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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
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09 生きることは苦しい

 痛みが少しだけ引いているのは、頭にひっついている白い蝶と、胸元の上に乗っている手のひらサイズのゴーレムのおかげなのだろうと静は予想した。


「ありがとうねぇ」


 胸元にいるゴーレムに手を伸ばし、小さな頭を指先で軽く撫でる。ゴーレムは嬉しそうに両腕をあげて反応してくれた。

 その反応を見て、静は浅い息を吐き出して、大神殿では見ることが無かったなんとも豪華絢爛な室内を見渡した。その後に、ゆっくりと枕元に置かれている籠をへと視線を下ろし、目を細めた。



 目を覚ました時、とても柔らかいベッドの上に寝かせられていた。そしてまず目に入った天井は、よく分からないけど細かな装飾が施されているし、あれはきっと魔具なのだろうが、豪華なシャンデリアが中央にあった。

 頭だけほんの少し動かして周囲を見渡せば、大神殿にいたときとそう変わらない広い部屋にいた。そして窓からは柔らかな日差しが差し込んでおり、その向こうの景色は空しかよく見えなかった。

 どこだろうか、ここは。誰か、そばにいないのだろうか。

 そう思って、体を持ち上げようとした時、横から手が伸びてきた。黒い皮の手套。ああ、素手ではないのかとちょっとだけ残念に思ってしまったのはついうっかりだ。


 ――シズ、――。


 上から声が降ってくる。見れば、やはりこの手と声はルイスだったことに静は自然と笑みをこぼした。


「おはよう、ルイス」


 いつものように挨拶を向ける。ルイスはわずかに顔をしかめるだけだった。

 その反応にシズはより笑みを深め、またルイスの服装が変わっていることに気付いた。

 あの馬車の中にいた時、ルイスはとても簡素な服装をしていた。ただ袖や裾が余っているのを見て少し大きそうだと素直に思った。そして今、ルイスはあれよりもはるかに質が良さそうな、けどもなかなかにシンプルな服装をしていた。侍従のそれではないことは見て取れる。細身の黒いパンツに白いシャツに、黒い裾が長めのジャケット。であるが、先程ちらりと見えた袖には目立たない色の糸で細かな刺繍は入れらているし、所々装飾のための金糸も使われている。

 見て分かった。これ絶対高いやつだと。

 そんなことを考えていると、ルイスは静の上半身を起こした。片手には水が入っているグラス。無色透明だから水のはずだ。そしてこれ飲めってことだなと瞬時に理解した静は仕方があるまいと気合を入れた。

 結果から言うと、結局ルイスの補助が必要だった。とても悔しかった。次は頑張る。



 というのが、つい昨日の出来事だ。

 食事についてはもう何も言うまい。悔しい。


「ねぇ……。そこにいる狼もだけど、気付いている?」


 呼ばれたことに気付いたらしく、ベッドの傍らで伏せていた狼が起き上がり、前足をベッドの縁に乗せて静の顔を覗き込んだ。舐められないだけ良いのかもしれないが、なかなかの迫力だった。

 静は顎下を軽く撫で、小さく息をついた。

 この場所は、どこかおかしいと静は感じた。明確に何がおかしいとは断言がすることが出来ない。これはあくまで感覚的なことだった。おかしいと思えるほどの違和感。そしてここに来た途端に全身がさらに怠く、重くなった。


「……お前は、ただの狼なのかな?」

 きゅう。


 甘えるように鼻を鳴らす黒銀の狼が頭を静の顔に押し付けてきた。もふりとした感触に心躍りかけたが、すぐに呼吸が難しくなり、慌ててその頭を軽く押し返す。狼は利口で、すぐに頭を離してくれた。

