転生したら魔王の娘でした。しかも推しが討伐に来た件。
はじめまして!
この作品は、「推しが敵だったらどうする?」という一つの悪夢(?)から生まれました。
気づいたら魔王の娘になっていた主人公リリア。
しかも、前世でガチ恋してた“推し騎士”が、今世では討伐に来る運命!?
──そんな彼女が、「破滅ルート? 書き換えればいいじゃない!」と奮闘するお話です。
転生×乙女ゲーム×推し×運命改変。
なろう王道テンプレの中に、“恋で世界を変える”というテーマを詰め込みました。
少しでも「推し尊い…!」「リリアがんばれ!」と思っていただけたら嬉しいです。
どうぞ、最後までお楽しみください!
——誰かが、私の名前を呼んだ気がした。
重たい闇の底から浮かびあがるみたいに、意識が水面へ戻っていく。
「……リリア様、どうか——目をお覚ましください!」
ぱちり、と瞼を上げた私は、反射的にもう一度閉じた。
巨大なシャンデリア。紫の天蓋。黒銀の刺繍が縁取るカーテン。壁一面に描かれた幾何学の魔法陣。
現代日本の六畳間では、ない。
「ここ……どこのホラーホテル……?」
呟いた自分の声に驚く。高く透る少女の声だ。
跳ね起きた拍子に髪が肩を滑り落ち、視界に黒と——ピンクの線が揺れた。
「リリア様! よかった……! 侍女のミュリと申します。お加減は——」
扉から飛び込んできたのは、小柄な少女。角がちょこんと生え、尖った耳。瞳は宝石みたいに赤い。
——角。尖耳。赤い瞳。
待って、それって。
「え、えっと……ミュリさん? ここは……」
「魔王城の東塔、リリア様の御寝所でございます」
魔王城。
魔王。
リリア。
脳のどこかに溜まっていた記憶が、突然、音を立ててつながった。
前世——私は、徹夜で『クリスタリア・クロニクル』という乙女ゲームを周回していた。攻略対象の一人、王国騎士レオン・アルベルトのルートは、何度やり直してもバッドエンドに落ちやすくて、悔しくて、気づけば朝だった。
そのゲームに登場する、終盤の“壁”。
魔王——ノワール。
そして、彼の娘——リリア・ノワール。
鏡台の前へふらふらと歩き、映った自分を見た。
黒髪にピンクのメッシュ。眠たげな切れ長の目。可愛い。いや、可愛いけど。
「……誰!? いや、これが“リリア”!?」
ミュリが慌ててハンカチを差し出す。
「お顔色が……」
「だ、大丈夫。ちょっと、現実の解像度に追いつけてないだけで……」
心の中で深呼吸——情報を並べる。
ここは魔王城。私は魔王の娘リリア。
つまり、討伐される側。
そして前世での推し、レオンは……人間王国の英雄。魔王討伐の先鋒。
(よりによって、推しの剣で倒される未来がデフォルトって、なにそのギャグのきつい罰ゲーム……!)
