03 涙と歌
出来ることをやろう。そう決めたが結果として言うと、とても散々なものだった。
昨日、伊織を部屋から無理やりに出して、一緒に入浴したまでは良かった。お待ちかねの奈緒の手料理を楽しみにしていたのだが、実際に並んでいたのは大量の料理たちだった。聞けば、ついつい大神殿にいる料理人も一緒に作ってしまったとか何とか。
それを各々の侍女と騎士達とで食べていれば、話を聞きつけたヴィンセントも加わり、美味しい料理を食べながらこれからの事を話をしたのだ。
伊織はどうやらヴィンセントから直接頼み事があるようだったし、奈緒は開発局へ行って新しい魔具が出来ないかという話をするらしい。そして真咲はまた孤児院へ行くことが決まった。
そして今、真咲はずいぶんと久しぶりになる初めに訪れた孤児院にいた。
孤児院は何一つ変わってはいなかった、ように見えた。きっと伊織の目があれば何かしら変わっているのかもしれないが、ハリボテでも変わらない何かが恋しかった。
「真咲様……、こんな大変な時に……」
「良いのよ。気にしないで」
この孤児院で働くニーナは変わらず俯きがちのまま、真咲を迎えてくれた。王都の端にあるとはいえ、やはり話はここまで広まっていたらしい。とくに、あのお触れは国中に届けられているのだとか。
銀の聖女を捕えよ、という何ともいかれたお触れが。
この孤児院にいる子供達は前までは一目散に真咲の元へと集まってきていたが、今は遠巻きに見てくるだけだった。あのジルという少年もその中に混ざり、まっすぐに真咲を見ているだけ。それはそうだろうなと真咲はなんとなしに分かっていたものの、寂しいものは寂しかった。
「あの、真咲様。どうか誤解はなさらないでください」
俯きがちなニーナはすくり、と顔をあげ、まっすぐに真咲を見つめた。
「私達は、真咲様を信じております。あのお触れは、きっと何かの間違いであると、そう」
「……ありがとう、ニーナ」
やはりお触れのせいだった。けど、たったそれだけでこれほどまでに変わってしまうのだろうかと、つい疑問に思ってしまったが所詮、真咲は余所者でこの国についてよく分かってはいない。加えて王様がどれほど偉いといっても、どれだけ影響力があるのかさえ真咲はほとんどよく分かっていなかった。
ただ、そういうものだんだと受け入れるしか今は出来なかった。
「また、来るわね。きっと、あの子達はどうすれば良いのか分からないだけなんだろうし」
「本当は、楽しみにしていたのです。けども、やはり周りの方々が……。いえ、こんなことを言っても仕方が無いのですが」
長居してはむしろ迷惑になってしまうだろうと思い、真咲は来て早々に大神殿へ戻ろうとした。が、その足はニーナの言葉で完全に止まった。
すぐに真咲はニーナへとまた体を向き直し、少しだけ先程よりも距離を詰めた。
「ニーナ。今の、どういうこと? 周りの方々って」
「え、あ……そ、その」
ついうっかり、だったのだろう。おそらくニーナはこれを言わないつもりだったのだろうが、話の流れでつい、言ってしまったようだった。
慌てて誤魔化そうとするが、真咲は逃さないと言わんばかりにその腕を添えるように掴んだ。
「真咲様っ?!」
「教えて、ニーナ。あたし、知らないことばっかりだから。どうしても教えて欲しいの」
この時を逃したら、きっと今後教えてはくれなくなる。そう予感してしまった真咲は半ば無理やりに近いようなことをしていると自覚しつつも、ニーナにさらに詰め寄った。
ニーナは焦ったように忙しなく瞳を上下左右、素早く動かしてしばらくし、諦めたように小さく肩を落とした。
「……やはり、異国の人間だから、と。その、本当は、偽っているだけじゃないか、と」
分かっていなかっただけで、ずっと大神殿の中で守られていたのだと、真咲はようやく知った。
なにせ大神殿の中にずっといたが、一言もそんな偽っているだなんだという話は一切耳に届かなかったからだ。当然受け入れられているものだとばかり思っていた真咲にとって、この事実はあまりにも衝撃が強く、そして偽っているという言葉には一切反論なんて出来なかった。
なにせ、ただの巻き込まれただけの異世界から来た人間でしかないのだから。
