07 白い光の波の中
ルイス達が巨体なゴーレムについていった先にあったのは、白い小花が満開に咲いている開けた場所だった。小花は夜風に揺られると、小さな六つの花弁が僅かに光を放っていたのを左目からでも見えた。
「雪煌草の群生地じゃねぇか!」
慌てて幌馬車から降りたヴィートが、広がる花の群生を見て驚きの声をあげた。
「なんだ? その、せっこーそーって」
ヘクターが首を傾げると、ああ、とヴィートは簡単に説明をし始めた。
「雪煌草な。夜にしか咲かない花で、花弁がこうして光るのが特徴なんだよ」
「すげぇ!」
「だよな。そんで、夜に咲いて光るから別名、旅人の導草、なんて呼ばれてる。案外そのあたりにあるけど、せいぜい数本だな。たぶん来る途中にもあったはずだぜ? 気づかなかっただけで」
「言ってくれよぉ」
「いやぁ、悪いな! にしても、こんな場所があるとは本当に驚いたぜ」
ぶうたれるヘクターを宥めながら、ヴィートは周囲を見渡した。
ここまで導いたゴーレムは花の群生地手前で止まり、足を地面の中へと沈ませていた。近くでその様子をみているフィルとノーマンは興味深げに眺めており、ジェイクは幌馬車に寄りかかり、顔をしかめながら中にいるリーリアと話をしているようだった。
それぞれが好き勝手に行動をしている中、ルイスはただ一人、じっと真正面に広がる光帯びる花の群生を見つめていた。
「なぁ、ルイス。まさか、そのゴーレムはこれを見せるために連れてきた、とかじゃねぇんだろ?」
「ああ。ここはおそらく、ユフィアータに関する場所だ。下手に足を踏み入れない方が良い」
「その右目がねぇと見えないやつか」
「そうだ。眷属達が集まっている」
いや、正しくルイスが見ていたのはその上だった。ヴィートには何も見えない虚空の闇。一体そこに何があるのかヴィートは分からないが、ルイスが言うように眷属とやらが集まっているのだろうと理解した。
そのままルイスの隣に立ったヴィートは、息子の横顔を見やる。ずいぶんと久しく再会したルイスの右目は、加護により深緑の瞳は翠玉かと見まごうの美しいものへと変化していた。
が、ヴィートはそれについてとくに気にしていなかった。ただ、家を出ていった息子の背丈や、顔つきの変化ばかりに目がいってしまっていたからだ。
もうすっかり大人になったもんだなぁ、とヴィートは人知れずに思い、赤い瞳を細めた。そして、同じく眼前の景色へと視線を向けた。
眼前に広がる、光を帯びる白い花園。その中央をルイスは見つめていた。
数多くの色鮮やかな蝶が光の中を羽ばたいていた。花園なのだからあれほどいてもおかしいことはないが、それが左目にも見えていればの話だった。
右目からしか見えていないこの不思議な光景に、いい加減にも慣れてきたルイスは、姿を消さずにいる蝶達を確認し、幌馬車にいる静を迎えに行くことにした。
幌馬車の中に戻り見れば、未だに静はリーリアの膝を枕に眠り続けていた。傍らには狼がまた静の腹を枕にしている。
敵が襲い掛かり、あのゴーレムがやってくる騒ぎが起きていたというのに静は一向に目覚めない。どれほどまでに深い眠りの中にいるのかとルイスは疑問をつい抱いてしまった。
「静様をお連れする」
リーリアに一言だけ告げ、眠る静を抱きかかえて下りる。続いて狼も降りてくるのが見えたが、ついて来るつもりなのだろうか。ルイスは狼を一瞥し、また白い花園へと視線を向けた。
蝶達がいる場所へ行くために、花園の中へと進まなくてはいけないというのに、一瞬だけ躊躇を覚えた。が、すぐについてきていた狼が後ろからルイスの足へと体当たりをし、気づけば一歩、中へと足を踏み入れてしまっていた。