胸がひやりと冷える。けれど同時に、指先がほんの少し震えた。
知っている。私は未来の“シナリオ”を知っている。
なら——
「回避できるはず。破滅フラグ、全部へし折る」
決意を固めた瞬間、重々しい扉が再び開く。今度は、空気が変わった。
入ってきたのは、黒い外套に白銀の王冠を戴く男。長い影が床を滑り、紫の瞳が私を映す。
「我が娘よ。目覚めたと聞き、急ぎ参った」
低く柔らかな声。
これが——ラスボス、魔王ノワール。
ゲームの中では冷酷の権化みたいに描かれていたけれど、目の前の彼は、私の肩にそっと手を置き、労わる父親の顔をしている。
「心配をかけたな。体はどうだ」
「……うん。大丈夫、パパ」
口をついて出た“パパ”に自分で驚き、同時に、胸が遠いところでちくりと痛んだ。
私は知っている。この優しい父が、やがて暴走し、世界を滅ぼす。
——それは“決められた筋書き”。
でも、筋書きは、書き換えられる。
(絶対に、させない)
私は、自分の胸元で揺れる小さなペンダントに指を添えた。黒い石の中央に、淡い線が走っている。不思議と手に馴染むそれが、微かに温かった。
◇
翌日。魔王城の戦議の間は慌ただしかった。
黒曜石の円卓を囲むのは将軍や参謀。壁の魔石が光り、幻影が宙に地図を描く。
報告の声が次々と飛ぶ。
「北方の守備隊から連絡。人間軍、白鷹騎士団が砦を突破。王都方面へ進軍中」
「王国の旗……白地に金の鷹……まさか」
魔王が手を振ると、魔法投影が切り替わった。
光の粒が集まり、一人の青年の姿を結ぶ。
陽光みたいな金の髪。湖のような碧眼。純白のマントが風に揺れ、胸には白鷹の紋章。
整った口元が、凛と引き結ばれる。
> 「この戦い、必ず終わらせる。人と魔、どちらもこれ以上血を流さないために——」
——その台詞、知っている。
レオン・アルベルト。
私が何十時間も画面前で「尊い……」と悶えていた、あの推しが、投影の向こうで剣を掲げている。
(待って。そこで言うの、その台詞……本当は恋愛ルートの中盤で、雨の庭園で囁くやつなんですけど!?)
喉がからからになった。
現実の彼は、恋人候補じゃなく、魔王討伐の英雄だ。
幻影のレオンが視線を上げた。映像なのに、こちらを射抜かれた気がして、心臓が跳ねる。
「リリア」
名を呼ばれて顔を上げると、魔王——父が私を見ていた。
「そなたも来い。戦の場を知れ。王家の娘として、民と兵の眼差しを知るのだ」
「——はい」
逆らえない命に、私はうなずいた。
でも、逆らえないのは命令だけ。運命には、逆らう。
(前線を見る。それなら、変えられる隙がある。私はただの魔王の娘じゃない。——前世のガチ勢ゲーマー、知識チート持ちだもの)
◇
夕刻。前線へ伸びる森道は、赤く差しこむ陽でまだらに明るい。
私は魔族の護衛隊に囲まれて馬車に乗り、窓の外を眺めた。黒い森の向こうに、白い旗が翻っている。
「怖くなどないわ」
——と、私は口に出して言った。
「べ、別に、はじめての遠足でビビってるわけじゃないから。あの程度の人間の兵、私が本気出せば瞬きする暇もなく——」
護衛の一人がぼそっと呟いた。
「瞬きの間に逃げ帰る……?」
「違う! 勝たせるって意味!」
軽口で自分を鼓舞していると、斥候の影が音もなく駆け戻った。
「接触! 人間の偵察小隊、五名。こちらに気づいていません」
護衛たちが剣に手をかけ、私の前に立つ。
ほどなく、木立の隙間から白いマントが現れた。
一番前の青年が、手を上げて合図——その横顔。
呼吸が止まる。
(……レオン)
彼は私たちの馬車を認め、動きを止めた。
私も、動けなかった。
目と目が合う——たぶんほんの一瞬だったのに、世界がきゅっと狭まる。
映像越しの気品ではなく、風の匂いと土の温度をまとった“生きた”騎士の眼差し。
正面から受けたその青は、思っていたよりずっと澄んでいて、鋭く、痛いくらい真っ直ぐだった。
「……貴様が、魔王の娘、リリア・ノワールか」
馬上から降り、鞘に収めた剣に手を添えたまま、彼は静かに問いかけた。
護衛の刃が一斉に鳴る。私は手で制した。
「そう。私がリリアよ。だけど——」
(だけど何? “あなたのファン第一号です”って言うの? 無理に決まってるでしょ!)