「ああ、真咲様! 本当に、私達は我らが神に誓って、そのようなことは思っていないのです! ただ、その、あの子達にはその受け入れるにはやはり時間が必要で……」
「ええ、大丈夫。大丈夫だから、ニーナ」
ニーナ達がそんなことを考えていないのは、伊織の目がない真咲でもすぐに分かった。なにせ、ニーナは以前と変わらないように振る舞い、真咲を出迎えてくれた。それに子供達だって、二人のやり取りを見て喧嘩でもしているのかと思ったのか、一斉に集まってきたのだ。
「あら、どうしたのよ。さっきまであそこで隠れてたっていうのに」
「うっせぇな。別に良いだろ」
中でもいの一番に駆け寄ってきた生意気な少年、ジルは不貞腐れたように真咲を見上げた。そして、その後ろにはわらわらと幼い子供達がぴたりとくっついていた。
「お、おこらないで……!」
「あ、あのね! ちがうの!」
「喧嘩してないし、怒ってないわよ。ただ、ちょっとだけ寂しかっただけ」
「あぅ……」
「来てくれないの?」
目線を合わせるようにしゃがんた真咲は笑顔で両腕を広げてみせた。すると小さな子供達は一斉に真咲の腕の中に我先にと飛び込んできた。
「きゃー!」
「わたしがさきー!」
「ずるい!」
「順番よ! 順番!」
「ああ! 皆、落ち着いて……!」
抱えきれないほどの子供達が一斉に集まったせいで後ろに倒れそうになり、慌ててアリッサが支えてくれる中、ニーナが一人ずつ誘導しようとしてくれた。
視界の端で、怖がらせるからと離れていたカルロスが挙動不審に動いているのが見え、真咲はつい笑ってしまった。
ようやく落ち着き、順番に子供達を抱きしめつつ、じっとりと見てくるジルに真咲は顔を向けた。
「何? あんたも順番待ち?」
「違う。真咲様はさ、聖女なんだろ」
「そうね」
そういう事になっているだけのお飾りの聖女だが真咲は素直に頷いた。
するとジルは堪えていたものを吐き出すように、真咲に言った。
「あいつら、言ってたんだ。ほら、真咲様って歌で眠らせた事があるんだろ。けど、あいつら、どうせあれは魔術の類だろうって。異国の、変な力だって」
大きく顔を歪めたジルは一歩、真咲に歩み寄った。
「違うよな。真咲様は、本当に、本物の、聖女なんだよな……?」
生意気なことばかりを言うジルが、ただ一心に真咲を見つめていた。揺れる瞳が、真咲の胸の内を強く締め付けてきた。それでも真咲はゆっくりと立ち上がり、ぐっと口角をあげた。
「当たり前でしょ。何言っているのよ」
「それじゃあ歌ってくれよ。それであいつらを見返してくれよ。あいつら、先生にひどいことをしたんだ。それに他の奴らにも」
「こら! ジル!」
続けてつづるジルに、ニーナが慌てて止めた。求められたものに口元が歪みそうになったが、その後に続いた言葉に、真咲はニーナをつい凝視してしまった。
「申し訳ありません、真咲様。ほら、皆、真咲様はもう帰られるから戻っていなさい。ね?」
ニーナはジル達の背を押し、孤児院の中へと戻らせようとしていた。何かを隠していたのは明白だった。
「……何が、あったの?」
「いえ、何もありません。ただちょっと、よくあることですから」
ニーナはただ困ったような笑顔を見せた。さすがにこれ以上のことは、先程の通りに教えてはくれない様子だった。
やっぱり、こんなときに伊織がいれば、なんて頼ってしまいそうになる自分に歯がゆさを覚えながら、真咲はこの孤児院から立ち去る他無かった。
帰りの馬車の中で揺られる真咲はずっと俯いていた。隣にいたアリッサは様子を見ながらハンカチを手に、そっと口を開いた。
「真咲様、お顔を上げてください」
真咲は一瞬の躊躇を見せたが、それでもゆっくりと顔をあげた。
「が、がんばるって、言ったのにぃ」
そして思い切り弱音を吐き出すと同時、さきほどから耐えていた涙が一気に溢れ出してきた。
「はい、真咲様はとても頑張っております」
「……ほんと?」
「私が嘘を言うとお思いですか?」
ハンカチで真咲の涙を丁寧に拭いながら、アリッサはいつになく柔らかい笑みを浮かべていた。
「ちゃんと、皆様のお話に耳を傾けてくださったじゃありませんか。それに、困りごとだって」
「けど、あたしが……歌えないから……。聖女じゃないって……」
「大丈夫。大丈夫ですから、真咲様」