文句を言おうと振り返るが、狼はとっくに幌馬車から降りたリーリアの元へと軽い足取りで戻っていく後ろ姿しか見えなかった。
なんとなく、そう。少しばかりの不愉快さを抱いたが、今はそれを考える時ではないとルイスはまた前へと向き、足を進めた。
歩くたび、小さな花弁の光が波打つ。静は、この景色を見てなんと言うのだろうか。
確か静は、香が強い花が苦手だと話をしていたぐらいで、これといって好きな花は無かったと記憶している。機会があれば、試しに花をいくつか飾るのも良いかもしれない。そう、機会が、あれば。
無いであろう先の事にまで思考が巡り、足が止まりかける。が、すぐにルイスは小花を散らすように進み続けた。
ようやく蝶達が集まる場所へとたどり着き、ルイスはきっとそうするべきだろうと、光の中に静を横たえた。蝶達は待っていたかのように、静の周囲へと集まる。そしてあの白い蝶と同じようにけども少し異なる青白い鱗粉のような光を静へと降らせた。
光に包まれた静はやがて、深い呼吸と共に瞼を開いた。
そして少しだけ眩しそうに周囲の光を目視した後、はっきりとルイスの姿を、薄らと銀がかかった漆黒の瞳が映した。
「静様……っ」
思わず静を呼んだルイスに、静はふっと目を細めて、以前のように困ったように笑った。
――、るいす。
変わらないあどけない発音で、けども聞き取ることの出来ない音と共に、ルイスの名を呼んだ。そこでルイスはようやく何かがおかしいことに気付いた。
「……静様、起きられますか?」
試しに、ルイスは静に話しかける。静は何度か瞬いた後、困った顔を浮かべて、また口を開いた。
――、るいす。――。
名を、呼んでいることだけは分かった。けれども、それ以外は分からない。聞き取れない。そもそも、その言語を、ルイスは理解出来ていない。
ああ、そうかと、ルイスはようやく理解する。
そもそも、静達は異世界から来た方々である。であるならば、使っている言語だって異なり、今までは愛娘の力によって通じていただけに過ぎない。そして今、愛娘の力が失われかけてしまっている状態の静は、そこまでの力が回復していないがゆえに言葉が通じていない。
あどけない発音。それが、この世界に来てからずっと、静がルイスを呼んでいた音だったのだと、知りたくもない事実を知ってしまった。
「……貴方、本当に俺より年上なんですか?」
小さな少女と変わりない音。慣れていない発音だから、なのだろう。余計に静の幼さを際出させてしまっていた。
今、そんなことを考える暇なんてないと分かっていた。けども、どうにか平静を保とうしたルイスは通じていないと知りながら、静が気にしていることを口にした。静はよく分からないと顔をしかめるだけで、何か言葉を返すことはなかった。ただ、両手をまっすぐに伸ばしてくるので、ルイスはいつものように静の小さな体を抱き上げた。
――、るいす。
その音はまるで、小鳥のさえずりのようだと思った。
白い花園から外へ出ると、一番にリーリアが駆け寄って来た。
「ああ、静様! お元気になられて……!」
目に涙を浮かべるリーリア。それに対し、腕の中にいる静は困ったような笑みを浮かべた。
「リーリア殿。静様は今、言葉が通じていない」
「……え? こ、言葉が、とは……」
喜ぶリーリアに水を差すつもりはなかったが、ルイスは静を今の状況を素早く伝える必要があると判断した。困惑するリーリアに続けてより詳細に伝えようとする前に、静が先に音を連ねた。
――、りーりあ。――?
