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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
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02 白き蝶

 ノックなんてしている暇なく、ルイスは邪魔な扉を勢いよく開けた。

 目に入ったのは、口元が赤く濡れて目を固くつぶる静。と、その静を吐血で窒息させないように抱き起こし、必死に静を呼ぶリーリアの姿だった。


「ルイス……! 静様が、急に……!」


 傍らにしゃがみこんでいるフィルが、祈りを必死に捧げるザラの体を支えながらルイスに状況を説明しようとしてくれた。だが、きっと本当に突然すぎたのだろう、もはや説明にすらなっていなかった。


「リーリア殿」

「ルイス様っ……!」


 リーリアがルイスに気づき、状況を説明しようとしてくれた時だった。

 ごぽり、と静の口から目が痛むほどに赤が溢れたのだ。


「ああ……! 静様、嫌です……こんな……!」


 硬く閉ざされた瞼。力なくリーリアにしなだれたまま、静は動かない。

 リーリアの悲痛の声がルイスの胸を貫いた。

 何かしなければ。今すぐに。けども、魔力が毒である静に今の状態のまま魔術なんてものは使えやしない。それならば祈るべきであるか。しかしユフィアータが目覚めなければ意味がない。

 何も。自分はただ見ているだけしか出来ないのか。

 少し遅れて、どうやらヴィート達が駆けつけたらしく背後が一気に騒々しいものになった。


「おい、何してんだ! 急いで治癒を!」

「今の静様に魔術は使えない」

「は? どういう……」


 肩を掴んできたヴィートに振り向くことなく、ルイスは答えながらも何か他の手立てはないかと思考を回し続ける。

 あれも駄目。これも駄目。使える手は、本当に何も無いのか。本当に。

 突然、痛みが引いてきたはずの右目の奥が、ずきりと大きく痛み、反射的にルイスは右目を抑えた。

 まるで愛娘達から叱責を受けているようだった。何をぼうっと立っているのかと。と、そこで、ルイスはようやく思い出した。

 愛娘達はなんと言っていた。この加護の力を。ルイスへ渡した力と、リーリアへ渡した力が何か、と。

 ルイスはヴィートの手を払い、リーリアの傍らに片膝をついて見上げた。視界に入ってきたルイスの姿に気づいたらしいリーリアは薄く涙を浮かべながら、顔を大きく歪めていた。


「リーリア殿、加護は使えますか」


 そんなリーリアの姿に、ルイスもまた顔を歪め、震えそうになる声を必死に耐えながら、ルイスはリーリアに問いかけた。


「か、加護、ですか……?」

「はい。メルヴェアータからいただいた、癒やしのお力を」

「し、しかし、魔力は……!」

「おっしゃられていたでしょう、加護のお力は魔術とは相性が悪いと。だからそれは魔力とは関係のない力の、可能性が……」


 あるだけ。しかし、今こそ使わなければならないとルイスは確信した。

 リーリアはほんの僅かにルイスを見つめ、そして小さく頷いた。

 そしてリーリアは少しだけ迷いを見せながらも静の手を取り、包み込むように両手で握りしめた。その姿はまさに祈りを捧げるように。

 窓が閉め切られているというのに、僅かにリーリアの髪がふわりと揺らめいたかと思うと、小さな光の粒達がその両手から小さく散じた。

 周囲はどよめき、息をのむ。その中で、ルイスはその光景を目に焼き付けた。

 左目から見た景色は、ただ光が散じたようにしか見えなかった。だが、右目は確かに、はっきりと見えたのだ。リーリアの手から溢れた眩しい白い光の帯が静の身体を包み込んでいく光景を。

