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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 四章 紫は愛を抱く
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10 スノードームに銀の鎖

 一夜明けた今日、奈緒はもちろんのこと開発局にいた。


「それ、まっずい茶じゃないですかぁ。え、奈緒様そんなのがお好きなんです?」

「違うわよ。眠気覚ましに淹れてもらったの」

「おやおやぁ。夜ふかしですかぁ?」


 にやつくユアンに、奈緒は視線をそらし、黙って渋く苦いお茶がいれられた木のカップに口をつけた。

 本当はコーヒーがあればよかった。奈緒は紅茶よりもコーヒーを好んでいるが、聞けばコーヒーはこの世界でもあるがあまり好まれないらしい。それよりもお茶か度数の高い酒を好んで飲むのだとか。正直、酒は気になったが今飲んでも気持ちよく酔えないのは確実だった。


「で、進捗はどんな感じ?」

「おや、教えてはくれないんですねぇ」

「そういう日もあるわよ。こんな状況だもの」

「なかなか図太いお方だとばかり思ったのですが、繊細なところもあったのですねぇ」

「これ、飲ませるわよ」

「僕が嫌いなのをご存知なんですかぁ……?!」


 大げさに肩を震わせるユアンに、奈緒は笑顔でカップを掲げて見せれば大げさに首を横に振った。

 何かあったらこの手段を使おうと内心決めた。


「それで、どんな感じなの? 通信機は」


 改めて通信機の進捗を問えば、ユアンは奈緒の持つカップに警戒を見せつつも机の上に置いてあったものを差し出した。


「出来ましたよぉ。とは言ってもまだ試してはいないんですけど」


 奈緒はそれをユアンから受け取り、じっくりとそれを観察した。

 それは片手に収まるほどのスノードームのような形をしていた。ただ、丸いドームの中には雪を模した白い粒のようなものはなく、色鮮やかな様々な石が入っているだけ。そしてドームに接している台座には何かの文様のようなものが刻まれていた。それだけではない。台座の側面には美しい蔦模様が刻まれており、小さな色付きの石がいくつかはめ込まれている。

 正直言うと、とてもおしゃれなスノードームに似た通信機だった。


「……ユアンって、けっこうデザイン凝るのね」

「折角持つなら、美しいものが良いではないですかぁ」


 これもユアンのこだわりというものなのだろう。確かに折角持つのであれば、無骨なものよりもおしゃれなものであれば嬉しいと思ってしまうのは仕方がないと思いたい。


「巡礼をするですねぇ」

「もう聞いたのね」


 通信機の美しさに目を奪われていた奈緒に、ユアンは気にせずに話を変えてきた。さすがは情報が早い。確かに、今や巡礼についての話題はどこに言ってももちきりだが、一体どうやって開発局に引きこもっているというのにこうも早く情報を掴めるのか不思議でならないがもうそういうものだと奈緒は受け入れることにしていた。


「儀式までの残り日に余裕があるわけでもないわけですし……、なかなか忙しそうですねぇ」

「そうね。行くのは真咲だけなのだけど、朝から王城に行ったりとかして大変そうだったわ」

「おや、奈緒様や伊織様は行かれないのです?」


 しかしどうやら誰が行くというまでは話が広まっていなかったらしい。だが、真咲が一人だけ王城にいる深紅の騎士達に会いに行ったのだから、すぐに広まるだろう。


「行くのは真咲だけよ。だから尚更、これを早く渡したくって」

「それはそうなりますねぇ」


 ふむ、とユアンは小さく頷き、散らばっている机に向き直ったかと思うと綺麗な小箱を開けた。そこには銀細工のこれまた妙に高価そうな細身の、長さ的にブレスレットだろうか。それを取り出したかと思うと、奈緒に差し出してきた。


