11 それもまた愛なのだから
テーブルの上に置かれているのは、レオナから渡された複数の手紙。差出人の名前も、筆跡も全て同一人物だ。
「さすがにそろそろ無視できないわね、これ」
奈緒は控えているオリヴィアに一つ、頼みごとをした。
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長い渡り廊下はこの冬の寒さでずいぶんと冷え切っていた。
待ち合わせ場所にしたのは失敗だったと思いながら、奈緒は急ぎ向かった。だが、やはりというか、すでにその相手は先に奈緒の到着を待っていたのが見えた。
「ごめんなさいね、待ち合わせ場所をここにしてしまって。ここがこんなに冷えるとは思わなかったの」
「いえ、この寒さのおかげどうにか落ち着くことが出来ました」
場所は王城側の渡り廊下前。そこにはすでにアンジェリカが護衛であろう、女性の騎士と侍女を連れて待っていてくれていた。
「まさか、直接お話をさせていただける機会をいただけるとは思いもよりませんでした。この機会をくださったこと、心より感謝いたします」
「良いわよ。私も、さすがにあれは大人げないことをしたわけだし……」
「大人げないだなんて。奈緒様は事実を私に教えてくださっただけではありませんか」
アンジェリカは本当に有り難いと言わんばかりの笑みを浮かべるが、何事も正論ばかりではいけないものなのだと奈緒は理解している。とはいえ、大人げない態度をとったことには謝るつもりだったが、言った内容までは欠片も謝るつもりはなかった。
「奈緒様、私は本当に無知でございました。何も知らず……いえ、分かろうとせずに身勝手に己を優先させ、まるで自分が悲劇の中にいるのだと錯覚をしてしまいました。心よりお詫び申し上げます」
そう言って、アンジェリカは頭を下げた。控えていた女騎士も侍女も同じように、それが当然であるように。
「お許しをいただくつもりはありません。家のものには全てお話をいたしました。なのでもし、奈緒様がご満足をいただけるのであればどうぞ、私をご自由にお使いいただければと思います。それこそ側使えでも、何でも」
「それは……困るわね。侍女はレオナがいるし、それにこうして護衛も二人いるわけだし……」
「ですが」
顔を上げたアンジェリカは何かを言いたげに顔を歪めた。
謝罪のためでも、許しを得るために何かをしたいというわけではないことを奈緒はしっかりと理解していた。ただ、自分が犯してしまったことをまっすぐに向き合った結果、力となりたいと申し出たのだ。なんと真っ直ぐで、美しいのだろうか。
奈緒は真正面からアンジェリカの視線を受け止め、思案していたことを相談してみることに決めた。
「あのね、アンジェリカ。どうしてもって言うなら、少しだけ手伝ってほしいの」
「お手伝い、ですか?」
「そう。できる範囲で構わないし、無理をしなくても良い。危険なことには変わりないから。けども、少しだけでも手助けしてくれたら嬉しいわ」
「勿論お手伝いいたします!」
「ありがとう、アンジェリカ」
隠さずに危険が伴うことを奈緒が伝えたにも関わらず、アンジェリカは即座に良い返事をしてくれた。少しだけ、いやだいぶ不安を抱いてしまったが、奈緒は不安を押し殺した。
もう手段なんて選べないと言い聞かせて。
「今から言う貴族から、話を聞いてほしいの」
用紙にまとめた方が良いのは分かる。だが、それではここでの密談がバレてしまう。だから全て口頭で行う必要があった。
順場に告げる貴族達の名前は、全てあの庭園の魔術を施され、且つその中でも忘却を使われた家の人間達だ。一体何を忘却させられたのか。些細なことだろうとも、どこに何があるか分からない以上放置は出来なかった。
「……どう?」
なるべく聞き取りやすいようにゆっくりと名前を伝えたが、やはり覚えきれないだろう。なんて奈緒は思ってしまっていたが、アンジェリカはそっと微笑みを浮かべてみせた。
「ご安心ください。私、お友達が多いのです」
「それじゃあ」
「はい。お任せください、奈緒様。必ず、良い知らせをお持ちしますわ」
ずいぶんと甘く見てしまっていたのかもしれないと奈緒は思い直すことにした。それと同時、抱いていた不安が一瞬にして消え去った。