なんて情けない。出来ることをやろうと決めたのに。それだというのに、何も変わっていないどころか、ようやく聖女として頼られたというのに何も出来なかった。何が聖女だ。何が本物だ。偽りこそが本当だっていうのに。
肩に乗っていたディーヴァが、翼が濡れるのも厭わずに拭うように翼を真咲の顔に当ててきた。
そんな優しすぎる行動に、真咲はより一層大粒の涙を流し続けた。
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それでも孤児院へ行くことは変わらない。
他の孤児院へと足を運んでみれば、ニーナのいる孤児院よりもずっと心の距離というのは離れていた。
どこも困惑した顔を見せ、挙げ句には対応が難しいからなんだと、門前払いに近いような状況になっていた。
ああ、これでは出来ることなんてなくなってしまう。
日に日に焦りがつのってくる中、真咲は聞こえてきたそれに僅かに顔をしかめた。
今日の朝食は玉ねぎがふんだんに使われたスープだ。朝から涙目になりながら刻んだ玉ねぎは今や、くったくたのとろとろになっている。
とても美味しそうなスープをゆっくりとかき混ぜている奈緒は、ほんの小さくだったがご機嫌そうに鼻歌を歌っていた。
「……朝から機嫌が良いわね、奈緒。鼻歌まで歌っちゃって」
真咲は濡れた布巾で目元を冷やしつつ、つい、言ってしまった。ほんのちょっとだけ、羨ましくなったのだ。こんなにも歌いたいのに、こんなにも焦っているのに、こんなにも辛いのに。なんで、どうして奈緒はそんな顔をしているのだろうか、と。
そんな真咲の心情なんて、奈緒には一切伝わっていない様子の奈緒は数度瞬き、口元に手を当てた。
「あら、ごめんなさい。無意識だったわ」
「無意識で……」
「けど今日は結構目覚めが良かったから、結構気分は良いのよね」
「へぇ……ふぁ」
「こら、欠伸するなら手で隠しなさい」
「はーい、ママ」
「誰がママよ。もう大丈夫そうなら、お皿出しなさい」
「ママじゃん」
「嫌いな皮むきさせるわよ」
それは嫌すぎる、と真咲はすぐに口を真横に結んだ。
横でアリッサが呆れた視線を向けてくるが、そんなのは無視だ。ただし、肩を震わせているカルロスだけは許さないと決めた。
「おはよぉ」
「おはよう、伊織」
「おはよー」
ずいぶんと遅れて伊織がようやくやってきた。眠そうに目をこすり、小さく欠伸をこぼしていた。
こうやって料理を一緒に作っていて分かったことが一つあった。
伊織が料理下手だったということだ。それはもうとんでもなく。だから伊織だけは一緒に作ることは絶対にしないというより、させないと奈緒と決めたのは記憶に新しいことだった。
「おなかへったぁ」
「もうちょっとで出来るわよ」
「やったー、ありがと。お母さん」
「はいはい」
ふざけて伊織も先程の真咲のように母親呼ばわりしたというのに、奈緒は軽く受け流すだけだった。
「ねぇ、あたしに対してだけちょっと厳しくない?」
「気の所為よ」
絶対に気の所為ではないと真咲は強く言いたい。
やはり言いたいので、アリッサに言うことにした。
「アリッサ。やっぱり、あたしにちょっと厳しいと思うわよね。奈緒のあれ」
「いつもの事かと」
「ねぇ、カルロス!」
「あー、真咲様相手にはあれぐらいがちょうど良いんじゃねぇの?」
「うぅ……イーサン……!」
「ほら、真咲様の反応が良いからってことで」
「誰も味方がいないんだけど! ディーヴァはあたしの味方よね?!」
『そういう時もあるわよ』
「皆ひどい!」
確かに、友達とも話していると同じようなことはあった。もちろん嫌にならない程度のいじりであって、その後はちゃんと存分に甘やかしてくれた。
ただ、まさかここでも同じようなことになるとは思わなかっただけだ。
深くソファに身を沈めた真咲は、ふと思い出す。
奈緒が鼻歌で歌っていたものは一体なんだっただろうか。
どこか聞いたことがあるような、ほんのちょっぴりだけ懐かしさを覚えた。分かるのはほんの僅かなメロディーだけ。確か、どんなメロディーだっただろうか。そう、確か――。
真咲はそして、奈緒が鼻歌で歌っていたメロディーをほんの小さな声で、らら、ら、と紡いだ。