「まぁ、良いでしょう。これ、お渡ししときますねぇ」

「……え、これ、何?」

「魔具ですよぉ。即席で作ったものだったので、それほど強いものではありませんけどねぇ。ほらぁ、早く受け取って」

「え、えぇ」


 奈緒はユアンからの妙な圧を感じ、つい素直にそれを落とさないように受け取れば、ユアンは満足げに鼻を小さく鳴らした。

 銀一色の細身のブレスレット。蔦のようにうねっている金具はシンプルながら、とても合わせやすいデザインだった。


「ブレスレットにしているので、身につけていてもそうおかしなものではないでしょう?」

「そ、そうだけど……。これ、なんの魔具?」

「ただの結界ですよぉ。ほらぁ、護衛はついていても奈緒様自身は何も出来ないわけじゃあないですかぁ。あ、ご心配はいりませんよぉ、魔力がなくても使えるようにしているんで。使うときは、思いっきり引っ張ってくださいねぇ。そうするとここが外れて自動的に結界を張るんでぇ。あ、ちゃんと元にも戻りますから安心してくださいねぇ」


 ユアンが丁寧に使い方を説明してくれる。確かに護衛がいるからと安心しきるのは危険だろう。万が一、ということもある。相手が一人や二人だけでも、魔術なんてものがあるわけだ。であれば、何かしら身を守れるだけの備えは必要になってくる。が、奈緒は少しばかり素直に頷けなかった。

 というのもだ。いつの間にか奈緒の後ろに控えていたオリヴィアとなんとギルバートまで、前に出てきてユアンに詰め寄っていたのだから。


「あら、私達が守れないってことを言いたいの?」

「おやおや、それはどういう意味かな?」

「ひぃ! べ、別に疑っているわけじゃないですってぇ!」


 二人の表情は見えない。だがきっと、見てはいけないものなのだろう。レオナがそっと奈緒に寄り添っていたし、何かを感じ取ったメルが足元にこれでもかと体を擦り付けてきた。

 本当にユアンは二人が頼りないからという意味で渡したわけではない、はずだ。しかしいつものあの調子で言うものだから、そうと分かっていてもやはりどうしてか、とくに護衛として奈緒についている二人にしてみれば不愉快極まりないことだったはずだ。

 ユアンはそれを知ってか知らずか、なんとか二人に弁明をしていた。


「な、奈緒様のお力は傷を癒やすものでしょう? しかもつい最近までお力を使わなかったわけでぇ……というか、好んで使われなかったじゃないですかぁ。であれば、お力を極力、使わないようにして差し上げるのが道理と言いますかぁ」

「……まぁ、言い分は分かったわ。けど、それって私達が怪我するとでも思ってるの?」

「しないほうが珍しいと思いますけどねぇ。あ、使っている魔鉱石の品質はとても良いものですので、範囲は広めですよぉ」


 ユアンの言葉の通りだった。奈緒は確かに力を使った。しかし、好んで使おうとは思ってはいない。これはやはり、使わないにこしたことのない過ぎた力だ。だが、もし二人が傷を負ったなら構わず使うつもりだった。

 というのにユアンは、その力を使わせないようにと護衛の二人までも守れるであろう魔具を渡してきたのだ。

 奈緒は今、感動と嬉しさと、そしてうっすらとこの魔具に対して恐ろしさを抱いてしまった。


「ねぇ、メル。この魔具って、そんなにすごいものなの……?」

『とっても強い力を秘めているわよぉ。この銀の一部、魔鉱石を使っているんでしょう?』

「おや、よくわかりましたねぇ。ええ、さすがに全てとはいきませんでしたが、一部の金具は銀の魔鉱石を使用してますよぉ」


 銀鉱石の魔鉱石なんていうものもあるのか。と、奈緒は今、現実逃避の為に思考を明後日の方向へと向けた。決してそのすごさを知っているであろう他三人の顔色が一気に代わり、何故か引いていた姿を見てしまったからではない。決して。

