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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 五章 空は決意を歌う
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09 ワイバーンにスライム、そして痕跡

 巡礼の旅は、想像していたよりもずっと過酷なものだった。

 大きく揺れた馬車の中、真咲はアリッサに強く抱きしめられた。


「い、今のって」

「ご安心ください」


 そして続いて聞こえてきたのは騎士達の怒鳴り声だ。中でもカルロスの怒声がよく聞こえた。

 落とせ落とせ。右だ。結界が緩んでいるぞ。

 次いで、大きな咆哮が馬車を揺らす。

 あまりにも大きすぎる音に、真咲は強く両手で耳を塞ぎ、身体を小さく丸めた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 一歩でも王都の外へ出た瞬間、最初に出会ったのは魔物だった。見た目こそ狼のような魔物だったが、額には大きな角が生えていた。それらは集団で行動し、襲いかかってきたがカルロス率いる騎士達が全て討伐してくれた。名前は忘れた。

 続いて出会ったのは賊だった。どこからか話を聞きつけて他党を組んでやってきたわけだが、これについてはむしろ深紅達が捕らえた数を競い、楽しそうに相手をしていた。真咲と神殿の騎士達は、心の底から賊達に同情した。

 そして今、なんと人里に降りてきたワイバーンが襲いかかってきたのだ。

 たった一体。しかし馬車の窓から見えてしまった巨体に恐怖してしまった真咲は、すぐにアリッサに抱き着いた。どうやらワイバーンの狙いは馬だったらしい。皆、自分達の馬や、この馬車に繋がれている馬達を幾重にも張った結界で守りながら戦いに挑んだ。

 それから、どれほど時間が経っただろうか。外から男達の歓声が聞こえ、そこで討伐したのだと知った真咲は見事、腰を抜かしていたが、アリッサはよく耐えたと褒めてくれた。それにディーヴァも気に入りに鞄から出てきて、顔に身体を寄せてくれた。

 馬車の扉が開かれるまでの間、ちょっとだけ泣いてしまったのは内緒にしたい。



 最初に出会った魔物達もそうだが、さすがに討伐したワイバーンをそのまま放置、というわけにはいかない。このまま放置すれば、また別の魔物が寄ってくるのもあるし、とくにワイバーンは薬や魔具の一部にもなるらしく、その目的で様々な人がやって来ようとしたところをまた別の賊が狙ったりとする原因にもなるらしい。

 そのため、今は騎士達がワイバーンの解体作業をしている傍ら、簡易的な天幕の中で真咲はアリッサが入れてくれた温かなお茶を飲んでいた。もちろん作業は見えないようにしてくれて助かっているが、目の前に置かれているとても便利な簡易的な魔具のストーブに一人だけ当たらせてもらっているというのは何とも申し訳ない気持ちになってしまっていた。

 が、彼ら曰く、まだこの寒さは問題ないらしい。この時ばかりは寒さに強くなりたいと真咲は強く願ってしまった。


「ワイバーンって、大きいのね……」

「あれでもまだ小さい方だぜ?」

「嘘でしょ……」


 そして傍らにいるのはアリッサと、カルロスだ。イーサンはと言うと、この中で唯一の漆黒という事もあって周辺の警備で忙しいらしい。一人で良いのかと思ったが、イーサンからしたらむしろ伸び伸びと出来ると喜んでいた。

 話を元に戻す。

 真咲はカルロスの言葉に啞然と目を丸くした。あれがまだ小さい。動物園で見た象よりも大きいというのに小さいだと。いや、象の倍とは言いすぎだが、きっとそれぐらいだ。


「あれはきっとまだ若いな。たまに群れから追い出されたかなんかで、山から下りてくるんだよ。そんで家畜やら、今みたいに馬を狙って来るんだよ」

「そ、そうなの……。え、あれ? ねぇ、ドラゴンとか、そういうのは?」

「ドラゴンは知っているんだな」

「そのぐらいは知っているわよ」

「ま、さすがにそうか」


 ファンタジーと言えばドラゴンだったり、妖精だったりがいたっておかしくはない。なにせワイバーンがいるくらいだ。もしかしたらスライムだっていても良い。とは言え、まさか物語上に出てくる魔物が本当にいるとは驚いたのだが。