リーリアの目がより一層大きく見開かれる。しかし、すぐにいつも静に向けていた笑顔を浮かべた。
「っ……はいっ。静様」
なんと言っているのか理解なんて出来ないはずなのに、リーリアは至極幸福そうに頷いていた。
静はまた困ったような笑顔を浮かべてから、ルイスの袖を軽く引き、どこかに向けて指を指した。
その先にあるのは地面にすっかり埋まっているゴーレム。なぜ埋まっているのかは不明だが、おそらくはあそこでいつも身を休めているのだろうと推察した。
――、るいす。
せがむように、静がルイスの袖をつまんだ。
ルイスはしばらく無言で静を見やる。と、静は不満そうに口元を歪め、それならばと言うように腕の中から脱出を試みようとした。
ルイスは力付くで静の動きを押さえた後、大きく息をついてゴーレムへと歩み寄ることにした。
ちょうど、ゴーレムが腕を伸ばせば届く距離。そしてすぐさま対応が可能な距離にルイスは静を連れて行くと、静はまた囀りのような言葉を紡いだ。
眷属であるならば、この言葉の意味でも理解出来るのだろうかは不明だった。しかしゴーレムは、小さな頭をまるで頷くように動かしたのをルイスは確認した。
そして、ゴーレムは太い腕を持ち上げる。腕は静に後少しで届く距離まで迫り止まると、これまた太い指先の一部が小さく盛り上がった。
一体何が起きるのかと誰もが固唾をのみ、ゴーレムの行動を見ていると、瞬く間に盛り上がった土が、人間の手のひらサイズのゴーレムへと姿を現したのだ。
「ちっさ」
ノーマンが思わず呟いた。
本当にそれほどまでに小さい。ゴーレムについての記録は目にしたこともあるが、これほどまでに小さな個体についての記載はなかったと記憶している。
ルイスは小さな身体に見合う小さな腕を持ち上げるゴーレムの様子を見つつ、一歩後ろに下がる。そして、腕の中にいる静が不満げに声を上げた。
――、るいす。
「興味を示さないでください、静様。手を伸ばさない」
――。――、――。
「知りません。分かりません。少し黙ってください」
ルイスは当然、静の言っている言葉の意味なんて欠片も分かっていない。が、何となく言っていることは嫌でも理解してしまった。
「なぁ、静様が何言っているか分かるか?」
「分かんねぇけどさ。なんとなーく、あれじゃん。あのゴーレム欲しいってルイスにめっちゃ言ってた感じだろ、あれ」
「だよな。俺もそう思う」
フィルはともかく、さすがのヘクターも理解したらしい。
ルイスはぐっと顔をしかめ、さっさと諦めた方が良いと判断しながら小さく肩を落とした。
「分かりました。分かりましたから」
るいす?
「はい」
ルイスはゴーレムへと近づき、小さなゴーレムへと手を差し出す。小さなゴーレムは小さな足をぐっと曲げ、僅かに跳躍。というよりも、手の中に落ちてきた。
そのまま乗れば良かっただろうにと思いつつ、ルイスはゴーレムを静の身体の上へと落とした。
「こちらでよろしいですか」
――、るいす。
静は囀り、満足げに微笑んだ。
後ろにいたノーマンとジェイクがそれぞれルイスの肩に手を置いた。
「ほら、ルイス。静様がお元気になったわけだしさ」
「そうそう。それにこんな小さいから問題ねぇって。しかも眷属様なんだろ?」
「……ああ、そうだな」
慰めにもならない。
腕の中の静は小さなゴーレムと、白い蝶。それからルイスの足にまとわりつく狼を見て、きゃあきゃあと楽しそうに声を上げている。
このお方、本当に子供なんじゃないかと心の底から強く疑念を抱いたルイスであった。
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もうここで一夜を明かすということとなり、ゴーレムがいる傍らで野営を設営し、いつものように食事をとる。そして個別で、ルイスは静の食事を世話をいつものように行った。
