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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 一章 歪む国
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08 ひとときの微睡

 どれほど眠っていたのか。

 ずいぶんと長く眠っていた気がする。おかげで目覚めはとても心地が良いが、あまりの寝坊助気味に静は少し呆然としてしまった。

 それにしても本当にこれで何度目だろうか。起きたら知らない場所にいたなんて。今回で三度目。四度目は流石にないはずだ。

 ゆっくりと起き上がり、静はまず自身の服を確認をすれば、そのままだったことに小さく安堵した。

 続いて静は室内をぐるりと見渡した。しかし薄暗く、あまり良くは見えない。

 静はしばらく眺めた後、慎重にベッドから降りた。冷たい床の感触が足の裏から伝わり、ようやっとはっきりと目が覚めた。

 室内が薄暗いのは厚いカーテンが全て閉め切っているからだった。覆っている厚いカーテンの隙間から光が漏れている。そこに手を伸ばし、静はゆっくりと持ち上げるように開けた。


「……えー……寝すぎた?」


 眼前に広がる美しく、あの屋敷で見た庭よりも広い庭園があった。そしてずいぶんと高い位置にある太陽の眩しさに静は瞳を思わず細めた。

 厚く長いカーテンをよいしょと開ける。なかなかに重たい布地を動かすのは、思ったよりも重労働だった。

 一つだけカーテンをやっとの思いて全て開け、静はようやく室内に目を向けた。

 随分と、これまた広い部屋だった。監禁されていた部屋とどちらが広かったと言えば、言わずもなが今いる部屋だ。とにかく無駄に広い。

 全体的に白い室内は、華美な装飾というものはなかった。白い床には紺色の絨毯が敷かれ、同色の二人掛けのソファが低いテーブルを挟んで二つ並んでいる。壁には空の棚が並んび、その他にも何かの扉が二つ。そして比べて大きな扉が一つあるが、あれはきっと部屋を出入りするための扉だろう。

 静は銀色を探しそうと見渡したがすぐに見つけられた。銀の子狼は静が眠っていた枕元に小さく身を丸め、くぅくぅと眠っていた。

 監禁されていた時から思っていたが、子狼はよく眠っている。身体が小さいからそれにひっぱられているのか、それとも眠るのが好きなのか。さすがに猫よりは起きている時間は長いだろうが、羨ましいほどの寝つきの良さだった。


「ネーヴェ、朝だよ。っていうか昼だよ」


 呼びかけてもまだくぅくぅ眠っている。まぁいいか、と静はネーヴェをそのままにして、先ほどから空腹を訴える腹をさすった。

 そういえばあれから何も食べていない。夜通し馬車に揺られ、ここについて三人に再会し、そしてすぐに眠ってしまった。その間に食べる時間なんてほぼなし。せいぜい口にしたのは紅茶のみ。それはさすがに腹が減る。


「……お腹減ったなぁ」


 さて、どうしようか。

 室内に何かあるだろうか、と思いみるとベッドの横にあるサイドテーブルに目が入った。

 そこには一つの、小さな金色のベルが置いてあった。見つけた瞬間、わぁ物語に出てきそうなやつ、という面白味の無いただの感想と同時、これ鳴らしたら来るのかという好奇心が湧き出た。

