11 炎の騎士
この現状に、真咲は頭が痛くなった。
「まさか、続けてこうだとは思わなかったわ」
「あっちの信徒が動いているんだろうが……」
次に着いた街にはこじんまりとした神殿がある場所だった。ここならば問題ないだろうと思った矢先、中にあったのは壊された、ただの瓦礫の山が残されているだけだった。誰もが、そしても真咲も驚愕し、静かに怒りの色を滲ませた。
神殿があるということは、神官もいるはずなのに姿はない。一体どこに姿を隠したのだろうか。真咲は不愉快を隠さずに顔をしかめた。
「とりあえず、適当に捕まえて遊戯盤の相手してもらうわ」
「好きだなぁ」
「追い詰めるのにちょうど良いのよ」
「マジで静様を見習っているわけじゃあ……」
「静はもっと頭良い詰め方するわよ。それと拳。やっぱり教えてもらうんだったわ」
「本当に止めてくれ」
「大丈夫、冗談だから」
半分は本気だが、カルロスがあんまりにも深刻そうにいうものだから、全ては冗談ということにした。とはいえアリッサからの視線が鋭いので、きっとばれているだろう。真咲はアリッサへと視線を向けないようにしながら、荒れた神殿の外に出た。
「にしても、ここの神官。どこに消えたのかしら」
「……さぁな」
何か含みのある言い方をするカルロスに、真咲はその意味を聞こうと思い振り返る。その瞬間、高い金属の音と共に、大きな腕が思い切り真咲の身体を強く引き寄せた。
「さすがにそれは見逃せねぇな?」
気づいた時、真咲はカルロスの腕の中にいた。
カルロスはいつの間にか剣を抜き、視線をどこかに向けて苛立ち気に吐き出した。
一体、今の音はなんだと思い周囲を見渡せば、近くに一本の矢が落ちているのを見つけ、そこでようやく自分に矢が向けられていたことを知った。
「やだ、こわーい」
途端、襲って来る恐怖を誤魔化すように真咲が驚ければ、カルロスは呆れたように息をついた。
「棒読みで言われてもなぁ? 悪い、痛くはなかったか?」
「全く。ちょっと驚いたけど」
痛くはない。ただ苦しいだけだ、ちょっと。いや、だいぶ。
けども今そんな文句なんて言える状況ではなかったし、カルロスが守ってくれたことの方が真咲にとっては大事なことだった。
カルロスは真咲の変わらない様子の少しばかり困ったような笑みを浮かべ、自身の後ろへと離した。気づけばアリッサが顔を僅かに青ざめた様子で側におり、イーサンもその傍らにいた。
「イーサン、頼むぜ?」
「誰に言っているんだよ」
「そりゃそうだ」
周囲の騎士達も皆、剣を抜くと同時、一体どこにいたのだろうか。十人はいるであろう顔を布やらで隠した男達が姿を見せた。中には弓を構えているのもおり、今の矢はあの男が狙ったのだとすぐに真咲は分かってしまった。
手にはそれぞれ小回りが利きそうなナイフやら、騎士達と同じような剣やらを持ち、じっくりと真咲達を囲うように距離をつめてくる。
「おーい、イーサン。お前、警戒してたんじゃねぇのかよ」
「してたしてた。だからここに入った時に何人かいるかもしれないって言っただろ?」
「十人以上はいるじゃねぇか」
「僕一人でそこまで把握しろって?」
「はいはい、悪かったよ」
こんな状況で。いや、こんな状況だからか、カルロスとイーサンはかる愚痴を言い合う。
周囲にいる騎士達はあれほど深刻そうに顔をこわばらせていたと言うのに、二人のやり取りのおかげで少しだけ表情を緩めていた。
カルロスが今、どんな表情をしているのか真咲からは見えない。しかし、きっと笑みを浮かべているのだろうと真咲はすぐに想像がついてしまった。
「ここは我らが神の神殿なんだが、ちょいと今、お前らの相手をしている暇はねぇんだわ。だから大人しくお引き取りしてもらえると助かるんだけどな?」
カルロスが目の前の男達に声をかける。もちろん男達が答えることなはい。分かり切っていた反応に、カルロスはわざとらしく肩を竦めた。
「そうかいそうかい。それなら悪いが、力づくでいかせてもらうわ」
カルロスが剣を構え直す。同じように騎士達もまたそれぞれ剣を再度構え直したり、姿勢をより低くしている。
「行くぞ!」
