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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
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06 襲撃とゴーレム

 あと少しで領地へと入るという所で、手前の森の中で野営を設営した。

 結局のところ、途中の町や村には一切立ち寄ることはせずにルイス達はここまで進み続けてきていた。もちろん立ち寄れそうな場所はいくつかあったが、身分を隠す方が手間だと考えたからだ。

 どれほど急いでいたとしても、王命というのはより早く国中に広まっていた。

 混沌と殺戮と化した銀の聖女を捕えよ。

 そんなものが広がってしまった今、下手に立ち寄る方が危険が高いと判断した。運の良いことに、静は今まで誰とも信徒達とは出会っていない。だから顔は割れてはいないが、この国においては目立つ顔立ちだ。くわえて病弱だいう話も広がっている。これは病ではないが、まさしくその状態。勘の鋭い者であれば、気が付いてしまいかねなかった。

 狼も連れているが、あれはとても利巧だ。吠えもせず、静かに外に人の気配があれば身を隠す。おかげで途中で商団だと思い、近づいてきた騎士や冒険者には一切気づかれることなくやり過ごせた。

 こうして人目を避けながら移動をしていれば、必ず出会うのが森の獣や魔物だ。

 そのはずだった。


「この辺りは魔物も多いってのになぁ」


 馬に餌をやっているヴィートがふっと呟いた声が聞こえた。

 ルイスはそのあたりは知らないが、ヴィートがそう呟くくらいには危険な場所にいる、らしいが全く実感を持てないのは、ヘクターとジェイクがいるからだった。

 ノーマンとフィル曰く。ヘクターの勘があれば、だいたいは魔物の集団には出会わない。出会ったとしても弱い奴、または食える奴でしかない。またジェイクがいると、森の獣がやってこない。ただジェイクが狩りをしようとするとたいがい逃げられることの方が多いから向かない。

 ルイスは思う。

 何故こいつらは、今まで供物というものに甘んじて生きてきたのか、と。もっと使い方という言い方はおかしいが、絶対に扱い方を間違えていた。とくにジェイクに至っては、ルイスが今まで出会ってきた中で一番の強者だ。おそらくは漆黒の隊長、アルベルトよりも強いとルイスは何度か手合わせをしたからこそ確信している。

 それにヘクターのあの恐るべき勘は全く持って意味が分からない。何かしらの加護なりを受けていたとしてもおかしくはないと断言できるほどだが、一切この右目は反応しないので本当に素なのは分かったが、どうしたって頭は理解しようとしなかった。

 フィルとノーマンもまた、二人に引けを取らないほどの実力を持っている。もちろん比べるのは良い事ではないが、変装を得意とするフィルに、幅広く対応できるノーマン。この四人がいたおかげで、安全にここまでこれたのは言うまでもない。

 絶対に伝えるつもりはないが。

 それはともかくもルイスは今、目の前にいるこいつをどうしようかと思案することに忙しかった。


「退け」


 ルイスの一言に、目の前にいる狼は小さく唸り声をあげた。鋭い牙を剥いて。


「ほらぁ、だから飯食ったばっかりだから無理だって言っただろ?」

「口元が汚れておりますから。ね?」


 狼の後ろではノーマンとリーリアが二人そろって宥め、その後ろではヴィートが笑いに堪え、ジェイクとフィルが粛々と食事の準備をしている。ヘクターはいつもの通り狩りだ。夕暮れも過ぎ、森の中は暗闇に満ちているが、ヘクターには関係なかった。

 そしてこの狼は一足先にさっさと自分で食料を調達して食べてきたらしく、口元はしっかりと血に濡れており、特有の匂いを発していた。

 というのに、この狼はあろうことかそのまま静にじゃれつこうとしているのだ。全くもって許しがたい。しかもこれが毎回あるのだから、ルイスにとってはたまったものではない。

 何事も慣れるものではあるが、こればかりは慣れないし、絶対に許してはいけない行為だ。利巧な狼のくせに、何故かこれは一切覚えようとしない。せめてその口元の汚れを拭い取ってからではければ話にすらならない。

 ルイスの腕の中にいる静は、穏やかに眠っている。起きていたとしても、この現状は分からないままだろう。理不尽な苛立ちを静に抱きそうになる。何故、このお方はこんなにも狼に好かれているのか、と。