「だけど、ここで戦う気はないわ」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
レオンの眉がわずかに動く。
護衛隊長が焦れ、私の前に出ようとするのを睨みで止めながら、私は続けた。
「私は、無意味な血を流すつもりはない。あなたたちも——できるなら、剣を抜かないで」
ひと拍。森の鳥が一羽、枝を飛び移る音がやけに大きい。
レオンは私を観察するように見つめ、それからふっと口角をわずかに緩めた。
「……ならば今日は、こちらも剣を納めよう」
「レオン様!?」と部下が慌てる。
彼は手で制した。
「目の前で命を捨て合えば、明日へ残るものが減るだけだ」
——あ。
それ、彼の好感度が上がる選択肢の時にだけ出る台詞。
ゲームの中で何度も聞いた、優しさの核心。
胸の奥で何かがほどけ、代わりに熱いものが込み上げた。
私は慌てて息を整え、涼しい顔を装う。
「賢明ね。——また会いましょう、騎士殿」
護衛たちと距離を取り、馬車が森の奥へ戻る。
振り返ると、レオンはまだこちらを見ていた。青い光が、木々の隙間から滲むみたいに揺れている。
心臓が、痛い。けれど、苦いだけじゃない。
(やっぱり、生で見る推しの破壊力は規格外……でも、酔ってる場合じゃない。今の私の言葉、“ルートのズレ”を起こした。絶対に)
◇
夜。
東塔のバルコニーに出ると、風が山の匂いを運んできた。
私は欄干に肘を置き、空を見上げる。白い月。瞬く星。どれもゲーム画面より眩しい。
前世のことを思い出す。
学校では目立たない、地味なオタク女子。仲良しはゲームの中。
“恋”は、画面越しにしか知らなかった。
けれど今、恋は剣を握って私の前に現れた。しかも、私を討つために。
「笑えないラブストーリーだわ。本当に」
苦笑して、部屋へ戻る。
——やることは分かっている。運命を変えるには、道具がいる。
私は灯りを絞り、誰にも気づかれないように、父の私室へ通じる廊下を抜け、さらに奥の書庫へ足を向けた。
書庫の扉は重く、古い。けれど鍵は私のペンダントだった。
黒い石に指を添えて念を込めると、金の線が一瞬だけ走り、がちゃん、と錠が外れる音がする。
——知っていた。体が知っている。リリアの記憶の、どこかが。
中は冷たい紙の匂いが満ちていた。
背の高い書架が迷路のように並び、中央の机にだけ小さな魔灯が点っている。
私は書名を確かめながら歩いた。魔術論、歴史、契約書……そして、最奥の一段に、黒い皮の大冊。
背表紙に刻まれた古語は、私の目にだけ意味をほどいてくる。
『クロニクル・コード』
——“物語の書き換え方”。
両手で抱え、机にそっと置く。
ページを開くと、淡い光がふわりと立ちのぼり、文字がひとつひとつ浮かび上がった。
> 物語は記録であり、記録は選択の集積である。選択を束ねる鍵を持つ者は、筋書きを——
そこまで読んだとき、胸元のペンダントがじんわり熱を帯びた。
視界の端で、世界が少しだけ“歪む”。
息を呑んだ瞬間、私の目の前に——未来の断片が、映像みたいに流れた。
燃える城。
漆黒の魔王が咆哮し、紫の炎が天を裂く。
そして、白いマントの騎士が、傷だらけの身体でなお剣を掲げる。
レオンの青が、痛いほど熱を孕んで、こちらを見て——
「——やだ」
声が出た。
こんな未来、絶対に嫌だ。
ペンダントの熱を握りしめ、私は深く息を吸う。指先の震えは、もう恐怖の震えじゃない。
「運命なんて、書き換えられる。
私が、書き換える」
宣言すると、ペンダントが一度だけ強く明滅した。
書の文字が風に散るみたいに舞い、どこかへ吸い込まれていく。
魔灯が一瞬だけ揺れ、静けさが戻った。
——同じ頃。
遠い前線の天幕で、レオンは眠りの淵から急に目を開けた。
胸の奥で、誰かに名を呼ばれたような感覚。
彼は起き上がり、幕の隙間から星空を見上げて、小さく呟く。
「……リリア」
◇
戻る廊下で、私はこっそり拳を握った。
恋も、親も、国も、世界も。
どれか一つを選んでどれかを捨てる筋書きなんて、絶対に許さない。
全部救うエンドが存在しないなら——作ればいい。