びりびりと空気が震えるほどにカルロスの吠えるような大きな声に、騎士達もまた大きな声で応え、目の前の集団に向け駆け出した。
真咲は無意識にアリッサの腕に縋りついた。
「ご心配はいりません、真咲様。皆様……とくに、カルロス様はとてもお強いお方ですから」
「そうそう。だから真咲様は、悪いけどここで待っていてくれよ。本当は神殿の中に避難って言いたいところなんだけどな?」
真咲の肩にそっと手を添えるアリッサの後ろからイーサンが困ったような顔を見せた。
意味が分からず、真咲はイーサンを言葉なく視線のみ向ける他出来ない状況の中、察して答えてくれた。
「たまにいるんですよ。建物ごと壊そうとする奴」
「ま、魔術ってそういうことも」
「出来るんでちゃうんですよ。それに、あいつらは別の信徒なんで、神殿を壊すことぐらい躊躇なくやる。建物を覆えるぐらいの結界が使えれば良かったんですけど、さすがの僕もそれは出来ませんし」
そうイーサンが教えている最中、何かが空中で弾かれた。それを視線で追えば、小さなナイフだった。まるで見えない壁に当たったかのような弾かれ方に、目の前をよくよくと見た真咲はそこでようやく、うすぼんやりと透けているがそこに結界が張られていることに今更気づいた。
「けど、僕一人でも真咲様達は守れるんで。そこは安心してくださいよ」
「え、ええ……分かったわ」
「ってことで、真咲様はあっち向いててくださいね」
まるで真咲の視界を遮るようにイーサンが目の前に立ち、真咲が何かを言う前にアリッサが力づくで真咲の身体の向きを変えた。
「何するのよ、アリッサ!」
「あまり見て良いものではありません、真咲様」
「けど」
『真咲、分かりなさいな』
誰かに聞かれているのかさえ分からない状況だというのに、ディーヴァがたった一言囁くように言ってきた。
真咲は鞄にいるディーヴァを見下ろし、口元を歪め、アリッサの首元に頭をうずめた。
「これで良いでしょ」
「……申し訳ありません。真咲様」
「良いわよ。けど、あたし分かっているのよ、これでも。カルロス達が何しているのかも、ちゃんと。だから……」
真咲だって、一応は分かっていた。真咲を守ると言うことは、相手を攻撃することだ。剣を握り、時には魔術を使って、相手を攻撃するのだ。陳腐なゲームやドラマの世界であれば、そのまま倒れるだけだが、ここは現実。そんなことをすれば血は流れる。そして、あの夜会の時のように、誰かが死ぬ。
だから彼らは魔物相手ならともかくも、賊と言った人間相手の時は絶対に真咲を馬車から降ろしはしなかったし、アリッサは絶対に外の様子を見させないようにしていた。
分かっているから、真咲はそれを受け止めようと思っていた。けども頑なに見せないようにする彼らはちろん、ディーヴァにも言われ、真咲は大人しく従う他なかった。
そうしてどれほど経ったか。鳴りやまない金属音と怒声が続く中、突如、カルロスの大きな声が轟いた。
「全員後ろ下がれ! 巻き込まれても知らねぇからな!」
真咲はつい、それにつられて顔をあげて見れば、ちょうど周囲の騎士達が一斉に後ろに下がっている所だった。巻き込まれるとはどういうことかと真咲はカルロスを見つめていると、途端、カルロスの周囲に炎が渦巻いた。
炎は瞬く間に、眩しいほどに紅い炎へと燃え上がり周囲に広がる。その中央にいるカルロスは剣を振り上げ、大きく剣を横へと振り回せば、そこから新たな炎が生み出され、まるで生きているかのように相手の男達に襲い掛かろうとしていた。
「おっと真咲様。さすがにそれ以上は見ちゃ駄目ですよ」
顔をあげていた真咲に気づいたらしく、イーサンが片手で視界を覆った。
「全く、駄目じゃないですか」
「……だって、あんな風にカルロスが言うんだもの」
「それでもですよ。それに、カルロスの事を思うんなら特にあの魔術使っているところは見てやらないでください」
「なんでよ」
魔術が苦手とか、確かカルロスはそんなこを言っていた気がする。しかしあの炎を見る限り、苦手なんて嘘じゃないかと思ってしまうくらいだ。使い方とかは全く持って分からないけども、あんなにも激しく燃え上がりながら、綺麗だと思えてしまうほどの荒々しい炎を操っているように、真咲の目には映っていた。