 目を奪われるほどの光景にしばらくルイスはぼんやりと眺めていたが、すぐにリーリアの様子の変化に気付いた。


「リーリア殿、そこまでです。それ以上は」

「っ……いえっ……」


 光の帯の輝きが増すにつれ、リーリアの表情が険しくなっていった。顔色も先ほどは静の急激な変化により顔を青ざめていたが、今は段々と血色が悪くなってきているほどだ。

 きっと愛娘達からすれば、この力は本当に些細なものなのかもしれない。だが人間からすれば、雫の一滴のようなものでさえ、あまりにも強大な力なものと同時に使いすぎれば危険すぎるものだと、同じく加護をいただいたルイスだからこそ理解出来た。

 そんな危険があることはリーリアも分かっているはずだが、きっと止めはしない。ほんの僅かな時間稼ぎにしかならなくとも、静が生きられるのならばどうなったって構わない。リーリアもきっと、同じように考えているのだ。

 判断を間違えたか。ルイスは他に何か手立てはないかと、思考する。

 右目はまた強く痛む。その場にうずくまってしまいそうなほどになり、ルイスは抗うように立ち上がった。下を向いている暇なんて無かった。

 視界の端で揺らめく光の帯がよく目立つ。その中、別に点滅する青い光が見えた。

 ルイスは無意識に青い光が見えた方向、広がる屋敷の庭園へと目を向けた。

 今夜は新月。より一層深い暗闇に包まれた外にあるのは星の輝きがあるだけ。そう、だから、とても小さく点滅する青い光がよく見えた。


「あ、おい! ルイス!」


 後ろから聞こえたヴィートの声を無視し、ルイスは窓を大きく開けて外へと飛び出した。

 少しだけ着地したときにたたらを踏んだが、きっと慣れない靴のせいだった。ルイスは一瞬だけ足が止まりそうなりながらも強く地面を蹴り、光を目指して庭園を駆けた。

 点滅しているように見えた青い光は薔薇の木々の間をゆらりゆらりと飛んでいるために、姿が見え隠れしているせいだった。

 美しく手入れが行き届いた薔薇が植えられている場所にたどり着き、青い光の正体を見つけたルイスは迷いなく両手を差し出した。

 青い光はようやく来たかと言うように、ルイスの手の中へと納まる。

 それは、手のひらに包み込めるほどの小さな白い蝶だった。


「ユフィアータの、眷属でしょうか」


 蝶は答えるように一度だけ羽ばたいた。それはまるで、早く連れて行け、と言わんばかりに。


「っ……感謝、いたします」


 ルイスは両手で小さな蝶を慎重に包み込み、来た道を急ぎ戻る。

 上に上がる時はさすがに片手は使ったが、蝶は離れないようにしっかりとルイスの手の中に納まっていた。


「おい! ルイス、お前窓からいきなり出ていくんじゃねぇよ!」


 部屋に戻った途端に喚くヴィートを無視し、ルイスは真っ直ぐにリーリアと静の傍らに立った。


「リーリア殿、それ以上はお止めください。眷属をお連れしましたので」

「……え、眷属、ですか?」

「はい」


 意識が少し飛んでしまっていたのかは分からない。だが、すぐにルイスの声に反応しなかったところを見るに、本当にリーリアは限界の間際だったのだとルイスは察した。

 ルイスは両手の中から蝶の姿をした眷属を見せれば、リーリアは少し遅れて力を使うことを止めた。途端、また静の呼吸が乱れ始めようとしていた時、蝶が緩やかに羽を羽ばたかせた。

 小さな蝶は静の髪に停まる。と、そこからまた白い光が静の中へとはいりこむのを今度は左目からも見えた。

 ほんの僅かな光だったが、すぐに大きく状況が変化した。

 静の瞼は、やはり閉じられたままだった。けども呼吸は一気に安定し、また吐血を繰り返すような様子なんて見えず、むしろとても穏やかに眠っているものへと変わったのだ。


「ああ……静様……!」


 状態が安定したことにリーリアは目に小さな涙を浮かべ、笑みを浮かべる。が、すぐに静の衣服へと目を向けて顔を歪めた。


「静様のお召し物が……、着替えを……」


 静はまだ大神殿から出てきた時のままの服装をしていた。静が眠っていたベッドの片隅にはいくつかの服が置かれており、きっと着替えさせようとしていた直前だったのだろうと推察した。

