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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
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17 吐露した心

 この世界に落ちてきた直後に比べ、ずいぶんと寒くなったと静は今更ながらに感じた。冬特有の乾燥した空気がより身にしみてくるが、温度を感じない日々を過ごしたせいか、この寒さも心地よく思えた。

 しかし、心地よく感じられたのは最初まで。

 静は壁に手をつき、肩で小さく息をしながらゆっくりと長い長い廊下を歩いていた。


「……静様」

「待って。もう少し、あっちまで行ける」


 せめて目の前の曲がり角まで。

 後ろからルイスのため息か聞こえたが、静はとにかく必死だった。

 一歩。また一歩と、足を前へと進める。が、急に足の力がガクリと抜け、身体が傾いた。

 そしてすかさず、ルイスが静を腕の中へと抱え上げ、見下ろしてきた。


「部屋に戻ります」


 無情にも静が時間をかけて歩いた道を、ルイスは足早に引き返していく。


「体力がっ、戻らないっ……」

「すぐに戻るわけないでしょう」


 それはそうなのだけど。

 静は呼吸を整えつつ、いかにして失った筋力及び体力を戻せるか、思案することにした。

 何かを察したらしく、ルイスがじっとりとまた見下ろしてくるが、静はそんなものは無視をした。



 この屋敷へと匿ってもらっている静は散歩をする以外、部屋でゆっくりと過ごさせてもらっている。

 体調が回復していないというのが一番の理由だった。散歩を終えれば回復をするのに昼寝をし、食事をし、そしてシェリー達とちょっとお話するのがいつものことだった。

 それか、もしくは窓から出入りしてくるジェイク達から外の様子を聞くのが恒例となっていた。


「何故、貴方方はいつも窓から……」

「いつものことだろ?」


 リーリアが呆れたように小言を漏らすが、ジェイクは笑って受け流し、ソファに腰を掛けている静の元へと歩み寄ってきた。

 いつものように静の膝に頭を乗せていたヨカゼが一度だけおかえりと言うように頭を上げる。そしてすぐにまた頭を膝に乗せてきて、静はその頭をもしゃりと一つ撫でた。


「お疲れ、ジェイク。どう?」

「変なのがうろついていたんで、フィルとヘクターが追ってます。どっちが拠点を先に見つけられるか競争してますよ」

「楽しそうだねぇ」


 王都からの偵察か。それともエヴァンハイン家そのものを狙っている相手なのかは不明だが、二人の良い遊び相手がいて良かったなぁと静は素直に、そして無邪気に思った。


「ノーマンは?」

「あいつは別のところを見回ってますよ。そんで、ルイスは?」

「いつもと同じ」


 今、静の側にルイスはいない。少し前までは静の側にいることがほとんどだったが、今はその時間がずいぶんと減ってしまった。

 少しの寂しさはあったが、静はついつい頬を緩めてしまう。

 なにせ今、ルイスはこの屋敷にいる家族と交流中なのだから。

 今日は誰と過ごしているだろうか。明日、セレスかシェリーがそれを教えてくれるだろう。きっと無邪気に、けども静に気を使ってなるべく自慢のようなものにならないよう控えめに。

