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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 六章 白銀は御旗を掲げる
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01 何が護衛だというのか

 三人の聖女達は己が道を進む。それでは眠る銀の聖女はどうなったであろうか。

 ――時はまた、遡る。


 大神殿を後にしたルイス達は、夜の暗闇に満ちている城下町を音もなく駆ける。

 向かう場所はルイスの伯父、ジェラルドが所有する郊外にある屋敷だ。そこそこの距離があるが、魔術で身体強化をして、なおかつ屋根を伝うなどの最短距離で向かっている為、それほど苦でない距離ではあった。が、やはり馬よりは確実に劣るが致し方がない状況だった。

 最短距離で目指して入るものの、入り組んだ場所に何度か入り込む。それでも振りかえらずとも背中から感じる気配の数から誰一人遅れずについて来ていることに小さく安堵をしつつ、ルイスは腕の中で眠りについたままの静の小さな体をしっかりと抱きしめた。

 静寂と僅かな星の明かりだけの夜の世界を駆け、見えていた壁を覆うように蔦がしげる屋敷の敷地へと飛び込む。そのまま正面へと向かえば、馬車が一台停まっているのが見えた。あれがジェラルドの言っていた協力者の馬車だろうか、と予想をつける。両手が塞がっているルイスの代わりにノーマンが少しだけ躊躇をしながら重厚な扉を開けた。


「――待ってたぜ、ルイス」


 扉を開けたと同時に聞こえてきた声に、ルイスは遠慮することなく舌打ちで返事をした。

 その声の主、このロトアロフでは見ることのない白い布で作られた異国のゆったりとした衣服を身にまとう褐色肌が特徴の銀髪の男は、ケラケラと笑いをこぼしつつながらルイスと、そして後からだいぶ怯えたように体を小さく丸めながら入ってきたジェイク達を見て、赤褐色の瞳を細めてさらに笑った。


「にしても、何年ぶりだ? 見ない間にずいぶんと変わったなぁ」

「悠長に話をしている暇はない」

「分かっているから焦るなって」


 ルイスを言葉で制しつつ、男はジェイク達に視線を向けた。


「はじめまして。ルイスの父、ヴィートだ。こんな状況じゃなきゃ、ちゃんともてなしたかったところだが、その暇はなさそうだな」


 その男、ヴィートはルイスとよく似た顔で、決してルイスが見せることのないゆったりとした笑みを浮かべていた。



 先頭を歩くヴィートは屋敷にいる侍従や侍女達に忙しなく指示を飛ばす。彼らは無駄なく、困惑さえも見せずに粛々と指示に従い忙しなく動く中、数名はルイスの姿を見て、懐かしむように小さく笑みを浮かべていた。


「待ってたって言っても、ジェラルドの鳥が来たかと思ったらルイスが聖女連れて来るって一言だけ書いてあっただけなんだよ。あいつ、もう少し詳しく書いてくれても良いってのにさぁ……」

「協力者がいると聞いたが」

「ああ、上の応接室にいる。なんか王城で面倒なことになっているらしいな。鐘の音がここまで聞こえてきた。まぁ、おかげでやばい事態ってのはすぐに分かったけどな」


 緊急時用の王城にある鐘が使われたのだ。ここまで聞こえるのはむしろ当然のことだった。


「詳しくは後で聞くわ。一応、休めるようにと部屋の用意しといたぞ」


 そう言ったヴィートは客室の一つの前に足を止めれば、ヴィートの代わりに控えていたこれまたよく知る中年の侍女が扉を開いた。室内はヴィートの言葉通り、すぐにでも使えるように整然と整えられていた。


「ほら、聖女様寝かせておけ」

「……ああ」


 ルイスは僅かに口元を歪め、室内に入る。そして白い、汚れ一つない柔らかなベッドに静かに下ろす。改めて静の顔色を見れば、ますます青白さが目立ち、瞼は固く閉じられたままだった。

 足が床に縫い付けられそうになりながらも無理やりに動かし、ルイスは青い顔をしているリーリアに振り向いた。


「リーリア殿、静様を頼めますか」

「はい」


 きっと頼まなくともそばからは離れようとはしないのは分かっていたがあえて頼むように言えば、リーリアは強く頷いてくれた。ルイスはその姿を見た後、フィルとノーマンに視線を向ける。