 リーリアが慌てて立ち上がろうとするが、加護の力を使いすぎたせいでわずかに身体が傾き、ベッドに手をついてしまった。


「リーリア殿、ザラにまかせてもよろしいですか」

「……申し訳、ありません。よろしくお願いいたします」


 立ち上がるのも難しいことを理解したリーリアは無理する様子も見せず、ザラへと頼んだ。

 静もこれぐらいに理解が早ければと、つい関係のないことルイスは考えてしまったが仕方がないと思いたい。


「ああ、そうです。ネーヴェ様が……」


 思い出したかのようにリーリアは枕元に置いてあった籠に目を向け、ネーヴェと口にした。まさかと思い、ルイスは籠の中をよく見ると、そこには柔らかな布に包まれた丸くなっているネーヴェがすっぽりと収まっていたのだ。

 ルイスはリーリアを改めて見れば、少しだけ困ったように笑みを浮かべた。


「用意を、してくださって……」

「……そうですか」


 しかしよくよくと考えれば、ずっと抱えたままよりも何かと都合が良いのは確かだった。それに籠は持ち手があるから最悪片手でも持ち運べるし、上から布を被せれば、周囲からはまさか中身が小狼が入っているとは誰も思わない。

 ルイスはなにげなくその籠を手に取り、リーリアへと手渡した。どうやら正解だったようでリーリアはネーヴェの姿を見て、ほっと息をついていた。おそらく今の騒ぎでネーヴェに変化がないかと気にしたのだろう。


「静様。お召し物を着替えましょうね」


 反応がないのは分かっていながら、リーリアは静にそう話しかけた。



 静はもちろん、リーリアも着替える必要が出てきたため、男達全員は当然のことながら部屋の外へと追い出された。

 護衛としてそばにいるフィルとノーマンは扉の前から動かないのは当然だったが、誰もが応接室へと戻ろうとはせず、全員が部屋の前にとどまっていた。理由なんて分かりきっていることだった。何せ、あのような静を見てしまったのだ。またいつ、状況が変化するかは分からない以上、ルイス達はこの場から離れるという選択肢は全く無かった。


「ルイス。右目は平気かい?」


 誰もが口を閉ざしていた中、ジェラルドがようやく口を開いた。ただ、あまり聞かれたくない内容なだけにルイスは僅かに視線をそらした。


「ルイス?」

「……痛みは、あります」

「そうか。彼女の加護の力もそうだけど、素晴らしいのは変わらないが負担は大きいようだね」


 ジェラルドは何か思案するように小さく唸る。と、次いでまたルイスに問いかけてきた。


「時間はあまり残されていないようだけど、少し教えてくれるかい。ルイス」

「何でしょうか」

「何故、魔術は使えないんだい?」


 先程ヴィートと止めた時のことを聞いているのだろう。もはや誤魔化せないと早々にルイスは開き直ることにした。


「静様達にとって、魔力は毒だからです。伯父上」


 そう言えばジェイク達も毒とはヴィンセントから伝えられていたが、その正体が魔力だとは伝えていなかったことに気づいた。おかげでジェイク達もまた目を丸くし、ルイスを凝視しているのが見えたが全て無視した。


「今までご無事だったのは、愛娘達のお力によって守られていたからです。ですが、ユフィアータが眠られてしまった今……」

「静様をお守りしていた力が失い、魔力という名の毒にさらされている、と」

「はい」

「……まさか。魔力が毒だとは……」


 さすがのジェラルドも言葉を失っているようだった。何せ魔力はこの世界に存在する全てにあるものだからだ。その魔力が毒ということであれば、静達にとって、この世界は全てが毒であるということになる。