バルコニーで風がカーテンをはためかせる。
私は月に向かって、短く強く言い切った。
「——破滅フラグ回避計画、はじめます」
胸元の黒い石が、星に呼応するように、ひっそりと光った。
朝日が差し込む魔王城のバルコニーで、私は風を受けて深呼吸した。
澄んだ空気の中に、ほんのり鉄の匂いが混ざっている。戦の気配。
遠くで魔鳥が鳴き、城下の鍛冶場からはカンカンと鉄を打つ音。
昨日の遭遇戦——レオンとの出会いが、頭から離れない。
「……あれは夢じゃない。生きて、目の前にいた。推しが、敵軍の騎士として」
胸に手を当てる。まだドキドキしてる。
恋なのか、恐怖なのか、あるいは両方か。
でも、一つだけ確かなことがある。
「このままだと、“あの未来”になる」
——魔王の暴走。城の炎。レオンの剣が私に向けられる、あの光景。
私は、ぎゅっと拳を握った。
「……破滅フラグ回避計画、正式に始動!」
と、声に出した瞬間。
バルコニーの下から、ぼそぼそと声が聞こえた。
「姫様がまた、ひとりごとを……」
「昨日からずっと“回避計画”とか、“推し”とか……」
「お可哀想に、戦のストレスで——」
「聞こえてるわよ!? あと“推し”は尊敬の対象ですから!」
下の庭師たちが慌てて頭を下げ、逃げるように去っていった。
……ふう。こういうのを挟まないと、心がもたない。
◇
「で、姫様。今日は何をなさるおつもりで?」
朝食のテーブルで、侍女のミュリが訊いてきた。
黒パンとスープを前に、私はフォークを握ったまま考える。
昨日、クロニクル・コードを開いたとき見えた未来。
——あれを変えるには、まず暴走する魔王を止める方法を見つける必要がある。
「ミュリ、魔王様の“力”って、どんな仕組みなの?」
「えっ、仕組み、ですか? それは……神代の“混沌の核”を宿しておられるとか、封印石を取り込んでおられるとか……」
魔族の間でも諸説あるらしい。
ただ、どの説も「制御を失えば世界が滅ぶ」という結論で一致していた。
(やっぱり、父の暴走が破滅の原因。だったら——)
「まずは“暴走トリガー”を調べる。
次に、“レオンの討伐ルート”を崩す。
あと、魔族と人間の関係を……少しでもマシにする」
呟きながら、パンを噛みしめた。
硬い。味もない。でも、決意の味はする(気がする)。
「姫様、眉間に皺が……」
「戦略思考モードよ。気にしないで」
ミュリがこくこく頷くが、たぶん分かってない。
◇
午前中、私は魔王の執務室を訪ねた。
黒曜石の扉を叩くと、中から低い声が響く。
「入れ」
部屋の奥では、魔王——父ノワールが書類に目を通していた。
漆黒の外套、背もたれの高い椅子。
相変わらず圧がすごい。けど、昨日より少し穏やかに見えた。
「父上。少し……お話が」
「何だ、リリア。昨日の件なら、報告は受けた」
書類を閉じ、ゆっくり顔を上げる。
その瞳に叱責の色はない。むしろ、ほんの僅かに心配の影があった。
「無茶はするな。お前はまだ若い」
「……うん。でも、私だって、役に立ちたいの」
父が目を細める。
私は息を吸って——言った。
「人間との和平交渉を提案したいの。」
室内の空気が、止まった。
執務机の横にいた老参謀が、目をむく。
「ひ、姫様! なんと愚かな——」
「愚かじゃないわ!」
思わず声が出た。
でも、引くわけにはいかない。
私は知っている。和平ルートなんて、ゲームにはなかった。
でも、ルートを“追加”することはできる。あの書が示していた。
「人間と戦い続けたって、誰も救われない。
血が流れるたび、魔族も滅ぶ。だから、選択肢を増やしたいの」
沈黙。
老参謀の髭がわずかに震える。
魔王はゆっくり立ち上がり、私の肩に手を置いた。
その手は、大きくて、温かい。
「——リリア。お前の母も、かつて同じことを言った」
「え?」
「“種が違えど、痛みは同じだ”と。
だが、その理想が、世界を動かすには、力が足りなかった」
父の瞳に、淡い光が宿る。
それは悲しみか、それとも懐かしさか。
私はその手をぎゅっと握り返した。
「だったら、今度は私がやる。