 ので、静は迷わずそのベルを手に取り、ちりりんと鳴らしてみた。

 可愛らしい音だ。それでも人を呼ぶにはあまりにも小さすぎた。現実ってこんなもんだよな、と静は一人で頷いた。


『うぅん……おお、静。起きたか』

「おはよう、ネーヴェ。よく寝てたね」


 ベルの音のおかげで起きたのか、くわりと子狼が大きな口で欠伸を一つこぼし、体をぐっと伸ばした。


『ああ、寝るというのはなかなかいいな。面白い』

「……ねぇ、寝るのが趣味になってない?」

『趣味、趣味か。いいな、趣味』


 良いのか、それが趣味で。とは言わなかった。


『にしても面白い魔具だな、それは』

「魔具って、これ?」

『ああ、そうだ。何かに繋がっているようだぞ』

「そっかぁ」


 これは鳴らしてよかったものだったと判断し、静はベッドに飛び込んだ。


「お腹減ったぁ」

『そうだろうな。私も腹が空いた』

「あ、ネーヴェ分のご飯、ちゃんとお願いしないと」

『心配せずとも用意してもらったぞ。大変美味だった』


 ルイスか、オリヴィアから伝わっていたのだろう。ふふんと鼻を鳴らすネーヴェに、静は苛立ちを隠すことなくその鼻先をつついてやった。

 そしてネーヴェをそのまま突きまわしていること少し、部屋にノックの音が響いた。


「失礼いたします」


 銀のワゴンと共に入ってきたのは昨日、案内してくれたあの女性だった。

 ベッドの上でごろりごろりとしている静を見とめると、女性は何故かふふっ、と笑みを見せた。


「あ、おはようございます。えっと」


 慌てて静は起き上がり、ベッドの上で正座をする。少し恥ずかしかったのを誤魔化すように挨拶を言えば、女性は綺麗に頭を僅かに下げた。


「おはようございます、聖女様。本日より正式に聖女様付の侍女として仰せつかりました、リーリアと申します。何卒、よろしくお願いいたします」

「あ、はい。静と言います。えっと、名前で呼んでくれると嬉しいです、よろしくお願いします」

「はい。それでは、静様、と」


 やはり様はつくらしいが、聖女様と呼ばれるよりもずっとマシだった。かといってまだ慣れているわけではないので、曖昧に笑ってしまった。


「あ、その。リーリアさん」

「リーリアとお呼びください。それと敬語は不要でございます」

「はい。あ、うん。その、お腹が減って」


 ルイス達で慣れて良かったと心底今思っている。すぐに前の時のように切り替えて話せば、分かっていたかのようにリーリアは銀のワゴンをベッドに横づけした。


「はい。ご用意しております。とは言え、目覚めたばかりですので軽食程度のスープではございますが」

「わぁ、ありがとうございます」


 下の段の方に乗せていたのだろうまだ温かなスープが上に置かれる。ワゴンはそのままテーブル代わりにするらしい。

 静はよいしょとベッドの上で身体を移動させ、ありがたくスープを頂戴した。


「ネーヴェ様にもございますよ」

 きゃん。


 ネーヴェの分もしっかりと用意してくれていたらしい。ベッドから危なげなく飛び降りた子狼の前に、少し冷ました同じようなスープが用意される。

 それを横目に見つつ、静はさっそくスープを口に運んだ。


「……すごくおいしいです」

「ふふっ、お伝えしておきますね」

「はい」


 用意された食事を瞬く間に平らげた静とネーヴェは、次に身支度を整えることになった。

 一度、リーリアは食器を下げに部屋を出ていき、戻って来たかと思えば今度はワゴンの上に水の張った盆が置いてあった。

 これはすぐに分かる。オリヴィアも同じように用意してくれていた。

 静は迷わずそこで顔を洗い、柔らかな布地で顔を拭う。その後着替えに取り掛かる。のだが、並ぶ衣服を見た瞬間、ふっと静の目は遠くへと向けられた。


「静様、どうかなさいましたか?」


 リーリアは不思議そうに首をかしげながら、幼さが際立ちそうなシフォンのドレスを片手に持ってきた。

 服は壁に並ぶ扉の中から持って来たものだ。どうやらその全てに衣服がしまってあるようで、ちらりと見えたがぎっしりとつまっていた。

 それはそれとしてだ。さすがにそれは回避したいものだし、何度でも思うがいい加減に大人の女性に見られたかった。


「あの」

「はい」

「その、わたし、もうそろそろ二十一で。それで、そのあまりかわいいものはちょっと苦手と言うか。出来れば、今着ているような感じのとかっていうの、ありませんか?」


 あのぎっしりとつまっている衣装の中に、どれか一つぐらいはあってもいいだろうとなけなしの願いを込めて伝える。だが何故だろうか、リーリアはオリヴィアが良く見せたちょっと悲し気な顔を浮かべてきた。


「お似合いですよ?」

「……趣味ではないというか」

「試しにというのは」

「着ません」

「一度だけでも」

「着ません」


 眉尻をこれでもかと下げたリーリアは大人しく服を選びにかかった。

 オリヴィアともこんな感じだったなぁ。と、つい昨日だったか、一昨日ぐらいまでやっていたやり取りを思い出しながらリーリアが選ぶ服を見つめ、静はそこであることに気付いた。