 メル。メルヴェアータが説明してくれた通り、この世界は静達にとっては水の世界。水の中では呼吸が出来ない。だから愛娘達の力で呼吸が出来るようになっているだけなのだ。


「確認をしたいんですけどもぉ」


 誰もが言葉を失っている中、独特な間延びした声が真っ直ぐルイスの耳に届いた。


「聖女様方にとって魔力は毒。つまりは、聖女様方は毒である魔力をお持ちではない、という理解でよろしいのでしょうか?」


 もちろんのこと、声の主はユアンだった。こんな時に。いや、こんな時でも変わらない様子を見せられたおかげでルイスは落ち着いていられた。


「はい。そうです」

「欠片も?」

「そう言っています」


 ユアンは一人、何度か頷き、ゆるりと大きな笑みを浮かべてみせた。


「なるべく魔力に触れないようにすれば良い、と言う理解でよろしいんでしょうかねぇ」

「……何をお考えですか、ユアン殿」

「僕に敬語も敬称も不要ですよぉ。続けて使ったら坊ちゃん呼びしますからねぇ」

「呼ぶな」


 ルイスが即答すれば、ユアンは小さく肩を揺らした。そして胸元に手を当て、わざとらしく身体をかがめた。


「魔具をご用意いたしましょう。気休め程度になるかもしれませんが、いかかがいたしましょう?」


 そういえばこの目の前の男は青藍の開発者の一人だったことを思い出した。

 全く持ってそのようには見えないが、ルイスが簡単に調べたところ、本当に優秀なことは理解出来た。一番身近に使われている、あの呼び鈴の魔具はユアンが開発したものだと知った時は理解するのに時間を必要としたのは記憶に新しい。

 ようやく気を取り直したジェラルドは顎に手をあて、小さく首を傾げた。


「そんな魔具があるのかい?」

「素材さえあれば、この場でお作り致します」

「……そういうことか。ヴィート、良いかい?」

「問題ねぇよ。ついでにすぐに出発出来るように準備してくるわ」


 ジェラルドはすぐさまにヴィートへと問いかければ、問題ないというように頷いた。ジェラルドは満足げに笑みを浮かべ、またルイスへと視線を戻してきた。


「ルイス達は……そうだね。静様のおそばで待っていなさい。良いね?」


 つまり、ここで待っていろという指示だ。

 もちろんルイスにとっては好都合な指示だった為、迷いなくルイスは頷いた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 正直に言えば、どれだけ早くとも夜が明けるまで待つだろうと予想していたが、それは大きく裏切られた。


