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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
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08 死が救いだった

 静は自分が年齢を重ねただけのクソガキだと確信している。

 確かに見た目は幼く、この年になってまで警察に補導をされてしまうことだってあるわけだが、それは置いておく。

 静が生まれる前から、父は持病を患っていた。長くはないことを最初から知っていながら、父は母と結婚し、静が産まれた。

 何故、分かっていながらもそうやって生きてきたのか、静は理解出来なかった。知りたいと思った時には、もう既に父は冷たい墓石になっていた。だからって母に聞こうとは思わなかった。残された相手に、そんなことを聞けなかった。

 父はよく笑う人だった。そして豪快に物事を話し、口調は荒く、手もそこそこに出る人だったが、それ以上によく頭を撫でてくれた。とても優しく、温かな手だった。

 父の持病は年々酷くなった。母は献身的に父を支え、必死に働いていた。母もよく笑っていた。そして思春期真っ盛りな静に対しても、ただ黙って見守ってくれていた。

 中学、高校と静は喧嘩に明け暮れた。あの頃は常に抱えていた、絡みつく糸のような、粘つくような、泥の塊のような、不愉快すぎる物をどう扱えば良いのか分からず、暴力やら世間への反抗で発散していた。

 ただひたすらに現状を受け入れたくなかったのだ。年々、死に近づく父。そして比例するように疲労の色ばかりが深まる母。どうして自分の両親はこんなことになってしまっているのか、と。

 神様。神様。なんで、こんな仕打ちをしたのですか。なんで、こんなひどいことをしたのですか。

 なんて、中学生の時に神社の前で一回だけ泣きわめいた。もちろん、状況は何も変わらなかった。そこから明確に喧嘩に入れ込むようになった。

 そうして父は亡くなった。静は、間に合わなかった。病院にたどり着いた時はすでに息を引き取っていた。誰も、母も、静を責めてはくれなかった。


 静はしかし、と疑問を抱く。

 何故かは本当に分からないが、いつの間にか周囲にはよく人がいた。そして全員とは言わないが、半数以上は友達になってしまった。確かに自分で勝手に友達認定しまくっていたのもあるだろうが。

 それにしても、よくこんなクソガキと友達になってくれものだと思っていたら、全員口を揃えて保護者だと言うものだからだいぶ不服だったのを覚えている。

 確かによく転んでいたし、怪我もちょくちょくしていた。野良猫とはよく遊んでいたし、何故か犬には遊び相手としてよく襲われた。意味が分からない。いや、別に嫌いではないし、もふもふに囲まれるというのは素晴らしいが、さすがに限度はある。

 それから知らない人によく話しかけられ、いつの間にか相談されたけど面倒だしうるさいからちょうど良い奴に押し付けて、喧嘩に参加したり、半ば無理やりに連れてかれそうになり、食べ物でつられそうになり、そして返り討ちにしたり……。

 うん。嫌でも保護者になるな、と静は思い返して納得した。

 そんな彼等は、よく叱りはしたし、よく呆れていた。そして、静に一度だけ見たこともないほどに激怒した。

 父を喪し、喧嘩を止めて、逃げるように母を残して地元から去ろうとした時だった。とくに仲が良かった友達に母のことを遠回しな言い方で頼もうとしたら、激怒してきた。

 お前はいつも勝手だが、今回ばかりは許せない。何も言わないであれこれと他人の問題を好き勝手に首を突っ込みやかって。そのくせにお前は自己完結ばかりで問題に関わらせてくれない。ようやく頼って来たと思ったら素直に言いやしないし、結局はお前自身の問題じゃねぇ。せめて素直に言いやがれ。

 要約すればこんな感じのを男達五人に囲まれ怒鳴られた。さすがに怖くてちょっと泣いた。

 その後、静は遠く離れた場所に移り住んだ。ひたすら働いて、本を手当たり次第にたくさん読んだ。父が本を読めとしつこく言ってきたからだ。

 けども静はずっと、どうやれば自然に死ねるだろうかと考え続けた。生きろと残された遺言の通りに生きるつもりだった。だから生きながら、いかに父が怒らない死に方が出来るだろうかと考え続けた。

 死こそが、あの時の静にとって救いだった。死の為に、抜け殻になりながらも生き続けることが出来たのだから。


 今の救いはなんだろうか。なんて、痛みに焼かれながら静は思考する。


「……いや、そもそも救いを求める方が駄目か……?」


 無意識に呟いてしまった。

 静の思わず呟いた言葉に反応して、静の足を枕にしている黒銀の狼が頭を上げた。静は何でもないと言うように頭を撫で回し、背後からしっかりと静を抱えるルイスの様子をうかがう。

 ルイスはしっかりと瞼を閉じ、深い呼吸を繰り返している。

 良かった、起きていない。

 静は痛みと共に小さく息を吐き出した。

 にしても、と静は見渡せる。

 ようやくはっきりと見えるようになったおかげで、今までずっとよくファンタジーの話に出てくるような幌を被ったあの馬車の荷台にいることが分かった。なるほど、だからずっと揺れているはずだ。