 まだ雌狼だから良いが、これが雄狼だったらルイスは容赦なく手が出た。間違いなく。あくまで教育的指導が目的ではあるが。ただ、馬車につないでやろうかという所までは考えたので、雌雄の違いについてはそう変わらないのかもしれない。

 ルイスの思考を察したのが、狼が一度より強く唸り声をあげた後、大人しく甘えるようにリーリアに鼻先を向けた。


「……ルイスさぁ」

「なんだ」

「いろいろと隠せてないんだって」


 そんなものは知らない。

 顔をそむけたルイスに、ノーマンは大きく息をついた。


「静様が知ったらどう言うんだか」

「何も言わないだろ。たぶん」

「クソガキくらいは言うんじゃない?」

「チッ」


 隠すことなく舌打ちを零したルイスに、ノーマンは満足したのか不愉快にも鼻で笑い、さっさと準備に戻って行った。

 とくにノーマンだが、近頃はルイスに対し、容赦なくあれやこれと言うようになった。ある程度、気心を許すようになったのだと思えば良いことなのは確かだ。しかし、大概がルイスを苛立させるような言動が多い。しかもクソガキとよく口にするようになった。今のあれこれが片付いた暁にはきっちりお礼は返そうとルイスは心に決めていた。

 ふと、森から僅かな音と共に大きくな黒い影が出てきたのに気づいた。


「なぁ、ルイス!」


 森から急に出てきたその紹介は、ヘクターだった。手には何もなく、狩りがうまくいかなかったのかと思ったが、少し慌ててている様子から魔物の群れが近くにいたのかと、ルイスが顔をしかめる。ヘクターは来た方向を指さして言った。


「あっちからやっべぇのが来る!」


 意味が分からなかった。

 が、ジェイクとフィルは正しく理解したようで、すぐに立ち上がったかと思うと急いで火を消しさった。周囲は一気に暗闇に満ちる中、突然のことに驚きを隠せないヴィートが声をあげた。


「おいおい! どうしたんだよ!」

「敵だ!」


 ジェイクが答え、暗闇の中迷わずにルイスの近くへと駆け寄った。


「な、ルイス。ちょいと暴れに行っても良いよな?」

「オレもオレも!」

「ノーマンは留守番よろしく!」

「皆ずるくない?!」


 今にも駆け出しそうなジェイクに、大きく手を挙げるヘクター。すかさずにフィルは全てをノーマンに押し付け、押しつけられたノーマンは不満の声を上げた。

 何故だろう。こんな時だと言うのに、肩の力が抜けてしまうような空気が漂うし、何よりも犬の姿が浮かんでしまうのは。

 ルイスは一つ息を吐い出した。


「さっさと片付けてこい」

「よっしゃ。あ、リーリアは静様と馬車の中にいろよ」


 飼い主よろしく許可を出せば、三人はより深い暗闇の中へと姿を消した。

 ルイスはこの暗闇の中、動けずにいるリーリアの傍らにしゃがみ声をかける。


「リーリア殿。こちらに」

「は、はい」


 リーリアはすぐに頷き、ネーヴェが眠る籠を抱え立ち上がった。狼は邪魔にならないように、しかしリーリアの側に寄り添う。としてリーリアの肩にいた白い蝶がぽう、っと淡い青白い光をまとった。


「まぁ、眷属様。ありがとうございます」


 僅かな光でも命取りになるが、こんな状況に慣れていないリーリアにとって見れば僅かな光は何よりも安心につながるとルイスは理解した。

 ジェイク達が向かった方向からは見えないようにと光の影になるような立ち位置に移動し、リーリアを幌馬車へと誘導する。リーリアには決して動かぬように。そして静をその傍らに寝かせて、ルイスは幌馬車を出る。