はっきりと意識を持ち、目も見えている。だが、やはり食事は以前と変わらなかった。静がはっきりと起きているから明確に拒否してきたが、ルイスは変わらずに無理やり食事をさせた。とたん、やはり強く咳き込み、体を丸め、大粒の涙をこぼした。
ただ良くも悪くも、噛まれなくなったという変化はあった。あれには毎回頭を悩ませていたが、ようやく無くなった。しかしルイスは今度は違うことに頭を悩ませた。
仕方がないと思いたい。本当に、こればかりは男というものがそういうものだとしか言いようがない。こんな感情を抱いている相手に、あんな食事の補助をしているわけだ。
クソガキと呼ばれる方がマシだと思えるくらいには限界だった。本当によく耐えた、いろいろと。
もはやこれは訓練だとルイスは思うことにした。そう考えないと本当に危険過ぎた。
それとリーリアからの無言の視線は恐ろしかった、純粋に。別件でもすでに目をつけられているが、くわえてこれもとなるとつい敬語を使いたくなりそうだった。
そんな悶々も止まらない思考のせいで、ルイスの目が冴え渡っていた。同じ幌馬車の中でら、狼の身体を枕にして穏やかに静が眠っている姿が見える。
顔色はずいぶんと良くなった。それでもまだ白さは残る。瞳の色も完全には戻ってはいない。まだ、まだ足りない。
ぼんやりとルイスは静を眺め、また一つ息を吐き出した後、幌馬車の外へと降りた。
どこに行くでもない。ただ眼前に広がる白い花園の前に立ち、その場に腰を下ろした。
夜風と共に光が音もなく波を打った。
ルイスはそして、明日のことを思考する。
領地に入ってさえしまえば、後は道なり。その日のうちに屋敷へと到着するだろう。それは良いことだというのは分かっているし、そのためにここまでやってきた。だが、ルイスの胸の内はより重たいものが膨らみ始めた。
考えを巡らせるものを大きく間違えたとすぐに思考を止め、小さく舌打ちをこぼした。
「機嫌悪いな」
「……なんで起きているんだ」
「俺? なんか暴れたりなくって、逆に寝れなくってさ」
消化不十分だと言うように気配なく横に立ったジェイクは、遠慮なくルイスの隣に何故か腰を下ろした。
「なんだ? 静様を狼にでもとられたのか?」
「違う。譲った」
「あー、はいはい」
聞いておきながらジェイクは適当に返事をしてきた。
そこに苛立ちを覚えながらも、ルイスは口を閉じ、目の前に揺れる光の波を見つめる。と、しばらくしてジェイクがぽつり、と言葉を零した。
「聞かないんだな」
「何を」
「俺達が静様を見限らない理由」
ルイスは僅かに息をのんだ。
こんな状況下、聞くに聞けないものだった。だから聞かなかった。というのはただの言い訳だとルイスは理解している。
聞かなかったのではない。聞けなかったのだ。ただ、聞くのが恐ろしくて。
何故、あの時何も変わらない様子でいられたのか。何故、黙ってそれでもついて来てくれるのか。何故、どうして。
ルイスのそんな心情なんて知らず、もしくは察しながらもジェイクは続けた。
「俺達は実際、静様のお命を狙った側だから信用とかそういうのはされてねぇってのは分かるわけよ。だからお前が俺達にああ言ったのも分かる。でさ、あれってリーリアも知らなかったのか?」
「……ああ、そうだ」
「まぁ、リーリアは絶対に見限らねぇだろうな」
その通り、リーリアは離れることはないとルイスも確信していた。
大神殿のあの地下書庫で、リーリアは静に懺悔をした。そして静は懺悔を赦し、側にいることも赦した。リーリアはあの時、静に救われたのだろうとルイスは想像する。あくまでも想像の域ではあるが、けども間違いはないと確信をしている。
では、それならばジェイク達はどうだろうか、と改めてルイスは思考しながら、ジェイクの話に耳を傾けた。