 それでも大きな振動が静にあまり伝わらないようにルイスはおそらくずっと、静をこうして抱えていたのだろう。別にそのあたりにでも転がしてくれてもよかったのにな、と思いながらも静はルイスの献身さには素直に感謝をした。

 足に何かが乗る感覚がした。見れば狼がまた足を枕に眠る体勢に入っていた。

 静は思う。

 自然とこうして溶け込んでいるが、この狼は一体どこから来たのか、と。と言うか、一体どういう経緯で一緒にいるのか。おそらくは普通の狼、だろうけど。

 そしてもう一つ気になるのは、リーリアの髪に止まっている白い蝶だ。あの白い花の花畑から付いてきたにしてはあまりにも溶け込みすぎている。

 寝ている間に一体何がどうなっているのか。今、どこに向かっているのか。

 分からないことだらけだった。

 なにせ気づいたら光る白い花の花畑の中にいるし、蝶はあちらこちらに飛んでいる。もしやあの世かと思ったが、泣きそうな顔をするルイスがいて、まだちゃんと生きていることをようやく理解したばかりだったのだ。

 後はそう、正直ちょっとテンションが上がったりもした。こんな状況だと言うのに。

 だってあんな大きなゴーレムがいたのだ。いや、たぶんあれはゴーレムであっているはずだ。ずんぐりむっくりな体型に、小さな頭。太い腕に大きな手。何故か地面に埋まっていたが、大変かわいらしかった。それになんとそっくりな小さなゴーレムがついてきてくれるようになり、もう静はきゃっきゃと騒いだ。

 だって、かわいらしかったから。かわいいは正義だ。仕方がない。かわいいのが悪い。

 うんうん、と静は内心何度か頷き、また痛みが強くなった胸の内に耐えきれず、小さく咳をこぼした。


 ――、――シズ?


 後ろからルイスの声が聞こえた。何と言っているかは分からない。言葉の発音からは、英語圏のものに近いように思えた。

 こちらで目にした文字はアルファベットに近い形をしていたから、発音もそれに近いだろうとは予想していた。ただ、文法も大きく日本語とは異なるようで、一体どうやって翻訳されているのか不思議でならなかった。

 と、余計な思考を回していれば、腹に回されていた腕が動き、抱え直された。そして素手で何度か顔に触れられる。体温でも確認をしているのかは分からない。言葉が伝われば分かるだろうが、それでもきっと伝わることはないとすぐに否定した。

 なにせ今、静は寒いのか、それとも熱いのか、何も分からないでいたから。

 ほとんど眠っていた時、瞼を開けられるほどの体力すらなかった時、触れられるのだけは分かった。けども、その感覚もおそらくというだけに過ぎなかった。

 それから瞼が開くようになって、けども視界はずいぶんとぼやけていた。せいぜい輪郭ぐらいがようやっとだった。触れられている感触は、その時になってようやくはっきりと理解出来た。

 そして今、話せるほどにまでなった。視界はおかげで良好。しかし自身の足で動くことすらままならない。温度も、匂いも、味覚も、まだ何もかもが分からないままだった。


 ――?


 ルイスが何かを言いながら、脇に置いていた袋を手に取った。あれは分かる。中に飲み物が入っている。見えた時、わぁファンタジーだ、と安直な感想しか出なかった。

 ルイスは静を抱えたまま、蓋を開け、飲み口を口元に近づけてくれた。きっと喉が渇いたのだろうと判断したらしい。

 静は近づけられた飲み口に顔をしかめつつ、だいぶ気合を入れてから口をつけ、飲み物を口に含んだ。

 途端、口内に広がる痛みと不愉快な何か。静は両手で口を強く抑え、身体を丸めつつも必死に飲み込んだ。

 飲み込んだ後も、静はさらに強まる痛みと猛烈な吐き気に耐えながら、自然と涙がこぼれた。

 背中に、手が添えられる。

 痛みに悶え苦しむ静を宥めようとしているのか。いや、しかしルイスは静が痛がっていることを知らないはずだから、きっと苦しそうにしているのを宥めようとしたいるだけなのだろう。


 ――シズ。


 ルイスが囁く。静はようやっと顔を上げ、ほんの少しだけ目を細めた。



 正直、甘く見すぎていた。

 大神殿にいた時は、魔力という名の毒に侵され、日々発熱に襲われていた。だからそう、ひどくなっても高熱ぐらいだと思っていた。いや、生存できないほどに高熱になってしまうことも考えられたけども。

 けども、まさか一人では本当に何も出来ないどころか、吐血し、意識をなくし、意識は取り戻せても体は動かせず、感覚全てがほぼ機能しなくなるだなんて誰が予想できたか。くわえて、身体中がずっと痛いのだ。呼吸をするだけでも胸の内側はチクチクと痛み、突然波が高くなればその痛みは激痛に変わって襲ってくる。

 何よりもひどいと思ったのは食事だ。静は食べることが好きだ。とりあえず美味しいものがあればだいたい満足出来るくらいに好きだ。

 だというのに、飲み物一口、口に含んだだけで、それが異物であると体が勝手に反応して吐き出そうとする。必死に飲み込んだは良いが、今度は身悶えし、涙が溢れてしまうくらいの焼けるような痛みに襲われる。