あの不安げな彼女はいつの間にか消え、そこには自信と決意に満ちた彼女が立ち、なんとも優美な笑みを浮かべていたのだから。
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真咲が巡礼の為に大神殿を後にして十日程が過ぎ去ったあくる日。
また同じ場所で奈緒は待ち合わせをしていた。
「奈緒様!」
「アンジェリカ!」
あの時の同じように先に待っていたアンジェリカが満面の笑顔を向けてきてくれた。
奈緒は伊織ではないが眩しさを覚えつつ、早足でアンジェリカに歩み寄った。
「また待たせちゃったわね」
「気になさらないでください。私が少しだけ早く着いてしまっただけですので、それほど待ってはおりません」
なんて良い子なのだろうかと、奈緒はつい頭を撫で回したくなった。が、そんなことをしてしまえば折角の美しい髪を乱してしまう。
奈緒はその衝動を抑えるためにカイロ代わりに抱えていたメルを忙しなく撫で回した。メルは不満そうに大きく尾を揺らしたが、そんなものは無視した。
「それじゃ、行きましょうか」
「ほ、本当に……。いえ、やはり、行くのは奈緒様のみの方が」
「何言っているのよ。ほら、行くわよ。あ、メル触る?」
「よろしいんですか?!」
「ええ、良いわよ」
折角だからとアンジェリカが撫でやすいように奈緒はメルを差し出した。メルはもう諦めたように尾を揺らすのを止め、躊躇気味に伸ばしたアンジェリカの手をめがけて頭突きをするように頭を差し出した。
アンジェリカは小さく肩を震わせたが、すぐに微笑みを浮かべ、ゆっくりとその頭を優しく撫でた。
緊張がほぐれたアンジェリカに奈緒は笑顔を向け、問答無用でメルをアンジェリカの胸に押し付けた。
「はい、抱っこして」
「え」
「それじゃ行くわよ」
「ええ、奈緒様?!」
アンジェリカは慌ててメルを落とさないようにと抱き上げたのを確認した後、奈緒はそのままアンジェリカの腕に自身の腕を回し、そのまま歩き出した。
視界の端では慌てるアンジェリカの侍女と女騎士の姿があるが、レオナとオリヴィアがきっと良いように対処してくれるはずだ。そして何かあればギルバートもいるわけだし問題はない。
そういうわけで奈緒は遠慮なく、王城の長い長い廊下を突き進んだ。
目的の部屋の前に着いた時、アンジェリカはすでに息も絶え絶えになっていた。本当は落ち着くのを待ったほうが良いのだろうが、そこで冷静になって戻ろうとされても困る為、奈緒は遠慮なく目の前の扉をノックした。
「来たわよ」
誰とは言わずに来たことだけを告げれば、すぐに中からどうぞ、という声が聞こえてきた。
なので奈緒は遠慮なく扉を開けた。
「忙しそうね」
「それなりにね」
この執務室の主であるランスロットは、奈緒が来ても忙しなく手を動かし続けていた。傍らにはロビンがおり、こちらを見て目を丸くしている。
「ちょ、え、うわぁ……。殿下、やばいですって!」
「待ってくれ。これだけでも」
「そんなの良いから!」
「そんなのって……」
ロビンが無理やりにでも顔をあげさせようと手を出そうとする直前、何かを察したように観念したランスロットがしぶしぶと言った様子で手を止め、顔をあげた。
しっかり五秒ほど、ランスロットの動きはピタリと止まり、そしてゆっくりと片手で顔を覆った。
「……奈緒様。何故、彼女と共に?」
「仲良くなったのよ。いけなかった?」
「いや、奈緒様にそのようなことは言えないよ。それで二人してどうしてこちらに? 確か、奈緒様が話があるとはロビンから聞いたけれども」
「ええ、そうよ」
初めて見るランスロットのその姿を見て、奈緒はご機嫌に笑みを浮かべた。
「アンジェリカに手伝ってもらったのよ。例の貴族達について調べるのに。ね、アンジェリカ」
「は、はい!」
アンジェリカが返事をした途端、ランスロットは顔をあげ、寒々しい凍り付いた笑みを向けてきた。その琥珀の瞳は恐ろしいほどに鋭くいものだった。
「奈緒様。何故、彼女に関わらせたのかな?」
肌に僅かに感じるような違和感は、魔力なのだろうか。だが、そんなもの奈緒は知ったことではないのだ。
この世界に来て、様々なことがあった。あり過ぎた。それはもう、ちょっとの事では揺るぐことのないほどの度胸が嫌でもついてしまうほどに。加えて、手首に感じる細い銀のブレスレットの感触が、さらに奈緒を奮い立たせてくれるのだ。何も、もう恐れることはなかった。