 別に気にしなくても良いのになぁ、と静は思っている。むしろもっと聞かせてほしいくらいだが、あまり求めすぎるのもどうかと思い、静は笑顔で耳を傾けるだけに留めていた。


「家族仲悪いわけじゃないんですね」

「そうみたい。良いことだよ」

「本当に静様、何も言わなかったんですか?」

「後悔はしてほしくない的なことは言ったけど、それ以外は何も」

「……そうですか」


 理解が出来ないと言わんばかりにジェイクは顔をしかめ、僅かに首をひねった。


「なんで、ルイスにそこまでしてやるんですか」

「……なんでって」


 もちろん右目のことだってある。だが、これを言ったところでジェイクは納得しないだろうというのを静は理解していた。


「……なんと言えば良いのかなぁ……。ルイスだからって言っても駄目なんでしょ?」

「もちろん」


 ジェイクの純真な眼差しに、静は苦笑を漏らし、窓の向こうにみえる雲一つない青空を見上げた。

 もういい加減に向き合わないといけなくなってしまった時が来たのだと、静は理解した。

 暗闇のような、陽だまりのような、泥土のような、清流のような。

 誰にも渡したくなくて、見てほしくて。

 隣にいてほしくて、抱きしめてほしくて。

 静は人差し指を口元に当てる仕草を見せた。


「……秘密ね?」

「はい。沈黙は守ります」

「もちろんです、静様。沈黙をお守りいたします」


 ジェイクはもちろん、リーリアもそろって誓ってくれた。

 ヨカゼが顔を持ち上げ、不思議そうに頭を小さく傾けた。


『沈黙を守るって何?』

「秘密を守りますってこと」

『言わないわ。絶対』

「ありがと」


 静はヨカゼの頭をわしゃわしゃと撫で回せば、いつものよにヨカゼは嬉しそうに尾を大きく左右に揺らした。

 小さく笑みをこぼした静は小さく息をつき、そっと言葉を紡いだ。



「愛しているの、ルイスを」



 思ったよりもずいぶんと小さな声で言ってしまった。

 けども、ちゃんと二人の耳には届いたらしく、リーリアは両手で口元を多い、ジェイクは目を丸くした。


「……言わないんですか、それ。だって、あいつ」

「分かりやすいよねぇ、あの子」


 ルイスのあれにはさすがのジェイクも察してしまっていたらしい。だけれども、まさか静の想いがここまで驚かれるものだとは思わず、逆に静が驚いてしまっていた。

 静はジェイクの言葉には答えず、深く背もたれによりかかり天井を見つめた。


「ひどいことをしているのは分かってるよ。全部、わたしが悪い。あの子は何一つ悪くはない」


 言わない。言えるはずがない。何せ自分はあの子を置いていくのだから。

 どす黒い独占欲がそれを邪魔しようとしてくるが、ようやく最近になって抑え込めるようになってきていた。

 やはりルイス自らが家族と交流するように促して正解だった。これが赤の他人だったら、今頃どうにかしてそいつを叩き潰せないかと考えてしまっていたところだったから。

 そして、静は同時にこの先のことを考える。どうすれば、あの子が幸せになれるだろうか、と。


「だから目一杯、今のうちに出来ることやっておこうって思っててね」

「今のうちって、そんな……」

「未来なんて分からないんだよ、ジェイク」


 こんなのに巻き込んでしまったのだ。そしてあんな約束をさせてしまって、命までかけさせてしまった。

 だから静はこの先、どうにかして生きるつもりだ。けども、万が一がある。その時に、ルイスが生きてくれるかが問題だった。

 震えそうになる両手を握りしめ、静は虚空を睨みつけた。


「望む未来のために、今、やれることをやるんだよ。全部」


 静は今まで、死に希望を見出していた。そして今、静は彼が生きていることに希望を見出してしまった。希望を抱かないようにしたはずなのに。

 全て、愛してしまったが故に。

 押し付けてはいけない。悲劇ぶってはいけない。贖罪だなんだと、余計な言葉の装飾なんてもはや無用。

 愛した。愛している。

 だから、生きて欲しい。例え、この先に自分がどうなろうとも。



 ――ごめんなさい、父さん。

 ようやく、貴方がわたしに生きて欲しいと願った理由が分かったよ。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 たったこれだけのことだったのか、とルイス少しだけ拍子抜けをしていた。

 先程までライナスと話していたルイスは少し一息をつくため、静の元へと戻る前に自室に一人戻っていた。

 薄暗い室内を見渡し、そして僅かに視線を上へと向ける。と、右の視界の端に、まるで夜空の流星のような光がすぅっと横切ったのが見えた。

 この光こそ、ラウディアータの導きの力なのだと理解するのにそう時間がかからなかった。

 ラウディアータは星と太陽。どちらとも光によって導く存在だ。そして右目に見えるこの流星はまるでこちらだと言うように、ある一定の方向へと向けて流れていくだけだったが、導かれるのに十分すぎるものだった。

