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アイムトーキングアバウトラヴィン

掲載日:2026/03/19


「知らない、天井だ」

 病室。蛍光灯に手をかざすと、なんだか自分の身体がひどく小さくなったような気がして——違和感に気づく。

 自分の身体をまさぐる。異様に柔らかい。筋肉が無い。おっぱいが……ちょっとだけある。

 細くて肋骨が少しだけ浮き出てるのが解る。肌がすごくすべすべしてる。いい匂いがする。

 オレは走って——痛みに悶え、すぐに歩調はゆっくりになる。そして、駆け込んだ男子トイレ。広い鏡に映る——幼げな少女。

「はぇ……?」

 目を見開いたオレ。目を見開いた少女。

 腕を動かしたオレ。腕を動かした少女。

 ……連動してら。目の前の、茶髪で貧相な身体をした美少女は間違いなくオレらしく。

 わなわな震えるオレ。キャミワンピの肩紐が外れた。


    *


「——というわけで、佐上さんは事故で女の子になってしまいました」

 退院一週間後。学校。

 女子制服を着て佇むオレ——少女、というよりは幼女と言うに相応しいような姿をした元少年、佐上 ハルカは、教師に促されて黒板の前でぺこりとお辞儀をする。

「きゃーっ! かわいいー!」「くっそう……元男だとは思いたくねぇ……」「ブヒヒッ……TS女児と化したクラスメイト……最高に萌えンゴねぇ……」

 きゃあ、かわいい、といったばらばらの……若干の邪悪さが混じった大合唱。

 オレは耳を塞いだ。かわいいとか言われても嬉しくないっ!

 教壇をバンっと叩いて叫ぶ。


「オレは、男だッ!」


 一瞬の間が開いて、教室は笑いに包まれた。

「何がおかしい」

 オレの問いに、誰か一人が答える。

「だってさ、こんな小さな子が男だなんて、ねぇ」

 だめだ、完全に馬鹿にされてる。

 オレは頭を抱える。その姿が小動物のように見えたのか、教室の様子はヒートアップしていく。みんなには一切悪意がなさそうなのがいっそ腹立たしい。

 そんな様子を見かねたのか、一人が立ち上がった。

「やめてやれ。みんな。こいつも、好きでこうなったんじゃないだろ」

 立ち上がった黒髪の青年は、やれやれといった感じに告げる。そんな様子に、オレは目を輝かせた。

「ソーマぁ……」

 さすが幼なじみとだけあって、わかってるじゃないか。よっ、イケメン!

 彼の鶴の一声で静まりかえる教室。そのままシームレスに授業が始まった。


「ソーマぁ、さっきはありがとなぁ」

 休み時間。オレの言葉にソーマは。

「…………っ」

 一瞬だけ顔を赤くして、それからふいっと顔を背け、その場を去る。

 ……どうしたんだろ、アイツ。トイレかな。

 軽く伸びをしたら、肩を叩かれた。


「ハルカちゃんっ!」

「……チトセ。ひさしぶり」

 金髪の元気なギャルみたいな子。ソーマと同じく幼なじみの、チトセ。

「ずいぶんちっちゃくなったね」

「悪いか」

 唇を尖らせるオレに、彼女は屈託もなく笑みを投げかけ。

「ううん、かわいいっ」

 突然抱きついてくる。

「……なんで?」

「女の子同士だったらふつーだよ」

「お、オレは男だっ……!」

 チトセの身体、柔らかい。もちもちだ。

「ならなんで抵抗しないのー?」

「にゃ、にゃんでもぉ……」

 目を逸らしつつ、しかし心のなかではガッツポーズしていた。

 恥ずかしいけど、ちょっと役得かも。女の子になって良かったー!