「フィル、ノーマン。お前達はここにいろ」

「分かった」

「はーい」


 ここは安全であることは重々理解している。だが、絶対ではない。王城から漆黒が放たれてしまえば、容易くここを見つけられてしまう可能性がある。例え漆黒の隊長、アルベルトがうまく時間稼ぎをしようとも王が命を下せば従う他ない。その為に護衛は必須だった。


「必要なものは遠慮なくザラ……、そちらの侍女に言ってください」

「ザラと申します。必要なものはご遠慮なくお申し付けください。すぐにご用意いたします」

「そ、そんな……! それでしたら私も」

「お客様にそのようなことはさせられません。どうぞお休みください」


 先ほど扉を開いてくれた侍女、ザラは丁寧な物腰で微笑んだ。その微笑みはどこか有無を言わせないものであり、リーリアを頷かさせていた。

 本当に変わらないと思いながら、ルイスはヴィートの傍らに立ち、耳打ちをした。


「何故ザラがいるんだ」

「旦那と喧嘩したんだとよ。だから腹いせについてきやがった」


 またか、とルイスはつい言葉をこぼしそうになったのを飲み込み、代わりに小さく息を吐き出した。


「にしても……、さすがにその格好はまずいよな。替えの服はあったか……?」

「使用人達と同じ服で構わない」

「彼奴等が気にするだろ。なんか適当な服あったか?」


 さらにもう一人、静かに控えていたこちらも久しく会っていなかった老年の侍従、グレイソンがそっと前に出た。


「もちろんでございますとも。ヴィート様」

「さすがぁ」


 これは大人しく従うしかないとルイスは瞬時に悟った。

 柔和な微笑みが印象的で、好々爺のような見た目のくせに、中身はただのオーガだとルイスはしっかりと覚えていた。何かを感じ取ったのか、ゆるりとグレイソンの視線が向けられると同時に、ルイスはジェイク達に視線を向けた。


「後から向かう。父上と共に先に行ってくれ」

「お、おう」

「えー、オレも護衛が良い」


 妙に緊張気味のジェイクが慌てて頷き、ヘクターが不平を漏らしたが無視した。


「ほら、お前らこっちだ。迷子になるなよ?」


 ヴィートは二人の様子の違いを面白そうに肩を揺らしながら見て、そそくさと部屋を出ていった。ルイスも部屋から出る前に一度だけ振り返り見て、部屋を後にした。



 一体どうして平民がよく着るような服が用意してあるのか、ルイスは不思議でならなかった。布地の硬い衣服はサイズはやや大きいが、動くには支障はない。手套はさすがになかったが文句は言えない。久しぶりの素手に僅かに物足りなさを感じた。

 それからまさか靴の替えもあるとはさすがに予想はしていなかった。こちらも平民がよく履いている硬い皮の丈の短いブーツだが、紛れるのには丁度よい。こちらもサイズが少し大きいが、キツめに紐を縛れば問題なかった。

 ルイスは侍従の服の下にいつも隠して身につけていたいくつものナイフをまた再度身につけた後、そのままに汚れた衣服類はまとめて籠の中へと投げ入れた。


「これら全て処分をしてくれ」


 ここに来た証拠を隠滅する必要があった。漆黒が相手となるならば、僅かなほころびさえも命取りになる。迷わずに判断したルイスは控えていたグレイソンに指示をすると、グレイソンはまた柔和な微笑みを浮かべた。


「あのルイス坊っちゃんがここまで成長なさっていたとは。爺はとてもうれしゅうございます」

「坊っちゃん呼びは止めろ」

「ええ、ですから皆様の前ではお呼びしなかったでしょう?」


 ルイスは遠慮なく、堂々と大きく舌打ちをこぼした。


「おやおや、小生意気さはまだ健在のようですな」

「もう行くぞ」

「ああ、それとルイス坊っちゃん」

「なんだ」


 返ってきた反応を面白がるグレイソンをそのまま放置することを決めたルイスはすぐに部屋を後にしようとした時、またグレイソンに呼び止められた。

 ルイスは幼少期から知っている相手だからこそ苛立ちを隠さず、僅かに声を荒らげながら、グレイソンに振り返った。


「我ら一同、お帰りを心よりお待ちしておりました」


 その瞬間に向けられたグレイソンの突然の言葉に、ルイスは目を見開き、そして何も言わずに足早に離れた。いや、今のルイスにはそれしか出来なかった。

 そもそもとして、ルイスはこの家にもう二度と帰るつもりなんて既になかったのだから。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 足早に協力者が待っているという応接室へと迷わずに向かい、最低限の礼儀としてノックをしてから返事を待たずに入室した。