 服の色だ。あの部屋に置いてあった色はパステルカラーが多かったが、それでも様々な色彩があった。

 しかしここで見るのはどれも白や紫が主に占めていた。リーリアの服も、そしてここに居る騎士達もまた紫系統の衣服を身にまとっていた。

 何かしらの意味があるのだろう。

 あの晩にいた騎士達は、それぞれ分かりやすい色を身にまとい、アルベルトは自らを漆黒だと名乗った。この国では、色が役割を示すものなのかと静は思考を回す。何かの機会に聞いてみるのもありだろう。


「静様、こちらでいかがでしょうか」


 そうしてリーリアが見せてくれたのは、黒に近い濃い紫のワンピースドレスだった。袖の部分は手首までしっかりと覆っており、襟ぐりもしっかりと首まで覆い、これでもかと肌を隠している。スカート部分は細かな刺繍が施され、全て銀糸が使われていた。さらに合わせで純白に銀糸の刺繍が施されたストール付き。


「うん、それなら」

「承知いたしました」

「あ、で。もし可能だったらなんだけど、今わたしが着ているような感じの服って用意してもらえたりとかは」


 ズボン、ベスト、シャツのなんちゃって男装だ。不可能ではないだろう。

 だがリーリアは少々渋い顔を浮かべていた。


「……確認はさせていただきますが」

「……いえ、無理なら無理で。はい。それじゃ、着替えますから」


 部屋から出て欲しいなぁと思っていると、リーリアは服を持ち、静に歩み寄ってきた。


「はい、お手伝いいたしますね」


 拒否権はなかった。

 あっという間に、有無を言わさぬ勢いで服を剥かれた。オリヴィアでさえしなかったそれを、リーリアは笑顔でこなした。

 もうお嫁にいけないが行く気もないので、心を無にして静は乗り切った。ただ思うのは、ここの女性、力が強いということだけだった。



 身支度がようやく終わり、静は全体に感じる疲労のせいでソファーの上でぐったりと体を投げたしていた。服だけではなく、髪は紫と白のリボンを合わせて緩くサイドに三つ編みに結われ、顔も薄らと化粧を施された。


「それでは静様、本日の予定になりますが……お話しても?」

「うん、大丈夫です。お願いします」

「はい」


 不思議そうな顔をするリーリアに静は曖昧に笑った。これが毎日続くのかと、静は若干気が遠くなりそうだった。


「本日ですが、大神官様とお会いしていただきたく」

「大神官様……っていうと、つまり、偉い方?」

「はい。一番偉い方です」


 とても分かりやすく説明され、静の口元が僅かに引きつった。


「え、今日? これから?」

「いえ。お忙しい方ですので、おそらく夕方近くになるかと。場所は紅星(こうせい)の間になります」

「こーせい……?」

「はい。端的に申し上げますと、神官のみが使える特別な祈りの間にございます」

「へぇ。けどなんで神官だけ? リーリアは使えないの?」

「特別な祈りの間でございますから。ですので一般的な祈りの場合は神官も私達も中庭にあります祈りの間を使用します」


 何かしらの儀式的なものをするときに使われるのだろうか。今はまだ知らないままでも良いだろうと静は深く聞くことなく、一つ頷くだけで終わった。


「他の三人は今何してるか分かる?」

「そうですね……。おそらくこの時間ですから」


 腰のベルトから細いチェーンが連なり、スカートのポケットにいれられていた小さな懐中時計を見たリーリアは次に窓の外に視線を向けた。


「伊織様は恐らく、外にいらっしゃると思います。真咲様、奈緒様はお菓子を作られているか、もしくは奈緒様のお手伝いをなさっているかと」

「奈緒の手伝い?」

「神殿内のお掃除です」


 何故。と、静は顔をしかめた。


「奈緒様付きの侍女から聞きましたが、趣味だそうで」

「……良い趣味だね」

「ええ。ですが、その」

「あー……うん。そうだねぇ」


 言いよどんだリーリアに、静は苦笑を溢した。

 聖女自らが掃除。本当ならばあまり手を出してほしくはないものなのだろうが、趣味とはっきりと伝わっているのであれば止められることは出来なかったのだろう。


「あ、ですが。奈緒様のおかげで、皆さま助かっているのですよ」

「そうなんだ」

「ええ、ここは大変広いので全て手が行き届かない場所も恥ずかしながらございます。その他にも開発局の方から感謝されておりまして」

「開発局?」


 開発ということは何かを研究していたりするところだろうか。静は小さく首を傾げれば、あ、とリーリアは口を丸くした。


「失礼いたしました。はい、この大神殿の近くに開発局がございます。そこでは魔術や、魔具等の開発、研究をしている場所になります。先ほど私を呼んでいただいた時に使用していただいた魔具もそこで開発されたものです」