 そしてそちらにまた思考が向けられる前に、奈緒はふと、何気なく思ってしまった。


「私よりも真咲に持ってもらったほうが良いと思うけど。ほら、巡礼に行くわけだもの」

「はあ? そばにあの声が馬鹿でかい騎士がいるのにですかぁ?」

「……ああ、カルロスのことね。もしかして、カルロスって結構強かったりするの?」


 だが何故か、ユアンは即座に首を大きく横に降った。何故カルロスがそばにいるだけで十分だと言わんばかりなのかが分からず、奈緒は小さく首を傾げているとギルバートは困ったように笑みを浮かべた。


「カルロスは強いですよ。恥ずかしながら、一度も勝てたことがありません」


 ギルバートは素直に教えてくれた。奈緒はギルバートの実力というものをちゃんと分かっているわけではない。あの夜会の時に、大神殿内に侵入した賊と相対していたぐらいだがほとんどは、どこからともなく現れた漆黒達が全員倒してしまったぐらいだ。とはいえ、こうして護衛として選ばれている以上、実力があるのは間違いがないだろう。

 ギルバートはユアンからの好奇心に満ちた視線に気づき、少しばかり眉をひそめたが、構わずに続けて教えてくれた。


「確かに、魔術が苦手で力で押し切るところはありますが、その実力は深紅の中でも上位クラスです。そして何より、カルロスは倒れません」

「倒れない?」

「戦場において、求められることは最後まで倒れずに立っていることです。深紅は周辺の魔物の討伐も行うのですが、中にはとても凶暴なものもおります。その凶暴な魔物を相手にしても、カルロスは最後まで倒れず、血まみれになりながらも討伐をやり遂げました」


 一体どれほどの凶暴な魔物だったのは、奈緒には想像が出来なかった。しかし、全身が血に染まりながらも相対しなければならないような相手に負けなかったというのは、それだけで驚くべき強さを持っているのだというのが推し量れた。


「豪腕豪傑。その姿は燃え盛る炎。さらに赤髪と我々のこの深紅の鎧から、緋炎の騎士と呼ばれています。ただ本人はその名で呼ばれたくはないようですが」

「あんまりにも嫌だからって、前は得意な炎の魔術使ってたのに使わなくなっちゃったらしいですからね。仕方がないかもしれませんけど」

「けど、あれを森の中でも使おうとして火事にもなりかけたから、今の戦い方のほうが安心は出来るんだけどね」


 本当に二つ名なんていうものがあるんだ、と純粋に奈緒は驚きつつも、そういえば自分も二つ名のようなもので呼ばれていたなと今更ながらに気づいた。それにしてもなかなかに良い二つ名のようにも思えるが、呼ばれる本人からしてみれば、あまり良いものではなかったのだろう。しかも戦い方まで変えるほどだというのだから。

 とはいえ、森の中では火気厳禁だ。うっかり燃え広がってしまえばただ事に収まらない。せめて使うなら燃えても良い場所だが、魔術の炎というのはそれほどまでに扱いが難しいのだろうか、とまた思考が逸れそうになり、慌てて引き戻した。


「けど、そんなすごい人が、どうして護衛だなんて……」

「隊長と副隊長のご判断としか言えませんが、おそらくはカルロスに実績をつけさせたかったのだろうと推察します」

「実績?」

「はい。カルロスは平民の出自ということもあって、実力でものを見れない者達からやっかみをもらっておりまして。ただ、あのような性格なので一切気にしていないのが良かったと言えるかもしれませんが……」


 身分というものがある社会である以上、それはどうしてもついて回るものなのだろう。実際どれほど大変なのか、奈緒は欠片も分からない。それに左右される人生というのはなかなかに苦労はしそうだということしか考えられなかった。とはいえ、あのカルロスの様子を見ていると、ギルバートの言葉に素直に頷いてしまいそうになるほどだった。