 一体何があるというのか。

 ルイスは追うべきか僅かに思案しつつ窓に歩み寄り、手早く開けて横に一歩ずれた。


「なんだ、ヘクター」

「驚かせてやろうって思ったのにさぁ」


 音もなく入ってきたヘクターは大きく肩を落とした。

 この右目のおかげですぐに気づけたことを言わず、ルイスは黙って窓を閉める。


「報告か」

「そ。うろついてた奴らの拠点見つけたんだけど、どうする?」

「……伯父上に確認する。しばらく見張れ」

「りょーかい」


 近頃、周囲を探ろうとする鼠達のおかげで、ジェラルドは常に微笑みを崩さなくなった。

 今は何とかヴィートとクラリッサで抑えているが、いつ苛立ちを爆発させるか分からない。不用意に刺激しない為にも、指示を待つのが最も最善だった。

 しかし悠長には待っていられない。事前に次の手を考えなければと思案しようとしたが、横からの視線にルイスは思考を止めた。


「……なんだ」

「その右目、なんか見えてんの?」

「ああ」


 素直にルイスは答えれば、ヘクターは部屋の隅へと指先を向けた。


「あのさ。あっち、なんかありそうな気がするんだけど、何か見えてたりしてねぇ?」

「……本当に加護を与えられてはないんだよな?」

「あるわけねぇじゃん」


 ヘクターが指先を向けた方向は、先ほどから光が流れていく方向だった。

 この右目の加護でようやく分かるほどだというのに、ヘクターのこの直感力というのは本当に意味が分からないものだった。


「なんか肌がざわざわするっていうかさぁ……。あ、嫌な感じじゃないんだぜ?」


 それで、どうするのだとヘクターが視線でルイスに問う。

 ルイスは小さく息をつき、一歩足を前へと進めた。


「ついて来い」

「やった」


 待っていましたと言わんばかりにヘクターが意気揚々とルイスの後についてきた。

 どうしてか、そのヘクターの姿を見て大型犬を想像してしまったのは仕方がないと思いたい。



 光とヘクターの直感に導かれるがままにルイスは屋敷の奥へと進み、たどり着いたのは古めかしく鉄製の扉の前だった。


「なぁ、ここってなんだ?」

「宝物庫だ」


 まさに、何かがあってもおかしくはない場所だ。

 幼い頃に数度、中に入ったことはあるが今はどうなっているのかは不明だ。ヴィートが何やら買い集めているらしいが、きっと碌でもないものばかりなのだろうとルイスは容易に想像出来てしまった。


「少し待っていろ。鍵を借りてくる」

「分かったー」


 結局、鑑定に似たことをする羽目になりそうだとルイスはそうそうに諦め、宝物庫の鍵を持っているであるヴィートの元へと足早に向かった。



 そして、ルイスは深く、とても深く、ため息を付いた。


「なんか増えてね?」


 大人しく待っていたヘクターがルイスの後ろにいる者達を見て、目を丸くした。


「ルイスお兄様、何をお探しになられるの?」

「ついでに変なのがないか確認してくれよ。あったらすぐに処分するからさ」

「ばっか! どれも貴重な宝だって言ってんだろ?!」

「あらあら、困ったわね」


 シェリーがルイスの右腕を軽く引き、ライナスがルイスの肩に腕をまわす。ヴィートが宝物庫の扉の鍵を開ける横で、セレスがころころと笑った。

 その中でルイスは遠い目をし、明後日の方向へと視線を向けた。


「……聞くな」

「……おう」


 説明する気力すらないルイスの心情をちゃんと察してくれたヘクターは素直に頷いてくれた。



 宝物庫の中はあの頃と変わらずに薄暗く、埃の匂いがしていた。が、変わっていなかったのはそれだけで、その中にある大量の物が所狭しと埋め尽くされていた。

 何かしらの剣。槍。盾。鎧。きらびやかな装飾品。絵画。正直、ここまでならそこまで気が遠くなることはなかった。


「なぁ、これヤバくね?」

「捨てろ」

「捨てんな! 確かにいわく付きだけどな!」


 そんなものは即座に燃やせ。

 ライナスが指したそれは人の顔よりも倍近く大きな木製の仮面だった。派手な赤い塗料の他、様々な色の塗料で複雑な模様が描かれている。一見すれば美術品として価値がありそうなものだが、それを見た瞬間、ルイスはもちろん、ヘクターも距離をとった。


