表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
86/108

05 世界は毒に満ちている

 早朝。ずいぶんとよく休めたらしいジェイク達を見たルイスは、やはり起こさなくて良かったと胸のうちにあった罪悪感を即座に消し去った。ただ、己がされたら苛立ちを覚えるが、そんなことは決して起きないからと思考は止めた。


「は? 静様が目覚めた?」

「ああ、すぐにまた眠られてしまったがな」


 ジェイク達に伝えれば予想通り、目を丸くし、そしてルイスの腕の中で抱えられたまま眠っている静を囲って凝視した。今は眠っているから良いだろうが、目覚めているときにこのようなことをされたら、静はどんな反応をするのだろうかとふと疑問に抱いた。

 通常時において、異性に触れることが出来ない静だ。ジェイク達相手であれば多少気を許しているだろうが、こうも囲われてしまえば怯えてしまわれる可能性があることも考えられた。が、どしてか、静はおそらく少しばかり驚くだろうが、黙って状況を受け入れそうだとも予想出来てしまった。


「……顔色は確かに良くなってるな……」

「眷属様すげぇ……」

「こ、こういう時って祈ってもいいもんなのか? あれ、けどどこに向けてやれば……」

「もう全部に祈っときなよ」


 ジェイクが静の顔色を見て安堵し、フィルは眷属の力に圧倒され、ヘクターは慌てて祈りを捧げようとし、ノーマンは呆れて息をつく。

 四者四様。それだけならまだしも、彼ら四人はぴったりと体をくっつけているのだ。静の様子を確認したい為なのだろうが、呆れるほどに距離が近すぎるし、囲っているといってもちゃんと適切な距離を取ろうと努力しているのが伺える。

 ルイスは何故か、彼ら四人に対して犬か何かのようだと、失礼ながらも想像してしまっていた。いや、ヘクターはほぼそれに近い可能性はあるが。

 視界の端ではリーリアが微笑ましそうに笑みを浮かべて、籠を抱えていた。籠の縁には白い蝶が大人しく止まっている。さらに馬の側にいるヴィートは腕を組み、同じように微笑みを浮かべていた。

 その視線の先は目の前にいる四人に向けられている、と思われるのだが、何故かルイスは妙な居心地の悪さを感じてしまった。


「なんだ、お前。また来たのか」


 ふと、見送りの為に後ろにいた墓守が誰かに声をかけたのが耳に届いた。

 彼ら四人がそろって顔を向ける様を目撃しつつ、ルイスもまた墓守へと振り返り見れば、あの黒銀の若い狼が軽快な足取りで歩み寄って来たところだった。

 墓守の口ぶりから、この辺りを住処にしていることが分かるが、ずいぶんと懐いている様子で墓守に頭をこすりつけていた。墓守の肩に乗っていた眷属の鳥は慌てて飛び立ち、近くの木の枝へと止まった。


「……そちらの狼をご存じなのですか?」

「ああ、はい。時折何をするわけでもなく、こうしてやってくるのですよ。群れからはぐれたのかは知りませんがね」


 墓守は乱雑に狼の頭を撫でる。狼はぶるりと頭を一度振るった後、今度はルイスへと歩み寄ると利巧に目の前で座る。そして見上げて、きゅう、と鼻を鳴らした。甘えるように。

 ルイスは一連の狼の行動を黙って眺めていれば、狼は前触れもなく前足を大きく持ち上げた。ルイスは即座に背中を向け、狼から静を遠ざける。背中に強い衝撃と共に、不服共とれる唸り声が耳に届き、ルイスの二の腕に噛みついてきた。


「……まさか」


 ルイスはどうしても外れて欲しい予想が浮かんでしまった。

 噛みつかれた腕は痛みはあれど、それは若干なもの。完全に手加減のそれである。そして器用に鼻をきゅうきゅうと鳴らし、何とか静へと顔を近づけようとしているのだ。


「なんだ? 静様と一緒にいたいのか?」

「あ、こいつ雌だ」

「まだでっかくなりそうだな」

「どうするのさ、ルイス。この様子じゃ、絶対について来ようとするよ」


 目の前にいるジェイク達は突然の狼の行動に呆気に取られて、ルイスが噛みつかれたことに慌てた様子を見せたがそれは本当に一瞬のことだった。

 狼の行動を十分に理解したらしいジェイクは、今まさにルイスが辿り着いてしまった想像を言葉にする。フィルなんて余裕そうに雌雄を判別し、ヘクターは足の大きさを見て冷静に分析をしている。ヘクターのくせに。そしてノーマンは、ルイスが考えたくもなかった現実を容赦なく叩きつけた。