何気なく、さりげなく。そして次のメロディーはどうだったか、と真咲は今朝のことを思い出していると、妙に周りがあまりにも静まり返っていたことに気付いた。
「……え、な、何? 皆して」
そしてゆっくりと周囲を見渡せば、三人共そろって真咲を凝視していたのだ。理由が分からずに真咲は首をかしげていると、膝の上にいたディーヴァが呆れたと言わんばかりに翼をばさりと一度だけ羽ばたかせた。
『真咲、気づいていないの?』
「な、何が?」
『今、歌ったのよ。貴方』
「……え? あ、嘘!?」
『なんで自分のことなのに信じないのよ』
歌った、と言われ真咲は全く理解が出来なかった。
だって今、奈緒のあの紡いだ音がなんだったかと思い出していただけ。それで、同じ音をただ、真似ただけなのだ。らら、ら、と。
音を、紡いだ。紡げたのだ、今。
真咲はソファーに座ったまま背筋を伸ばし、そうして大きく息を吸った。
喉を震わせ、歌うはよく歌っていた歌の一部分。あまりにも久しぶりすぎて響かないし、声も思ったよりも出ないし、高音だってイマイチだ。けども、心はこれ以上なく晴れ渡った。この空色の瞳のように。
「え、アリッサ?! だ、大丈夫?」
歌い終わり、すぐ近くにいたアリッサに笑顔で振り向いた真咲はぎょっと目を丸くした。
何せ、アリッサが無言のまま、涙をぽろぽろと流していたのだから。
真咲は慌てて立ち上がり、アリッサへと駆け寄り、どうやれば泣き止むだろうかと思いながらカルロスに助けを求めようとしたが、どうやらそれは難しいようだった。
カルロスはいつになく神妙な面持ちで腕を組み、真咲をじっと見ていたのだ。
「な、何よ」
「いや。あの時は眠らされたから、よく分からなかったが……。本当に聖女なんだな、と」
本当に意味が分からなかった。
真咲はカルロスをよく知るイーサンに助けを求めることにした。
「イーサン、訳して」
「言葉のとおりだと思いますよ。というか、真咲様。本当、なんていうか……、月並みでしか言えないのが本当に悔しいんですけど。本当にお上手と言いますか、綺麗と言いますか……。うわぁ……やば、どうしよ。え、今の、力とか使ってました? え、使ってなくて? こわぁ」
なんで怖がられないといけないのか。
真咲は一先ず、無言で涙を流すアリッサをどうにかしなければと、こすらないように涙を拭いながら肩にとまっているディーヴァの方へ少しだけ頭を傾けた。
「ディーヴァ、何か聞きたいものはある?」
『なんだって良いわよ。ただ、たくさん聞きたいわ』
「良いけど、後でね」
『楽しみにしているわ』
一先ずやることはアリッサをなだめること。それから、久しぶりすぎるから、とにかく練習をすることだ。
ああ、どれから歌おうか。どの歌が練習に適しているだろうか。
真咲はアリッサの頭ごと抱きしめながら、いくつかの歌のメロディーを頭の中で奏でた。
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今日はいわば、リベンジだ。
「ごめんなさいね。また突然来ちゃって」
「いえ! またこうして来ていただけて感謝しかありません」
再度、孤児院へと訪れた真咲をニーナは快く歓迎してくれた。他孤児院でのことでそこそこ心が荒んでいた真咲にとって、ここはまさしくオアシスのような場所だった。
本当はここのオアシスでゆっくりと過ごしたい気持ちに駆られながら、真咲は目的をすぐに思い出し、ニーナに問いかけた。
「ねぇ、ニーナ。ジルはいない?」
「ジルですか?」
「ええ、ちょっとだけ聞きたいことがあって」
ニーナはほんの少しだけ首を傾げつつも、疑う素振りなんてものは見せずに素直にジルを呼んできてくれた。
ジルはだいぶ嫌そうな顔をしていたが、それはきっと後ろからついてきた子供達がずるい、やらなんでジルだけなの、なんて口々に聞いているからだろう。きっとそうだと思いたい。
「なんだよ」
「あのね、ジル。あたしのこと、偽物って呼んだやつのところまで案内してくれない?」
ジルはもちろん、ニーナもそろって驚いた顔を浮かべた。
「ね、良いでしょ?」
真咲はとびっきりの笑顔を浮かべて、再度お願いをした。
案内された場所は、少しばかり歩いた先にあった神殿だった。