「……なにニヤけてんのよ」

「なんでもないしっ」

 彼女の顔をひと目見てみた。……チトセも人のこと言えないじゃん。


 その後も一日、チトセには付きまとわれて。

 ソーマには話しかけようとしても避けられ続けた。……オレ、なんか悪いことしたかなぁ。


 思い悩みながら歩いた帰り道。

「あ、ソーマ」

 偶然にも出くわした。駅までの道。

「…………」

「…………」

 互いにしばらく無言で歩く。


 やがてオレは口を開いた。

「……なんで、オレを避けるんだ?」

 おずおずと尋ねると、彼は少し黙って、それから答えた。

「…………女、だから。今のお前」

「女だから、なに?」

「もしお前が本当にハルカなら、知ってるだろ。——女、嫌いなことくらい」

 そうだ。思い出した。こいつ、子供の頃に親戚のおばさんに襲われかけたことがあって、それ以来女が苦手なんだった。

 でも。

「オレは男だっ。……身体はこんなでも、心は——」

 まだ、女の子になんてなってない。

 叫ぼうとした言葉。しかし。

 黙りこくって目をそらす彼を見て。

「……ごめん」

 ただ一言だけ、謝って。


 それからしばらく、無言のまま駅について。

 一言も喋らず、その日は終わった。


    *


 その夜、夢を見た。

 三ヶ月くらい前のことだった。


 その日、ソーマと一緒に駅までの道を歩いていた。

 チトセとはしばらく話していなかった。その日も、彼女は遠巻きにオレを見てくるだけだった。


 高台の道。背後は崖。夕日が綺麗に見えて。

「……なぁ、ソーマ」

「なんだよ、ハルカ」

 優しげな声に、オレは思わず笑って。

「オレたち、親友だよな。ずっと」

 笑って告げた言葉に、彼は少しきょとんとして、それから。

「ああ。……ずっと、な」

 微笑んで頷いた。夕陽に照らされた彼の顔は、眩しく映った。


 そのとき、金切り音が響いた。

 車が迫る。——ソーマに向かって。

「危ないッ!」

 思わず叫んだ。

 息を呑んで固まったソーマを、オレはガードレールの反対側に突き飛ばして——車を、よけきれず。

「ハルカッ——!」

 悲鳴のような叫び声が聞こえた。


 オレは、突き飛ばされていた。

 ガードレールを突き破り、空中。見下ろすと——十メートルの、コンクリートの崖。

 何度かもんどり打って——数度目の衝撃で、気を失った。


 目が覚める。

「知らない、天井だ」

 病室。蛍光灯に手をかざすと、なんだか自分の身体がひどく小さくなったような気がして——。


 目覚めてしばらくしてから聞いた言葉。最先端医療。脳死した子供への脳移植。そういった医者の説明は何一つ頭に入ってこない。

 けれどただ一つ、どこか心の中で理解していた。


「おれ、別人(おんなのこ)に——」


 悟ったところで、本当に目が覚めた。


    *


 教室に入るためのドアは、妙に重かった。

 ため息をついて、オレはドアを両手で開ける。

「おっはよー! ハルカちゃん!」

 チトセがオレに抱きつこうとしてきた。慌ててドアを閉めるオレ。ドアにぶつかるチトセ。

「ひどいよー……」

 涙目の彼女に、オレはため息をついた。

「あのなぁ、オレは男だぜ? もうちょっと距離感って奴を——」

「関係ないもん、そんなの」

 一転、屹然と告げるチトセに、一瞬面食らう。

「……で、でも……性別って大事だろ?」

「大事、だけど……それがどうして、近づいちゃいけないってなるの?」

 唇を噛んだ。

 オレは、やっぱり女の子に——

「——ッ、違う! おかしいのはみんなだ!」


「どうしたの急に!」

 走り出したオレ。

 違う。オレは別人になんてなってない。オレはオレだ。

 なにも変わってなんていない。……周りがおかしいんだ。

 急に、関わり方を変えてきた、周りが——。


「ひゃっ」

 視界がひっくり返る。足が滑ったらしい。

 ひゅっと息がつまり——しかし頭を打った感覚に少しだけ安堵する。

 よかった……地面、ある……。

 ぜえぜえと息を吐いた。広い校舎の端。理科室には誰もいない。

 立ち上がった。——窓に、自分の姿が映った。


 女子制服がよく似合う、小さな少女の姿が映っていた。

 目を見開きわなわなと震えるその少女は、どうしても自分とは似ても似つかなくて。


 その背後に、見慣れた男が映っていた。

「……そーまっ」

「何を泣いてんだ。……そんなにしゃくりあげて」

 言われて初めて気づく。

「ひっ、ひぐっ……え、へへ……大丈夫、だいじょうぶ……」

 笑おうとした。それでも視界は徐々に揺らいでいく。

 ずきん、と痛む頭。くらっとするオレに、ソーマはため息をついて。

「……乗れ」

 しゃがんで、背中をこっちに向けた。

「何処につれてくの」

「保健室。足、捻っただろ」

「……自分でいけるし」

「また転ばれても困る。いいから乗れ」


 ソーマにおぶられている間、オレはなにも言わなかった。

「……昨日のこと、ごめん」

 そんなことを告げる彼に、返した以外は。

「気にすんなよ。……オレたち、親友だろ?」

 確かめるような言葉に、彼は何も返しはしなかった。


 保健室。

「……ソーマくん、久しぶり」

 チトセが、ベッドに座っていた。その膝には絆創膏が貼ってあって。

「お前も転んだのか」

「ハルカちゃんのこと、追いかけようとしてね。急に走り出すんだもん。びっくりしちゃった」

 頬を膨らます彼女に、ソーマの背中から降りたオレは「ごめんごめん」とあえて軽薄に謝る。チトセも笑って許して。


「……ソーマくん。顔赤いよ」

 チトセの指摘に、彼は目をそらす。

「お前こそ。……興奮してんのか」

「し、してないわよ。あなただって、ハルカちゃんをおんぶして喜んでたんでしょ」

「そんなわけあるか」

 ……昔から、この二人は犬猿の仲なんだよなぁ。

 ため息をついたオレ。しかし。

「——わたしは、ハルカちゃんが好きなだけだし!」

「俺も同じだよ。ハルカが好きなだけ」

 なんでオレの名前がでてくるんだ?