 カルロスは真咲が知っている理由をとくに気にせず、教えてくれた。


「この国はドラゴンの生息地じゃないんだよ。おかげでワイバーンよりも厄介なドラゴンがいないだけマシってところだな」

「……ドラゴンって、そんなに厄介?」

「あいつらのブレス、ワイバーンよりも強いんだよ。しかも鱗が尋常じゃなく硬いし、魔術もそんなに効かねぇ」

「やばくない?」

「おう。そんで極稀に迷い込んできたりするんだよ。一回相手したことあるが、もう二度と相手をしたくねぇ」


 なにそれ怖い。しかもカルロスはそんな怖い魔物と一回相手をしたことがあると言うのだ。真咲はついついカルロスを凝視してしまうと、さすがに居心地が悪くなったのか顔をしかめた。


「別に俺一人じゃねぇよ。さすがに隊組んで討伐したし、ギルバートやクラウスもいたんだぜ?」

「あの二人も?」

「おう。とくにクラウスは魔術が得意だから、空から落とすのに一番に駆り出されてさ。そんで落ちてきたドラゴンを俺達が討伐したんだよ」

「……そうなの」


 軽々と言うカルロスだが、先程のワイバーン相手の戦闘を知ってしまった手前、真咲はただ静かにうなづくことしか出来なかった。

 なにせワイバーンよりも強敵なのだ。それはきっと、先程よりもずっと、もっと、恐ろしくて激しい戦闘だったに違いなかった。


「……あー……やっぱり、ただ単に迷い込んできた奴相手に討伐っていうのは、あんまりか」

「あ、ううん。そうじゃなくって……。それに、たぶん、それって仕方がないことなんでしょ」


 かわいそう、だとは一瞬だけ思ったのは確かだ。しかし、あのワイバーンよりも凶暴な魔物が迷い込んできてしまったというだけでも怖いと思ってしまうし、何よりも目的は違えど、襲ってくるようなことがあったらそれこそ急いで討伐なりをしてほしいと思ってしまうのも当然だった。

 それにたぶんだが、この世界ではドラゴンも薬や魔具の一部になる、のかもしれない。そう考えたらもう仕方がなかったの一言でしか言いようがなかった。


「ねぇ。あのワイバーン。解体したらどうするの? 埋めたりするの?」


 角が生えていた狼達は魔術を使って近くの森に埋めていた。ちなみに肉はまずいらしい。それを聞いて魔物の肉も食べるときがあるのだと知り、ちょっと気になってしまったのは別の話だ。

 カルロスはいや、と首を横に振った。


「このあたりにあるギルドに回収してもらう。さすがにワイバーンをそんなことしちまったら、勿体ねぇしな」

「すぐ来るの?」

「いや。さすがに無理だから、二人をここに置いて先に行く。深紅じゃこういう時もあるし、慣れたもんだから心配するなよ?」


 護衛として選ばれた騎士はカルロスとイーサンを除くと二十名程だ。なんて人数が多いと思ったが、こういう時の為に多くしているのだろうかとちょっと思った。が、それかただ単に慎重すぎて多くなってしまったのどちらかだろうなんて、知ったかぶりのように真咲は考え、よいしょ、と立ち上がった。

 鞄の中にいるディーヴァが、真咲がやろうとしていることに気づいたらしく、頭ごと鞄の中に引っ込んだ。


「あのワイバーンにちょっとお祈りしてくるわ」

「良いけど、邪魔すんなよ」

「しないわよ」


 天幕から顔を出して、解体作業を見ると、ちょうど首が胴体と外れていたところだった。本当に生々しいくて、ちょっと腰が引けそうになったが、勢いよく寒い外へ飛び出した。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 二つ、三つと、町や村を巡った。どうやら、真咲が巡礼の旅に出ていることは国中に話が広まっているらしく、行くところ全てに歓迎された。

 だが、一歩外に出たことで、ここで初めて神殿というにはあまりにも小さく、小さな小屋のような場所で皆、祈りを捧げていることを知った。そしてアルカポルスの彫像はあるにはあるが、比べてどこか古めかしく、大きさだって真咲よりも小さいものだった。