 と、未だに外にいたヴィートが神妙な顔をして口を開いた。


「なぁ、ルイス。あっちからすげぇ音が聞こえてるんだけどさ」


 森の奥から、何やら耳障りな獣に近いような声の他、何かがなぎ倒される音がよく聞こえた。


「父上。早く馬車の中に」

「はいはいっと」


 ルイスは答えずに、ヴィートを幌馬車の中へ入るように急かした。ヴィートは肩をすくめ、軽い身のこなしでようやく中へと乗り込んだのを見届け、小さく舌打ちをこぼした。


「あいつら、遊んでいるんじゃないだろうな」

「ちょっと遊んでるかも」


 残されたノーマンは軽くその場に跳ね、顔をしかめた。


「あいつら何人か取りこぼしてるじゃん」

「暴れたかったんじゃなかったのか」

「それはそうなんだけど、さっ!」


 話しながら、ノーマンは身を翻す。そのまま背後から伸びてきた腕を小脇に抱え、耳障りな折れる音と痛み痛みに喘ぐ声があたりに響いた。


「とりあえず、これ縛っとく?」

「やっておく。さっさと行け」

「やった!」


 無邪気に喜びを見せるノーマンは、瞬時に凶悪な笑みを浮かべ右手にナイフを構え、そのまま暗闇に乗じて襲いかかる敵に向かっていった。

 口早にノーマンが何かの詠唱する。ナイフを持っていない左手の中が僅かに揺らぎ、そしてそのまま敵の顔を掴む。

 途端、響き渡る敵の絶叫。

 大神殿に侵入してきた賊に対しても同じ事をしていたと、こんな状況下だというのにルイスは手早く敵を糸で縛り上げながら思い出し、後方に向かって強く地面を蹴った。


「ノーマン。こっちに漏れてるぞ」

「けど、それぐらいなら対応出来るでしょ」


 先程ルイスが立っていた場所には、消えかけている鈍く光る魔術の小さな剣。別にこれ自体は悪くはないが、使うとなると遅いし、そもそも光を放っている時点で暗闇での戦闘には一切向いていない。ということは、そこまで慣れていない相手か。それとも甘く見ているだけなのか。

 僅かな草木の擦れと共に、ルイスよりも僅かに大柄な影がまっすぐに飛び出してきた。

 ルイスは二度、袖の内に隠していた小さなナイフを影に向かって投げる。当然それらは弾かれるが想定通り。ナイフを弾いた大ぶりのナイフを掲げ、影はルイスに迫る。どうせ毒の類を塗っているだろうと冷静に分析しながら、敵のナイフが届く直前にルイスは上へと高く跳躍した。

 空を切った敵はルイスを追いかけようと身を屈め、しかし、その場で動きを止めた。


「動くな」


 ルイスは軽い身のこなしで影の背後に着地する。と、影は背後を取られたことに焦りを覚えたのか身をひねろうとし、片腕がぷつり、と落ちた。


「……だから動くなと言ったのに」


 折角、親切心で言ったのに無駄になってしまった。ルイスは小さく息をつきながら、纏わせている糸を締め上げた。

 溢れ出る鮮血にかからないように、なんとも騒がしい声を背に受けながらルイスは数歩足を進める。そして一歩、さらに足を進め、ルイスはその場で素早く身をかがめながら横から迫る敵の足元を払い、体勢が崩れたところに片腕を失った敵を糸を用いて投げつける。

 馬のいななきが響き渡る。そちらへと見れば、幌馬車に仕込んでいた結界の魔具が無事に発動したらしく、それに驚いた馬が上体を起こしていた。

 敵は馬鹿か何かだろう。金のある商人ならば、結界用魔具の一つや二つ、装備しているものだというのに。


「弱いな」


 実力は大したことがないように感じた。連携も何も無いところを見るに、おそらくただの寄せ集めの集団だ。

 ルイスがゆっくりと数人相手をしている隙に、ノーマンが軽く片手で数える以上の敵を地面へと転がしていた。生死は置いておく。

 これらが片付いたら即座に場所を移動する必要が出てきてしまった。もうあたりはすっかり宵闇に中。ヴィートが言う通り、魔物が多数いるという森の中で無作為に動くのは危険でしかないが、ヘクターがいれば切り抜けられるだろう。

 一人ずつ、丁寧にルイスは敵を糸で縛り直し、一先ずは追ってこないようにと足の骨でも折るか関節を外そうと思った矢先だった。

 ずん、と大地が揺れた。


「え、何?!」


 ノーマンが最後の一人を地面に叩きつけながら、声を上げた。叩きつけられた敵は丁寧に顔面に足を踏まれ、そのまま動かなくなった。

 今度、静には同じようにやってもらえば手の怪我をしなくてすむのでは、と思ったがワンピースを着用されているから余計に駄目なことに気づき、即座に自分で却下した。後、おそらく、変なのが湧いてきそうだとなんとなく察した。