「どうしても手伝いたいと言われてしまったのよ。仕方がないでしょう?」
「も、申し訳ありません。勝手なことを……」
「大丈夫よ、アンジェリカ。こんなのに謝罪なんていらないわ。だって貴方のような素晴らしい婚約者がいるっていうのに、私にずいぶんとお熱をあげていた方だもの。ねぇ?」
先に仕掛けてきたのはそっちだからな、と言わんばかりに奈緒はランスロットに同意を促した。だが、残念なことにランスロットは罰の悪そうな表情を浮かべるだけだった。
「……それで、僕は何をすれば良いのかな?」
「一先ず、アンジェリカが調べてくれたことを一緒に聞くわよ。私もまだ聞いていないのよ。ほら、アンジェリカ、そこに座って」
「よ、よろしいのですか……?」
勝手知ったるなんとやら。奈緒はいつもの定位置であるソファに座り、その向かい側に座るようにアンジェリカに促した。が、さすがに戸惑いを見せてしまったアンジェリカに、ランスロットはようやくいつものように、いやそれ以上に柔らかない微笑みを浮かべたのだ。
「良いよ、そこに座って」
「は、はい」
ランスロットの許しを得たアンジェリカはようやく笑みを見せ、奈緒の目の前に座った。そして役目は終わったと言わんばかりに抱えられていたメルがアンジェリカの腕から、奈緒の膝の上へと飛び乗ってきた。
「重かったでしょう? この子、最近また大きくなって」
「そんなことは……」
重くないと主張するように大きく尾を揺らしたメルに奈緒は笑みをこぼした。
「それじゃあ、教えてくれる? アンジェリカ」
「はい」
緊張が解れたであろう頃合いを見計らい、奈緒が問えば、アンジェリカは大きく頷いた。
アンジェリカから語られた話は想像していたものよりもひどいものだった。
「祭壇が、壊されていたの……?」
「はい。あまりにもひどい状態で……」
一つだけではない。アンジェリカが時間の許す限り出向いた貴族達のいる屋敷の中にある祭壇が見事なまでに破壊しつくされていたという。
この国だからというものではない。どの国であろうと、神を祀っている神聖な場所を汚すどころか破壊をするだなんて、あってはならない事実だった。
「しかもご当主が亡くなられしまったというのに、まるで何もなかったかのように振る舞われていて……。それで、私もお話をしてるうちにどうしてか、あの時のことを忘れてしまいそうになってしまいまして……」
おそらく、それほど長居はしていないはずであろう。だというのにその屋敷にいるだけでアンジェリカにまで影響が出てしまいかけていた事実に、奈緒は軽率すぎる頼み事だったと後悔しそうになった。しそうになっただけにとどまったのは、アンジェリカがそれでも笑顔だったからだ。
「だから、私のお屋敷で改めてお茶会を開かせていただいたのです」
「だ、大丈夫、だったの?」
「もちろんですわ」
そしてむしろ、呼んでしまったほどの豪胆さを知ってしまった奈緒は、頼んでよかったとつい思ってしまった。
「それで改めてお話していてら、様子が全く異なっていました」
「様子が……? どんな風に?」
「まるで夢から覚めたようでした。そして皆、思い出したかのように我が屋敷の祭壇で深く深く、祈りを捧げられました」
恐ろしいことを聞かされているのだと、奈緒は理解した。
「あの屋敷では、我らが神に祈ることを忘れてしまうようなのです」
この国は、人々が祈り願うことで神が存在している。もちろん何でも良いというわけではないが、何よりもまずは祈り願われなければ意味がない。
だというのに、その敵はそれすらを奪おうとしていたのだ。
祈ることを忘れさせられた人々は祈らない。例え、近しい人が亡くなってしまったとしても、誰一人として祈らない。この凍土に眠る彼らに、この凍土を守るユフィアータに。
だからこそ、忘却の庭園の魔術を施された貴族を狙った。ユフィアータへ祈らせず、その役割すら忘れされようとして。
「……そう。分かったわ」
あくまでも、これは憶測に過ぎない。しかし限りない真実を掴めたのは確かだった。
「ごめんなさいね。危ないことをさせてしまって」
「いえ。その、私……奈緒様のお役に立てればと思ったのも、そうなのですが……。やっぱり、殿下のお役にも立ちたくって」