 王都にある大神殿の祈りの間にある彫像はこれよりもずっと大きくて、それこそカルロスよりもずっと大きなものだ。それよりも紅星の間にある彫像はもっともっと大きかったが、それにしたってこれはあまりにも小さい気がした。

 けども、そこの人達は大きさなんて一切気にせずに、ここでも変わらずに祈っていた。だから真咲も祈り、そして歌った。

 どうかどうか、ここのいる人達に幸せが訪れるようにと。どうかどうか、残された希望に導かれて集まってくれるようにと。

 真咲は強く願い、祈りながら声高らかに歌い上げた。



 そして、次の町へと行く途中、馬車は急遽動くのを止めた。

 どうしたのかと思っていると、どうも外が騒がしかった。まさかまた魔物か、それとも賊か。

 アリッサが真咲の代わりに外の様子を確認した後、窓を開けた。凍えるほどの冷気が入り込み、真咲はブランケットに身を包んだ。


「どうされたのですか。カルロス様」


 ちょうど目の前にカルロスがいたらしい。おかげで二人の会話がよく聞きとれた。


「この先にスライムがいるらしい」

「……しかし、この付近は」

「ああ、だが今年はそういう年ってことだ。魔物の数が多いと思ったら、あいつら大量発生しているらしいな」

「なんて恐ろしい……。ということは」

「おそらくは群れだ。仕方がねぇが、回り道をする」

「かしこまりました」


 無事に話し終えたアリッサは窓を閉めてすぐ、真咲の様子に気づき、少し慌てた様子で寒くないようにと、さらにもう一枚ブランケットを追加して真咲を包んできた。

 このブランケットはすごくもこもこで、軽く、そしてとんでもなく温かいのだ。これは魔具ではなくて、魔物の素材をふんだんに使っているとかどうとか。正直素材については全く覚えていない。とにかくこの温かさでついつい眠ってしまいそうになったが、その前にと気になることを聞こうと軽く頭を振った。


「ねぇ、アリッサ。スライムって……」

「とても、恐ろしい魔物です。真咲様」


 スライムなんて序盤に出てくるとても弱い魔物の一つだったはず。それがどうしてそんなに、顔を少しだけ青ざめるほどなのか、全く理解出来なかった。

 が、アリッサが一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 ロトアロフのスライムは冬、つまりは雪が積もった時期に活発に動き出す。それらは個々で活動をしている場合もあるが、基本は群れで動いている。

 そいつらの捕食方法は獲物を包み込み、じっくりと溶かしながら捕食する。

 狩りの方法は基本的に二通り。どこを巣穴にしている。

 地面を溶かして作ったとても深い穴を巣穴にしている奴らの場合、深い雪のせいで簡単に見つけることが出来ないという。何も知らずに踏み入って誤って落ちてしまえば、あっという間にそいつらに包みこまれて捕食される。

 もう一つは樹木を巣穴としているのもいるらしい。とくに大きな樹木がある場合は注意が必要だ。中に潜んでいる可能性がある。そいつらは獲物を見つけると上から落ちてくるのだ。そして暴れる獲物をそのまま包み込んで捕食する。

 何よりも、このロトアロフに生息しているスライムは常に冷気をまとい、じわりじわりと包みこんだ獲物を弱らせてしまうのだ。どれほどの冷気なのかは不明。ただ冒険者達によれば、スライムが大量発生した時は、その一体の雪は氷になり、例年よりも寒いとかどうとか。

 奴らは基本的には雪が多く降る地域てあり、王都付近を境に南側は数が激減するらしい。が、スライムだ。あちらこちらにいるし、見かけたらだいたいは群れがいると思わなければならない。その上、獲物さえいれば簡単に増殖する。