「さすがはヴィート殿。おかげですぐに作れましたよぉ」

「いやぁ、まさか大量に買った素材の中から作れるとは思わなかったわ」


 静達の着替えが済み、ザラが退出したのと入れ替わりでルイス達が部屋で待つことたった数十分。ユアン達が早々に戻ってきたのだ。

 あまりにも早すぎて、本当にこの場で作ったのかと疑いたくなるほどで、ルイスはつい、ユアンの手の中にある魔具を凝視してしまった。


「なぁ、ルイス。俺、よく分かんねぇんだけど。ああいうのってすぐ作れるもんなのか?」


 当然のことながら魔具については知らないことが多いジェイクが、こそりとルイスに聞いてきた。ルイスもまた小声で返答をする。


「そんなはずないだろう。あれが規格外なだけだ」

「……やべぇ奴じゃねぇか」


 魔具の開発というものについて、ルイスは知らない分野だ。もちろんその場で容易に作れる魔具があることも知っている。とは言え、それは既存の魔具を模倣したもの。

 ユアンが行ったのは、その場にある物だけで新たな魔具を開発したのだ。この短時間とも言える間に。

 底知れぬ恐ろしさをルイスはユアンに感じた。が、ユアンはその実力については全く誇示することなく、むしろ少しばかり申し訳ないと言わんばかりに顔を曇らせた。


「完全に魔力を触れさせないようにするのはやはり不可能ということは、先にお話しさせていただきますねぇ」


 何せ使うものは魔具である。当然のことながらより多くの魔力があって当然の道具だ。


「放出作用を利用した魔具になります。魔力暴走時に緊急で使われる魔具の応用になりますねぇ」

「……ばれたらどうなるか知っているのか」

「ええ、牢獄行き決定でしょう」


 魔力封じという魔具は必要に応じて使用することが出来る。事実、魔術を使えない振りをして潜入をしていた時にルイスは実際使用していた。

 あれは体内の魔力を魔術へと練り上げる際に、魔具によって魔力を妨害及び循環させる物だ。だから実際は魔力を封じているわけではないのが、一番安全に使用が出来る魔具だった。

 そして今、ユアンが開発したものは国によって制限がかけられた魔具だ。

 あくまでも医療目的で、どうしても魔力を扱いきれずに暴走させてしまった際に身体の負荷がかからない程度まで魔力を放出する為に使用される。だが、もし健常者に使用しようものなら魔力は枯渇し、最悪命を落とす。それゆえに使用時には申請が必要で、医療従事者のみが使用可能。さらに作ることも制限がかけられている。

 それほどの物をユアンは何とも簡単に躊躇なく作ってしまったのだ。

 ユアンは言葉を失うルイスに対して大きく肩をすくめて、ゆるりと笑みを深めた。


「魔力を持たない静様だからこそ、安全に使える魔具ということですよぉ。あくまでも、体内にある毒を放出させるのが目的ですしねぇ。それにほら、こんなにも上等なレースを使わせていただいたわけなんですから、誰が見たってそれとは思わないでしょう?」


 ようやく手の中に収まっていた物をを見て、ルイスは目を細めた。

 汚れ一つない繊細な白いレースリボンだった。ちょうど中央辺りに何故か銀細工の飾りのようなものが二つぶら下がっているが、おそらくあれが魔具の本体なのだろう。だがやはり着目すべきはそのレースリボンだ。

 正直全く興味のない分野であるが、それでも使われているものがそれなりに値が張るものだとすぐに理解出来た。


「……父上」

「いやぁ、折角だと思ってさ!」


 何が折角なのかがルイスには理解が出来なかった。もはや理解する時間があまりにも惜しいので、ルイスは何も言わずにユアンから魔具を黙って受け取ることにした。


「身につけさせたら、そこの金具を繋げてくださいねぇ。そしたら使えますのでぇ」

「分かった」


 レースリボンの真ん中に揺れる銀の金具は、一見すれば銀細工の飾りが真っ二つに割れてしまったかのようにも見えなくはない。だが、よくよく見れば細かな彫刻が施されており、見る者が見ればそれが魔具であることが理解できる物だった。

 どういう原理で繋がるのかは不明だが、おそらく合わせれば勝手につながるのだろうと理解した。

 受け取った魔具を再度じっくりと確認し、ルイスはリーリアへと手渡した。


「こちらのレース、いえ魔具ですが……」


 リーリアもこの魔具がどれほどの物か、今の会話で十分に理解したらしい。しかも使われているレースリボンについては、リーリアの方がさすがに詳しいらしく、魔具本体ではなく、レースリボンを凝視していた。


「考えないようにしてください」

「……そう、そうですわね。静様の物と思えば、ええ、はい」


 リーリアは強く頷き、眠ったままの静へと目を向けた。


「……髪。いえ、緩む場合も……しかし……」

「首元には」

「ああ、良いですわね。そういたします。静様のお身体を起こしていただけませんか?」


 何気なく言ったことであったが、リーリアは何故か同意した。

 ルイスはリーリアに言われた通りに静の身体を起こすと、リーリアは静の細い首に苦しくないように少しだけゆるくレースを巻き、横に飾り結びを器用にこしらえる。そしてユアンが言った通り、最後の仕上げとして揺れる銀の金具を合わせて見れば、ぴたりとくっつき、一つの銀細工となった。