「そうね。確かに私達の護衛っていうことであれば、分かりやすく実績を積めるのは間違いないことだわ。それに運が良いことに、真咲ともだいぶ仲良くやっているみたいだし」

「そうだとよろしいのですが」


 近頃、真咲はカルロスとなにかとよく話しているところをよく見かける。そして不満げに軽くカルロスの腕やら腹やらに拳を入れているが、あれはそんなことをしても大丈夫だと分かっていてやっているのだと、奈緒は知っている。

 心配げな表情を見せるギルバートに安心させるように微笑みを浮かべてやるが、やはりどうも気に放ってしまうようだった。


「そういうことです。話がだいぶそれてしまいましたが、だからこれを奈緒様にお渡ししたんですよぉ」

 ちょうど話が切れそうになったのを見計らい、ユアンが口を開いた。ユアンにとってはなかなかに面白い話だったようで、ずいぶんとご機嫌そうに笑みを浮かべている。ただ、見ようによっては何か企んでいるようにも見えなくはないので、これは人相の問題なのかもしれないと奈緒は思った。

「そうだったの。けど、私だけ? ほら、伊織とか」

「大神官様がおそばに居りますし、あの目があるんですよぉ? むしろ何か起きる前に気づきそうですけどねぇ」

「確かに。って、ねぇ、もしかしてヴィンセントも戦力に入っているの?」

「当然でしょう? あのお立場だから自ら戦いに赴くことはないでしょうけど、うっかり大神殿の庭園の半分を壊したらしいですからねぇ」

「うっかりの規模じゃないと思うわ」


 大神殿の庭は広い。その庭の半分を壊しただなんて、一体どうやったというのか。それともそんな強い魔術が存在するということか。いや、それにしても、どうしてそのようなことをしてしまったのかが気になってしまう。

 そんな奈緒の心情を察してか、ユアンはゆるりと笑みを深めた。


「結構有名な話ですよぉ。不届き者が怒りを買った、と。ねぇ?」


 ユアンはオリヴィアに視線を向ける。オリヴィアはぐっと顔をしかめ、仕方がなさそうに小さく息を吐き出した。


「まだヴィンセント様が成人なさってない頃の出来事だったんですよ。当時は本当、あちらこちらでその話に持ちきりだったんです。けど、実は誰も詳しいことは分かっていなくって。たぶん隊長や副隊長はしっているんでしょうけど」

「僕も同じく」

「わ、私も詳しくは存じ上げません!」


 オリヴィアに続いて、ギルバートやレオナも経緯を知らないと言い切った。するとユアンは残念と言わんばかりに大きく肩を落としてしまった。


「それは残念。漆黒なら存じ上げているかと思ったのですがねぇ」

「さすがにあっちの内部については不可侵もあるから、全部分かっているわけじゃないわよ」


 なるほどユアンも知らないから、漆黒にいるオリヴィアから話が聞けるのではと期待のしていたらしい。が、予想に反してオリヴィアも知らなかったことに落胆してしまったらしい。

 しばらくは拗ねてしまうだろうと奈緒はそんなユアンを放置し、この流れだからこそ聞けることを問いかけることにした。


「ちなみになんだけど、二人はそう、何か……」


 奈緒が恐る恐る問おうとすると、ギルバートはオリヴィアに視線を向けた。向けられているオリヴィアはそっと視線を明後日の方向へと向けた。


「ユアン、何か知ってたりする?」

「漆黒ですからねぇ。僕もなかなか……。せいぜい、一時期内部が荒れたということぐらいですかねぇ」


 先程まで落胆していたというのに、今はゆらゆらと体を揺らしているユアンは、それはもう楽しそうにオリヴィアを見ている。さすがにギルバートが止めるかと思ったが、止めるどころか笑顔でオリヴィアの話を待っている始末だ。

 一体何があるというのだろうかと、奈緒は黙って待っていると観念したようにオリヴィアはようやく口を開いた。


「……その、漆黒って他に比べても異国出身が多いってのもあって目がつけられやすいのもあったり、文化の違いであれこれあったりしてですね? いえ、彼らを非難するわけじゃないんですけど、ここはロトアロフですし、かなり内部事情にも深く関わるので、そのあたりでいろいろとありまして……」