 まるで地球にいる、名前さえ出したくない黒いテラテラと光るあの虫のように。

 もちろん放置なんて出来ない為、毎年騎士達や冒険者達が討伐しているらしいが、ある種の拷問に近いとかどうとか。

 アリッサの懇切丁寧な説明を聞いてしまった真咲は両手で顔を覆った。


「怖い」

「はい」


 無限増殖し湧き出るスライム。一見すればちょっと可愛いと思わなくもない。が、真実を知ってしまった今、ただの恐怖でしかなかった。


「……しかしここで道を変えるとなると……、本日中には到着しないかもしれません」


 アリッサは外の様子を見ながら、ふとそんなことを呟いた。

 予定では、日が落ちる前に次の町に着くと聞いた。どういう回り道になるのかは分からないが、アリッサがそんなことを言うくらいだ。着かないと思ったほうが良さそうだった。


「じゃあ野営、だっけ?」

「そうなります。申し訳ありませんが、耐えてください」

「大丈夫よ。むしろちょっと楽しみにしてたくらいだから! あ、でも、スライムとか……」

「ご安心ください。その為に騎士達がおりますし、私も魔術は心得ておりますから」


 アリッサが胸元に手を当て、決意強く言いきる。

 それはそうなのかもしれないが、それでもなんだか申し訳なく思ってしまうのはこの状況に慣れていないのもあるだろうし、やはり聖女という立場に未だに慣れきっていないからなのかもしれない。

 しかし、そんなことを思うなら、ずっと騎士達はこんな寒い中、馬にまたがっているわけで。

 真咲はぐっと顔をしかめ、考えることを放棄することにした。彼らは自分の安全の為について来てくれる人達だ。それなら自分はちゃんと大人しく、迷惑をかけないようにすることが一番だ。それにアリッサがずっと側にいてくれるのだし、何せ魔術が使えるのだ。これ以上なく心強い存在だった。


「そうね。アリッサもいるわけだし。ね、その時は遊戯盤で遊びましょ?」

「……ディーヴァ様を交えて、でしたら」

「楽しみだわ」


 近頃は休憩の度に遊戯盤が出来る騎士を相手に遊んでいるが、何故かどうして歯ごたえが無い。なので近頃、真咲はいくつかの駒を抜きに相手をしているのだ。これはこれで面白いが、それにしたってちょっとの文句は出てしまう。

 そうだ、これはきっとアンソニーのせいだ。おかげで遠慮なく好き勝手に遊戯盤で遊ぶようになったのは良いことだし、アンソニーを後一歩まで追い詰めるところまで来ていた。だがおかげで強くなり過ぎたのだ、自意識過剰でなければ。

 そうだ、と真咲は思いついた。

 もし静に出会えたら、リーリアに相手をしてもらおうと。結局、リーリアとは勝負つかずで終わってしまったのだ。今度こそ勝負をつけたい。それともし、出来るなら静とも。それで強いねって褒めてもらおう。

 また一つ、再会出来た時の楽しみを増やし、無意識に笑みを浮かべた。

 と、ひょこりと鞄の中からディーヴァが顔を出した。


『真咲、近くに神殿があるわ』


 そしてぴゅい、と小さく鳴き声が混ざりつつ、そっと真咲に囁いた。

 真咲は慌てて馬車の窓を開け、すぐ傍らで並走していたカルロスに伝えた。


「カルロス! 神殿があるわ!」

「ああ? こんなところに?」

「そうよ!」


 真咲はまた馬車の中に顔を戻し、ディーヴァが翼で指し示す方向を確認してから、またカルロスへと方向を伝えるのだった。

 日は少しずつ傾き始める頃だった。



 さらに日が傾き、後少しで夕暮れとなる頃、ディーヴァに導かれた先には確かに神殿があった。


「こいつは……ずいぶんと年季が経ってるな」


 馬車から降りた真咲の隣に並ぶカルロスは思わず、と言うように呟いた声が聞こえた。

 ずいぶんと深い森の中に隠されているかのように、これまたずいぶんと寂れた石造りの神殿がぽつんと存在していた。外壁にはこの寒さで枯れた蔦が張り付いており、ヒビも所々見える。一体いつからあるのか分からないし、それどころか神官なんていなさそうな雰囲気がある中、木製の扉がゆっくりと動いた。

 騎士達がそれぞれ警戒するように剣に触れる中、そこから出てきたのはずいぶんと腰が曲がった一人の老年の男だった。神官かと思ったが、その服装は着心地のよさそうな黒い衣服に身を包んでいた。

 深く刻まれた皺のせいで強面な顔立ちはさらに気難しい印象を強め、白髪の合間から真咲達を見据えた。


「お前さん達、何のようだ?」

「ええっと、こんにちは!」


 明らかに警戒している様子の老年の男に、真咲は誰よりも際に近づいて挨拶を向けた。にしても、こんにちは、と言うにはもうずいぶんと日がが傾いてしまっているが、つい慌てて言ってしまったので許してほしい。なんて内心思いながら、真咲は笑顔で続けた。


