06 出来ることがこれだけだから
奈緒が国王陛下を治したという知らせは、また城下町にいる時だった。しかも打倒アンソニーということで、再挑戦している最中だった。
真咲は何度も何度も、それはもうしつこいぐらいに振り返りつつ、泣く泣く馬車へと乗り込み、急ぎ大神殿へと戻ることになった。ちなみに本当にちょっとだけ泣いた。
戻ってきた時、奈緒は自室にいるらしいと聞いて行けば、伊織も一緒でしかもゆっくりとお茶をしていたので真咲はもちろんその中に入れてもらった。奈緒が文句を言ってきたが、そんなのは無視した。そして忘れずに町の人達から貰った土産を伊織に渡し、さて、と奈緒から詳しく話を聞こうと思ったが、奈緒から驚きの真実を教えられ、それどころではなくなった。
「そうよ。あのクソ王子、婚約者がいたのよ」
もはや笑えない話だった。
「そ、それなのに、奈緒に言い寄ってたの?」
「そうよ」
「そ、それで?」
「少しだけ彼女と話はしたわ。大丈夫、喧嘩はしていないし、後でちゃんと話すつもりだから」
知らないところで奈緒は奈緒で大変な事に巻き込まれていたが、自力ですでにほぼ解決済みだと聞いて伊織と一緒に思わず拍手をしてしまった。
けどもやはりついつい、本当に大丈夫なのかと疑いそうになってしまったが、奈緒が良い子だと言うくらいの相手なのだから、きっと大丈夫なのだろうと真咲はそう思うことにした。
それから話をいろいろと聞けば、奈緒は奈緒で、王城では庭園の魔術について調べていたと言うことを始めて知ったり、いつものように開発局で掃除をしていたかと思えば、少しだけ日本のこと話してしまったと申し訳なさそうにしていた。
その理由がいまいち分からない真咲だったが、確かに変に話をするようなものではないとなんとなくそう思って真咲も話をしたことはなかった。
「そういえば伊織は今、何してるの?」
「お勉強に、祈りの間に行ってお祈りしてるよ」
「他の事よ。いい加減に話をしてくれても良いんじゃないの?」
奈緒が伊織に問いかければ、伊織は笑顔で答えた。一目見て、誤魔化そうとしていると真咲はすぐに分かった。さすがにこんな状況の中、一緒に過ごしてきたのだ。いい加減に嫌でも分かってしまう。
伊織は何でも見える。けども、何も言わない。だから、真咲は伊織がその力を持っていることに対して怖いとは思ったことが無い。
確かに考えていることが知られてしまうのは良い気分にならないが、それを利用したり、面白がって遊ばれたりしないのなら知られていないのと同じ、だと真咲なりに考えていた。
さすがに誤魔化しきれないと思ったのか、伊織は真咲に視線を向けてきた。
「じゃあ、真咲は?」
「じゃあって。知っての通り、孤児院に行ったり城下町に行ったりしているわよ。後は歌教えてるわ」
「そうなの?」
「ええ。けど、歌は翻訳されないから音を頼りに歌っているような感じね。結構面白いわよ」
そう言えば歌が翻訳されないことについては話をしていなかったと、二人の驚いた顔を見て気が付いたが些細だと思い、また伊織に返した。
逃がさないと言うように笑ってやれば、伊織は少し拗ねたように唇を尖らせた。そのまま黙ってしまうのかと思ったが、伊織はおずおずと話してくれた。
つまり、こうだった。
いろんなものがよく見えるようになった。しかも幽霊まで。地下の書庫室にいるとかどうとか。
真咲は知りたくなかった事実に、ぐっと顔をしかめてしまったし、奈緒は両手で顔を覆った。
「……私、もう書庫室にいけない」
「あたしも」
「何もしないよ? 後ね、祈りの間がある中庭にリディアータの眷属がいたよ」
そういえば祈りの間によく行っていると聞いたが、よくよく聞くと、なんと夜中にも行っていたらしい。正直とても面白そうで文句を言えば、伊織は困ったように笑っていた。
そして、そこで見つけたのはどうやら眷属以外にもあるようだが、これについては伊織は教えようとはしてくれなかた。
まだ途中だからだ。
きっと伊織は伊織なりに考えて、全部を見つけてからにしようとしているのだろうと思った。
