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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 五章 空は決意を歌う
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01 ただの女子高生なのに

 ――また、時は遡る。

 いつも周りには人がいた。けれども皆が皆、本当に友達かと問われれば少しばかり疑問に思うくらいの薄っぺらい関係だったと真咲は今になって思い返す。


『いつまでそうしているの』

「うるさいなぁ」

『ほら、さっさと起きる!』

「ちょ、突かないでって!」


 ディーヴァが突く仕草を見せつけ、真咲は慌てて起きあがった。

 ああ、また今日もやってきてしまった。

 真咲は無慈悲な綺麗すぎる空に、無意味と知りながら睨みつけた。



 カースト的に言えば、そこそこ上にいた方だとは思う。

 最近の流行りに従いながらお揃いの物を友達と身に付けたり、メイクをしたりして、写真を撮ってはSNSに嘘っぱちなキラキラとした日常を投稿している日々。

 別に嫌いではない。楽しくないなんてことはなく、間違いなく楽しい日々だった。

 皆、とても優しかった。真咲の牛乳アレルギーをちゃんと理解して、一緒に食べられるものを探しては分け合った。結果的に和菓子が多くなったが、それはそれで楽しくて、少し寂しかった。

 SNS上であがる友達の美味しそうなスイーツの写真は見なかったふりをし続けてきた。仕方がないと言い聞かせた。

 何度か告白なんてされたこともあった。けども、真咲はどの告白も断った。興味がなかったし、それよりも友達と過ごす時間がとても楽しかった。

 学校の勉強なんてそこそこに、女子高生という限りある時間を目一杯に過ごしていた。何せ女子高生は無敵だ。未来なんて知らない、分からない。今が良ければ何だって良かった。

 そんな順風満帆な日々だった。

 そのはずだった。



 巻き込まれただけだった。

 ちょうど四人が同時に同じ場所にいただけ。いつもの時間。いつものバス。いつもの座席。そろそろと、その時は名前を知らなかったが伊織が席を替える頃だろうなと薄ぼんやり思っていた時に、気づけば光に包まれていた。

 よく分からない空間にいたかと思えば、あれよあれよと話が進み、そしてこの世界へと落とされた。帰る手段が無かったから、落とされるしかなかった。けども、この世界で頑張れば帰れると言われた。だから聖女なんて小っ恥ずかしいものを背負って、それっぽく振る舞ってみたがどうもうまく行かず、気づけば孤児院の子供達と自由気ままに遊んでいたし、この国の遊戯盤についついのめり込んでしまっていた。

 なんだかんだ自由に、そして好き勝手に過ごしていた。ディーヴァはそれに対して何も言わないどころか一緒に楽しんでいるのだからそれで良いと思っていたのだ、本当に。

 けども、ようやくこのままではいけないのだと理解したのは、静が狙われた時だった。

 やんちゃをしていたと本人から聞いていたが、それでもまさか武器を持った相手に立ち向かっただなんて思いもよらなかった。加えて、静の体調が悪かった原因がネーヴェ。つまりはユフィアータの力が弱まっているのが原因だと知って、真咲はようやくそこで恐怖を抱いた。

 なんて、ここは危険な場所なのかと、ようやく理解してしまった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 朝はいつもディーヴァが無理やり起こしてくる。そしてアリッサが時間通りにやってきて、無理やり身支度を整えてお茶の用意をする。朝は食べないからそれだけだが、昼や夜は別にちゃんと食事の用意をしてくるのだ。

 挙げ句にはディーヴァが外に行きたいから連れて行けと騒ぎ、無理やりに庭に出されたり、何故かアリッサに庭のあちらこちらに引っ張られたりもした。


『ねぇ、真咲。あたし、遊戯盤覚えたのよ。ちょっと相手しなさいよ』

「はいはい。っていうか、よく覚えたわね」

『ふふん、あたしを何だと思っているの?』

「今はあたしの鳥でしょ」

『……間違ってはいないけど』


 今日なんてまさか、ディーヴァと遊戯盤で遊ぶとは思わなかった。とは言え、ディーヴァは鳥の姿をしている為、器用に動かす位置を翼や嘴で指し示すだけ。実際に動かすのはアリッサだ。