「……まぁ、後で話しますんで。それに、あいつがあれを使ったってことは、もうなりふり構ってられないって事でしょうし」
イーサンはそう言いながら、真咲の視界を遮ってはいない手で腰の鞄から何か小瓶を取り出した。
「それ何?」
「あー……、一応、みたいな?」
イーサンは曖昧な笑顔で、答えになっていない答えを言った。
戦いは、カルロスが火の魔術を使ったことで一気に片付いた、のだと真咲はそう思った。なにせ結局イーサンとアリッサが見せないようにしていたし、あの炎で実を言えばあまり見えていなかったのだ。
気づけば炎が消え去り、あたりが静寂に満ちて、積もっていたあたりの雪がすっかり溶けてしまったことぐらいだ。
その後、真咲はアリッサに神殿の中にいるようにと連れて行かれたは良いが、アリッサは今だけはと急いでまた外に出ていってしまった。一人、正しくは一人と一羽だけ残されてしまった真咲は、耐えきれずにそっと扉の影から外の様子を伺った。
見れば、戦っていた騎士達は所々傷を負い、アリッサやイーサン。また動ける騎士達がそれぞれ魔術で傷を癒やしていた。それからイーサンはあの小瓶を何人かに渡していた。何かの薬であるのは間違いないのだろうが、しかしそれならどうして素直に教えてくれなかったのか。
真咲は湧き上がるもやもやとした不愉快さを感じつつ、カルロスの姿を探す。と、ちょうどカルロスが一人の騎士に支えられながら、ようやく姿を見せた。瞬間、真咲は神殿から飛び出した。
「ちょっと、カルロス?!」
「来んな!」
カルロスの元へ駆け寄ろうとした。だがカルロスは鋭い怒声を浴びせ、鋭利な視線を向け、真咲は足をすくませた。
けども今すぐにでも駆け寄りたかった。だって、カルロスは他の騎士達とはだいぶ様子が異なり、全身で呼吸し、腕や肩には矢を射られたまま。それに一人では立っていられれないほどの状態で、ついにはその場で片膝を着いてしまった。
すくんだ足がまた動くようになった。だが動かす前にアリッサが無言で真咲の腕を掴み、代わりにイーサンがカルロスの側に駆け寄った。
「先に矢を抜くからな、カルロス」
そう言うやいなや、イーサンは遠慮なく思い切り矢を抜いていた。見ているこちらが痛くなりそうだというのに、カルロスは一切声を上げず、わずかに顔をしかめるだけだった。そして横から別の騎士達がその箇所に布をあて、治癒の魔術を使い始めた。
「ほら、解毒剤飲んどけ」
「……まじで容赦ねぇなぁ……くっそ」
「それ僕に言っている? それとも相手?」
「両方……ぐっ……! おい、イーサン!」
「悪い悪い、手が滑った」
あんな状態だというのに、カルロスは変わらず軽口を言ったが、イーサンがわざとらしく治癒中の傷口を強く押してやり返していた。
あれなら側に行っても良いだろうか、と思ったがアリッサからの無言の視線が強すぎて、真咲は大人しくまた神殿へと戻されるのだった。
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アルカポルスの彫像が無くとも、神殿は神殿であることに変わりない。しかもよくよく神殿内を確認すれば、二部屋あり、片方はすっかり埃がかぶってしまった一人用のベッドが置いてあった。
やはり、神官がいたのだと知るには十分なものだったが、今はいないことを良いことにアリッサが綺麗に整え、そのまま真咲が使うことになった。そしてアリッサも。もちろんベッドは一つしかないのでアリッサが断ろうとしたが、真咲が怖いからとか何とか理由をたくさん言って、何とか頷いてくれたぐらいにイーサンが様子を見に来て、それを教えてくれた。
「夕暮の虫?」
けども、急に夕暮の虫が使われたと言われたところで真咲は首を傾げる他、反応が出来なかった。それに虫なら伊織が好きそうな話なのに、何故。
「そうです。黄色と赤が特徴な虫がいるんですよ」
「黄色と赤って……だいぶ派手ね」
「そりゃあ毒持っていますし。あ、いるのはここよりも北の方ですよ。それこそノーザイン城がある北部で、寒さに本当に強くって」