 ルイスはノーマンには答えずに、リーリアとヴィートへ視線を向けた。

 リーリアは困ったような表情を浮かべ、そしてヴィートはわざとらしく肩をすくませた。


「俺は構わねぇぜ?」

「わ、私もです」


 ヴィートの言葉に、リーリアが慌てて同意を示す。誰一人として否定をする者はいない。墓守に至っては頭を抱えているが、止めておけという否定の言葉は出さなかった。


「……分かった。だからまずは離れてくれ。静様が怪我をなさるだろ」


 利巧な黒銀の雌狼はルイスの言葉を正しく理解し、ようやくルイスから離れた。

 が、すぐにルイスの足元にまとわりつき、ずっと静を側を離れようとしなかったのはまた別の話である。



 ルイス達が幌馬車に乗り、最後はジェイクが乗れば出発という時。ジェイクは墓守と言葉を交わしていた。

 何を話しているのかは分からない。一応は読唇術を習得しているルイスだが、それを読もうとは思っていない。知る必要なんてないものだからだ。

 話し終えたのだろう、ジェイクがようやく幌馬車に乗り込んだ。見上げて見れば、妙にジェイクは満足げな顔をしていた。

 幌馬車が大きく揺れ、動き出す。

 後続の幌馬車にいるヘクターが、また来るからな、と墓守へ言葉を向けたのが聞こえた。おそらく、次からはもう迷わずにここへ辿り着けるだろう。

 ルイスは何故か、そう確信した。


「なぁ、ルイス」

「なんだ」


 目の前に腰を落ち着けたジェイクが声をかけてきた。


「その隣のさ」

「無視してくれ」


 そしてルイスは今、ひどく頭を悩ませていた。

 ルイスは静に馬車の振動が伝わらないように、足にのせ、抱きかかえるように支えていた。それがどうも気に入らないと言わんばかりの黒銀の狼は、じっとルイスの顔をすぐ横から睨みつけているのだ。

 リーリアは困りましたね、と籠の中にいるネーヴェと、おそらくは白い蝶へ声を向けているし、ジェイクが顔を引きつらせている。ルイスはもう何もかもが面倒になって、目を閉じることにした。

 起きろ、と言わんばかりに、肩に衝撃が入るがこれも無視だ。

 これはそう、訓練の一つ。そう思い込んだルイスは、腕の中から伝わる確かな温もりを感じながら、とにかくも横からの妨害を無視し続けた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 まだ追手の姿はない。王都に残っているジェラルドのおかげかは分からないが、落ち着いて過ごせるのはとても助かっていた。

 今、ルイス達は道中に見つけた小川の傍らで身を休ませていた。

 あれからまた一日が過ぎたが、静が目覚める様子はない。またユフィアータの眷属の姿も見えない。実を言えば、何度か眷属らしい姿をルイスは目にしていた。だが、そのどれもがおそらくは他愛娘の眷属であるとすぐに理解出来てしまった。

 彼らはこちらを興味深そうに見る。しかしリーリアが持つ籠を見て、ふい、とすぐに姿を消してしまうのだ。一見薄情にもとれる反応だが、何もできないと分かっているからこそなのだろうと、ルイスはそうとらえることにしていた。

 今、静はリーリアの膝を枕にしながら眠っていた。そしてリーリアはその静の髪を櫛で梳いて整える。その横では件の黒銀の狼が静の腹に頭を載せて、尾をゆるく左右に揺らしていた。

 リーリアはそんな狼の姿に微笑みを向け、静の髪を整え終えると続いてネーヴェの体を丁寧に持ち上げて、別の櫛を手に持ち、ゆっくりと整え始める。それに気付いた狼は鼻先をネーヴェに向け、小さく鼻を鳴らした。リーリアの肩にいた白い蝶はそんな狼の鼻先へと移り、慰めるかのように羽を揺らした。

 なんて、穏やかな光景だろうか。

 しかしルイスは日に日に焦りをつのらせていた。

 静は眠っている。だから、何も食事も、水すらもとっていない。濡らした布をしぼり、僅かな水を口の中に落とすことはしているが確実にそれだけでは足りない。衣服で隠れているが、袖から見える腕は骨の形が薄らを見え始めた。

 それでも眠っている静の体調が悪化しないのは、ついてきてくださった眷属の白い蝶のおかげなのだろうと、ルイスは理解している。

 時折、白い蝶は眠る静へ向けて、鱗粉のような青い光を渡してくれている。ほんの一瞬で、しかもこの右目からでしか見えないものだった。だからリーリア達は知ることはない。とは言え、白い蝶のおかげで静が生きられているとなんとなく察しているようではあった。

