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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 五章 空は決意を歌う
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02 出来ることから

 それは翌日のことだった。

 また、扉の外が騒がしい。聞こえてくる声からして、カルロスなのは間違いない。アリッサの苛立った声がカルロスの声に合わせて大きくなっていく。その二人にどうにか落ち着くように言っているイーサンの声もなかなかに大きいものだった。

 一体何の用なのか。

 真咲はソファの上で膝を抱えて小さくうずくまった。また勝手に入ってくるのだろうか。

 それを想像したら、今まであんなに親しさを覚えていたのに底知れない恐怖を覚えた。

 誰か、誰か自分を守ってよ、だなんて言えるはずもなく、また涙が溢れてしまいそうになっていると今度はちゃんとやけに大きなノックの音がよく響いた。


「真咲様、答えなくて良い。無視してくれても構わない。俺が勝手に話をするだけだからな」


 扉越しだというのに、カルロスの声はとてもよく聞こえた。それほど大きな声を張っているのか。いや、元から声は無駄に大ききかったとすぐに真咲は否定しつつ、入ってこないと分かればすぐに涙が引っ込み、ただ静かに耳を傾けることにした。

 少々長めの間が開き、またカルロスの声が扉越しからはっきりと聞こえた。


「俺は真咲様に理想を押し付けていた。聖女というものばかりを見て、真咲様を見ちゃいなかった。俺は真咲様の騎士だってのにな」


 何を勝手に責任を感じているのだろうか。

 確かに巻き込まれた。けどそれだけで、聖女という立場に甘えて不自由なく過ごせているのは紛れもない事実だった。

 現に今もそうだ。静には強気になって、再会したら着せ替え人形のように可愛い服を着せてやるだなんて言ったというのに、今は理解してしまった現実から必死に目を逸らし続けている始末。こんなの怒られて当然だし、カルロスが昨日乗り込んで来た理由も分かっていた。

 巻き込まれただけだった。そして、カルロス達も巻き込まれた。

 確かに、彼らはこの世界の、この国にいる住人だ。だから巻き込まれたというのはおかしいかもしれないが、真咲達に関わってしまったばかりに、こんな我儘しか言わないような奴に仕えてしまっているのだ。こんな、何も結局出来ない自分なんかに。


「許さなくて良い。むしろ、俺に怒りを向けてくれたって構わない。それで真咲様が今、何を思っているのか教えてくれ。言い訳のようになるが俺はどうも言われなきゃ分からねぇんだ」


 そうだろうな、と間を置かずに真咲は一人で大きく頷いた。

 カルロスは何となく察することは出来るようだが、結局は察したところで本当に求められているものが何なのかと言うのは欠片も分かってはいない。もう少し、そうもう少しむしろ聞いてくれるなりしてくれたなら、なんて思ってしまうのはわがままだろうが、ついつい真咲はそう思ってしまう所はあった。


「後は……。とにかく、あれだ。俺は腕っ節だけは強いから、真咲様を守ると改めて我らが神に誓う。空の聖女だからじゃなくて、真咲様の騎士として」


 ああ、けども。本当に真咲が欲しい言葉をここぞとばかりに言ってくれるのは狡いと言いたかった。とはいえ、どうにもしまらないのはカルロスらしいな、と真咲はついついそんなことを思っていれば、扉の向こう側にいたイーサンとアリッサの声も良く聞こえた。


「しまらねぇなぁ」

「しまりませんね」

「う、うるせぇな!」


 やはり二人も同じように感じたようで、真咲はつい、小さく噴き出してしまい、いつものように真咲の肩にいるディーヴァは呆れたように溜息をついたのが耳に届いた。

 ああ、いつものやりとりだと、真咲はうずくまっていた身体を伸ばし、大きく息を吐きだした。

 先ほどまで感じていた恐怖なんてまるで無く、代わりにあるのはちょっとした恥ずかしさだった。

 今更ながら、昨日はあんなに泣きわめいてしまったわけだ。そして今日は部屋に閉じこもって外から声をかけられているという状況が、どうにも真咲は気恥ずかしさを覚えてしまった。