 まるで何かを誤魔化すようなことをしてくる狼に、静は困ったように笑みを浮かべながら問いかけた。


「ここに、何があるのか分かるかな?」

 ぐぅ。

「そう。場所は分かる?」

 きゅう……。

「分からないのね。けど、その鼻で見つけられる?」

 がぅ。

「良い子」


 静は両手でわしゃり、と狼を大きく撫でた。

 室内に、控えめのノックが響いた。ついで、ゆっくりと木製の扉が開き、銀の台車を押しながらリーリアが入ってきた。


「行って」


 静が言うと同時、狼はベッドから離れ、開いた扉の隙間へと身を滑り込ませて出ていった。

 リーリアは突然のことに驚いた様子だったが、何せ相手は狼だ。こんな場所にいるよりも外にいた方が良いだろうとそう認識し、疑問には思わないだろう。リーリアもすぐに笑顔を浮かべて、見届けている。

 ただ本当に静の言葉通りに動いてくれるかは不明ではあるのだが、今は待つ他ない。自分で動けないことにもどかしさを覚えていれば、リーリアが傍らに立ったことに遅れて気づいた。


 ――、――シズ。――。

「うーん、よく分かんないや。リーリア」


 リーリアが何かを話しかけてくれる。静は素直に答えながら笑えば、少しだけ顔を歪ませながらも、必死に笑顔を浮かべていた。


 ――。


 リーリアは話しながら、傍らに寄せた銀の台車に置かれている布を手に取った。そしてもう一つ、僅かな白い湯気がのぼっている盆を見て、静はああ、なるほど身支度かと理解した。

 侍女のような衣服ではないが、青の落ち着いた色味のワンピースドレスを見にまとっているリーリアだが、ここでもずっと侍女として側にいてくれていることに安堵をしつつも、早く回復しなければと静は再度決意した。

 昨日から、少しだけ疲労の色が濃くなっている。まるで、あの時の母のように。それはしかしリーリアだけではなく、今この場にいないルイスも同様だった。

 ああ、嫌だ嫌だ。こんな状況、こんな姿、もうかっこ悪すぎる。

 結局何一つ解決できていない。それどころかユフィアータは眠ってしまった。結果、こんな魔力と言う毒にこれでもかと身体を侵されている始末。わずかでも歩けるならばまだ良かったが、それすら叶わない。しかもこの場所、何か変なものがあるのだ。

 おそらく、こうしていられると言うのは安全であると言うことだ。けども、この場所はおそらくもうとっくに安全ではなかった。

 容赦なく焼いてくる痛みの他に、静はふつふつと煮えたぎるものを感じた。痛みだけなら良い。今までの行いの結果の報いと思えば、むしろ喜んで受け入れた。けども、それ以外に関しては静にとって許容できないものだった。

 一先ず、先にやるべきことは、と静は思考を回す。

 丁寧に、一つずつ解決しよう。まずはそう、この場を整えることだ。そうと決まれば後は、狼が戻って来るのを待つだけ。

 何かを感じ取ったのだろうか。顔をしかめるリーリアに、静は何でもないというように笑顔を向けた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 無機質な、懐かしの私室。並ぶ調度品は高価なものばかりで、敷かれている絨毯だって容易に手に入れられるようなものではない。カーテンも、天井に吊るされている魔具も同様に。しかしそのどれも、ただ置かれているだけで、棚なんて何一つ入ってはいない。飾られていたもの全て、使用人に頼んで処分を頼んだから。

 漆黒や大神殿では考えられないほどのベッドの端に腰を掛けていたルイスは小さく息を漏らした。

 これは本当に、今までの疲労感が表に出てきてしまったからなのだろうか。ルイスは一人、思考を回す。

 全身に薄らと感じる倦怠感もそうだが、つきつきと、右目の奥がどうしても痛むのだ。

 これがルイスだけであればただの疲労だと言えた。しかし、この異変がルイスだけではなく、リーリアも、そして静にも表れていた。

 リーリアはここに着いた直後当たりから、わずかだが微熱と倦怠感に襲われる。だからと言って侍女として、静の身の回りの世話を他へ譲るつもりはないようでジェイク達に心配されながらも役目を全うしている。