 だが、見えてしまっているルイスだからこそ、明確な焦りを抱いていた。

 日に日に、回数を重ねるごとに、その光の量が少なくなっていた。このまま続けていれば、白い蝶は自らの御身を犠牲にしかねない。

 早く、他の眷属を見つけなければならない。もしくは、静が目覚めさえしてくれれば。もしかしたら。

 ルイスは重苦しい息を吐き出した。

 我らが神よ。愛娘達よ。どうか……、どうか。

 無意識に胸の内で祈りの言葉を紡ぎ、うつむきかけた顔を無理やりに天へと向けた。

 目の奥が痛むほど、空は晴れ渡っていた。


「し、静様!」


 リーリアの声が響いた。まさかまた、とルイスは体の芯が冷える感覚を襲われながらも振り返り見て、目を見開いた。


「お、おい! 静様が起きたぞ!」


 近くにいたジェイクが、馬の世話をしていたヴィートと、他三人へ知らせる。それを聞いたヘクターは我先にと駆け寄り、遅れて二人も急いで駆け、最後にヴィートは肩を竦めながら歩いて集まって来た。静の腹を枕にしていた狼は起き上がり、大きく尾を揺らし始めた。

 一気に集まった周囲に、静はどうやら気づいていないようで眠たそうに何度か瞬きを繰り返していた。またすぐに眠られてしまうのかもしれないが、その前にとリーリアは周囲を見渡した。


「な、何か……あ、お水を」

「ほらよ」

「あ、ありがとうございます」


 リーリアがジェイクから携帯用の水袋を受け取り、そのまま飲み口を静の口元に当て傾け、水を少しずつ注ぐように飲ませる。

 しかし静はわずかに水を口に含んだ瞬間、大きく顔を背け、吐き出した。


「静様?!」


 慌てるリーリアをよそに、ルイスは素早く静の身体を横へと向けた。水を誤って気管に入ってしまったのだろうか。

 しかし、静の様子はどうも異なった。背中を丸め、咳き込みながら両目から大粒の涙が流れ始めたのだ。


 ひぐっ……、ねーゔぇ……。


 まるで幼子のように静は泣きながら、あどけない口調でネーヴェの名前を呼んだ。

 何故、とルイスは不遜な不満を抱きかけ、強く拳を握りしめた。


「リーリア殿、ネーヴェ様を」

「あ、は、はいっ」


 リーリアはルイスに言われ、すぐに籠の中で丸くなり眠っているネーヴェを両手で抱え上げ、静の顔の目の前へと寄せる。


「静様、ネーヴェ様はこちらにおりますよ」

 ……ねーゔぇ?

「はい、ネーヴェ様ですよ」


 静は弱弱しい両手をようやっと動かし、目の前にいるネーヴェへと手を伸ばす。その手は容赦なく、リーリアが先程まで整えていた白銀の毛が一気に乱した。

 以前のような優しい手つきではなかった。本当にそこにいるのがネーヴェなのかと、疑っているかのような粗暴なものだった。

 顔の横にいるというのに、静は分かっていないのだと誰もが驚愕し、言葉を無くす。その間に、静はようやくネーヴェであると認識出来たらしく、あれほど溢れた涙は止まり、ゆるりとまた眠たげに目を細めた。


「静様、お水を少しだけでもお飲みしましょうね」


 落ち着いた静の様子を見て、もう一度リーリアが静に水を飲ませようと試みる。も、静は口元に飲み口を当てられた瞬間に、大きくまた顔を背けられた。


「静様、ただの水です。静様」


 聞こえているのか、それとも聞こえていないのか。ただの水だと言うのに、静はそれを大きく拒絶した。

 何故、という疑問がルイスの頭の中で膨らむ。これはただの水。そして静は飲まず食わずの状態。だから最低でもまずは水だけでもとってもわなければならない。だが水を好まれない。

 何故。どうして。

 ふと、ルイスは恐ろしい仮説に唐突にたどり着いた。いや、これは、しかし、おそらく、正しい。事実であってほしくない、間違えてほしい。だが、ああ。

 もうすでに、選択肢なんて残されていなかった。

 ルイスはリーリアに手を伸ばした。


「貸してくれ」

「は、はい」


 リーリアは慌てて水袋を渡してくれた。その後、ルイスは静を抱き起こす。突然のことに静はまた涙と共に小さな悲鳴をあげた。力ない手はネーヴェ抱えきれずに落としかけ、リーリアが受け止めた。