 最悪すぎる。

 けども少しすれば何故か痛みはすぅっと和らぐのでそれまで耐えるしかない。毎回ルイスが首元を確認してくるので、何かがそこにあるのだろう。感覚しか分からない指先で触れれば、ざらりとした感触と、硬い感触が伝わった。硬い方は分からないが、ざらりとしたものは白いレースであることは確認できた。

 一先ずだが、もうこれについてはなるようにしかならないことだと諦め、静は流れに身を任せることにした。不愉快なことには変わらないけども。

 そしてその他に甘く見ていたことにより、静は痛みの中で頭を悩ましていることがあった。

 ルイスだ。

 静は鈍くはない。というよりそこそこ敏い方だ。つまり何を言いたいかと言えば、ルイスが静に向ける感情なんて、すでに察してしまっていた。むしろあれを見て察せない方がどうかと思う。



 静は今、食事が困難だ。それ故に食事の補助が必要なのだが、その方法があれだ、口移しというやつだ。もはやこれは仕方がない。一口は頑張るが、二口目以上は正直静にはもう自力では飲み込めなかった。だから致し方がないと静は受け入れた。

 そう、受け入れた、までは良い。むしろルイスにはとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。しかも、おそらく意識がちゃんと戻っていない時、何度か噛んでいたと思う。本当にあれは悪いと思っている。

 けども、それにしたってだ。

 視界がはっきりしたからこそ分かったことだ。食事が終わり、静が痛みに悶え、涙を情けなく流しながらもルイスを見上げ、すぐに腹の底が冷えた。

 笑って、静を見ていたのだ。

 はっきりと分かりやすい笑みではない。見る人が見れば無表情に近いくらいに本当にうっすらと口角が僅かに上に向いただけだが、問題はその目だ。何故か分からないが、ルイスの右目が深い森の色から、宝石のエメラルドのような色に変わっているが、これについては後で聞くとしてだ。

 まるで欲に熟れた、肉食動物のような、そんなものを静に向けていた。

 静は瞬時に察した。何せ自身の命を使って脅迫はするし、捧げようとするし、なんか知らないけど流れで膝枕なんてしてしまったし、怒らせた結果だがあんな笑顔を見てしまったわけだし。

 本当によろしくない。相手は五歳も年下。しかも静は日本へと帰る為にどうするべきかと今動いているのに、そんな相手になんていうものを抱いているのか、このクソガキは。もちろん、自分も含めて。


「本当、馬鹿だよねぇ。そう思うでしょ」


 通じないとは分かりつつ、足を枕にしている狼に話しかける。狼は頭を持ち上げ、くわり、と欠伸を一つこぼした。つられて静も欠伸をこぼした。

 すると後ろからまた手が伸びてきて、静が眠りやすいようにだろうルイスがまた抱え直した。


「違うよ、ルイス。今のはね、この子の欠伸が移っただけなんだよ」

 ――……。

「そんな面倒そうな顔しないでよ。違う違う、眠たくなくってね。ちょっと、見えない。手邪魔」


 ルイスはぐっと顔をしかめ、何を思ったのか大きな手で静の目元を覆ってきた。一気に視界は暗くなり、静は両手を使って外そうとする。も、なかなかに力がうまく入らないせいで全く外れる気配がない。

 しばらく藻掻くが、すぐに広がる疲労感のせいで静は諦め、素直にルイスにより掛かることにした。


「はいはい、寝ますよぉ。おやすみね、ルイス」

 ……――シズ、――。


 ルイスの囁きが耳を震わせた。

 何を言っているかは全く理解が出来ない。ただ、ルイスのその声はとても聞き心地が良く、もう少し聞いていたいなぁなんて呑気に思いながら、あっという間に静の意識は沈んでいった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 なんだか騒がしい。

 ふっと浮上した意識と共に、耳に届く複数の声。ああ、今はルイスに抱きかかえられて移動しているのだと背中や足から伝わる感触で理解した。眠るには丁度良い振動だ。だからまだこのまま眠ろうかと思ったが、あまり思う通りにはいかないらしい。


「っ、けふっ」


 静はせり上がる何かに耐えきれず、わずかに吐き出しながら咳をこぼした。

 耳に届くのは女性の、おそらくリーリアであろう声の他、複数の女性の声。と、すぐ近くから、ルイスが切羽詰まったような静を呼ぶ声。

 じりじりと焼く痛みに耐えながら、静は瞼をあげれば、すぐ目の前にルイスの顔が見えた。眉間にこれまた深いシワを寄せて、深緑の瞳は揺れていた。

 静はふっと、笑った。笑って、そして、重たすぎる手を持ち上げて、ルイスの顔に手を添わせた。


「だいじょうぶだよぉ、ルイス」


 ね、大丈夫、だから。

 ふと、静は父の笑顔を思い出す。

 父がよく笑っていたのは、きっと安心をさせるためだった。そしてただの痩せ我慢だったのだと、今更ながらに気づいた。

 本当、全てに置いて気づくのが遅すぎると思いながら、静はそのまま意識を手放した。

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