 本当、何をしているのだろうか。

 頭を抱えたくなる衝動にかられそうになった時、次に聞こえてきたのはイーサンの声だった。


「真咲様。存じ上げなかったとは言え、貴方自身のことを知ろうとも理解しようともしなかったのは事実です。貴方の騎士として、恥ずべきことをいたしました。誠に申し訳ありません」


 実を言えば、イーサンとはそこまで話はしていない。基本はカルロスと話をするばかりで、イーサンは少しばかり距離を置いていつも話を聞いているか、いつもどこかにいる。

 そういう距離感なのだろうと思っていた。だから、そこまで恥ずべき行為なのかと、真咲はつい首を傾げてしまった。別に真咲だって誰とでも仲良くなれるとは思ってはいないし、あまり話すのが苦手な人だっているのも理解しているし、護衛だからと無理しなくて良いと思っている。

 しかしそう言うわけにはいかないらしく、イーサンは続けて話始めたが、なかなかに好奇心が疼いてしまうようなものだった。


「カルロスと同じようなことを申し上げますが、僕は貴方のことを理解したいと思っています。とは言っても、一方的に理解されるというのは不信感にもつながると考えております。なので、こちらにカルロスがやらかしたあれこれをまとめたものをご用意いたしました」

「おいてめぇ! なんてものを用意しやがったんだ! しかも俺だけかよ!」

「当たり前だろ? カルロスと違って僕はほとんどやらかしてないんだから」

「……なかなかの量ですね。これ、昨日まとめたのですか?」

「もちろん」


 アリッサが引きつつ呆れているのが声だけでも分かってしまった。

 真咲は無意識にソファから立ち上がり、はた、と気づいた。いや、何を素直にそれに釣られそうになっているのか、と。しかしやはり気になってしまうのは仕方がない。それに、だ。


『真咲』


 ディーヴァが真咲を促すように呼んだ。

 真咲はぐっと顔を大きくしかめ、一歩扉に向けて踏み出した。



 扉を開ければ、すぐ目の前にはカルロスが立っていた。そしてその後ろにはイーサンとアリッサの姿があり、三人とも同じようにそっと息を呑んでいた。


「真咲様。あ、いや……」


 姿を見せた真咲に、カルロスは何かを言おうとしたがすぐに言葉を濁した。言葉を選ぼうとしているのだろうが、そんな似つかないことをするカルロスに真咲は小さく呆れたように息をつき、代わりというように真咲が先に口を開いた。


「あたし、皆が理想とするような聖女みたいになれないわよ」

「……何言ってんだよ。もう十分になっているじゃねぇか」

「けど、何もしてない」

「何もってことはないだろ?」


 昨日、あんなことがあったというのにカルロスはすぐにいつもの調子で言葉を返した。そして当然のように、真咲を聖女だと言いはったのだ。


「孤児院の子供達も、信徒達も、真咲様と話している時はあんなに楽しそうにしていたの、見てきただろ?」

「けど、それだけよ」

「あのなぁ……あー……いや。ほら、真咲様は聖女であるわけだが……、突然巻き込まれて、それでも何とかしようとしてくれたじゃねぇか。理由が何であれ」


 わけも分からず、本当に理解なんてしようともせずに異世界なんていうものを楽しんでいたに過ぎない。突然巻き込まれた身であったが、これ幸いとただ遊んでいただけなのだ。欠片もなんとかしようとしていたつもりはなかった。

 それでもカルロスの目には、真咲のその行動は聖女としてのものだと映っていたのだろう。真咲はそれを否定しようと口を開く前に、先にカルロスが続けてきた。


「ほら、他の御三方は、拳を振るったり、世話焼きだったり、蛇やら虫が好きだったりしているだろ。だからそんな難しく考えるなって。な? あ、もちろん御三方を否定しているつもりはないからな?」


 確かに、静はすぐに喧嘩腰になるし、奈緒は何かとお節介焼きだし、伊織は庭先で元気に虫を探し回っている。はたから見ればどうやったって聖女という幻想が綺麗に崩れ去りそうなものだ。それに比べて自分なんか、なんとも平和的に子供達と遊んでいるだけだ。そして誰もが自由に、この異世界を過ごしていた。