 やはり、何も見えていない。だから、この手がルイスのものであるのかも分かっていない。

 震える小さな肩に、ルイスは強く歯を食いしばる。

 このお方を生かさなくてはならない。だから迷っている暇なんで無いのだ。

 ルイスは、受け取った水袋を自身の口につける。一口分の水を口に含み、怯える静にそのまま唇を合わせた。

 周囲のことなんてもう気にしていられなかった。

 ルイスは静の身体を無理やりに固定させる。静はそれでも拒もうと顔を動かそうとするが、あまりに力は弱弱しいものだった。無理やりに口を開かせ、水を流し込む。その時、口内から突如感じた激痛に、ルイスは反射で唇を話しかけそうになり、むしろ手に力をより一層込めた。

 時間をかけ、静が全てを嚥下したの確認してからルイスはようやく口を離す。ルイスは袖で自身の口元を急ぎ拭った後、柔らかな布地のハンカチで静の口元を綺麗に拭った。


 ひぐっ、ひぐっ……。

「ル、ルイス様……。その……」

「噛んできた。力いっぱいに」


 あまりにも嫌すぎるのかは分からない。だが、しっかりと噛みつく元気はあったらしい。

 その一言に、周囲は何とも言えぬ目を静に向けていた。が、静はそんな視線なんて一切気づかずに涙を流し続ける。


 ひぐっ……けふっ、うぅ……。


 苦しげに咳をこぼし、体を小さく丸めようとする。ルイスはそんな静の顔を少しだけ上げさせる。

 首元の魔具が淡く光に帯びているの見て、正しく作動していることを確認し、そこでようやくルイスは大きく息を吐き出した。

 落ち着かない様子の狼がぐるぐると後ろで動き回っていたのにルイスはようやく気づき、静を見せる。と、狼はぴたりと動きを止め、恐る恐る静の顔に鼻先を向けた。そして、控えめに頭を静の顔に寄せる。静はさらに大きく体を震わせたが、人間ではないと理解したからか、すぐに震えは収まり、されるがままに受け入れていた。

 ルイスはようやく、この狼を連れてきてよかったと心から思えた。だが同時になんとも言えぬ不愉快さが湧き上がり、すぐに意識を周囲に向けた。


「言っただろう。静様にとって、魔力は毒だと。そして、この世界において魔力が含まれていないものはない。空気にも、水にも」


 ルイスが何を言いたいのか、リーリアはもちろん、ジェイク達も理解したらしい。ヴィートも絶句したようで片手で口を覆っている。ルイスはその反応を目にしつつ続ける。


「たかが水さえも、今の静様にとっては毒だ。だが飲ませないわけにもいかない。このお方を生かす為にも」


 たかが水。静にしたら毒の水。それを摂取した途端、顔色は青さを増していた。

 本当に、この世の全てがこのお方にとっては毒なのだと、ルイスは今になってようやく認識した。けれども、この毒を与えない方法というのは存在しない。むしろ与えなければそれこそ、命を落としかねない。

 飢餓による死か。それとも毒による死か。


 ……るいす?


 静が突然、あどけない発音でルイスの名前を呼んだ。

 視線を向ければ、黒い瞳はまっすぐにルイスに向けていた。力の入らないはずの手が、ルイスの服を握ろうとしているのか、少しだけ折り曲げられる。


「はい、静様」


 ルイスは答える。手を握るべきかと一瞬思案し、驚かせてしまうと思い、ルイスは止めた。

 静はそんなルイスの思考なんてもちろん分かるはずがない。ただ、ルイスの返答に対し、目を眩しそうに細め、木洩れ日のような微笑みを浮かべた。

 また、瞼は何度か瞬きを繰り返し始める。眠りたくはないのか、顔をしかめる。本当に子供のそれのように見え、ルイスは仕方が無しに静の目元を片手で覆った。


「寝てください。静様」


 そういえばあの時、大神殿から脱する直前、静が強情にも眠らないから無理やりこうして寝かせたな、とルイスは思い出した。あの時は、まさかこれだけで本当に寝てしまったことに、実を言えば内心唖然としていた。さらに言えば、今もこれだけですぐに眠るので、次もまたこれで寝かしつけようと決めた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 この日を境に、静は時折目覚めるようになった。ただ、それはいつも突然で、幌馬車に揺られている時や、休憩の為に外で休んでいる時。食事の最中等々。

 目覚めた時の静はぼんやりと虚空をひたすらに見つめていた。ただ周囲からの声には反応をしてくれるし、ネーヴェに触れさせてやれば嬉しそうに小さく微笑んだ。さらに、あの狼がじゃれ始めると、静は顔を少しばかりしかめながらも、その手は確かに狼の毛を僅かに撫でていた。