「静様はさ、俺達にちゃんと生きろっていう罰を与えてくださったわけだろ? たださ、普通のって言って良いのか分からねぇけど。そこらにいる奴らにしたら、生きることが罰になるとか考えねぇよなって思ってたわけよ」
ルイスは思わず、ジェイクへと顔を向けた。ジェイクはルイスの視線に気づいたようで顔をしかめながらわずかに視線を向けてきた。
「なんだよ、その顔」
「……いや、ちゃんと考えていたんだと」
「あのなぁ、俺だって一応考える頭ぐらいはあるんだぜ?」
もう少し単純な男とばかりルイスは思っていた。ジェイクは不満げに鼻を鳴らし、また視線を前へと向けた。
「あんな罰を考えるお方だ。それに俺達に名前を名乗らせたぐらいだし、すげぇ甘い人なのは分かる。ぶん殴られたけど、それだけだったしな」
「面倒くさがりなんだ。あのお方は」
「にしてもじゃね?」
ジェイクが言いたいことは分かる。
言動共に静は周囲に興味がないようにふるまっているが、実際はとにかくお人好しなのをルイスは見ていて知っている。よく周囲を見ていて、見抜いて、そして適切な選択を選ぶことに長けているように思えた。
そんなことをしていればいずれ潰れてしまいかねない。だと言うのに静は普段と変わらずに過ごし続けていた。それが静にとっては日常であり、当然であり、相手の事情なんて殊更に興味を抱こうとはしなかった。
ただ適切に、適当に、そして静自身が過ごしやすくなるように整えている作業に過ぎなかったのだから。
けども、やはり静は面倒くさがりだった。とにかく自身についての身支度等々についてはとくに。
「俺さぁ、静様に幻想っていうの? そういう感じに見てたんだよ」
幻想という言葉を口にしたジェイクは、まるで懺悔でもするかのように声を絞り出した。
「こんな俺達に対して、あんな甘い罰を与えて。名前を名乗らせていただけただけじゃなく、こうして静様をお守りできる場所にいさせてもらっているわけだ。まさしく、聖女様とはこのお方のことだと思ったわけよ。そんで、そこらの人間とは違うってさ」
それは、そう思っても仕方がないだろうとルイスは小さく黙って頷いた。あの時、静がリーリアにしていた時のように。
ジェイクはルイスのその反応に気付いたのか、何故か小さく笑いをこぼしながらもさらに続けた。
「けど、静様のその願いを聞いてさ。なんていうか、静様も俺達みたいな願いを抱くときもあるんだって思って……。そんで、このお方も同じなんだって。生きることがすげぇ苦しいのを分かっているから、あんな罰を与えたんだって分かったんだよ。ようやく」
生きることは苦しい。とても、本当にその通りすぎるとルイスはまた一つ、頷いた。
「だからさ、余計に見限るなんてことは出来なくなった。むしろ、だからちゃんと、このお方のためにも生きねぇとって思った」
ルイスは改めて、ジェイクは強者だと認識した。ルイスは静の願いを聞き、激怒した。己が抱いた静の幻想を大きく崩されてしまったから。
前を常に向いているお方だと思っていた。立派な志を抱いているお方だと思っていた。無邪気で、冷静で、優しさを身に着けている、常に光の中にいるような聖女であるという幻想を見てしまっていたから。
だから己の命を使った。静が一番に嫌がることだと理解出来たから。そして思った通りに静は困ったように笑って、赦し、受け入れた。
もし、ジェイクのように考えることが出来ていれば、激怒なんてせずにむしろ寄り添うことが出来たのではないかとルイスは想像してしまう。しかし、もう過ぎたこと。なるようにしかならないと、静が口にした通り、この世は本当にその通り、なるようにしかならないのだと実感する。
そしてふと、他三人の顔が浮かんだ。
「……あいつらも、同じような考えなのか?」