「へぇ、すごい。けど、なんで開発局?」

「はい。奈緒様が天から降り立った場所が開発局でしたので」


 天から降り立ったという表現だが、きっと落ちてきたのだろう。静と同様に。

 そっかぁと声をもらしながらうなづき返せば、リーリアは続けた。


「その……実を申し上げますと、日夜開発や研究をしている場所になりますので、なかなか掃除等々が行き届かない場所でございまして」

「どのぐらいすごい所なの?」

「聞いた話によりますと、うずたかく積まれた本の間に薄汚れた衣服。食べかけの食事。群がる虫。その他あるようですが」


 端的になるべく平坦に話すリーリアに、静は口元を抑えた。


「それを奈緒が、掃除を?」

「はい。奈緒様が主導となり、ほぼ綺麗になったらしく。ええ、それは素晴らしいものだったと耳に届いております」

「すごいなぁ。そこまでやってたんだ……」


 趣味の一言で片付けて良いものなのか、些か疑問を覚えてしまうほどだ。もしくは本当に趣味で、ちょっとばかしお節介焼きな可能性も否めないけども。

 けども、きっとその背中は心強かったに違いない。


「そっかぁ……。皆、けっこう自由に過ごしているんだね」

「その、自由と言いましても」

「あー……えっと。どこまである程度は自由に動いていい範囲か決まっている、よね。たぶん」

「はい。聖女である静様には大変方苦しい思いをさせてしまうのですが、これも護らせていただくためでございます」

「うん、分かってる。だからどこまで歩き回って良いのか、後で教えてくれるとすごく助かるのだけど」

「はい、ご案内させていただきますね。それでこの後はどうなさいますか? お庭に出られてみますか?」

「ああ……、もうちょっと部屋でゆっくりしてたいのだけど……。その、一人でもいい? 用があったらすぐ呼ぶから」


 静は話しながら、サイドテーブルに置かれている金の小さなベルに視線を向けた。

 リーリアは少し考えるそぶりを見せるが、すぐに頷いてくれた。


「かしこまりました。些細な事でも構いませんので、何かありましたらすぐにお呼びください」

「うん、ありがとう」

「はい。それでは失礼いたします」


 侍女らしく姿勢をただして一礼をしたリーリアは、そっと静かに部屋を後にした。

 静は物音一つ無くなったのを確認した後、逃げていた銀の子狼を呼んだ。


「ネーヴェ、ひどくない?」

『何もひどいことはしていないぞ?』

「せめて膝に乗っててよ」

『リーリアが困るだろう? せっかく着飾らせてもらっているんだからな』

「好きなようにね」


 静自身、見た目の格好は周囲から不快に思われないようにすれば良いと考えていた。だからどこをどうすれば良いのかという知識はほぼ皆無だったからこそ、リーリアに任せたわけだが、やはり癒しが欲しかったのは本音だ。

 やれやれと言ったように話しながらネーヴェがベッドから降りて歩み寄る。その度、爪が硬い床にあたって、ポテポテと歩いているのにカツカツと音が響くのが少しだけおかしくて、静は小さく笑みをこぼした。


『どうした?』

「何でもないよ」


 足元に来たネーヴェを抱きかかえて膝に乗せる。つややかな銀の毛並みが、静の銀の瞳に映った。


「……なんか、疲れた」

『眠るか?』

「そうしようかな」


 そう言えば、他二人はどこに落ちたのだろうか。後で聞けば良いだろう。

 静は一つ欠伸をこぼし、そのまま瞼を閉じた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 夢を見ている、と静は気づいた。