 アリッサは遊戯盤が苦手らしい。前に誘ったらいろんな理由をつけて断られた。ちょっとだけ悲しかった。しかしこうしてディーヴァと共に相手をしてくれるのだから、その悲しさは半減した。

 明日もこうして相手をしてくれるだろうか。明後日も、その後も。

 このままじゃいけないと頭では分かっていた。静に再会したら可愛らしい服を着せるのだって忘れていない。だから、その為に何かをしなければいけないことだって分っている。

 分っている、けども。今は、今だけは少しだけ忘れさせてほしかった。

 まだ、あと少ししたら。もう少ししたら、ちゃんとやるから、だから今だけは目をそらすことを赦してほしかった。



 けど、赦させることではないことぐらい、真咲は分かっていた。分かっていないふりをしながらも、ちゃんと。


「カルロス様! お止めください! イーサン様も見ていないで止めてください!」

「いや、無理だって!」


 部屋の外が騒がしいと思っていたら、アリッサの必死な声と、イーサンの諦めの声がよく聞こえた。

 一体どうしたのかと思いながら、恐る恐る扉に近づこうとしていたら扉が思い切り開け放たれた。あと少しでぶつかりそうになったし、ちょっと壊れていないか心配になりつつも、開けたその人物を見て、真咲は僅かに顔を強張らせた。


「よぉ、真咲様」


 アリッサの静止を振り切って扉を開けたカルロスは、無遠慮に真咲の部屋に足を踏み入れた。


「……何よ」

「いつまでそうしてんだ?」


 いつになく、むしろ初めて向けられるその無機質な視線。感情を全て押し殺したようなそれが、いつになく真咲を恐怖させた。

 いつまで。そう、いつまでもこのままではいけないことぐらい分かっていた。けども、まだ、このままでいたかった。

 何も答えられない真咲に、カルロスは青い瞳を細め、言った。


「がっかりだな」


 たった一言。

 いつもあるほど雄弁にお節介ばかりなことを言ってくるというのに、カルロスはそれだけを言うだけだった。

 けど、その一言が、真咲の心を大きく揺さぶるのには十分なものだった。

 真咲はカルロスに飛びかかるように腕を振り上げ、力いっぱい殴りかかった。ただ、真咲に比べて身体の大きなカルロスの胸元にした届かず、ましてやずいぶんと軽い音しか聞こえてこなかった。

 それでも構わずにまた拳を振り上げる真咲に、カルロスは黙ってそれを体で受け止めるだけで止めようともしない。ただ少しだけ困り顔で見下ろしているだけだった。

 けど、だから、真咲の怒りはこれ以上なく膨らんだ。


「何も、何も! あたしのことなんか分からないくせに! 分かってないくせに!」


 八つ当たりだ。ただの子供の癇癪だと、真咲は自覚している。しかしこれ以上耐えることなんて出来なかった。

 また、拳を振り上げる。


「なんで、なんで巻き込まれただけで、こんなことになってんのよ! 帰りたいだけなのに! 帰して、帰してよ! 家に帰してよぉ! 死にたくないよぉ! なんでなのよぉ!」


 帰りたい。それだけなのに、何故こんなことになっているのか、真咲はどうしても分からなかった。

 ただ、巻き込まれただけだった。それだけだったのに、どうして。

 何も答えてくれないカロルスの足元に力なく座り込んだ真咲は、そのまま誰にすがることもせず、一人その場で嗚咽を漏らした。

 ほら、ほら。誰も結局、分かってはくれない。本気には取り合ってくれない。もう、諦めるしかない。だって、だって皆、側にいないのに。一人でどうしろっていうのか。


「巻き込まれた……って、どういう……」

「んん? 選ばれた、とかじゃ」


 困惑する二人の声は、真咲に届いてはいなかった。聞き慣れた羽ばたきの音がかき消してくれたから。


『そうよね、真咲。我慢させてるのは、あたしなのに』


 ディーヴァが優しく耳元で囁きながら体ごと真咲の頭に身を寄せた。きっと人の姿をしていたら抱きしめてくれていたのかもしれない。そう思うと、涙はだんだんと大粒になり、両手で包み込むようにディーヴァに触れた。