「……そうね。皆、結構好き勝手しているのよね」

「だろ? だから大丈夫だって。で、もし真咲を否定する奴がいたら、そこは俺達が守ってやる。その為にいるんだからな」


 命令を受けて、護衛に付いているだけなのに。という言葉は飲み込んだ。今まではそうだったけども、これからは違うのだと思いたかったから。


「そう……、そうよね」


 真咲がこくりと頷けば、カルロスは心なしか表情を和らげだ。

 何故、そんな顔をするのか分からず、真咲は少しだけ首を傾げた。まさか、あのカルロスが緊張でもしていたのだろうか、なんてありもしないことが思い浮かび、すぐに否定した。


「真咲様。ここでお話をなさるよりも、お部屋でなさった方がよろしいかと」

「あ、そうね」


 アリッサの言う通り、こんな部屋の前で長話をするのは止めておいた方が良いだろう。それに誰が聞いているか分かったものじゃないが、イーサンがいるからきっとそのあたりは大丈夫、なはずだ。

 真咲は扉を開けたまま部屋の中に戻り、いつものようにソファに座った。

 少し遅れてアリッサと、何故か遠慮がちにカルロス達か入り、そそくさとアリッサは扉を閉めた。

 昨日は無理やりに入ってきたというのに、何故今日はそんな風になっているのか、真咲は全くもって分からなかった。

 そんなことを思いつつ、これからのことを考えようとしたが欠片も思いつくことが出来なかった。だからそのまま、素直にそれを三人に伝えることにした。


「けど、何をすれば良いのか分からないのよ。本当、こんなことになるなんて……」


 今まではただ、この世界を楽しんだ。本当はもっと早く、自分でやるべきことを見つけてやらなくてはいけなかったのに。結局、今の今まで言われるがままに孤児院や信徒達と会っては楽しく過ごしてきた。

 孤児院へ行くことはきっと変わらずにやらないといけないことだ。しかし、それ以外に何をしなければいけないのか真咲は何一つ思い浮かばなかった。


「……そうだなぁ。一先ず、出来ることからやってみるのはどうだ? 前と変わらねぇかも知れねぇけど」

「出来ることから?」

「おう。後はあれだ、朝はちゃんと起きて飯を食えよ。じゃねぇと元気にならねぇし」


 朝に弱い真咲にとっては、なんとも難しい話だった。

 とくに朝なんて本当は食べた方が良いのは分かるが、食欲なんて一切わかないのだ。なんていう難題か。

 真咲がぐっと顔をしかめてしまう横で、アリッサがふと、思い出したかのように言ってきた。


「そう言えば、静様がおっしゃられておりましたね」

「えっと……?」

「覚えておりませんか? 庭で四人そろってお茶をなさっていた時のこと」


 なぜ急にその時のことを話したのか、アリッサの真意が分からずに真咲は首を傾げた。

 あの時、四人でお茶をしたのだ。そう、奈緒が婚約者と別れたという話から始まって、それから静がやんちゃをしていたという話から、友達がいなかったという伊織に、そして真咲は牛乳アレルギー持ちだと言って。

 そして、静は言っていたのだ。ちょっとだけ、困ったように笑いながら。


「なんて言ってたんだよ」


 カルロスが問いかけてきた。

 真咲はあの時言っていた静の言葉をはっきりと思い出し、それに答えた。


「どうしても成したいと思った時に、成せることが出来るように、やれることだけのことはやろうって決めている……って。それで、なるようにしかならないから、だから未来に賭けているんだって言ってたわ」


 半分諦めなような、それでいて固い決意そのものだった。

 過去も今も変えられないから、未来の為にやるのだと。父を亡くしたという静は後悔した。だから、そんな考えに至ったのだろう。

 かっこ良いと思ったのと同時に、なんというか、苦しくなりそうだと他人事ながらに思ってしまった。いつもそんなことを考えていられるほど、真咲は真似なんて出来ないと分かっていたから。