まさか、とは思いたかったがジルとニーナの表情を見る限り、つまりはそういうことなのだと真咲は理解した。と、同時に察することが苦手なカルロスもまた理解してしまったのだろう、さりげなく手は剣を触れていた。
「神官が言っていたのね?」
「そうなんだ。それでお祈りするときとか、先生にいっつも怒ってくるんだよ。いつまで偽物へ祈っているのかとか。もっと、もっとひどいこと言ってくるんだよ。あいつら」
「あいつらってことは、神官以外にも?」
「ここに住んでいる奴ら」
「ひどいわね」
「だろ?」
孤児院しか訪れてはいなかった。しかし、本当はこういった神殿や、そこに住まう人達と交流をするべきだったのだと真咲は思い知った。
まさか、ああ、ここまで歪んでいただなんて思わなかった。
真咲は一度、カルロス達に振り返り見て、ふっと笑ってみせた。
「あたし、ここでお祈りしたいの」
そう聖女らしいお願いを一つしてみれば、カルロスはそれに応えるように神殿へと歩きだし、閉じられた神殿の扉を開け、その脇に控えた。
その姿はまさしく騎士そのもので、うっかり目が奪われてしまいそうになった真咲は慌てて、しかし余裕があるようにゆっくりと神殿へと足を進めた。
「こんにちは。ちょっとお祈りさせてくれない?」
中には大神殿で見かける神官達と同じ服を着た男の神官が二人。それから祈りを捧げていたであろう信徒達が六人、いや八人。祈りの為にいくつかの椅子が並べられているが、皆、石畳の上に膝をつき、ステンドグラスを背に立つアルカポルスの彫像へ祈りを捧げていた。
誰もが突然の来訪者の姿を見て驚きの表情を見せる。
真咲は笑顔を浮かべたまま、遠慮なく神殿の中へと進み、アルカポルスの彫像の目の前へと立った。
視界の端で神官が詰め寄ろうとしたのが見えたが、すぐに赤い色が視界に入った。また反対側へ少しだけ視線を動かせば、今度は黒い色が音もなく傍らにいた。そして振り返り、アリッサがいつもと変わらずに側に控えており、さらにその後ろには少しだけ青ざめているニーナと、まっすぐに見つめてくるジルの姿がよく見えた。
真咲は笑みを浮かべたまま、またアルカポルスの彫像を見上げる。
祈る方法はいくらでもある、と思っている。例えばそう、ここにいる人達と同じように跪いて祈る方法が主だろう。けど、例えば歌うことで祈る方法だってあるのだ。
肩にいる空色の鳥が小さく、ぴぴっ、と鳴いた。ねぇ、歌って、と言うように。
真咲は応えるように、大きく息を吸い込んだ。
それは、風に揺られる小さな花のようだった。
それは、降り注ぐ温かな日差しのようだった。
それは、小さくも照らしてくれる灯火のようだった。
それは、まさしく祈りそのものであった。
伸びやかに、軽やかに、しなやかに。溢れでる歌は高らかに響き渡った。それは神殿の外までも広がり、気づけば誰もが誘われるように人々が集まっていた。
歌はより天高く響き、中央で歌う空の聖女が両手をまるで差し出すように我らが神へと持ち上げると、そこから光が溢れた。光は小さな粒子のように周囲へと散らばり、その光が触れると何故か胸の内から溢れる温もりを覚えた。
誰もがその光景を、この歌を、この美しい光を目の前にして、強い恥を覚えた。
ああ、どうして偽物だと決めつけてしまったのだろうか。まさしく、本物の聖女であるではないか、と。
歌い終わった真咲は、光が溢れた自身の両手を見下ろし、強く握りしめた。
ただ、どうかこの歌が届いた人達が幸せであるように。たったそれだけを願い、祈りながら歌った。そしたらまさか、あのようになるとは思わなかったが、それでもちゃんと目的は達成出来たし、何よりもようやく力をうまく使えるようになったことに真咲は喜びを感じていた。
とても良い気分で、また一つ二つ歌いたくなってしまいそうになりながら、真咲は後ろで呆然としている彼らへと振り向き、言い放った。
「で、何が偽物ですって?」
それはもう、とても素晴らしい笑顔で。
この場にいた者達は揃いも揃って一瞬にして顔を青ざめ、一斉に真咲に平伏し、次々に許しを乞い始めた。
なるほど、喧嘩を買うってこんなに楽しいものなのだと、真咲はおそらく知ってはいけないものを学んでしまった瞬間だった。