「ルイス。その仮面、どう見えてんだよ」

「聞くのか?」

「止めとく」


 シェリーとセレスがいなかったら話していたが、やはり聞かせるものではないとルイスは判断した。

 ライナスもそれに察してくれたのか、もしくは単純に聞きたくはないのかは不明だが、それ以上聞いてくることはなかった。

 それから宝物庫の中を順繰りにルイスは見渡した。

 どこから手に入れたのか分からない置物。置物。置物。明らかに開けてはいけない箱。何重にも紐が括り付けてある開いてはいけない本。趣味の悪い宝石がついた手枷。

 ルイスはそれらを見なかったことにしながら、ようやく光が導くそれを見つけ、手に取った。


「父上、これはどこから手に入れた」

「それか? 安売りしてたからついでに買った奴。もう驚くぐらいに何も切れねぇんだよ」


 ルイスが手に取ったのは、この中ではずいぶんと異質にも見える短剣だった。小さな鍔には蔦のような彫金が施されているが、それ以外は何の変哲もない、どこにでもあるようなものだった。

 試しに鞘から抜き、剣身を眺めるが錆もなく、ちゃんと手入れがされている状態だった。

 ヴィートが試しにとでも言うように、懐から一通の手紙を取り出した。


「……なんだ、それは」

「さっき届いた付き合いのある貴族様のお手紙。ついでに開けてくれよ」


 何故そんなものを無造作に渡してくるのかと、ルイスは無言でヴィートを睨みつつ受け取り、短剣の先を封筒の隙間に差し込む。後はペーパーナイフのように動かし切る、はずだった。


「ほら、ペーパーナイフにもなれねぇだろ? それが面白くってさ」

 封筒は短剣の刃に押されるように歪み、全くと言っていいほど切れなかった。

 ルイスは手紙を返し、改めて短剣を見つめる。

 その横で、ヴィートとシェリーの会話が耳に入って来た。


「で、シェリー。お前、今度何したよ」

「あら、いやだ。ルイスお兄様の前で聞くなんて」

「あえて聞いてんだよ。で?」

「お茶会にいらしていたご子息を転ばせただけよ? だって不用意に触ってこようとしてきたもの」

「挨拶しようとしたら魔術ぶっぱなされたって聞いたけど?」

「ふふっ、ちょっと驚かせただけなのに大袈裟だわ」


 シェリーは変わらずに元気らしい、とルイスはそう思い込むことにした。何か言いたげのヘクターが半歩ほど下がったのは見逃しておいた。

 ルイスは右目を細めつつ、軽く刃に手套越しに指先を当てる。

 見るからに切れ味のよさそうに見えるのに、手套が切れる様子はどこにも見当たらない。が、それは確かに切っていることに気付けた。


「ヘクター。糸を出せ」

「ん? ああ、ほい」


 ヘクターに魔力の糸を出させる。魔力操作はジェイクよりはうまいが、糸の太さは不均一かつ、どちらかと言えば縄にも見えなくはない。

 ルイスは淡く光るその糸に向け一閃、短剣を振り下ろした。


「え、え? 切れた? どして?」

「魔力だけを切れるらしい」

「すげぇ!」


 ルイスは改めて短剣を見やり、そうしてぽう、と鍔付近に光が灯ったのを右目に映した。


「すごいわ! ルイスお兄様!」

「どうなってんだ? まさか魔具? いや、でもそれなら魔鉱石が……」


 ルイスの両脇からシェリーとライナスが顔を出す。ルイスは二人に目を向けず、ヴィートへと顔を向けた。


「父上、これをしばらく拝借したい」

「なんだったらそのまま持って行って良いけどさ。それが何か分かったのか?」

「ユフィアータの眷属だ」


 ヴィートはもちろん、誰もが言葉を忘れたかのように驚愕した様子を見せた。


「……眷属って剣もいるのか?」

「聞いたことはない。が、事実これは眷属だ」


 まさか物にまでいるとは、ルイスも思いもしなかった。だが、あの桜の木もまた眷属だったのだから、そうおかしな話ではないような気がした。

 ルイスは短剣を鞘へとしまい、早々に静のいる部屋へと向かうために踵を返した。

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