「なかなかに勇ましいお方だな」

「何ていうか、聖女ってより騎士みたいなお方ですね。静様は」


 カルロスとイーサンは思っていた通りの反応を見せた。

 とにかく、静は勇ましい人だ。距離は多少置いてはいたが、それでも付かず離れずによく見てくれていた。

 静は言葉にはしなかった。けども、確かに真咲を含めた三人を守ろうという意思はよく伝わってきていた。あんな状態になってまで、ずっと。

 真咲は両手をおもむろに顔の近くまで寄せ、思い切り自分の顔を叩いた。慌ててディーヴァがアリッサの肩に飛び移り、ばさばさと翼を羽ばたかせている。


「ま、真咲様?!」

「お、おい?!」

「えー……?」


 アリッサが慌てて真咲の側により、カルロスも慌てた声をあげる。イーサンに至っては驚いているのだろうが、どちらかと言えばちょっとばかり意味が分からないと言わんばかりの声が聞こえた。

 真咲はそんな三人の反応を無視し、顔をあげた。


「頑張る。出来る範囲で、だけど」


 思い切り叩いた両方は少しだけひりひりと痛むが、何故か逆に手が痛かった。それに思ったよりも痛みがないからどこか物足りなさを感じてしまった。


「真咲様、だからってご自身の顔を叩くだなんて」

「気合よ、気合。けど思ったより痛くなかったのよね。静に教えてもらえるかしら」

「お願いですからお止めください」


 ちょっとした冗談交じりに言えば、アリッサがずいぶんと真剣な顔をして懇願してきた。


『止めましょ、真咲。真似しちゃ駄目よ』

「分かったわよ」


 さらにディーヴァにまで言われてしまった手前、素直に頷きつつ真咲はカルロスに視線を向けた。


「そういうことだから」

「いや、何がそういうことだよ」

「頑張るって言ったじゃない。ってことで、イーサンがまとめたの見ても怒らないでくれる?」

「……それとこれはまた別っていうか」


 これから今まで頑張らなかったことをやるのだから、気分をあげる必要があるのだ。それにイーサンがわざわざ一日で用意してくれたのだから、読まなくては勿体ない。


「もちろんですよ。その為に用意したんですから」

「あ、おい! イーサン!」


 そしてイーサンは当然のことながら笑顔で真咲に差し出しながら、器用に片手で止めようとするカルロスを防いでくれた。

 真咲もまた笑顔で受けとりながら、なかなかの厚みのあるそれらを見て口元は僅かにひきつった。


「……あんた、どんだけやらかしてんの?」

「し、仕方がねぇだろ!」


 一体何が仕方がないのか分からないので、真咲はまず、一番上のものから順番に読むことにした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 少し前から、奈緒が朝食を作っているのだとイーサンが教えてくれた。なんでもオリヴィアから、とてもおいしかったのだと自慢されたらしい。


「ほ、本当に行くの……?」

「当たり前だろ。ほら、頑張るんだろ?」

「い、言ったけど……!」


 カルロスに促されながら真咲は朝早く、奈緒に会うために長い廊下をゆっくりと歩き始めた。



 あれから真咲はきちんと朝に目覚めるようになった。というよりかは、強制的にアリッサとディーヴァに起こされるようになったまでは良かった。

 しかしやはりと言うべきか、目下問題になっているのは真咲の食欲の無さだった。まるで小鳥の餌のように出された朝食を少しだけ突いて、それ以上はあまりにも食欲が無さ過ぎて残してしまっていたのだ。それに悩んだアリッサ達は、それならばと奈緒のことを話してくれたのだ。

 奈緒が作ったものならちゃんと食べてくれるのではないか、という思いと共に。

 そんな思惑があることぐらい真咲だってちゃんと察してはいたが、文句は何も言わなかった。むしろ、久しぶりに奈緒に会えるチャンスだと思っていた。

 だってあれから今までずっと、一切顔を合わせていなかったのだ。どんな顔をして、そしてどんな話をすれば良いのか、何も思いつかなかったから。けど、だからって、こんな朝早くにいきなりとは思わなかったわけだが。