「まぁ、可愛らしいですわ。静様」


 銀細工が小さく揺れ、僅かに輝く。レースリボンのおかげもあり、本当にただの装飾品のそれだと誰もが思うだろう。

 未だに眠る静はこれを見た時になんと言うか分からないが、きっと顔をしかめるだろうとルイスは予想しつつ、静の黒髪に停まったままの白い蝶を見やった。

 未だに離れるような様子は無く、ずっと静かリーリアの側から離れようとはしない蝶は、のんびりと羽を何度か動かしている。


「ルイス様、こちらの眷属様ですが……」

「……まさか、ついて来るおつもりですか」


 いや、そんなまさか。と、リーリアも思ったのだろう。ルイスが変わりに問えば、白い蝶はまた羽ばたき、リーリアの鼻先に停まった。

 おそらく、本当について来るつもりらしい。


「まぁ、心強いですわ」


 リーリアは嬉しそうに声を弾ませ、ルイスは考えることを放棄した。

 その代わりに、ルイスはいい加減に刺さるほどに視線を向けてくるジェラルドへと顔を向けた。


「なんですか、伯父上」

「いや、本当に侍従として過ごしていたんだなと思ってね。それに、まさかあんなにも動けるようになっていただなんて驚いたよ」

「あれでも最低限です」


 本調子であればもっと静かに、もっと早く動けるがただの言い訳なので、それ以上は何も言わずにおいた。

 ジェラルドは腕を組み、そう言えば、と小さく呟いた。


「クソガキと呼ばれていたけども、一体何をしたんだい?」

「……話す必要はないかと」

「エヴァンハイン家の当主としては、身内が失礼なことをしてしまったのであれば対処しなければだろう?」


 ジェラルドの微笑みに、ルイスは瞬時に理解した。

 エヴァンハイン家は我らが神、アルカポルスを守る為に存在する。それは愛娘も然り。つまり言えば、愛娘の聖女も含まれる。ましてや今、伯父としてではなく当主として問いかけられたのだ。もしここで誤魔化そうものなら、様々な魔術を使ってでも吐かせられるだろう。

 それでもと、ルイスは小さく無駄と知っておきながら、僅かに視線を逸らす。


「ルイス。僕は身内を大切にしたいんだよ」


 これは本当にまずいと察した。くわえて何かを感じ取ったらしいヘクターとジェイクがわずかに身構えている姿が見えた。

 しかし、今この場で言って良いものかとルイスは思慮する。

 リーリアは見捨てることはしないだろう。むしろ余計に静の側から離れないだろうとルイスは確信していた。ただ懸念があるとすればジェイク達だった。

 死ぬために静の元へとやって来た。そして生き続けることが罰だと言い渡された。

 そのジェイク達は静の本当の願いを知った時、どうなるのかルイスは想像がつかなかった。見限るだろうか。見捨てるだろうか。むしろ怒りで今度こそ命を狙って来るだろうか。

 そこまで思考した時、ふと、静が言っていた言葉を思い出した。

 なるようにしかならない。

 今は変わらないから仕方がない。けど代わりに今出来ることをするのだと。そして望む未来を得られるようにするのだと。

 静自身は死ぬためだけに、いつ死んでも良いようにと出来る限りをしていた。だが、それが巡り巡って周囲を生かそうとしているし、守ろうとしていた。

 今、こうしているのは静がそうしてきたからだ。結果的にルイスは人生で初めてと思えるほどに激怒したし、ジェイク達は生き続けている。リーリアも、こんな状況になりながらもちゃんとついて来てくれている。