「あたし、真咲って言います! えっと、今、巡礼で……その」

「……巡礼?」


 やはり、ここまで話は届いていなかったらしい。老年の男は顎に手を当て、小さく首を傾げた後、真咲を見やった。


「何の為に」


 まるで試すように問う男に、真咲は迷わず答えた。


「もう一度、祈り、願ってもらえるように」


 そして、希望の下へと集まってもらえるように。

 皆が想像するであろう聖女としての言葉と、ほんの少しの自己を隠す。

 男は真咲を吟味するように目を細めながら、じっと見つめる。真咲はその鋭さに笑顔が崩れそうになるも、ぐっと堪えた。

 それから少しし、男はふっと、ようやく表情を和らげた。


「まさか、空の聖女様にも……。長生きはしてみるものだな」


 独り言のように呟いた男の言葉に、真咲はほんの少しだけ違和感を覚えた。

 小さく真咲が首を傾げると、男はゆっくりとした動作で扉を大きく開いてくれた。


「この神殿の墓守をしております。何もない場所ではありますが、どうぞ中へとお入りください」


 墓守だと名乗った男は先ほどとは打って代わり、とても丁寧に真咲達を中へと招き入れてくれた。



 中はここに来るまでに訪れた町や村の祈りの場所よりもしっかりとした祈りの間だった。しかもアルカポルスの彫像はおおよそカルロスの背丈ぐらいか。その背後には大神殿の祈りの間と同じように美しい青を基調としたステンドグラスが嵌められていた。


「ここにあるのは、この祈りの間と、そして凍土に眠りについた魂の墓のみでございます。もし、よろしければ、その者達にも祈りを捧げてはくださらないでしょうか」

「もちろんです。あ、えっと」

「私はただの墓守でございます。名は他にあげました。どうぞお好きにお呼びください」


 他にあげた、とはどういう事だろうか。

 真咲は小さく首を傾げ、聞こうと思ったがその前にさっさと墓守と名乗った男は、先ほど入って来た扉とは違うずいぶんと簡素な扉へと歩き始めていた。

 慌ててついて行くと、ちょっとした通路になっており、古びた木製の棚が置かれ、そこには年代物の本が並んでいた。さらに奥へとついて行けば、そこは一転して住居と変わらない作りをしていた。床に古めかしい色あせた絨毯が一枚。温かな炎が揺れる暖炉。目の前に置かれた椅子に、テーブルの上には食事中だったのだろう食べかけのスープとコップ。


「この奥に部屋がございます。どうぞ、お好きにお使いください」

「え、良いんですか?」

「ええ、もちろんですとも。ただお食事については申し訳ないのですが」

「大丈夫! よね?」


 むしろ部屋だけでも貸してもらえるのはとても幸運としか言いようがなかった。さすがに全員が部屋を使えるわけではなさそうだが、それでも有り難い話だった。もちろん最初から食事なんて頼るつもりはない、はずだ。真咲は後ろにいたアリッサに振り向き問えば、アリッサは小さく頷き、墓守へと顔を向けた。


「はい。もしよろしければ、こちらの食料が余っておりますので、いくつかもらっていただきたいのですが……」


 食料が余っているとは初めて真咲は聞いたがすぐに、相手がもらいやすくするための言い方なのだと気づいた。だが、墓守はそれに気づいてかなのか分からないがゆるく首を横に振った。


「いえ、お気遣いなく。食料はまだありますので」

「なら、俺達と飯食おうぜ? 食っている途中で邪魔しちまったし、真咲様や他の連中も気にしちまうから頼むよ」


 続いてすぐにカルロスがいつもの調子で墓守に聞いてきた。しかも真咲の名前まで出してきて。けども事実気にしてしまうのは間違いなく、どうせだったら一緒に食べられたらと思ってしまったのも嘘ではない。

