐ろしさと驚きで身体が跳ねる。
(ば、馬車が壊れる…!)
雨に打たれてずぶ濡れのまま、肩を上下に荒い息を吐きながら、ヴァルさまが凄まじい形相でわたしを睨んでいる。、
「…君はほんっっっと!」
珍しく叫ぶヴァルさまが、グっと唇を噛む。
馬車の中に入り、わたしの真正面に座る。ボタボタと水が落ちる音がする。
「…なに。そんなにボクが嫌いだったわけ?」
「え…?」
「だから…婚約破棄したの?」
ポタポタと漆黒の髪の毛から落ちる雫が、顔につたって泣いているようにもみえる。
「…嫌いなのは、ヴァルさまの方では?」
そうおっしゃってましたよね、と続けると「はあ?」と顔を歪める。
ヒィ!キレイな顔で凄まれると、恐ろしい。
「何言って……あ、」
まさか、いや12歳だぞ?という呟きが聞こえる。
「その〜…盗み聞きしてしまったんです。小さい頃に、ヴァルさまがわたしを悪役令嬢と言ってたところを」
「…それ、全部ちゃんと聞いた?」
あー、もう…とガックリ肩を落とすヴァルさまにかける言葉が見つからない。
というか言葉をかけたら、火に油を注ぎそうなので黙っておく。
「あの後、それでもいつも頑張っているのを知っている、婚約者でいたいと思うって言ってるんだけど」
どこか迷いながらヴァルさまが言葉を続ける。
「ボクは…ずっと、クラリスと結婚するつもりだったし」
凄まじいことを言われた気がするが、衝撃が強すぎてわたしはそれどころではない。
(まさか…わたし、早とちりした…?)
「それに、今日プレゼントしたネックレス、ちゃんと見た?」
会場に入る前、付けてもらったのでよく見てはいなかったかもと素直にキラリと深紅に輝く胸元を見る。
「…深紅の宝石です。お高いのに有難いなって思ってましたけど」
「ほんっと信じられないよ。君の脳みそってなにが詰まってるわけ?」
(ひ、ひどすぎる…)
「深紅は、ボクの瞳の色でしょ…」
「…?存じておりますが…」
ああ、もう最悪だ…と項垂れるヴァルさまにちょっと申し訳なくなる。
「はあ、いい。分かった。君がサル並な知能なことはよーーく理解した」
「さ、サル…」
猿人ともいうし、動物の中では有難いチョイスかもしれないがちょっと傷つく。
1度しか言わないよ、とヴァルさまがこちらを真っ直ぐ見てわたしの手に触れる。
雨に濡れたせいなのかヒンヤリと冷たい。
「ボクの瞳と同じ色の宝石を、贈ったのは分かるよね?」
コクコクとボビンヘッドよろしく首を縦に振る。ここまではいいか…としつれいなことを確認された気がする。
触れられていた手にぎゅう、と力が込められた。
「これを身につけてる君は、ボクのものってこと。ちなみにボクも君の瞳の翠色の宝石、いつも身につけてるから」
早口で言われ、理解するのに時間がかかる。
つまり、わたしとヴァルさまの瞳の色をお互い身につけているわけで…。
それが、お互いの所有の証というわけで…。
(…そ、それを身につけていたってことは!)
サァ、と血の気が引ける。
「あ、あの、わたし、全然知らなく、身につけてました…」
わたしは今日、ヴァルさまの婚約者です!と周りに堂々と宣言していたにも関わらずご家族に婚約破棄を申し出るアホの子だったわけだ。
だからあの時、お義母さまはネックレスが似合っていると言いかけたのか…。
穴があったら入りたい。
(わたしって、ずっと空回りしてだけだったんだな…)
ボロっと大粒の涙が溢れる。
「ちょっ!な、なんで泣くわけ?!」
「ヴァ、ヴァルさまに嫌われたわけではなくて、婚約破棄もしなくて済みそうで、安心して…」
「…しないよ、婚約破棄なんて」
甘ったるい言葉ではないはずなのに、じんじんと全身が痺れる。
もう言わないでよね、とそっぽを向くヴァルさまにわたしはへへっと笑いかけた。
「ヴァルさまって、結構わたしのことお好きだったんですね」
「は、はあ…!?」
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