 成るようにしか為らない。

 それならば仕方がない。ルイスは複雑に絡まった思考を放棄し、ジェイク達に振り向いた。


「ジェイク」

「お、おう?」

「お前達も。絶対に静様を見限るなよ」


 それでもやはり懸念は拭えないから、ルイスはジェイク達に一言だけ向けてすぐにジェラルドに告げた。


「もう生きたくないのだと。死にたいのだとおっしゃられたので、凍土へ眠りについたら後追いしますと脅迫をしました」


 誰もが言葉を亡くしたように驚愕の顔を浮かべていた。その中でもジェラルドはややあってから、小さく息をついた。


「……それは、怒るに怒れないなぁ。けど、よくそれだけで脅せたものだね?」

「このお方は俺に何故か大変甘いので」

「なるほど。ルイスは静様の気に入りということか」

「それについては分かりかねますが、静様は俺以外の異性に触れられないので、それが原因かと思います」


 何せ静はとても真剣な顔つきで、刷り込みだと言ってのけたのだ。本当に何度思い出しても、それについては不思議と不愉快さを覚えてしまう出来事だ。


「まじかぁ……。まだこんなに小さいってのに」

「……父上。静様はヴィンセント様と同じご年齢だ」

「え、ルイスより年上?! 嘘だろ?!」


 ルイスも嘘だと何度も思った。どこからどう見ても、顔つきや体型等々はまさに子供にしか見えないのだ。だが、静の話し方、その内容に思考力は子供のそれとはずいぶんとかけ離れており、他三人も大人の一人として接していた。

 とはいえ、行動や仕草が子供のそれと変わらないので、黙っていれば子供だとルイスは認識していた。


「知ってたか? 静様がルイスよりも年上ってこと」


 ジェイクがふと、隣にいるノーマンに問いかけたのが見えた。


「知ってると思ってんの? 初めて知ったけど?」

「オレも」

「けど、なんかすげぇ納得した」


 ノーマン、ヘクターも同じように首を横に振る中、フィルだけは何故か納得していた。

 そういえばジェイク達には説明してなかったなと今更ながらに気付いたが、とくにこれについては驚きは見せなかった。しかし、反応としては本当にそれだけだった。

 静の本当の願いを聞いた時はやはり揃って驚愕した顔をしていたが、ジェイク達は何も言わず、平静さを保っていた。

 リーリアに関してはむしろ何故か呆れた顔を浮かべ、眠る静を見つめていた。

 なんだか先ほどまで深く懸念していたことが馬鹿馬鹿しく思えてきて、ルイスは小さく息をつけば険しい表情を浮かべるユアンの姿に気付いた。

 視線を向ければ、ユアンはぱっと口を開き、しかしすぐに閉じ、今度は慎重に口を開いた。


「……奈緒様達は、その脅しについてはご存じで?」

「存じ上げていない」

「と言うことは、静様がそのようなことをお考えになっていたことも、ですねぇ?」

「そうだ」


 少し似たようなことを言っていたが、あんなものとは比にならない。きっと知られてしまえば、三人共激怒するだろうとルイスは予想した。

 ユアンはルイスの返答に何故か安堵したように息をついていた。そういえば、と少しだけルイスは疑問を抱いた。

 何故、ユアンは先ほどからとくに奈緒の名のみを出すのだろうか、と。本当に些細な疑問だったが、すぐに奈緒がよくユアンのあの巣窟の清掃をしているからだと結論にたどり着き、そこで思考を切り替える。

 が、その前に近づく気配に気づき、ルイスは扉へと視線を向けた。


「他にもいろいろと聞きたいところだけども。残念なことに、もう時間が来たようだ」


 ジェラルドも当然のことながら気付いたらしい。

 小さなノック音が室内に響き、向こう側から声が響いてきた。


「ご準備が整いました」


 声の主はグレイソンだった。

 ルイスはその言葉の意味を正しく理解し、リーリアに問う。


「リーリア殿、行けますか」

「はい」


 どこへ、と言わなくともリーリアはしっかりと理解し、力強く真っ直ぐにルイスを見て頷いた。ルイスはそれに対し、また小さく頷き返す。そして慣れた手つきで小さな静の身体を抱え上げた。

 何故か、静からの文句を聞きたくなった。

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