「ディーヴァ様。少々、真咲様をお願いできますでしょうか」

『ええ、良いけど……』

「ありがとうございます」


 頭上と横から、アリッサとディーヴァの会話する声が聞こえた。かと思うと、次に聞こえたのはアリッサの棘のある声だった。


「お二人共、今すぐにここから退出をお願いいたします」

「い、いや、だけどさ」

「真咲様の許しなく、無理やり部屋に立ち入った方が何をおっしゃられているんです? 止めなかった貴方も同じですよ。しかもこのような……。騎士というのは名ばかりというわけでしょうか?」


 大の男二人に対し、アリッサはまくし立て、部屋の外へと追い出す。

 さぁさぁ、早く早く。

 そして気づけば、部屋には真咲とディーヴァだけが取り残された。

 一気に静まり返り、何故か妙に寒くなった室内に真咲はまた涙をこぼした。


『真咲。ねぇ、真咲。アリッサはすぐに戻って来るわ。ね、だからほら、安心して。真咲』


 小さな子供に語りかけるようにディーヴァは言う。小さな子供ではないと言いたかったが、言葉よりも先に涙が次々とまた溢れてきてしまった。

 ディーヴァが困ったように顔を覗き込み、体を寄せては語りかけてくる。


『そうよね、怖いものね。巻き込んでしまったのはあたし達だもの。ごめんなさいね、真咲。そばにいるから、真咲。あたしがそばにいるから、ね?』


 真咲はディーヴァを、ラウディアータを責めたいわけではないし、困らせたいわけでも、謝らせたいわけではない。現にこうして言葉の通りずっと側にいてくれているし、ずっと真咲の味方をしてくれている。そして与えてくれた力で、牛乳も好きなだけ飲めるのだから文句はない。

 それでも、一つだけ。たった一つだけは、彼女はけっして言わないし、そうしてはくれない。

 彼女は真咲を守らない。

 聖女という役割、そして与えてくれた力で、真咲達は守られている。しかし彼女自身が、真咲だけを守るということはしない。ただ、そばにいる。たったそれだけ。

 過ごしているうちに分かってしまったことを、真咲はずっと目を逸らし続けていた。今もそらそうとしては涙をこぼしている。

 大丈夫、大丈夫だから。安心してと彼女は言うが、けっして守るからとは言わない。

 平々凡々。ちょっとばかり周りの環境が良かったというだけであって、よくいるただの女子高生でしかない真咲は、それならば守ってよと思いながらも言葉を必死に飲み込み、代わりに涙ばかりが言葉の代わりに溢れ続けていた。



 そして一体どれほどそうしていたか。

 ようやく流れ続けてきていた涙が止まり、ぼんやりと真咲は床に座り込んだまま窓の外から見える空を眺めていた。今日は雲が多く、ずいぶんと早く流れていっているなぁ、なんて思いながら。


「真咲様。どうぞ、ソファーの方へお座りください」


 いつの間に戻ってきたのだろう。アリッサがすぐ真横に跪き、真咲の肩にそっと触れてきた。

 真咲はぼんやりと眺め、一体何をしていたのかだなんて思っていると、アリッサはぐっと顔をいつものようにしかめてしまった。


「……暴れないでくださいよ」


 アリッサがそう言うと、何かよく分からない言葉をぶつぶつと呟いた。聞きなれない、この力でも翻訳されない不思議な響きの言葉を淀みなくアリッサが唱えると、一瞬だけ光が散った。

 今のは一体なんなのか分からず真咲は呆然と眺めていると、アリッサはぎこちない手つきで真咲をなんと抱きかかえたのだ。


「え……!?」

「身体強化の魔術を使っているだけです。ディーヴァ様、驚かせてしまい申し訳ありません」

『気にしないでちょうだい。こういうことが出来たのね』

「最低限になりますが」


 必死に落とさないようにしながら、アリッサは真咲をソファへと下ろした。そしてアリッサは真咲の後ろへと周り、髪を整え始めた。いつものように丁寧に、ゆっくりと優しい手つきだ。

 その後に今度は真咲の目の前へと回り込み、目の前で両膝をついて真咲を見上げた。


「身体が温まるものをご用意いたします。真咲様好みの甘いホットミルクを。それと何か欲しいものはありますか? 遊戯盤で遊ばれますか?」


 蜂蜜がたくさん入ったホットミルクはこの世界に来てから、とくに好んで飲むようになったものだ。せっかく飲めるようになったのだからと夜にいつもアリッサに頼んで用意してもらっていた。