「……聞いただけでぞっとするわ。伊織は喜びそうだけど」
きっと今の話だけでも楽しそうに聞いてはしゃぐはずだ。伊織とは全く感性が合わないとは思わないが、この虫や爬虫類と言ったものに関しては本当に合わないと分かっている。が、あんまりにも楽しそうに話すものだから、ついつい話に耳を傾けてしまうのだ。おかげで無駄にその方面の知識を覚えてしまったが、これはまた別の話だ。
イーサンもさすがに伊織が虫を好むことを知っていたようで、一つ頷いた。
「らしいですよ。大神殿の庭で偶然一匹捕まえたってアイヴィから聞きましたし」
「なんでそんなのがいるのよ。北にいるんでしょ?」
「たまに荷物にまぎれて南部に下りてくるんですよ、そいつら」
なんて恐ろしいのか。この世界には魔物なんていう恐ろしいものもいるというのに、身近にいる虫さえも気をつけなければならないなんて。けどもどんな毒かによっては些細かもと楽観的な考えが真咲の頭の中によぎったが、すぐにそれを否定した。
カルロスの、あの時の姿を思い出したからだ。
「……ねぇ、毒って言ってたけど。それになんで夕暮の虫って言うの」
「黄色と赤を混ぜると夕暮れ空の色になるでしょう? まぁ、隠語みたいなもんですよ。で、こいつの毒ですけど、なかなか厄介でして。幻覚作用ありで、そいつ一匹分の毒で簡単に命を奪えるくらいです」
背筋がぞくりと震えた気がした。
「そんなものが、使われたの?」
「はい、おそらく。あのカルロスがあんな状態になっていましたし、たぶんあの時は何かしらの幻覚を見ていたのかもしれないです。だから真咲様に側に来ないようにと言ったんですよ。言い方はあれでしたけど」
一体、どんな幻覚をカルロスは見てしまっていたのだろうか。けどもあんなに強く、鋭く言われてしまったほどなのだ。きっと、だいぶ良くないものだったのだろうと真咲は分からないなりにそう考えた。ただ一つ気になるのだ。どうしてそれが使われていることが分かったのか、と。
「……あたし、よく分からないんだけど。毒って、同じ解毒剤で治せるものなの?」
「いやいや、流石に無理ですよ。どうして使ってくるって予想できたかってことを聞きたいんでしょうけど……」
イーサンは困ったように頭を掻きながら視線をそらし、しかしすぐに真咲に視線を戻した。
「さすがに話しますけど、口外はしないでくださいね」
「分かったわ」
迷いのない真咲の返答に、イーサンは困ったようにため息を付いた後、教えてくれた。
「陛下に使われたものらしいんですよ。その毒」
一緒に聞いていたアリッサも、もちろん知らないことだようで、小さく、え、と声を漏らしていたのが聞こえた。真咲もまた驚きですぐに反応ができずにいたが、無理矢理に口を開いた。
「ど、毒を使われてたの? っていうか、どうしてそんなこと分かったの?」
「……流石に全部は話せませんけど、王城の方で偶然耳にしたお方がいたんですよ。そこからですね」
「な、奈緒が聞いたとかじゃ」
「それは違うのでご安心ください」
奈緒ではない。それなら安全だ。たぶん。けども同じ聖女である以上、狙われやすいのは変わらない。とは言え、奈緒にはあの巣窟の主からもらったらしい、なんだか恐ろしい強い結界の魔具を身に着けているのだ。もちろんそばにいる護衛の二人を疑うつもりはないが、もしもの時がある。身を守れる方法が多いならより安全でいられるということだ。たぶん。
これ以上、このことについて考えると頭がパンクしそうになったので、真咲はあの時聞けなかったことをイーサンに聞くことにした。
「それで、カルロスのあの火の魔術。見るなってどういうことよ」
「……やっぱり聞きますよねぇ」
いかにも忘れてほしかったという態度を見せられた。だがじっくりとイーサンの説明を待てば、根負けしたイーサンが肩を落としながら教えてくれた。聞いていくにつれて、真咲はもやもやとする不愉快さが膨れていくのを感じ、最終的に真咲はイーサンの話が終わるや否やベッドから立ち上がった。
「カルロスに会いに行くわ」
「……っすよねー。やっぱり」
これはもう止められないことを悟ったイーサンは素直に頷いてくれた。