真咲はどこか、伊織に眩しさを覚えた。その金の瞳はもちろん、ちゃんと自分で考えて動こうとしているその姿がとにかく眩しかった。
あの時の、部屋に閉じこもっていた伊織の姿を真咲は思い出した。あの時の伊織は憔悴して、顔色なんてすごく悪くて、生気のない曇った金の瞳が真咲を見つめていた。
本当に今思い出しても何でもっと早くに動かなかったのかと自分に対して苛立ちを覚えてしまいかける。しかし、その姿を知っているからこそ、今の伊織の生き生きとした姿を見ていると安心すると同時、どこか強い焦りを感じてしまった。
ああ、自分は本当、一体何をしているのだろうか、と。
伊織はその力を使い、大神殿の中にある何かを見つけようとしている。そしてそのために魔術の勉強までしている。さらに今は祈りの間で祈りを捧げている。
奈緒が力を使うのをどことなく否定的だったのは、どことなく真咲だって感じていた。けども、それでも奈緒は力を使い、敵かもしれない国王陛下を治した。しかも力を使っていない間にも、庭園の魔術について調べていたり、変わらず開発局に行ったりと忙しくしていた。
二人とも、必死に考えて、まさしく聖女と呼ぶにふさわしいことを成していた。
だというのに、自分は未だに変わらずにずっと外で遊んでいるだけ。
重く沈みそうになるが、今は疲れた奈緒もいるし、何よりなんでも見えてしまう伊織の前だ。だから真咲は気分を入れ替えたくって、窓の外に広がる白銀の景色へと視線を向けるのだった。
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国王陛下。アウグストの話を全て理解するには、とても時間と労力が必要なものだった。
「……もう、疲れたぁ……」
自室に戻ってすぐ、真咲は一目散にソファに座り、背もたれと肘掛けにぐでりと寄りかかった。
「真咲様。ホットミルクをどうぞ」
「ありがと!」
いつの間に用意したのか本当に不思議だが、真咲の好きなホットミルクを用意してくれたアリッサに礼を言いつつ、誰にも横取りされるわけでもないのに急いで両手を伸ばした。
今日は本当に疲れたのだ。
朝からなんとアウグストから呼び出しがあると言われて、大人しくついて行けばどうしても知りたかった真実を語られたのだから。
「ちゃんと理解出来たか?」
「出来たわよ。たぶん」
ホットミルクの優しい甘みを堪能していたら、カルロスがにやりと笑いながら聞いてきた。
真咲は全部まるっと理解出来たかと言えば、出来ていないと自信をもって答えることが出来る自信だけはあった。
何せ、なかなかに濃密すぎる話の内容に、真咲は理解するのにとにかく必死過ぎて、実を言えば半分ぐらいの話を聞き逃しているがこれは絶対に誰にも言えないものだ。
いや、ディーヴァは何となく分かっているだろうから、眠る前にディーヴァが仕方が無く教えてくれるだろう。きっとそんな気がする。
面白がるカルロスに、横からイーサンがカルロスの肩に手を置いた。
「そういうカルロスはどうなんだよ」
「つまりは第二王子が主犯ってことなんだろ? 後は、その名前が分からねぇ神が関わってる」
「確定はまだしてないけど、そういう事になるな」
何故だろう。カルロスよりは理解していると今の会話で真咲は自信を持って言える気がした。
そういえば、と真咲はイーサンに顔だけを向けた。
「名前なんだっけ。その第二王子の」
「マティアス・カール・ロトアロフ殿下ですよ、真咲様」
「そうそう。そんな名前の人。どんな人?」
カルロスに聞かなかったのは、たぶん知らないと一言で返されそうだったからだ。事実カルロスは何も言わないし、むしろ聞く側に回っているところを見るに、判断は正しかったと言わざる得ない。
「そうですね……。遠目からしか拝見したことはありませんけど。何ていうか、全体的に幼い感じでした」
「幼い……?」
「はい。あちらでは、側妃様もいるんですけど、こちらの方がなかなかに……」