「あ、えと」

「え、真咲……?!」


 そして無事、長い廊下の途中で奈緒に会えたまでは良かった。けども、こんな朝早い時間に起きている真咲に、ひどく驚いたように奈緒は紫の瞳を丸くされた。

 それは当然の反応だったが、真咲はどうしようと、後ろにいる三人に振り向くも手助けはしてくれないようで全員して視線をそらしてきた。ならばディーヴァはというと、無情にもアリッサの肩に移動してしまった。

 真咲は未だに無言で驚く奈緒と、その後ろにいる侍女と騎士達を見つつ、なんとか声を絞り出した。


「お、おはよ……。奈緒」


 無難に朝の挨拶を口にすれば、奈緒は笑顔で頷いた。


「ええ、おはよう、真咲。もうびっくりしちゃったわよ。まさかこんなに朝早く起きてくるんだもの」


 それはもう、とびっきりな笑顔だ。まさかここまで喜ばれるとは思わずに真咲は妙に気恥ずかしくなり、視線を落としてしまった。


「……ちょっと。ちょっと、だけよ。その、できることから頑張ろうって、思っただけ」

「良いわね。できることからっていうの、本当に大事だもの。ってことで真咲」

「な、何?」

「朝ごはん、何食べたい? ちょうど今から作るところだったから、何でも良いわよ」

「……奈緒が、作るの?」

「ええ、作るわよ。食欲あんまり無いなら、スープでも良いし」


 本当に奈緒が作っているらしい。

 食欲は確かにないが、奈緒が作ってくれるなら何だって食べられそうだった。

 実を言えば、少しだけ夢はあった。ちょっとした夢だ。せっかくだからと、けどやっぱり断れるかもしれないと思いつつ、真咲はその夢を口にしてみた。


「ぱ、パンケーキ駄目?」


 朝からパンケーキ。牛乳アレルギーだし、食欲もないしで諦めていたものだ。

 だって朝から甘い物。しかもパンケーキなんて、ちょっとした憧れだったのだ。牛乳アレルギーなんてものもあるせいで、友達と一緒に食べに行くことなんて出来ないのだ。いつも写真を見ては羨ましいという思いが、パンケーキみたいに積み重なってしまったのだ。

 だからこれはもうパンケーキを食べて、ついでに積み重なった思いも食べきってしまおう、だなんて子供っぽい理由でお願いしてみただけだ。

 奈緒は少しだけ首を傾げ、視線を少しだけ上に向けるような仕草をした後、また笑顔を向けてくれた。


「良いわよ。それじゃあ今から、一緒に作りましょ」

「え、あたしも?」

「そうよ。ほら早く。私お腹空いてるのよ」


 奈緒は急かすように真咲の手をいきなり掴み、引っ張るように歩き始めた。

 まさか一緒に作ることになるとは思わなかったが、けどもちょっとひっくり返すのは楽しそうだなぁ、なんてこの時、真咲はそんなことを思っていた。

 が、実際やってみたら案外難しくて、いくつか失敗してしまったり、失敗したものは全てカルロス達の胃の中に納まったりしたのはまた別の話である。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 せっかくなら、未だに部屋に引きこもっている伊織とも一緒に朝食を並んで食べたい。

 そう思ってしまった真咲は早速行動に移し、ひどく後悔をした。



 久しぶりに見た伊織はひどく憔悴をしていた。血色の悪い顔色に、光のない金の瞳。髪なんてひどい有り様だし、何よりも表情はとても暗い。

 なんで、こんなになるまで放置してしまったのだろうか。そう、自分自身に怒りを覚えながら、真咲は伊織を半ば無理やりに部屋の外へと連れ出した。

 とにかくお風呂だ。お風呂に入ってリフレッシュをして、たくさん美味しいものを食べよう。奈緒がたくさん作ってくれているはずだ。さすがに大量の菓子も作ろうとしていたのはとめたわけだが。

 とは言え、まさか三人では絶対に食べられない量の食事があれほど並ぶなんて今この時までは、真咲は全く分からなかったのだった。

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