「やぁっと来ましたか」


 その同時、聞き覚えのある声が耳に入り、ルイスはその声の主を見て、僅かに顔をしかめた。


「……貴方は」

「なぁにそんなに驚いているんです?」


 大神殿では見ることのできない高価な調度品が置かれ、壁には絵画が飾られている室内の中央。二人がけのソファに一人で座るその男、ユアンはにたり、と笑った。

 ルイスは壁際で立っているジェイク達を見て、それから呑気に紅茶を飲むヴィートを睨んだ。


「説明を」

「俺がこいつのパトロンをやってんだよ」

「はい。それで僕が開発した魔具の玩具をちょっとだけ渡しているだけですよぉ」

「これがよく売れてさ。その代わりにいろいろと手に入りにくい材料だったりを提供してるんだよ。後は情報交換とかな?」


 別によくある話ではあった。

 有望な、あくまても個人で行なっている開発者に対して個人的に支援する貴族はもちろんいる。そして新たに開発されたものは、支援した貴族の名も公表されるのだ。

 問題はユアンは開発局の人間だということだ。個人的にパトロンがいるというのは、正直いなくはない。とは言え、その相手に無断で魔具を譲渡しているうえに、情報交換なんぞを行なっている始末。

 似たような笑顔を浮かべる二人を前に、ルイスは片手で顔を覆った。


「……聞かなかったことにする」


 関わってはいけないことだとルイスは瞬時に悟った。

 父であるヴィートが関わっているからという理由もあったが、何よりも身内にさえ容赦のないエヴァンハイン家が関わっているのだ。

 なにかやろうとすれば確実に痛い目を見るのはルイス自身であることを重々に理解していた。

 ルイスの反応がユアンには面白いものに見えたのか、くすりと小さく笑ってきた。


「やはりご子息だったんですねぇ。見覚えのある容姿でしたので、まさかと思ったんですよぉ。念の為にと家名を聞きたかったのですが……」

「……ああ、あれはそういうことでしたか」

「何か誤解があるようですけどぉ。僕は平和主義ですよぉ?」


 やれやれと肩を竦めるユアンだが、その話し方や雰囲気のせいで欠片も平和主義と言われても信用することが出来なかった。


「ほら、ルイス。立ってねぇで座れって。ついでにあいつらにも座れって言ってくれねぇ? あ、座る場所がねぇか」

「このままで構わない」


 というより、ルイスはヴィートの隣も座りたくなければ、ユアンの隣も絶対に座りたくないというだけだった。ヴィートは不満をあらわに顔を歪めたがそれ以上はしつこく言わずに、肘掛けに寄りかかった。


「んで、何があった?」

「実は僕もよくは分かっていないんですよぉ。鐘が鳴ったときにはこちらにいましからねぇ」

「……父上はともかく、何故、ユアン殿がこちらに?」


 早速二人に問われた通り、状況を説明しても良かったがその前にやはりルイスは確認を行いたかった。

 確かにジェラルドは協力者がいると言っていた。とは言え、あまりにもタイミングが良すぎるのだ。狙ってのことではないにしろ、だ。

 そしてもう一つ気になるのはユアンの姿だ。あの開発局で目にしたユアンの姿とはまるで違い、今目の前にいるのは完全に貴族然とし、すっかり身なりを整えた性別を凌駕するほどの美貌を持つ一人の青年であった。


「僕も夜会に出席していたんですよぉ。それで大神殿に賊が侵入したということで、ジェラルド殿が聖女様方と共に行くという時に僕の姿を見るや、先に戻っていなさい、との一言をいただきましてねぇ? ああ、周囲の方々には、いかにもジェラルド殿が慌てて僕にぶつかってしまったようにしか見えていないはずなのでご心配なく」