アンジェリカには、この調べる経緯を伝えてはいない。ただ、会って話を聞いて来て欲しいと頼んだだけだが、それでも十分に危険に巻き込んだのは変わりない。
「もしよ? もし今後、危ない目に遭いそうになったらすぐに大神殿へ来てちょうだい」
「その、とても有難いお言葉ではあるのですが……」
「関わらせた私が言うのも何だけど、心配なのよ。貴方のことが」
身勝手に関わらせてしまったのだ。全ての責任を追えるわけではないが、使える手段は全て使ってでもアンジェリカを危険から遠ざけるのが頼んだ側の責任だと奈緒は考えていた。
だが、アンジェリカは静かに微笑みを浮かべた。
「もちろん些細を把握しているわけではありません。ですが、殿下をお支えするのが私のお役目だと思っております。婚約者という立場だからではなく、この国の人間として。ですから危険だからと安全な場所にいるのそのお役目を否定することになりかねません」
伸びた背筋に、揺れることのない奈緒の瞳とはまた違う美しい紫水晶の瞳は強い光を発していた。
「それに、私はこの国の母となる為に多くのことを身につけて参りました。だから尚更に、守られる側でいることは耐えられないのです」
とっくのとうに、アンジェリカは危険であると理解したうえで動いていたのだ。意を決して奈緒に話しかけてくれる前からずっと。この国の為に。この国の母となるべく、最善を尽くし続けていたのだ。
「あ、その……。も、申し訳ありません。まだ、婚約者という立場でありながら、先走ったようなことを……」
「謝らないで、アンジェ」
はっとし、アンジェリカは自分が発言した言葉に慌ててしまっていたが、ずっと黙っていたランスロットがようやく口を開いた。
とても、柔らかく優しい眼差しをアンジェリカに向けていた。
「ありがとう、アンジェリカ。とても助かったよ」
「殿下……」
「申し訳ないけど、奈緒様と話をしなければならなくなったから……そうだな。いつもの場所で待っていてくれるかな」
「は、はい!」
二人にしか分からないような会話を目の前で交わされている奈緒は黙っていたが、内心強い衝動に襲われていた。
いつもの場所。いつもの場所ですって。何それ。やだ、アンジェリカったらあんなに頬を染めちゃって。これが当て馬。なんて素晴らしいのか、当て馬。
「あ、えと、奈緒様……」
「本当にありがとう、アンジェリカ。今度はゆっくりお茶でも飲みましょうね」
「はい、是非!」
社交辞令にも似た物言いになってしまったが、アンジェリカはとても嬉しそうに笑みを浮かべた。そして美しい淑女の礼を一つだけし、ランスロットの執務室を後にしたのだった。
一瞬にして訪れる沈黙の中、破ったのは奈緒だった。
「とても良い子ね」
「そうだろう?」
本当にとても良い子だ。ランスロットには勿体ないと思ってしまうほどに。
奈緒はソファに深く座り直し、少しだけ姿勢を崩した。
「大前提として言うと、貴方のこと別に嫌いではないのよ」
「そうなのかい?」
「仕事をするうえではの話ね」
これは仕事のようなものだ。あくまでも共に何かを成し遂げるという点において、ランスロットはとても信頼が出来る相手だ。だが、しかし、恋愛といったものとはまるで異なる。
「恋愛とか、そういう方面で言うと、全く好みじゃないのよね。貴方の事」
「……うぅん、それをまっすぐ言われるとなぁ。ちなみに好みの男性を聞いても?」
「ユアンよ」
奈緒は隠さず、はっきりと告げればランスロットは面白くらいに目を丸くしていた。何故かロビンも目を丸くしていたくらいだ。いや、さすがに驚き過ぎではないだろうかと、側に控えてくれている他三人に振り返り見れば、何故だろう妙に納得された顔を向けられていた。
おかしいな、隠していたはずだというのに。もしやただ単に世話の焼き過ぎで、恋愛的に好きなのだろうと見られていた可能性がある。いや、結果的に好きになってしまったのでおかしいことではない。おそらく。
「あの、巣窟の主?」
「そう。あの、巣窟の主」
「……どのあたりが好みなのかというのは」
「お世話し甲斐があるところ」
ちなみにこれは本当だ。やはり世話のしがいがある相手というのは満たされるものがある。と言っても主従のような関係でいたいわけではない。ただ、とにかくこの世話焼きの欲を満たしてくれる相手が良いだけなのだ。