お母様の夢を、現実にしてみせる!」
魔王は小さく笑った。
笑うと、ほんの少しだけ“ただの父親”に見える。
「無謀だが……嫌いではない。好きにしてみろ。
ただし——自分の命を軽んじるな」
「約束するわ、パパ」
◇
それからの数日、私は自分なりに情報を集めた。
魔族と人間、双方の争いの理由。
ほとんどが、誤解と古い怨念によるものだった。
「誰かが最初に手を差し伸べる」それだけで、歴史が変わるかもしれない。
ただ、その「誰か」になる勇気がいる。
私は日記帳を開いて、ペンを走らせた。
> 【破滅フラグ回避計画/進捗】
① 魔王暴走の原因:未解明
② レオンとの接触:一度成功(※尊すぎて冷静を欠いた)
③ 和平ルート:父の承認を得る(奇跡)
④ 次の目標:人間側の代表と直接対話!
「よし……着々と前進!」
ペンを置いたそのとき——
コン、コン、と控えめなノック音。
扉を開けると、ミュリが蒼い顔をしていた。
「ひ、姫様っ……大変です! 人間軍の偵察隊が再び接近中!」
「……って、まさか!」
「はい……あの“レオン”が、先頭に……!」
世界が一瞬、音を失った。
胸の奥が跳ねる。恐怖と期待がないまぜになった感覚。
——また、会える。
「……準備するわ。戦はしない。でも、話をする」
「は、話を!? 敵とですか!?」
「そうよ。敵と。
でも——彼は、私の“推し”でもあるの」
ミュリが理解不能という顔をしたが、気にしない。
私はペンダントを手に取った。
その黒い石が、まるで応えるように微かに光る。
◇
森の入口。
風が木々を揺らし、陽光の粒が落ちる。
私は、護衛数名と共に立っていた。
遠くから馬の蹄音。白いマント。金の髪。
レオンが、現れた。
距離は数メートル。
お互いに、剣を抜かない。
その沈黙が、逆に重い。
「……また会いましたね、リリア・ノワール殿」
「ええ、レオン殿」
礼儀正しい言葉。でも、胸の中では嵐が吹き荒れている。
(どうしよう、顔がいい。前より三割増しで神々しい。
このビジュアルで“討伐対象”って設定、誰が決めたのよ!?)
「なぜ……戦場に立った?」
「戦いに来たんじゃない。話しに来たの」
レオンの眉がわずかに動く。
私は深呼吸し、心を決めた。
「人間と魔族、これ以上、無駄な血を流さないために——和平の道を探したいの」
「……和平、だと?」
「ええ。私は、魔族も人間も嫌いじゃない。
ただ、“誰も泣かない選択肢”を選びたいだけ」
レオンは剣を抜きかけて、止めた。
その碧眼の奥に、微かな戸惑いが映る。
「お前……本当に、魔王の娘なのか?」
「それ、昨日も言われたわ」
思わず口元が緩む。
レオンも、ふっと息を漏らしたように見えた。
彼の視線が一瞬だけ柔らかくなる。
その瞬間、ペンダントの中で小さな光が瞬いた。
(世界のシナリオが……動いた)
私は確信した。
この一歩が、運命を変える“分岐点”だと。
──そして、世界は書き換えられる。
---
森の奥での“和平宣言”から三日後。
私は、王国の城の中にある牢にいた。
「ふ、ふふ……いや、想定内。計画のうち……」
湿った石壁。小さな採光窓。鉄格子。
どう見ても囚われの姫スタート。
でも、私にとってはこれも進行ルートの一つだ。
……たぶん。
(まさか、会話のあとに“話を詳しく聞かせてもらおう”→捕縛コンボとは思わなかったけど)
床に腰を下ろしながら、私は天井を見つめた。
魔力封印の首輪が微かに光り、喉の奥がひりつく。
でも、不思議と心は静かだった。
「リリア・ノワール」
その静寂を破るように、扉が軋んだ。
入ってきたのは——金の髪、碧い瞳の青年。
レオン・アルベルト。
推しが来た。
「……あなたが見張り? それとも尋問役?」
「どちらでもない。……“話をしに来た”」
まっすぐな眼差し。
剣を持たない手。
その姿に、私は知らず胸を押さえた。
彼が椅子を持ってきて、格子の前に座る。
淡い夕陽が差し込み、鎧の銀が柔らかく光る。
まるで絵画。
いや、恋愛ゲームのCGイベントそのもの。
(落ち着け私、これはフラグ管理のチャンス……!)