 気づけたのは夢をほぼ見ないからで、周囲は一面白銀の雪景色だというのに指先まで凍るほどの寒さは一切感じなかった。

 誰かいないか、何か聞こえないかと周囲を見渡す。しかし誰もいない。あるのは目が焼けるほどに白い世界と、上には白を覆う透き通る空色。あの空色は真咲と、愛娘の一人であるラウディアータの瞳の色そっくりだった。

 一歩進む。裸足の足が雪に沈む。冷たくはない。静は歩みを進める。

 平坦な場所ではない。傾斜があり、ひたすら上へ上へと続いている。

 そう言えば遭難したと気づいたら上に登れと聞いたことがあるが、理由は忘れた。

 知らない場所だ。だというのに、静はそこを知っているよえな気がした。

 歩く、歩く。歩くたび、空の色は変わってくる。光に満ちていた世界が薄暗くなってきたかと思えば、いつのまにか夜に満ちていた。天上に星が広がる。今まで見たことがないほどに、それは美しい星空だった。

 静は歩く。歩いて、さらに歩く。

 そして目の前にはいつの間にか白い石造りの祭壇があった。

 祭壇には金の燭台に火が灯された蝋燭が一対。中央には金の天秤が置いてあった。そして気づけば周囲には白銀の雪は消え、星明りに照らされている紫の花が祭壇の周りを囲うように咲いていた。

 見上げればぽっかりと、白銀に輝くまん丸の月が頭上から優しい光を降らしている。

 この場所はどこだろうか。知っているはずなのに、分からなかった。何故そうなのか、静は理解できなかった。

 この夢はいつ醒めるだろうか。

 音はない。肌を触る風も、冷たさもない。その中、どこからか声が聞こえた。


 ――。


 聞いてはいけないものだと、静は何故かそう思った。

 目覚めたいと本能的に願ったというのに、夢は醒めない。


 ――。

 ――アータ。ユフィアータ。


 男とも、女とも、分からない声が世界を覆い、ユフィアータを呼んだ。

 耳を塞がなければならない。耳を貸してはいけない。だって、それは。

 反響する声に混ざって、別の声がまっすぐに聞こえた。


 ――。――さま。

 ――静様!



「ぁい……?」


 返事というより呻いたような声を発した静は、窓から入る橙の光に銀の瞳を細めた。そしてら呼んでくれた彼女を見つけてへらり、と笑ってみせた。


「おはよう。リーリア」


 橙の光の中、リーリアが綺麗な眉を歪めて静の目の前に立っていた。ソファの上で器用に座ったまま眠っていた静を起こしてくれたらしい。


「静様、ここではなくベッドでお眠りください」

「そうだね。そのせいで変な夢、見た気がする」

「うなされていらっしゃったようですが……」

「そっかぁ」


 つい先ほどまで、夢の中にいた。というのに、静は虹色の泡が弾けたようにどんな夢を見ていたのか分からなくなっていた。

 リーリアの表情を見るに、だいぶうなされていたのかもしれない。そのぐらいに良くないものを見ていたのだから、覚えていなくて良いのだろう、きっと。


「起こしてくれてありがと、リーリア。ってあれか、もう時間?」

「はい。お待ちになられていますが、静様の体調がよろしくないようでしたら……」

「大丈夫。寝すぎただけだから。ほらネーヴェ、起きて」


 膝の上で丸くなって小さく寝息を立てているネーヴェの耳が動く。ゆるりと首を持ち上げ、くあり、と大きな欠伸を一つ。


「うん、行こうねぇ」


 寝起きでよく分かっていないのか、鼻を押し付けてくるネーヴェを腕の中に抱えながら静はよいしょ、と立ち上がった。


「それでは静様、参りましょう」


 開け放たれた木製の扉は、静一人でも簡単に開けられそうなほど。見たところ鍵は内側からかけられることを無意識に確認した。

 リーリアに続いて部屋の外に出る。廊下には誰もいない、ように見えたが離れた場所に騎士が一人、二人立っているだけ。


「静様?」

「広いなぁって思って。迷子になりそう」

「ふふっ、私も最初、よく迷っておりました」

「うへぇ」


 困ったな。困ったが、言い訳なんかしやすそうだと、ふと思い浮かんだ。


「さぁ、こちらです」

「はぁい」

 きゃん。


 ようやく目覚めたらしいネーヴェの小さな声がよく響き、静とリーリアは顔を見合わせて笑いあった。

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