「やべぇやべえ!」

「おいヘクター! あんなのがいるのになんで分かんねぇんだよ!」

「知るかよ! ってか、フィルのせいだろうが!」

「うっせぇな!」


 森の奥にいたはずのヘクターとフィルが二人揃って大声を上げながら勢いよく戻ってきた。


「何がどうしたのさ! っていうかジェイクは?!」

「なんかすっげぇ強そうな奴が一人だけいたから、ジェイクが持ってった! ってそうじゃなくって!」


 この寄せ集めのリーダーだろうか。きっとジェイクは嬉々として相手をしているに違いない。ルイスは思考が逸れそうになりつつも、ヘクターの報告を聞こうと思った矢先、地面から伝わる振動と共に、木々が連続してなぎ倒される音に、誰もが口を閉ざした。

 完全に人ではない何かが近づいてきていた。ルイスは今のところ出会ったことはないが、アイヴィが偶然にも相対したことがあると聞いたことがあった。

 それは基本的にはとても温厚な魔物である。近くを通っても、基本的には地中にいるか、擬態しているかのどちらか。大きさはその年数や場所により異なり、偶然出会った魔物はまだ若く、腰ぐらいの大きさだったらしい。とは言え、魔物であることには変わらない。

 縄張りに入るだけならまだしも、一度荒らしてしまえば、それは起き上がり、大地を隆起させて襲いかかってくる、と。

 一段と大地が大きく揺れ、目の前の木々が全てなぎ倒される。

 この暗闇の中でも、それは十二分に分かるほどの巨体だった。

 森の木々よりも大きな身の丈。小さな頭に対して、太い手足。動くたびに泥が落ち、足元の大地は踏みしめられたことにより、大きく沈んでいた。


「……ゴーレムか」


 巨体なゴーレムが一体。ルイス達を見下ろしていた。

 フィルか、ヘクターかが縄張りに入ってしまったのだろう。この場にいる敵は全て対応済みだから、周囲を警戒する必要は最小限で良い。むしろ巻き込まれる可能性はあるが、都合が良いので放置だ。

 ゴーレムが大地を揺らし、一歩進む。

 一体のみ。であるが、状況は悪い。そもそもとしてルイスは隠密を得意としているが、とくに力技が必要な戦闘は不得手だった。

 とは言え魔術によってはやりようがあるし、ジェイクがいれば戦闘はこちらが有利となるだろう。しかし今はジェイクはおらず、背後には二台の幌馬車。うち一台には静達がいる。

 ここで戦闘になれば確実に巻き込むのは想像に容易い。最悪、静達が乗っている幌馬車だけでもこの場から避難させれば良い。

 大地が揺れ続ける。

 ルイスは近くにいるノーマンに指示を飛ばし、かけた。

 右目の奥がチリリと痛むと同時、巨体なゴーレムの中央に見慣れた光の揺らぎを見た。瞬間、ルイスはゴーレムの頭上より高く飛び、手を振りかぶるジェイクに声を張り上げた。


「止めろ、ジェイク! 眷属だ!」

「はあ?!」


 ルイスの声に反応したジェイクは、振りかぶった手を慌てて反らそうと身体を捻り、体勢を大きく崩したまま地面に落ちた。


「いっ……! おい、ルイス! もっと早く言えよ!」

「今気づいたんだ!」

「遅えよ! よく見ろよ!」


 全く持ってその通り過ぎて、ルイスは反射的に出てきそうになった言葉を飲み込んだ。が、隠せない苛立ちをそのままにルイスはジェイクを黙って睨みつけた。

 もちろんルイスのそれに気づいているジェイクは、はん、と鼻で笑い飛ばした。

 ルイスとジェイクがそんな無言のやり取りをしている間に、ゴーレムはと言えばぴたり、と足を止めて下をじっと見降ろしていた。そして大きな手で一度、小さな頭をさすり、身体を僅かに傾けた。


「なぁなぁ、ルイス。こいつ、なんか困ってね?」


 ヘクターに声をかけられ、ようやくルイスはジェイクからゴーレムへと視線をあげた。

 ゴーレムはルイスが視線を向けたことに気付いたようで手を下ろし、ゆっくりとした動きで来た道を戻り始めた。

 ルイスはその一連の動きを見て、目元を抑えた。


「え、ルイス。何あれ」

「……着いてこい、ということだろう。おそらく」


 その為に、呼びに来たとでもいうのか。それとも本当に偶然、フィルとヘクターが縄張りに入ってしまったから起きた出来事なのか。

 もはや考えることすら面倒になったルイスは、幌から顔をのぞかせるヴィートに振り返り、ついて行くことを告げた。

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