「ロビンもいるものね。今は解決しているんでしょう?」

「もちろんです!」

「で、なんで視線をこっちに向けないのかしら?」


 ようやく口を開いた。が、どこか誤魔化しているような、避けているような言い方をしていた。しかも視線は何故か逸らせれたままだ。

 改めて奈緒が問えば、オリヴィアは両手で顔を覆った。


「吊るしちゃって」

「何を?」

「人間っていうか、絡んできた奴らっていうか、舐めてかかってきた奴らです」


 奈緒は無言で頭を抱えた。


「わ、私だけじゃないですからね! イーサンとルイスも一緒にやりましたし、アイヴィなんて嬉々として薬の実験してたんですから!」

「ちょっと、今回護衛についてる漆黒全員やってるじゃないの」


 いや、しかしアイヴィよりはましかもしれない、なんて一瞬思ってしまった。なにせ薬だなんて、そんな言葉はきっと聞き間違いか何かだと強く思い込みたかった。さらに奈緒が驚いたのが、そこにルイスも含まれているということだ。


「しかもルイスもとか……。あ、ねぇ、ルイスって今は十六なんでしょう? ってことはそれよりも前……成人前にはもう入隊していたの?」

「そうですよ。実力さえあれば、十三歳から入隊出来ますよ。で、ルイスは二年前くらいに入隊してきたんですけど、それはもういろいろとあって……」


 ルイスはこの国の出身だが、見目だけで言うと異国の人間と間違われやすい。この国の人々は異国に対して、何かと厳しい。けども同じ人間だからと軽々しく言えるものではないことは理解しているが、やはり事情を知らないからこそ同情的にも見てしまいそうになる。

 深く聞いていいものか、奈緒が考えあぐねていると、ユアンからの視線に気づいた。


「気になりますよねぇ、奈緒様」

「……す、少しだけ。えぇ、無理にとは言わないけど」


 好奇心の塊であるユアンはそんなのお構い無しにさらに話を深く聞こうと促してきた。奈緒はついそれに乗っかるように頷いてしまったが、オリヴィアはほんの僅かだけ、何故か視線をまた逸らした。


「ルイスって、見目のこともありますけど、あのエヴァンハイン家の人間なので、目をつけられちゃったんですよ」

「そうなの……」

「はい。けど、ちゃんとやり返してましたよ。吊るすのは私も手伝ったし、アイヴィから尋問のやり方教わって、しばらく出歩けないような噂をイーサンと一緒に流して、副隊長に怒られました」

「ねぇ、完全に教育係間違えてない?」

「けど、ロビンや他の隊員達も手伝ったり教えてたりしてましたし、副隊長もやるならバレないようにやれって指導してましたよ? ルイスって素直ですし、教えるとすぐに覚えるから楽しくって」

「アルベルトさんの苦労が計り知れないわ」

「隊長は泣きそうでした」


 ああ、何故だろう。その姿が目に浮かぶ。

 入隊当時からきっとルイスは優秀だったのだろう。それはもう教える方が楽しくなってしまうほどに。

 結果として、教えてはいけないようなものまで教えてしまったのかもしれないが、静のそばにいるルイスの姿を思い出すと何故だろう、とてもまともにしか見えないのだ。いや、まともなのだろうが、それにしたって静のやんちゃっぷりに目がいってしまうのが余計だった。