 そして静は、この屋敷に到着してすぐ、僅かに吐血し、意識を失った。熱はないが、せっかく増えた食事の量が減った。何を話しているのか分からないが、言葉を発することが一気に減った。顔色も、また白さが増した。

 まさか、愛娘に何か異変が起きているのか。しかし、ルイスとリーリアはこの世界の住人。むしろ魔力が無ければ生きていけない。このもし、本当にそうであっても力が使えなくなるだけ。ではれば、一体原因は何か。

 思考を巡らせれば巡らせるほど、深みにはまっていく感覚に陥って来る。

 ここならばと思えた。しかし、ようやくたどり着けたと思えばむしろ静の容態は悪化。それならば眷属を探すにしても、不思議とその姿が欠片も見当たらなかった。

 ルイスは期待をしていたのだ。このエヴァンハイン家は、我らが神たるアルカポルスを守るが役割。であるならば、ユフィアータの眷属でなくとも、他の愛娘の眷属がいるのではないか、と。

 突如、ノック音が室内に響いた。

 ルイスはすぐさま顔をあげ、誰かを問おうとした。が、それよりも先に無遠慮にも扉が開かれた。


「なんだ、寝てたんじゃなかったのか」

「……何の用だ、ライナス兄上」

「何の用って、弟の様子見に来ちゃ悪いのか?」


 ルイスとよく似た顔を瞳。違うのはルイスの黒髪に対して、銀髪で、そしてこの国の人間と同じ肌をしていること。それだけで、これほど似ているというのに実の兄弟かと疑われるルイスの兄、ライナスはわざとらしく大きく息を吐きだして肩を落とした。

 似ていないと言えば、中身はヴィートによく似ているせいか、その仕草であったり笑い方は本当にそのままでルイスはつい苛立ちを覚えた。

 ライナスはむっつりと口を閉ざしたルイスの様子を前に、何故か楽し気に笑みを深め、遠慮なくルイスの隣に座った。


「おい、勝手に」

「気にするなって」


 ライナスが気にしなくても、こちらが気にする。


「さっき、あの狼が庭に出て行ったぞ。そんでシェリー達が着いて行った」

「……そうか」

「良いのか? 勝手にさせても」

「あれは利巧だ。襲うことはしない」

「まぁ、そうか。襲うような狼だったら今頃、お前がどうにかしているだろうしな」


 シェリー達ということは、妹だけではなく、いとこの二人も着いて行ったのだとルイスはすぐに理解した。とくにいとこ達は、あの頃と変わっていなければ好奇心はとても旺盛だ。きっと狼をいつまでも追いかけまわすだろう。

 襲うことはしないほどに利巧だが、ついうっかり牙をむかれないかと僅かに思案してしまった。


「ああ、安心しろよ。ちゃんと見張りつきだからさ」

「……アイザック兄上か」

「正解」


 なんとなく、いとこの名前を出せばライナスは笑顔を見せた。


「ほら、伯父上がいろいろとアイザックに押し付けたからさ。その息抜きにはちょうど良いだろ?」

「ああ……、そうだな」


 まだジェラルドは王都から戻ってきていない。そのせいでいとこの一人、アイザックは代理として慌ただしくしている。もちろん側にはヴィートがいるから問題は起きないだろう。

 そこまで思考し、だからライナスはここに来たのだろうとルイスは理解した。ライナスは次期当主であるアイザックの補佐として動いている。アイザックが今、休憩中であればライナスも同様。とはいえ、わざわざ訪ねてくるとは相当暇なのかと想像してしまう。

 つい、舌打ちをこぼしそうになるが、また右目の奥がつきり、と痛みルイスは反射的に右の瞼を閉じた。


「右目。だいぶ痛そうだな」

「平気だ」

「痩せ我慢すんなよ」


 ライナスの言う通り、痩せ我慢と言われればそれまでだ。しかし、耐えられないほどのものではない。それに、とルイスは静の伏せる姿が頭に浮かんだ。


「静様があのような状態だというのに、俺がこれで伏せるなんてことは出来ないだろ」


 幌馬車で移動している最中、静は常に眠っていた。体温は低く、僅かな呼吸を確認することで生存を確認できた。眷属のおかげで目が見えるようになったようだが、一向に自ら動けるほどには戻っていないし、体温はまだ少し低いように思えた。ルイスを見上げ、笑う。けども、呼吸はやはりどこか浅くて、なにかに耐えるているようだった。