「当たり前だろ?」
「あのヘクターがそこまで考えているとは思わなかった」
「あいつはなぁ。え、静様もオレ達と同じなのかよ。しかもルイスに脅されてるし。それなのに離れるって出来ないだろ。無理。って思ったらしいぜ。あの時」
「脅されているは余計だ」
「けど実際は脅したんだろ」
茶化すような言い方に、ルイスは無意識に口角を下げ、眉間に皺を寄せた。
「正しくは、静様がちゃんと生きるなら、俺も生きると言った。意味合いとしては同じだが」
「……変わんねぇけどさぁ。何? ちゃんと生きねぇつもりだったのかよ」
「……もし、静様に出会わなければ。漆黒として生きて終わろうとしていた、と思う」
「それさ」
「偶然、任務中に命を落とすことも稀にあるんだ」
「それ、静様のこと言えねぇだろ」
「マシな方だろ」
「知らねぇよ」
ジェイクの言う通り、静に言えたことではないと改めて自覚する。が、もう二度と考えることはないだろうからと、ルイスは少しだけ冗談交じりに言った。
その軽い口調にジェイクはわざとらしく肩を竦め、ああ、そうだ、と急に話題を変えてきた。
「お前の家に行くんだろ? どんな感じなんだよ」
突然のその話題にルイスは一度口を閉じ、つい顔を大きく歪めた。
「……あー、あんまり聞いたらまずいやつか」
「いや。違う。説明というか、前提を……」
別に言えないことはない。ただ少々複雑というか、面倒なのだ。いろいろと。
ルイスは少し思考を巡らせた後に、口を開いた。
「前提として言うと。まず、これから向かうのは伯父上達が住んでいる屋敷だ」
「屋敷かよ。ってか、お前の家じゃなくって?」
「父上達も同じ屋敷に住んでいる。当然ながら、俺もそこで生まれ育った」
「……よく分かんねぇけどさ。たぶん違う屋敷に住むもんじゃねぇの?」
「そうだな。本来なら父上が個別で屋敷を所有し、そこに住まうというの一般的だが共に住んだほうがいろいろと好都合だったんだ」
「なんかさ、そのいろいろって聞かないほうが良い奴だよな?」
「ああ、聞くな」
説明すれば長くなる為に、ルイスは強制的に前提としての説明を手短に終わらせた。そしてジェイクが聞いてきた、どんな家なのか、という問いについて思考を再度巡らせた。
「どんな感じと聞かれても、大した説明は出来ないが……。王都のあの屋敷よりも大きいし、使用人の数も多い」
「まじかぁ……」
「それと、兄と妹がいるし、いとこ達もいる」
「いとこ?」
「上に男が一人。下に女が二人の三人。実の兄弟と変わらないようには育てられた……が、なんだ」
ルイスは隣で妙に納得した顔をしているジェイクに気付き、顔をしかめた。ジェイクは少しばかり気まずそうに視線をそらしつつ、答えた。
「あー……いや。なんていうか、すげぇ納得した」
「何がだ」
「いや、なんて言うかさ? お前ってすげぇ面倒見良いだろ? だってのに、たまにガキっぽいっていうか。たぶん無意識なんだろうけど、甘えてくるよな。俺達に」
ルイスはジェイクが言い終わるが否や、すぐに片膝立ちになり糸を構えた。
「吊るす」
「俺が悪かったって!」
「黙れ。静様が起きる」
「いやいや、いったん落ち着こうぜ? な?」
ジェイクが飛び跳ねるように立ち上がり、距離を取る。ルイスは距離を取られたために前に出れば、また距離を取られた。
「動くな」
「無理だって」
ジェイクはにやり、と笑った。ルイスはすっと、目を細め、一呼吸置く。そして同時にその場から森へと駆け、瞬く間に二人の姿は森の中へと消えていった。
その様子をこっそりとゴーレムの後ろから見ていたノーマンは一つ、溜息をつく。
「だからクソガキなんだって。ルイス」
ノーマンは大きな欠伸を零し、幌馬車の中へと戻って行った。
穏やかで、どこか騒がしい夜が更けていく。