幼いという意味がイマイチ理解出来なかったが、どうやらそばにいる母親が原因のようだった。
「その、どこまで聞いてい良いのか分からないんだけど……」
「今のうちですよ。やばい奴は僕も答えませんし、聞かない方が良いって言うんで」
「ありがと。その、あれよ。側妃はなんであっちにいるの? それにその、マティアスって人も」
「あー……ですよね」
まず真咲が気になったのは、何故この王都にいないのかということだった。確かに居づらい空気はあるのだろうが、その人もまた第二王子という肩書はあるし、ランスロットやヴィンセントの兄弟であることには間違いないのだ。血が半分繋がっているのだし、もしかしたら仲良くやれるかもしれない。
甘い考えなのは分かっている。けども、家族というものはそういうものだと真咲はそう認識していた。
だが、イーサンの表情を見る限り、そう簡単な話ではないようだった。
「いろいろと複雑というか、国同士のいざこざというやつですよ。側妃様って、隣国出身なんです。それで、前の国王陛下がちょっとやらかして戦争を起こしかけたりなんなりして、結果としては起きなかったんですけど、代わりにあちらの姫君と婚姻することになったわけです。ついていけてます?」
「た、たぶん」
理由は正直よく分かっていないが、とにかくマティアスの母親である姫は隣国出身で、半ば無理やりに結婚相手として連れてこられたというように真咲は理解した。たぶん間違ってはいない気がする。
イーサンは僅かに視線を上に向けて、更に一言を重ねた。
「あれですよ。これで戦争は起こさないっていう約束みたいなもんです」
まるで人質のようなものだと感じた。
「そういうこともあって、側妃様はとにかく王都にいることを嫌ったんですね」
「その、正妃って……」
「はい。ヴィンセント様がお生まれになったのと同時に凍土へお眠りに」
つまりはもう、この世にいないと言うことだ。
誰も彼も、国王陛下のことは口にするも王妃のことは口にしなかった。
「一応言っておきますけど、正妃様と側妃様の関係は比較的良好だったそうです。毎年、正妃様とお会いするのを楽しみになさっていたらしいようで。だから本当に王都にいるのが合わなかったようです」
「そうだったの……」
無理矢理につれてこられた姫。お付の誰かはいただろうが、それでも心細かっただろうと思う。自分と重ねてしまうのは違うかもしれないが、こうして巻き込まれたけれども一人だけではなかったのだ。それだけで随分と助けられたのは事実だった。
そんな境遇のことを思うと、敵側にいる可能性がある相手だと言うのに、どうしたって敵に向けるような強い感情を抱くことが出来なかった。
肩にいるディーヴァが真咲のその心情を察してか、顔に身を寄せてきた。途端感じる温もりに、真咲はふっと小さく笑みをこぼした。
そしてイーサンは少しだけ困ったような顔をしたかと思うと、今度は違う話を自分からし始めた。
「……ちょっと話は変わるんですけど。陛下って、実はかなりヴィンセント様に甘いお方らしいくって」
「そ、そうなの?」
「漆黒の中じゃ有名でしたよ。当時の大神官様を通して、あれこれと贈り物をしていたりとか、本来は必要のない王族だけが受けるような勉強を理由を何かとつけて、こっそりヴィンセント様にさせていたりとか。とても愛されていた方の忘れ形見でもありますから」
真咲が会ったアウグストは全部で二回。あの夜会の、いかにもヴィンセントと敵対しているような雰囲気を感じた姿。そして今日、まだベッドに横たわっていた弱々しい姿。とても両極端で、イーサンからそんなことを言われて全く想像が出来ずにいたが、そういえばヴィンセントが大神官になった時、とても酒を飲んで喜んだとか、そんな他愛もない話も交えていた。
そうだ、と真咲は思い返す。あの夜会の時はまだ、敵に操られていたような状態だったのだ。それは印象だって大きく変わってしまうと一人で納得した。
「それに加えてランスロット殿下も陛下もですけど、二人して変装して大神殿によくいらっしゃっていたそうです。ただ陛下は雪のない時期は、正妃様がご存命のときから変わらずに北にいらっしゃいましたので、基本的には冬の時期になるんですけど」