「リリア。なぜ、あんな言葉を?」
「“和平”のこと?」
「ああ、あれは敵である魔族の王女が言う台詞じゃない」
「敵とか味方とか……そんなの、誰が決めたの?
ねぇ、レオン。あなたは“人間だから”魔族を討つの?」
「……俺は、民を守るために剣を取った」
「じゃあ、私は“家族を守るために”話し合いを望んだ。
立場は違っても、想いは同じはず」
レオンの表情が、わずかに揺れた。
それでもすぐ、厳しい眼差しを取り戻す。
「だが、魔王は——お前の父は、暴走する。
我々の国を滅ぼす。そう記録されている」
「……それ、“シナリオ”の話でしょ」
思わず本音が出た。
彼が眉をひそめる。
「シナリオ?」
「い、いえ、こっちの話!」
慌ててごまかす。危ない、異世界メタ発言は控えねば。
でも、ここで黙ってはいられなかった。
私は立ち上がり、格子に手を添えた。
「私は知ってるの。このままじゃ、世界が滅びる。
でも、変えられる。私が、それを証明する」
「……どうやって?」
「信じるの。あなたを、そして自分を」
静かな空気。
夕陽の赤が、格子の影を床に落とす。
レオンが息を呑んだのがわかった。
やがて、低く短い笑いが返ってきた。
「……不思議な娘だ。敵国の姫なのに、恐れを知らない」
「怖いわよ。心臓バクバクよ。でも、引きたくない。
だって、ここで諦めたら——推しが泣くエンドになるもの」
「推し……?」
「あーっ! 何でもない!!」
空気が一瞬やわらぎ、レオンが笑った。
本当に、優しい顔をする人だ。
ああ、この表情を、前世の私は何十時間も待ってたんだ。
彼が小さく囁いた。
「もしお前が人間に生まれていたら……
俺は、きっと恋をしていたと思う」
「それ、条件付きはずるいわね」
思わず笑って返した。
でも、胸が熱くて、少し痛い。
◇
夜。
牢の窓から月がのぞく。
私は膝を抱えて、小さく息をついた。
胸元のペンダントが光る。
薄く、淡く、まるで呼吸しているみたいに。
その光が床に魔法陣を描く。
(……クロニクル・コード。あなた、私を導いてるのね)
指で触れた瞬間、空気が震えた。
目の前に、また“未来の断片”が広がる。
——燃える王城。
——倒れる兵たち。
——剣を構えるレオン。
——そして、父ノワールの叫び。
『我が娘を奪う者、誰であろうと許さぬ!』
「いや……!」
叫んで、ペンダントを握り締めた。
痛みが走る。でも、それでいい。
私は、もう逃げない。
「運命を、変える!」
その瞬間。
牢の鍵が、外側から開いた。
「——リリア!」
扉の向こうに立っていたのは、レオン。
息が荒く、鎧に血がついている。
「魔王が……暴走し攻めてきた!城が崩壊を始めている!」
「そんな……!」
「俺が外へ連れ出す!」
迷う暇なんてなかった。
私は彼の手を取った。
その手は温かく、そして確かだった。
◇
燃える森を駆け抜ける。
赤い光が空を染め、地面が割れる。
魔力が暴走して、空気そのものが悲鳴を上げている。
レオンが振り返りながら叫ぶ。
「城を離れろ! このままじゃ——!」
「ダメ! 暴走したパパを置いていけない!」
「無理だ、魔王はもう——」
「まだ間に合う! 私に任せて!」
私は父のもとへ走り出した。
炎の渦の中心で、魔王ノワールが膝をついていた。
黒い魔力が全身から噴き出し、理性を飲み込もうとしている。
「パパ!! お願い、もうやめて!!」
「リリア……離れろ……! 我は……!」
魔力が爆ぜ、風圧で吹き飛ばされそうになる。
でも、足を止めない。
泣きながら、叫ぶ。
「パパ……私はね、幸せだったの!