 まだ足りない。全く足りない。好まれている食事すらまともに出来ず、この場所に来てから咳をこぼすようになり、血も混ざっているとリーリアから報告を受けている。それでもあのお方は笑う。

 だから、ルイスはこんな程度で音を上げることなんて出来るはずがないのだ。


「……へぇ、なるほどね」

「……なんだ」

「いや?」


 なにか言いたげのライナスは、しかし笑みを深めるだけでそれ以上は何も言わなかった。

 代わりにと言うように、ライナスはルイスにとって避けたいことを問いかけてきた。


「母上が話したがってるけど。どうする?」


 それはつまり、一対一で、という意味だ。

 別にルイスは母であるセレスを嫌っているわけではない。ただ、どうしても話すのが苦手というだけだ。何を話せば良いのかが分からない。まるで子供のようだと自覚はしているが、それでも苦手であることには変わりなく、今はまだ向き合えるほど整理がついていなかった。


「……母上、には」

「ま、分かってたけどな。うまく言っとくから安心しろって」


 今は難しいと伝えてほしい、とルイスが頼む前に、ライナスはあっけからんと笑った。

 それならば最初からそう言ってくれと、喉から言葉が出かけ、ルイスは口を真横に結び、飲み込んだ。

 ルイスと同じ深緑の瞳を細めてなにか言いたげながらも微笑みを浮かべ、ライナスはようやく立ち上がった。


「さて、戻るわ。お前はちゃんと休んでろよ」


 本当にルイスの様子を見に来たらしいライナスはもう用事が終わったというように、さっさと部屋を出ていった。残されたルイスはしっかりと扉れた扉を見やり、小さく舌打ちをこぼした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 用意してもらったスープはとても美味しそうに見えた。けども、それはやっぱり見た目だけで、ようやく半分を半ば強制的にルイスに食べさせられた。

 あれほど好んでいたはずの食事は、今の静にとっては拷問に近いものだった。

 ルイスがまたスプーンでスープを掬おうとする。が、痛みにつづる静の様子を見て、その手は止まり、食器を手から離した。


「ごめんねぇ、るいす」


 食べられなくて、ごめん。

 そういった意味で謝ったところで、何一つ伝わらないことを静は理解している。けども言わないというのはどうしても座りが悪くなるからと、静は律儀に伝えた。

 意味は分からないはずのルイスは、食事中に見せたあの腹の底が冷え切りそうな目を即座に消し去り、小さく顔を歪めた。

 そんな顔をさせたいわけではない。だから笑って安心させようとしたけども、この痛みと気持ち悪さと苦しみがどうしてもしつこく静を縛りつけ、涙はまだ止まらずに溢れ続ける。

 たまらずに咳をこぼす静に、ルイスは大きな手を背中に回し優しくさすってくれる。しばらくして落ち着くと、今度は両手が背中に回ってきたかと思えば、ルイスはそのまま静の首元に頭をうずめ、より強くそのまま抱きしめてきた。

 ルイスが何かを言った、ような気がした。

 たぶん、言った。けどもくぐもっていてほとんど耳には届かなかった。


「……大丈夫だよ、大丈夫。わたし、ちゃんと生きるからね。ルイス」


 代わりに、静はルイスの耳に届くようにと話しかける。

 大丈夫、本当に大丈夫だと、ちゃんと生きるから安心してと伝えたかった。

 また少し、ルイスの腕の力が強まった。静は震える指先でそっと、ルイスの頭に手を置き、ゆっくりと髪をすくように手を動かした。

 大丈夫だと、伝えるように。

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