 膝を枕に静を寝かせているリーリアは、静と狼を見て微笑ましそうに眺めている。その様子を横目に、ルイスは黙って水袋と、携帯食料を取り出した。

 ルイスが取り出した携帯食料は、非常に栄養価が高い。一つで一食分の栄養素が詰められている。が、その分かなり味は悪い。加えて見た目なんか、ただの手のひらサイズのブロックだ。硬く焼いたパンのような、ビスケットに近い。

 こんなものを何故用意しているのかと言えば、静がいつ起きるか分からない故にあった。

 ちょうど食事時であれば、温かなスープを用意できるが今は走っている幌馬車の中だ。食事なんてとてもじゃないが用意はできないのが現状だった。


「静様、食事ですよ」


 伝わっているのか分からない。だが念のため、抱き上げる前に声をかければぴたり、と手は止まり、ふいと顔を背けられた。

 ルイスは問答無用で静を抱え上げる。リーリアは何かを言いかけ、しかし口を閉じて視線をそらした。

 湧き上がる罪悪感に、ルイスは顔を僅かにしかめながら、なるべく荷物の影になる場所へと静を連れて腰を下ろした。


 ……るいす。


 あどけない声で、静がルイスを呼ぶ。すごく嫌だ、と言わんばかりだが、ルイスは無視した。

 静が食事をとった後、いつも苦し気な声を漏らし、泣き、顔色も殊更に悪くなる。だから拒む反応をするのは当然のことだった。だがもう、ルイスはそれについては構うことを止めた。

 とにかく生かすこと。それだけを優先にしたのだ。例え後から、どれほど嫌われ、拒絶されようとも静を生かすことを決めた以上、覆すつもりはない。それに、やはりこの方は自分に甘いとルイスは改めて思う。

 無理やりに毒を摂取させていると言うのに、こうしてルイスに対して無防備に身体を預けているのだから。



 水、一口だけなら自力でも飲み込むようになった。しかし、どうしても二口目以降は決して口を開こうとはしなかった。

 ルイスは携帯食料を力を込めて割り、一口より小さめの欠片を口に含み、続いて水を含む。変に味を良くしようとした結果、複雑すぎて雑味ばかりの不味いとしか言い表しようがない味にこらえながら、ルイスは無理やり静の顔をあげさせ、唇を合わせる。

 もがく静を押さえつける。嚥下したことを細い首に触れていた指先から伝わり、ルイスはようやく口を離し、口元を拭った。


「……一々、噛まないでくれませんか。静様」


 静は何度も咳き込み、泣き、身体を丸める。

 正直、仕方がないことだと思う。けども、それにしたって毎回これを行っているのがルイスだと分かっていながらも、容赦なく噛んでくる静に対して、少しばかり文句を言いたくなった。

 けど胸の内で文句を連ねるだけで、口には決して出すつもりはない。そもそもとして侍従の分際でこんなことをしているなんて、極刑ものだとルイスは理解しているからだ。そこに加えて、ルイスはどうしようもなく優越感に浸っていることを自覚していた。

 結果的に、ルイスは静の食事の世話を一人で行うことになった。無論、最初こそリーリアも手伝おうとしたが、毎回吐き出し、泣いてしまう静にはこれ以外の手が残されていなかった。

 それが、どうしようもなくルイスにとって幸運以外の何ものではなかった。

 己の命を捧げると決めたお方。唯一、異性の中でルイスしか触れられないお方。己がいなければ、一人で部屋すら出られないお方。

 なんて、いじらしく、かわいらしいお方だろうか。


「眠いのですか?」


 ルイスの胸に力なく寄りかかる静は、重たい瞬きをし始める。ルイスは静の背中を軽く叩く。そしてもう一方の手で静の目を覆う。掌から、静が何度か瞬きを繰り返す感触が伝わる。が、すぐにそれは無くなり、代わりに深い呼吸音が聞こえてきた。

 ゆっくりと手を離せば、穏やかに眠りについた静の顔が見え、ルイスは小さく息をついた。

 分かっている。理解している。このお方は帰らねばならないお方であることを。

 あの日、静の願いを聞いてしまった日。その時に自覚してしまったこの感情を静に伝えるつもりはない。むしろ伝えてはならないものだと理解している。

 にしても、初めて抱いた感情にしてはあまりにも激しい欲も合わさっているとルイスは他人事のように分析していたが、あの母の息子であるならば仕方がないとすぐに納得した。

 ルイスは静を一度、苦しくないように、けども強く抱きしめた。今だけだ。今だけ、とルイスは強く言い聞かせた。


「……おやすみなさいませ、静様」


 どうか、夢の中だけでも幸せなものであるように。

 ルイスは一人、そう願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