「ジェラルドが悪かったな。いや、普通にユアンに会うのは楽しみにしていたんだよ」

「僕もとても楽しみにしておりましたが……、まだ一度も会ったことがないというのに、どうして僕だとお分かりになられたんでしょうねぇ」

「鏡見て言えよ」


 ヴィートの思わずと言った言葉に、ルイスは内心同意した。

 こんな見目に、長い銀の髪が特徴的な貴族の男なんぞ、ルイスはユアンの姿しか思い浮かぶことが出来なかった。それぐらいに今のユアンは、十人中十人共が振り返るほどによく目立っていた。

 これの隣に並びたくないくらいだと心の底から正直に思いつつ、一先ずは大神殿内で起きたことを報告することにした。

 突如として多勢の賊が侵入してきたこと。

 王城から救援に来た深紅の騎士達が、鐘が鳴ったと同時に捕らえた賊を目の前で殺し始め、そして自害したこと。

 そして、ユフィアータが眠りについたことで、静が倒れたこと。そもそもとして我らが神、アルカポルスがすでに眠りにつき、ずいぶんと前からこの国は大きく歪んでしまっていることも併せて簡易的に説明をすれば、ヴィートは口を片手で覆った。

 やはり、何も言われない。

 無意識のうちに俯きそうになり、耐えるようにルイスは拳を強く握りしめた。

 守ると決めたはずなのに、この結局は有様だ。一体何のために護衛として側にいたのかと、ルイスは己自身を強く叱責し、だからどうしたと無理に自分に言い聞かせた。

 命を捧げる覚悟はもうとっくに出来ているし、まだ静は生きている。それに未だに痛む右目には加護が宿っている。まだ、まだ悲観なんてしている場合ではなかった。

 一通りの報告を終えれば、ヴィートは腕を組み、険しい表情を浮かべる。そしてユアンもまた、大きく顔を歪め、口を開いた。


「……奈緒様……、聖女様方は……?」

「ご無事です、が……」


 三人共、気丈に振る舞っていた。だが、あんなものを目にしてしまったのだ。特に精神面については無事ではないかもしれない、とルイスは思考する。

 続いて何か聞いてくると思っていたがユアンはルイスの返答を聞くと、それ以上は口を閉じてしまった。予想外の反応に、ルイスは何か他に報告をすることはないかと思案する。が、その前にヴィートが口を開いた。


「ルイス。ジェラルドからは何か言われたか?」

「……しばらく身を隠すように、と。なるべく早くに領地へと向かえば簡単に見つからないだろうとは言われましたが……」


 ジェラルドの指示は最もだった。おそらく、今の静にとって最も安全と言える場所はエヴァンハイン家がいる領地以外にないとルイスも頭では理解していた。だが、素直に頷けなかった。

 こんな状況だというのにも関わらずに、他に手立てはないかと模索しようとする足掻きの悪さは自覚するものの、ルイスはどうしても止められなかった。

 そんなルイスの心情なんぞ分かっていないヴィートは姿勢をだらしなく崩したまま、顎をさすった。


「なるほどなぁ。確かに入っちまえばそうだろうが、問題は道中だな。ここから領地まで、それなりに距離はあるし時間もかかる。どうやって無事にたどり着くか、だが……」


 ルイスはそこでようやく他の問題点があることにようやく気付けた。確かに敵からすれば、絶好の狙い目である。ただ考えなしに向かうだけではいつ襲われてもおかしくない。切り抜けられたとしても、数で押し切られればそれまでだ。

 少し考えればすぐに気付けることだった。それだというのに気付けないほど焦っていた上に、あまりにも自己本位に考えすぎていることにさらにルイスはまた、再度己を何をしているのだと叱責を重ねた。本当に何をしているのだ。こんな状況だと言うのに、本当に。


「ああ、そうだ」


 ヴィートが突然、何かを思いついたように声をあげた。


「なぁ、馬車の扱いが出来る奴はそっちにいるか?」

「……俺も出来るが」

「まじで? ああ、でも二台あるんだよなぁ」

「……どういう意味だ。父上」


 もちろん移動には馬、もしくは馬車が必要になるのは明白だった。だが、それにしたってヴィートが困ったように笑っているのかが分からずに意味を測りかねていれば、何故か視線が反れた。


「実はさぁ、久しぶりに王都に来たもんだからついつい買いすぎたんだよ。そんで、気づいたら馬車二台分になってさ。あ、まだまだ余裕で乗せられるんだけどな?」

「……まさかとは思うが」

「本当は人に頼んで運んで貰う予定だったけど、お前等がいれば金払ってまで頼む必要はなくなる。そんでお前達は身を隠しながら領地へと行ける。安心しろよ、商用の幌馬車だから隠れるのにはぴったりだ」