 墓守は険しい顔をさらにしかめ、横目で真咲の様子を確認した後に大きく息を吐き出した。


「……そう言う事でしたら」


 さすがにカルロス相手には断りきれない様子を見せた墓守は、ひどく仕方がなさそうに頷いてくれた。



 皆と食事を終え、アリッサが整えてくれた部屋に真咲はいた。中には二台のベッドが並び、カーテンのない窓が一つあるだけ。ただ眠るためだけの簡素な部屋だが、休むには本当に十分だった。

 騎士達は全員外で休むらしく、各々慣れた手つきで天幕を張っていた。この寒さがなければ外での野営もなかなか面白そうだと、その様子を見て思ってしまったが、スライムのことを思い出し、すぐにその考えは引っ込んだ。


「本当に飽きねぇな。遊戯盤」

「考えれば考えるだけ面白いのよ。けど、相手がいればもっと面白いのよね。ねぇ、カルロス、覚えなさいよ」

「俺には向いてねぇよ。イーサンとやってくれ」

「イーサン逃げるもの」

「んで、アリッサにも逃げられた、と」


 アリッサは他の準備や、片付けやらが残っているとかで慌ただしく動き回っている、と思う。ディーヴァもやる気が無いようで相手にしてくれない。ただ久しぶりに鞄から出てきて、窓際にとまっているだけだ。

 今日はもう眠るだけしかやることが無い。とはいえ、まだまだ眠気はやってこないから一人で遊戯盤の駒を動かしつつ、護衛としてこの場にいるカルロスと話をするだけだ。

 そう言えば、墓守は遊戯盤を少しはやれたりしないだろうか。試しに聞くだけでもありか。しかしもう部屋に戻って休んでいるかもしれないとすぐに思い、真咲はその考えを止めた。

 こつり、と駒を動かす。

 真咲は代わりに、墓守との会話を思い返す。

 違和感を覚えたのだ。ほんの些細なことかもしれない。ただ墓守のふとした聞こえてきた呟きが妙に引っかかった。

 こつ、こつ、と駒を動かす。

 墓守はなんと言っただろうか。

 そう、確か。


「……()()()()()()()……?」


 そこで、おかしなことに真咲はようやく気付いた。


「なんか言ったか?」

「あ、えっと……」


 真咲の呟きがカルロスに耳に入ったらしい。そう言えば、墓守のあの呟きは真咲以外には届いていないのだと今更ながらに気づいた。


「あの墓守さん。あたしが空の聖女だって知ってたのよ」

「そりゃあ……ある程度は話聞いているからじゃねぇの? ほら、特に目の色とかも」


 言われてみればそうかもしれない。だが、初めて行く場所はいつも、誰かに空の聖女かどうか、毎回尋ねられていたのだ。それがどうして一目で分かったのか。それともう一つ。


「後、他にもあって。空の聖女様()()、って言ってたのよ」

「……()()?」


 その言い方はまるで、他にも会ったことがあると言わんばかりだった。

 さすがにディーヴァには聞こえてていたはずだろうと思い、声をかけようと窓へ視線を向け、真咲は小さく首を傾げた。


「ねぇ、ディーヴァ」

『何かしら』

「あそこにいる鳥って……」


 すぐ近くの木の枝に、うすぼんやりと光を纏っているように見える白い鳥が一羽、こちらを見ていた。白いから薄く光を纏っているように見えるだけなのか。けども妙に何故か惹かれるものを感じてしまっていた。なんとなく、どうしてだろう、それがただの鳥ではないと理解してしまった。