「意外にお茶目ね」
「はい。ただ、ヴィンセント様が大神官になられたのと同時期あたりに、人が変わったように大神殿へはもちろんですが、とくにヴィンセント様に対する態度が大きく変わって厳しいものになったんです。当時はそれはもう大騒ぎだったと先輩から聞きました」
イーサンは当時、まだいなかった時期なのだろう。少しばかり他人事に聞こえてしまうのだって仕方がない。それどころか、何故かイーサンは笑みを薄く浮かべていた。
「だから、陛下からあの話を聞いて正直ほっとしたと言うか……。とても驚きましたけど、それ以上に安心したんですよ。先輩達から聞いていた通りの陛下だったことに」
カルロスに比べたら、イーサンの考えていることなんて欠片も分かったものじゃない。表情の変化は薄いし、カルロスとは気安い仲なのだろうが、それでも一定の距離があるのは見ていて分かった。さらに真咲に対してなんて、それ以上に距離がある。とは言え、話をすれば遠慮なく言ってくれるという不思議な距離感を保っていた。
しかし今、ようやくイーサンの心がずいぶんと近いところにあるのだと知った。あまり自分の本心を語ろうとしないイーサンがここまで言ってくれたのだ。これはもう、喜ばないといけない。とは言え、どう言えば良いのか分からずに、真咲は少し顔をしかめてしまうとイーサンは慌てた様子を見せた。
「あ、すみません。話を思いっきりそらしたりして」
「ううん。全然大丈夫よ。いろいろと教えてくれてありがと」
「……いえ」
「一応だけど、これって秘密にしておいたほうが良いのよね?」
「そうしてくれると助かります。とくに王城にいる奴らもある程度は知ってはいることなんですけど。なぁ?」
イーサンはカルロスに目を向ければ、一つ頷いた。
「ああ、さすがにな。正直、俺が入隊した時はもう陛下はあんな感じだったから嘘だろとは思ったけどな」
カルロスもまた、同じようなことを思っていたらしい。が、それにしたって、部屋に戻ってからのカルロスは妙に静かすぎた。
「それで、真咲様。ちょいと聞きたいことがあるんだが」
「何よ」
「なんで、巡礼なんて思いついたんだ?」
どうやら、ずっとそのことについて考えていたのだと真咲はようやく知った。軽く流そうと思ったが、カルロスの妙に鋭い視線に、それをしたところで逃げられないと悟った。
「巡礼とか、そんな立派なこと思いついてないわよ。あたしはただ……、その」
思い付きに近かった。けども、ちょっとだけ、認めてほしいものがあったのだ。
「あたしが、いつもやっていること。その、そのまま王都の外でもやったらどうなんだろうなって。そう思っただけで。それに、そもそも巡礼とか知らないし」
いつも毎日遊びまわっているような。いや、実際に遊んでいるだけだけども、孤児院の子供達や城下町の人達との触れあいが本当に正しいことなのだと証明したかった。
たったそれだけの思いで言ってしまっただけのことだが、まさか巡礼だなんて大きな話に発展するとは欠片も思わなかったのだ。
カルロスは真咲の話を聞いて、納得したのか分からないがまた顔をしかめていた。
「だよなぁ」
「何よ。そのだよなぁって」
何故かカルロスは、妙に呆れたような、しかしいつになく険しい顔をしたままだった。
「行く気があるのか?」
「あ、あるから言ったのよ!」
「いや、行くなら行くで構わねぇけどな。俺は真咲様の騎士だし」
当然のように言うカルロスは、しかしまた何故か口を真横に結び、腕を組んで何か考え始めた。
全く持って意味が分からずにイーサンに視線で問うが、イーサンは肩を竦めるだけだった。いや、分かっていてそんな仕草をしているだけなのかもしれないが、とにかく理由は一切教えてはくれないようだった。
真咲は諦め、仕方が無く残りのホットミルクを飲み干そうと口を付けた。
ホットミルクはずいぶんと冷え切っていたことに今さらなが気づいたのだった。