 願ってもない話だったのは間違いない。ただしその相手が父で、しかもついでに護衛も兼任しろという。

 確かに身を隠しながら移動出来るが、商団に扮して移動するというのが厄介極まりなかった。しかも二台だ。まさに賊に狙ってくださいと言っているようなものだ。

 賊に、追手。この二つを対処しなければならない。頭が痛くなりそうな話に、ルイスはつい目元を抑えた。


「それにさぁ、ユアンから聞いたけど、そこそこ強いんだろ? こりゃあ頼むしかねぇなと思ってさ。ほら、父上からの頼みってことで」

「……聞くが、父上は」

「ん? ああ、俺も一緒。その方が何かと便利だろう?」


 確かにヴィートの言う通りだった。

 ヴィートは異国出身でありながら、現当主の妹君に見初められてエヴァンハイン家へと婿入りした特異な人物だ。この国において言えば目立つ風貌であり、商人としても顔を知られている。だからもし道中、追手ではなく、その他の者達が確認等の為に行く手を阻もうとしても、あのエヴァンハイン家のヴィートというだけで回避出来る可能性が高くなるのは事実だった。

 さらに言えば、ヴィートは持ち前の性格の明るさから、すぐに人の内側へと入り込んで気づけば酒を飲み交わすほどに親しくなれる。本当に一体どういう魔術を使っているのかと幼い頃からルイスは不思議でならなかった。

 見目こそ、髪と瞳の色は違えどほぼ瓜二つ。ただ中身の性格は全く似ていない。だから余計によく笑っている己の父であるヴィートの考えていることなんて、一度だって分かりはしなかった。

 一体ヴィートは何を考えているのか。金を浮かせられると考えているのか。ルイスは小さく息をつき、ジェイク達に目を向けた。


「……ジェイク。馬の扱いは」

「問題ねぇよ。けど、馬車ならフィルとノーマンだな。俺とヘクターは馬は問題ねぇけど、馬車は苦手なんだ」


 それならば馬車を扱えるのは全員で四人ということになる。ヴィートは当然使えることをルイスは知っている。何度も幼い頃に荷台に乗せられて連れ回されていたから。


「よし、話は決まりだな。一応はジェラルドに言わねぇとなんだが」


 ヴィートは言葉を一度区切り、まっすぐにルイスを見つめて僅かに首を傾げた。


「その右目、どうした?」


 相反する赤い瞳から逃れるように、ルイスは深緑の瞳を僅かに背けた。


「……加護をいただいた。リディアータと、ラウディアータから」


 正直、今どうなっているのか、ルイスは自分自身の変化を分かっていない。ただ、あの時、静はルイスの瞳を見て、色が変わったと不思議そうに言っていた。だからその変化で気づかれたのだろうと、未だにしつこく痛む右目に対し、小さく息をついた。

 直後、先程までまるで物置のように黙って座っていたユアンが目を輝かせて立ち上がった。


「なんと、これは素晴らしい……!」


 ユアンはルイスさえも驚くほどの軽い身のこなしでルイスに歩み寄ってきた。

 それだけならばルイスは多少は身を後ろに引くぐらいの対処はしていたが、あろうことか無遠慮に突然ルイスの顔を両手で挟むように掴み、顔を近づけてきたのだ。


「まさか加護を与えてくださったとは! ちょっと、ちゃんと、見せてくださいよぉ」

「近い……っ」

「別によく見せていただくだけですよぉ。ほら、僕のこの美しい顔面でも眺めていればあっという間ですから」

「そのような趣味はありません……っ」


 近づけてきたと言っても、本当に言葉の通りルイスの右目をよく見ようとしているだけなのは分かる。とは言え、ルイスにとってみればあまりにも寒気が全身を襲うような状況だ。顔を掴んできた両手を必死に引き剥がすが、それでも諦めないとユアンもまた腕に力を込める。

 ルイスよりもユアンの方が背が高いが為に、その分純粋な力比べをしたらルイスが僅かに不利。しかし普段から鍛えているおかげで、純粋な力比べは少しずつルイスに軍配があがり始めていた。