 にらみ合う二人。オレはそっと保健室を出て行った。頭の痛みは、いつの間にか引いていた。


 朝礼の時間になっても、教室に二人の姿はない。

 代わりに、スマホが震えた。


「今すぐ屋上に来い」


    *


 朝礼終わり、オレは屋上まで走って向かった。

 屋上に続くドアを開けると、二人がいた。

「……ソーマ。あとチトセも」

 呼びかけると、二人は息を呑んだ。


「どうして、オレをここに呼んだんだ?」

 尋ねると、ソーマは「選んでほしい」とだけ答えた。

「選ぶ? なにを?」

「あたしたちの、どっちかを」

 チトセの言葉に、オレはますます混乱する。

 ……二人が同時に膝をついた。


「俺たちは、ずっとお前が好きだった。どっちも同じくらいに」

「だから、一緒に告白して、ハルカちゃんに選んでもらおうって決めたの」


 そんなシンプルな説明に、オレは。

「ふざけんな」

 わなわなと震えた。

「お前ら、急に態度を変えたと思ったらそういうことかよ。女の子の姿になったからって、急に……急に、オレのことを好きになったってのかよ!」

「ちがっ……」

「いい加減にしろよ! 俺の気持ちなんてわからないくせに! 好きでこんな身体になったわけじゃないのにっ!」

「……っ」

「ずっと友達だと思ってた。友達でしか居たくなかった。なのに、なのにっ! お前らは急に、オレを——」

 女としてしか見なくなった。

 そう、思っていた。


 ソーマがオレの唇を奪うまでは。


「っ——」

「……」

 数秒間の短いキス。

 その数秒が、無限にも感じられて。


「——っ、ハァ」

 唇を離し、彼は告げる。

「俺たちはずっと前から——男だった頃から、想ってた。——お前がこの姿になって、踏ん切りがついたんだ」

 オレは目を見開いた。

 否応なしに変わらなくてはならない場面に来たのに、変わらなかったのはどっちだ。

 ——変わろうとしなかったのは、どっちだ。


「……ごめん」

 一言だけ告げたオレに、チトセは告げる。

「選ばなくてもいいよ。それがあなたの希望なら、あたしたちは身を引くわ」

 暗に選択を迫る言葉。——選ばないことも、また「選ばない」という選択だ。

 オレは少しだけ俯いてから。

「ソーマ。チトセ。……オレは」

 一息間をおいて。

 告げた。


「——オレは、どっちも選ばない」


 チトセは目を見開き、それから細め。

「……そっか」

 背中を向け去ろうとする。しかし。

「待てよ、チトセ。……まだ終わってない」

 止めるソーマ。

 オレは続けた。

「……まだ、オレは何も知らない。なにも、受け入れられないんだ。女の子になったことも、お前たちがオレのこと好きだってのも。だから、選べない。……その気持ちを、受け止められない」

 目を伏せる二人。息を呑んで。

「でも」

 確固たる意志を持って、オレは告げた。

「だから、わからせてほしい。二人で、オレに」

「……なにを?」

「女だってこと。あと、その……好きだって、気持ちも」

「誰が?」

「チトセとソーマが」

「…………」

「…………」

 沈黙。数秒。

 その後に、二人は大笑いする。

「なんだよその笑いっ」

 何か変なことでも言ったかな。というかソーマがこんな風に笑ってんの久しぶりに見たな。

 むっと頬を膨らますオレに、二人は笑いながら。

『乗ったっ!』

 ハモった。

「あ、チトセ。俺の台詞取ったな?」

「ソーマくんこそ! あたしのセリフ!」

 喧々囂々。どこか楽しげなケンカを聞きながら、オレは小さく笑った。


    *


 放課後。駅までの道。

「こうやって一緒に帰るのも久しぶりだね」

 チトセの言葉に、「そうだなっ」と答える。

「…………俺は嬉しくないからな」

 むすっとするソーマの頬をつついて。

「ツンデレさんめ」

「うっせえばーか」

 照れてるぞ。クールぶってても嬉しさを隠し切れてないのが、なんというか大型犬みたいで可愛い。

「というかソーマ、女嫌いはどうしたんだ?」

「……お前らは例外だ」


「こうやって歩いてると、ちっちゃかった頃を思い出すね」

 チトセが不意に口にした。

「小学生の頃も、こうやってみんなで一緒に帰ってたっけ」

「……そうだな」

 言われてようやく思い出す。

 小学校も、低学年頃まではよくみんなで一緒に帰っていた。

 いつの間にか、男女でそれぞれグループになって帰るようになって、俺たちは疎遠になっていったんだ。

「よくある話だけど、ちょっと寂しかったのよねー」

 チトセの言葉に、俺は微笑んだ。

「これからは、ずっと一緒だ。二人とも、な」

「うんっ」

 屈託もなく笑ったチトセ。目をそらしつつも照れるソーマ。

 ……なんだか、子供の頃に戻ったみたいで。

 こんな日常も、悪くないな。

「なに笑ってんのー?」

「なんでもない!」

 チトセの呼びかけに答える。


 その口元は、どこか嬉しそうに、綻んでいた。


Fin.


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