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利き手

掲載日:2026/02/22

 人には、得意なものがあると思う。

 私は、両手だ。


 右でも左でもない。

 どちらか一方が優れている、という話でもない。

 私にとっての「手」は、道具であり、言葉であり、感覚そのものだった。


 幼い頃から、器用で、変幻自在に動かせた。

 箸を持つのも、鉛筆を握るのも、何かを掴むのも、迷いがなかった。

 どちらの手でやっても、違和感がない。

 それが特別だと気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。


 気づけば、何気ない動作にも、なぜか視線が向いてしまうようになっていた。

 自分の手の動きだけではない。

 人の手が、視界に入ると、どうしても見てしまう。 

 

 どうして普通の人は、右手が得意な人が多いのだろう。


 折り紙も、複雑で難しいものまで正確に折ることができた。

 幼稚園の頃、先生が見本に出した折り方を、私は一度見ただけで再現できた。

 鶴、亀、箱、風車。

 折り目を間違えず、紙の角をぴたりと合わせる。

 紙の硬さや厚みが変わっても、指先が勝手に調整してくれる。


 小学生になると、図工の時間が好きになった。

 ハサミで曲線を切るときも、線を引くときも、周囲より少し速く正確だった。

「どうやってそんなにまっすぐ切れるの?」と聞かれても、説明できなかった。

 ただ、指がそう動くとしか言いようがなかった。


 文字を書くのも綺麗だと褒められた。

 止め、はね、はらい。

 それぞれの筆圧を、無意識に調整していたらしい。


 誰かのノートを借りると、そこには書いた人の人柄が現れていた。

 そして字に、つい見入ってしまう。

 几帳面な字、勢いのある字、迷いのある線。

 それらを「字」としてではなく、「手の癖」として読んでいたのだと思う。


 指を動かす仕草も、素敵だと言われることがあった。

 ピアノの鍵盤に指を置いたとき。

 マグカップの取っ手を持つとき。

 本のページをめくるとき。

 何でもない動作なのに、なぜか目を引くらしい。

 

 私は、その理由がわからなかった。

 けれど、自分自身も、手の動きに見惚れてしまうことがあった。

 

 日の光に手をかざすと、血液が流れているのが透けて見える。

 指の骨の輪郭。

 皮膚の薄さ。

 脈打つリズム。

 生きている、という実感が、いちばんはっきり伝わってくる場所だった。


 そのとき私は、なぜか安心する。

 頭でも胸でもなく、手で「生」を感じているような感覚になる。


 いつからか、私は握手をするときの感触にも、強く意識を向けるようになった。


 握手は、ほんの数秒の出来事だ。

 だが、その数秒の中に驚くほど多くの情報が詰まっている。

 柔らかく、しっとりとした手触り。

 水分を含んだ、温かい皮膚。

 まるで、触れる前から相手の人柄が伝わってくるような手。


 固く、頑丈で、どこか勇ましい手。

 骨ばった指。

 力強く、少しごつごつしていて、仕事の重みがそのまま刻まれているような手。


 細くて長い指の人もいれば、短くて丸みのある指の人もいる。

 関節が目立つ人。

 爪が小さい人。

 ささくれが多い人。

 傷跡のある人。


 私は、それらを無意識に記録していた。


 人によって手の匂いも違う。


 甘い香りのする誘惑的な手。

 ハンドクリームや香水の匂いが、皮膚に溶け込んでいるような手。

 日向の匂いがする手。

 洗いたての布団のような、柔らかい温度を感じさせる匂い。


 別に、一般的に言う良い匂いじゃなくてもいい。

 たばこの匂いが染みついた手。

 指の隙間に、かすかに残る煙の名残。

 体臭の匂いでも、人それぞれ違うセクシーさが良い。

 汗の匂い。

 皮膚の匂い。

 生活の匂い。

 それはどれも、その人が生きてきた証のように思える。

 

 私は、それらを「好き嫌い」で判断しているのではなかった。

 ただ、違いを違いとして面白がっていた。


 あるとき私は、ふと気づいた。

 私は、「手」が好きなのではなく、

「手を通して、人を知ること」が好きなのだと。


 それに気づいたのは、ある職場での出来事だった。


 私は、相談窓口のような仕事をしている。

 人の話を聞く。

 困りごとや悩み、迷いを受け取る。

 言葉にならない感情を、言葉にする手助けをする。


 ある日、初対面の男性が、緊張した様子で席に座った。

 声は落ち着いていたが、指先が、わずかに震えていた。

 私はその震えを見て、話を急がず、まずはゆっくりとした雑談から始めた。


 しばらくすると、彼の手は落ち着き、指の動きも滑らかになった。

 そのとき私は、彼がようやく「話せる状態」になったと感じた。


 別の日、女性がにこやかに笑いながら話していた。

 だが、手は固く組まれ指先に力が入っていた。

 私はその手を見て、表情よりも深い不安があることを察した。


 私は、彼女の言葉をそのまま受け取るのではなく、

 手の緊張に寄り添うように質問の仕方を変えた。

 すると彼女は、しばらく沈黙した後、ぽつりと本音をこぼした。


 そのとき、私は確信した。


 私は、人の「話」を聞いているのではなく、

 人の「手」を聞いているのだと。


「手は口ほどにものを言う」


 私はそう思った。


 声よりも、言葉よりも、

 手の動き、力の入り方、触れ方、離し方。

 それらのほうが、ずっと正直だった。


 私は握手をするたびに、

 その人が今、どんな状態なのかを感じ取っていた。


 疲れているのか。

 緊張しているのか。

 警戒しているのか。

 安心しているのか。

 助けを求めているのか。


 それは特別な能力というより、

 長い時間をかけて、自然に身についた感覚だった。


 私は手を見分ける。

 触れ方を聞き分ける。

 力加減を読み取る。

 温度や湿度の変化から、感情の揺れを察する。


 誰かの言葉が嘘でも、

 手は、ほとんど嘘をつかない。


 だから私は、

 目を見る前に、声を聞く前に、

 まず、手を見る。


 それが、私のやり方だった。


 世の中には「利き酒」「利き茶」「利き湯」「利き水」と、さまざまなものがある。


 ――私は、手を見分ける「利き手」マイスターなのだ。

 フェチではない。

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