「おーい、ユアン。今は止めてくれよ」

「……仕方がありませんねぇ。今は、止めておきましょう」


 止めるなら早く止めさせてくれと文句が出そうになり、ルイスは飲み込んだ。

 ヴィートの事だ、ルイスのその反応を見て面白がるに決まっている。事実、自分とよく似た顔は隠すことなく笑みを浮かべているのだ。


「で? なんで加護なんていただいたんだ。お前」

「静様の為だ」


 全ては静を生かす為。じくじくと右目が未だに痛むが、時間が経つにつれてずいぶんと痛みは引いてきていた。視力は変わっている様子はない。

 だから後はリディアータとラウディアータが言っていた通り、ユフィアータの眷属を探し見つける必要がある。とにかくも早急に。

 これをどこまで話すべきかと思案していた時、小さなノック音が響いた。

 誰かとヴィートが顔を向け、返事をしようとする前に扉は大きく開かれた。


「やぁ、遅くなったね」


 そこにはようやく戻って来たジェラルドの姿があった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 ヴィートは隣に座っているジェラルドから大神殿の他、王城の状況を聞き、頭を抱えた。


「そんなまずい事が起きてたのか……」


 あの鐘が鳴り響いたと同時、王城ではなんと貴族の多くがその場で自害をした。

 しかも、誰もがユフィアータに赦しを乞いながら。

 王城には多くの人がいる。その残った人々はそれを見て、ユフィアータこそが敵だと誰もが思って然るべき状況に落とされていたのだ。故に、だからユフィアータはついぞ眠りにつき、静もまたあのような状態になってしまったということなのだろうと、ルイスは必死に頭を回していた。


「それで僕がいない間に多少は話したんだろう?」

「あ? ああ。俺の荷物あるだろ? ついでに領地まで運んでもらおうと思ってさ」

「良いんじゃないかな」

「だろう?」


 ジェラルドは見た目こそ平静を装っているが、グレイソンが用意してくれた紅茶に一切手を付けていないところを見ると、内心相当荒れている可能性が高かった。さらに言えば、一応は微笑みを浮かべているのに目はずっと鋭利な刃物のような冷たさを保ったままだ。

 ヴィートでさえ目線を合わせようとしていないのだから、これは相当危険な状態と言えた。

 と、ジェラルドの同じ深緑の瞳が、目の前にいるルイス()に向けられた。


「ユアン。あまりルイスをいじめないでくれないかな?」

「いじめてませんよぉ。僕は加護をいただいたという瞳を観察しているだけなんで」


 絶対わざとだと、ルイスは確信している。

 ルイスは今、ジェラルドに半ば強制的に目の前に、そしてユアンの隣に座らされていた。おかげで隣にいるユアンからは嬉々として加護を授かった右目をのぞき込もうとされており、必死に思考を回して無視し続けていたのだ。

 だと言うのに無理やり思考を戻される始末だし、あれほど冷たすぎる目だったはずなのにルイスに向ける目ときたら完全に面白がっているそれだ。

 正直、伯父でなければ遠慮なく吊るし上げたかった。さらに言えば、この状況でなければユアンは縛りつけていた。間違いなく。

 さすがにヴィートだけは憐れんだ視線を向けてくれていたが、それはそれで不愉快だった。

 と、視界の端で大人しくこちらの様子を見ていたヘクターが急に動き出した。

 何事かとルイスは顔をあげて見れば、ヘクターはこちらの様子を全く気にせずに扉を大きく開けて廊下をのぞき込んだと同時、大きな声をあげた。


「ノーマン! こっちだ!」


 よく通った声は遠くまで響いたのだろう、少しして本当にノーマンがやって来たのだ。

 一体どうしてノーマンが近くにいるのかと気づいたのかは不明だが、理由がヘクターだと思えば納得が出来た。何せヘクターは恐ろしく勘が鋭いのだから。


「助かった、ヘクター! ここ広すぎてさ!」

「おう。んで、どうしたんだよ」

「ああ、そうだよ! 大変なんだって!」


 ノーマンの言葉に反射的にルイスは立ち上がった。

 廊下からこちらをのぞき込んだノーマンはルイスの姿を見て、少しだけ泣きそうな顔をしていた。


「早く来てくれ! 静様が!」


 ルイスはノーマンが言い終わる前に、静がいる部屋へと思考する間もなく駆けだした。

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