「それだけ?」
「後は秘密」
「それは残念だ」
「残念がられても困るわ」
分かりやすく悲しげな表情を浮かべるランスロットに、奈緒は呆れたように息をついた。
「アンジェリカとよく話してちょうだいよ」
「そうするよ」
「……聞くけど、ランスロットってアンジェリカのこと、どう思っているの?」
「妹のように思っているよ。婚約者ではあるのだけどね。何せ、出会った時にはとても幼かったんた」
「とても大切な子なのね」
「当然」
それを聞いて奈緒はようやく確信した。
今までのランスロットの行動に言動。それからアンジェリカに対する態度、反応。それらが答えだった。
「だから、私に一目惚れしただなんて言ったの?」
一目惚れだなんて、最初から嘘だった。これはただの女の勘というものだ。だから確信を得られる何かが欲しかったが、これほどまでに分かりやすく答え合わせが出来るとは思わなかった。
「バレてたか」
「当たり前でしょ」
ランスロットは悪びれる様子はなく、ただ少しだけ困ったように笑った。
「好きなことには変わりないよ? 一目惚れではないけど」
「しかもその好きではないっていうのが厄介なところね。本当に私が貴方を好きになっていたらどうしてたのよ」
「喜んでその寵愛をいただくつもりだったよ。ただ、さすがに王妃としては難しいから、愛人としてになるけども」
「最悪ね。それで王妃はアンジェリカに据えるつもりだったの?」
「そうだよ」
もはや誤魔化す気もなくなったようで、ランスロットは朗らかで人の良さそうな笑顔を浮かべたまま頷いた。
自分で聞いておきながら、奈緒は遠慮なく顔を引きつらせ引いた。
「……大切って言っておきながら、それってどうなのよ」
「妹としか見ていなかったんだよ? さすがに少し躊躇するよ。だからこそ、他に相手を見つける必要があったんだ。それにほら、おかげでヴィンセントとも話せるわけだし」
王族というしがらみばかりの立場には、いろいろと事情があるのは察するが、それにしたって誠意がない。加えて人を利用してヴィンセントに会いに来ている時点でもう呆れるばかりだ。
だが、これだけは分かる。
ランスロットはおそらく、身内に対してとても優しいのだ。国王陛下に対しても、大神官である実弟のヴィンセントに対しても、妹のように見ているアンジェリカに対しても。
その度合いというのが大きく異なる。何せとくにヴィンセントや先ほどのアンジェリカに向けた表情や声色なんか、奈緒には一度だって向けなかったのだから。
ただ、他の誰かと同じように。聖女の一人として、奈緒にずっと接していた。
だからどうしたって嫌いになんかなれるはずがない。彼はしっかりと、この国の王太子として、敬意をもって、接してくれていたのだから。
「……それにしても、アンジェがあんなにも美しかっただなんて、知らなかったなぁ」
深く椅子の背もたれに寄りかかったランスロットが、先ほどのアンジェリカの姿を思い浮かべたのだろう。
しみじみと呟く独り言のようなそれに、奈緒はお節介だと分かっていながらついつい口出ししてしまった。
「ちゃんと見ていなさいよ」
「もちろん。ここまで関わらせてしまったわけだし、さすがにね。もし静様がいらっしゃったら拳を一つ頂きたかったな」
ジェイク達に食らわせたあの恐ろしい拳を所望したくなる程度には自責の念を抱いているらしい。
是非ともその時は同席させて欲しいと奈緒は強く願った。
「それじゃ、私はこれで戻るわね」
「彼には、その想いを伝えるのかい?」
用件は終わったからと、ソファから立ち上がった奈緒にランスロットが問いかけた。
奈緒はその問いにゆるく首を横に振った。
「まさか。だって私達は元の世界に帰るのよ。それなのに伝えるなんてこと、するわけがないでしょう?」
別れが分っている相手にそんなことをするなんて、傍迷惑極まりないことだ。
伝えるつもりなんて毛頭にない。とは言え、今この時だけは吐露したって許されるはずだろう。だって二人の強い愛を目の当たりにしてしまったのだ。それに触発されてしまったから、つい話してしまいたくなったのだ。
たったそれだけのことだ。
「そういうことだから、秘密してちょうだいね?」
奈緒はそして、無自覚にほんの少し歪な笑顔を浮かべてしまった。