あなたの娘に生まれて、優しくしてもらって!
でも、もう誰も傷つけないで……!
その力で、誰かを救ってよ!」
ペンダントが光り、眩い光が広がる。
記録と記録の糸が、音を立てて書き換わっていく。
“滅びの未来”が“再生の未来”に塗り替えられる。
そして——
ノワールの瞳から、赤が消えた。
震える声で言う。
「……母に似てきたな、リリア」
「パパ……」
「行け。お前の世界を、生きろ」
光が天へ伸びた。
私はレオンの腕に抱きかかえられ、そのまま崩れ落ちる城を後にした。
◇
——目を覚ましたとき、眩しい光に包まれていた。
草原。青空。鳥の声。
魔族と人間の兵士たちが、同じ場所で倒れ、そして……生きていた。
私の上には、レオンの顔。
その碧眼が涙に濡れている。
「よかった……生きてた……!」
「レオン……世界は……?」
「止まった。魔王も、消えた。
——お前が、全部、変えたんだ」
私は笑った。
涙と笑顔が混ざって、視界がぼやける。
「やった……ちゃんと、ハッピーエンドになった……」
レオンが手を伸ばし、私の頬をそっと拭う。
「なあ、リリア。もしお前が……人間じゃなくても、
俺は、きっと——」
「もう言わなくていいわ。
だって、今度は“立場”じゃなく、“想い”で選べるでしょ?」
彼が微笑む。
風が吹き、光が揺れる。
ペンダントの黒い石が、最後にひときわ強く輝いた。
——そして、音もなく砕けた。
◇
それから幾日か後。
人間と魔族の間に、初めての「共同都市」ができた。
その名は、クロニクル。
“物語を綴り直す場所”という意味だ。
私は、カフェの窓辺に座って羽ペンを動かしている。
世界を救った魔王の娘が、いま書いているのは——ただの物語。
「……タイトル、どうしよう。
『転生したら魔王の娘だった件』……うん、これでいっか」
後ろから声がする。
「いいタイトルだな」と笑うのは、隣の席の金髪の青年。
彼の肩には、あの日と同じ白鷹の紋章。
「ねえ、レオン」
「なんだ?」
「私たち、やっと“同じ世界”に立てたね」
「ああ——物語を、終わらせないようにな」
窓の外で、春の風が吹いた。
平和な街の鐘が鳴り、空には新しい月。
私は笑って、最後の一文を書いた。
> “破滅ルートは、恋で書き換えられる。”
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『転生したら魔王の娘でした。しかも推しが討伐に来た件。』は、
「推しが敵でも、愛と信念で運命を書き換える」をテーマに書いた短編です。
最初は「推しに殺されるなんてイヤ!」というネタ半分の企画だったのに、
気づけばリリアの“まっすぐな強さ”に心を動かされ、
書いている自分がいちばん救われた気がします。
推しって、ただの憧れじゃなくて——
「自分を変える力」でもあるんですよね。
世界を変えるのは、魔法でも剣でもない。
“想い”と“恋”が、物語のルートを書き換える。
そんな気持ちを込めて、物語を締めました。
少しでも「心が温かくなった」「リリアが好きになった」と思っていただけたなら、
ブックマークや感想をいただけると泣いて喜びます✨
それではまた、どこかの物語でお会いしましょう。
──作者より。