 ディーヴァは真咲のそんな様子に気づいたようで、軽く跳ねて真咲へと身体を向けた。


『よく気づいたわね。あの子がここの墓地を守っている眷属よ』

「……誰の?」

『もちろん、ユフィアータに決まっているでしょう?』


 真咲はもちろん、カルロスも言葉を失ったように驚きを隠せなかった。

 まさか、ここに来てユフィアータの眷属に出会えるとは思っても見なかったのだ。けど真咲が出会ったところで意味がない。静がいなければ、何の意味も。

 と、続けてディーヴァは少しだけ呆れたように続けた。


『にしても、力が足りてないみたいね。ずいぶんと力を多く渡したようね』


 真咲は考える前に立ちあがり、窓際にいるディーヴァを包むように持ち上げた。ディーヴァは真咲の突然の行動に驚くこともなく、ぴゅい、と小さく鳴いた。


「……ディーヴァ」

『何よ、真咲』

「力を分けたって、その、もしかしてだけど」

『一人しかいないじゃない。それに何の為にあの人間に加護を与えたと思っているのよ』


 もはやそれが答えだった。


「最初から言いなさいよ……!」

『そう言われても困るわ。聞かれないと答えられないこともあるんだから』

 そんなのは知らないし、今はそれよりも大事なことがあるのだ。

「と、とにかく、墓守さんに聞かなきゃ……! あ、でも、明日の朝に……」

「いや、今聞きに行こうぜ。その方が安心して休めるだろう?」

「でも、もう休んでいたり……」

「じゃあ、あの大部屋にいなかったら明日にするか」

「そうね!」


 真咲はディーヴァを少し雑に鞄に入れ、カルロスを連れて急いで部屋を出た。ディーヴァが文句を言いたげに顔だけ出してきたが、そんなものは無視した。



「申し訳ありません。沈黙をお守りしなければと思ったばかりに」


 墓守は暖炉の前で椅子に座り、ずいぶんと古びた本を読んでいた。あまりにも小さな文字がちらりと見え、真咲はすぐに目をそらし、早速聞くことにした。

 ここに、銀の聖女が来なかったか、と。

 真咲のあまりにもまっすぐ過ぎる問に、墓守は眉間に深い皺を刻み、そして答えてくれた。あまり答えになっていないものだったが、その通りだという肯定そのものだった。


「雪が積もる前の事です。銀の聖女様と、お守りする一団が訪れました。と言いますか……、あの馬鹿四人が連れてきたようなものなんですが」

「馬鹿四人……?」

「ご存じありませんか。四人の内、一人の名前はジェイクと名乗る、粗暴な男」

「ああ、あの人達……!」


 静の命を狙いに来て、そのまま静が仲間にした人達だ。確かに、ジェイクの粗暴さはカルロスと良い勝負だったはずだと真咲はそう覚えている。後ろから妙に視線を感じたが、きっと気のせいだ。

 墓守は真咲の反応を見て、小さく笑みを浮かべた。


「私の名はジェイクと言うんですがね、馬鹿が私の名前を名乗ったんでそいつに渡すことにしたんですよ。なので私に名は無いというわけです」

「え、あの。けど」

「と言うより、あれと同じなのが心底嫌なので名乗りたくなくなっただけなのですがね」


 なかなか気難しい性格なのかもしれない。しかも本当に心底嫌そうな顔をするものだから、むしろジェイクがかわいそうに思えてくる。だが、墓守はあっさりと自分の名前を渡したのだから、たぶん、少しはジェイクと仲が良かったりするのかもしれない。

 しかしどうして四人がこの墓守と繋がっているのか、全く想像が出来ない。もし覚えていたらジェイク達に聞いてみるのも良いだろうと何気なく思った。


「えっと、それで……そう。ユフィアータの眷属がいて」

「ええ、あの眷属様ですね。実はあのルイスという者が眷属様を見つけてくださりまして。そして、お眠りになられていた銀の聖女様に眷属様が触れた途端、光が溢れたのです。それは大変美しい光景でした」


 きっと、それこそ奇跡と呼ぶほどに美しい光景だったのかもしれない。

 墓守はその時の光景を思い出しているのだろう、両手を強く、祈るように握りしめていた。


「そして……、ええ、一瞬でしたが。一度だけ瞼を開けたのです。すぐに閉じてしまいましたが……、それでも皆、とてもご安心なされておりました」


 巡礼へ行くことを決めて良かったと、真咲は今、心の底から思った。

 本当に小さなものだった。しかし確かに、残された希望の欠片はここに存在していた。


「……明日、朝一番にお祈りしても良いですか?」

「よろしいのですか?」

「もちろん、眠っている人達にも。歌も歌いますから」

「おお、それは……なんと有難いことでしょうか」


 真咲は今出来る精一杯の感謝を込めて、明日、ここにいる皆の為に歌おうと決めたのだった。



 翌朝、真咲は墓守に伝えた通り、朝一番に祈りを捧げた。その後、裏手にある墓地の前へ移動し、真咲は声高らかに、ここに眠る魂達のためだけに歌った。

 どこまでもどこまで広がってゆけと言うように。どうかどうか、この祈りが届きますように、と。

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