 確かに身体は冷えていた。けども、それよりも、今の真咲にとって必要なものは全くの別物だった。

 真咲はふるり、と小さく首を横に振った。


「いらない。いらないから、ここに、いて」

「はい、お側におります」


 アリッサの真っすぐな言葉に、真咲はようやく詰めていた息を吐きだし、何も考えずにアリッサの袖をつまむように掴んだ。

 それに困った顔を見せるアリッサは立ち上がり、さりげなくその手をそっと離そうとしてくる。だから真咲はしっかりと今度は袖を掴み直した。しわの一つもない綺麗な侍女服にしわが寄ってしまっているが、そんなの真咲には関係のないことだった。

 絶対に離さないという真咲の意思を汲み取ったのか、アリッサは小さく息をついた。


「……お隣、失礼いたします」


 アリッサはそう言って、控えめに距離を置いて真咲の隣に座ってくれた。が、その距離が妙に嫌で真咲は遠慮なく距離をつめればアリッサは分かりやすいほど顔を大きく歪めた。

 いつもなら一つ二つの小言が飛んでくるが、今は何も言わずに真咲の好きなようにさせてくれていた。

 それだけなのになんだか妙に嬉しくて、幸せで、真咲は小さく笑みをこぼした。


「……あの、真咲様」

「何?」


 少し迷うように、アリッサが真咲の名を呼んだ。


「勝手ながら、私の判断で、真咲様が何故こちらにいらしたのか、二人に話をさせていただきました。処罰は承知しております」


 あの二人と共に部屋を出て行ったかと思ったら、そんなことをしていたのかと真咲は少しだけ内心驚きながらも、笑いながら首を傾げた。


「なんで?」

「なんで、って……それは、沈黙をお守りしなかったので」

「けど、あたしの為なんでしょ?」

「それは……」

「それに、きっと。あたしからちゃんと話をしないといけなかったことだから。だから、ありがとね、アリッサ」

「真咲様……」


 知らなかったカルロスを責めるつもりはない。結局、こんなことになっているのは話さそうとしなかった自分のせいだからだ。けど、きっと、ちゃんと伝えていれば何かが変わったのかもしれないと今更ながらに真咲は思った。

 静は分かっていて誰よりも先にルイスとリーリアに伝えたのだろうか。いや、たぶん本当に何も考えずに伝えたのだろうと即座に否定した。意外にも直感的に動こうとしては、側にいる二人を困らせていた。ただ結果的に静にとってはそれが良い方向に向いたと言うだけなのかもしれない。

 だから、となんとなく、真咲はアリッサにはちゃんと伝えようと思ってしまった。


「あのね、アリッサ」

「何ですか、真咲様。お茶ですか?」

「ううん、違う」


 ちょっとだけ不貞腐れてしまっているアリッサからようやく身体を離し、しっかりとアリッサの顔を見た。アリッサはいつものようにしかめっ面をしつつも、いつもよりも眉尻がほんの少しだけ下がっていた。


「あたし、歌いかた、忘れちゃった」


 アリッサから息を呑む音が聞こえた。

 きっと、とくに伊織は気づいているし、ディーヴァは知っていたはずだ。けど誰も何も言わない。だから真咲は今の今まで、誰にも言わなかった。甘んじて、今の状況を訳も分からずに楽しんでいる異世界から来た女子高生の一人として過ごしてきた。

 けどもう、そんな女子高生として過ごせる状況ではなくなった。だから、真咲はまず、側にいてくれたアリッサに伝えようと決めたのだ。


「どうしよう、アリッサ」


 答えなんてないと分かっていながら、真咲は震えた声でつい、アリッサにつづった。

 しかめっ面ばかりのアリッサが唇を強く真横に結び、真咲の両手をすくい上げるように触れて自身の両手で包み込んだ。


「ずっと、おそばに居りますから。ずっと、絶対に」


 やはり、真咲の問いの答えではなかった。けれどもアリッサは迷いなく、何よりも今、真咲が最も欲した言葉を向けてくれた。

 真咲はそれに安心したように笑みを浮かべながら、また涙をこぼした。

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