「……いえ、むしろ。だから静のあれに付き合えるのかもね」

「静様って目を離すと何するか分かりませんよね。あ、さすがにここだけの話にしてくださいね。とくに静様には秘密ってことで」

「ええ、分かったわ」


 もしこれを知った時、静はどんなことをするのか。まったくもって予想が出来ない。

 むしろ考えない方が良さそうだ。

 奈緒は受け取ったブレスレットを見下ろし、そそくさと身につけてみた。とてもおしゃれだ。


「念の為に備えておくことは重要だものね。ありがとう、ユアン。どうか役に立たないことを祈っていてくれると嬉しいわ」

「ええ、是非そうであってほしいものですよぉ。もちろん、ただのブレスレットとしても使えますからねぇ」

「……普通にセンス良いのよね……」


 もはやこれだけで十分稼ぐことができそうだが、これはユアンにとってみれば、ついでの装飾なのだろう。しかし、そのおかげで一目見ただけではそんなに恐ろしい魔具とは誰も思わないだろう。きっと。


「話がだいぶそれてしまいましたが、通信機の使い方を説明してもよろしいですかぁ?」

「話がそれた理由が、だいたい貴方のせいだと思うのだけど」

「僕ですかぁ?」


 大事な通信機の使い方について話す前にいきなりブレスレットなんて渡してきたのだ。だというのに本人は一切その自覚がないらしく、素で不思議そうに首をかしげている。

 奈緒は額を軽く抑え、深く息を吐きだした。


「まぁ、良いわ。それより使い方、教えてくれるんでしょう?」

「ええ、もちろんですよぉ。少々お待ちくださいねぇ」


 ユアンはそう言うともう一つの通信機を手に取ることはなく、代わりにその横に置いてあったアンクレットを右の手首につけた。


「それは?」

「魔力封じですよぉ。これ、魔力を持っていると誤作動で繋がらなくなるっていうのが難点なんですけど、だから持ち出しても問題ない物が出来上がったわけなんですよぉ。ただ、開発中は本当に大変で大変で……っと、また話が逸れてしまいますねぇ」


 今度はユアン自身も気づき、慌てて軌道修正してくれたが何とも衝撃的な事実だった。

 この世界の人々は誰しもが魔力を持つ。だから、魔力を持たないこと前提の魔具は決して作られることはない。だがユアンが開発したものは、その魔力を否定した魔具だった。

 きっと、天才というの彼のことだと奈緒は思う。もちろん他を知らないからそう思うだけなのかもしれないがしかし、ユアンはこの短期間の間に、正しく奈緒達しか使えない通信機を作り上げたのだ。まさしく天才としか言い表せなかった。


「どうしましたかぁ、奈緒様」

「……何でもないわ。で、これ、どうするの?」

「はい。使い方は台座を回して……ええ、はい。そうです。それから」


 ユアンは当たり前のように作った魔具を説明する。その技術力の高さを自慢するでもなく、淡々と。だから奈緒は同じように淡々とユアンの説明に耳を傾けながら魔具に触れる。

 称賛した方が良いのは分かる。けども彼に対して、その称賛するのはなんとなしに無礼なような気がした。

 ユアンは愛の為に、魔具を用いて幼い頃から夢を抱いている魔法を再現しようとしている。これは彼にとっては、まだ過程の一つに過ぎない。だから彼にとって中途半端なものを称賛するべきではないのだ。


「良いわね、これ」

「当然でしょう?」


 使い方は酷く簡単だった。台座を回し、繋げたい相手が持つ通信機の模様に合わせ、底を一度押す。

 こんな簡単だと言うのに、魔力を持っていたら使えないとは何とも勿体ない。いや、魔力を持っていないからこそ簡素化が出来たのかもしれない。しかもつなげるのは他三つだ。


「さすがに同時に複数は繋げることは出来なかったのですがねぇ」

「いえ、十分よ。ありがとう、大切に使うわ」


 称賛はしない。しかし多大な感謝は当然に、ユアンに向けるべきだ。


「次来るときはいつもより多めに軽食とかお菓子を持ってくるわね」

「言いましたねぇ?」


 奈緒の言葉に、ユアンはぱぁっと子供のような満面の笑みを浮かべた。

 それにきっと、ユアンには称賛や感謝の言葉なんかよりも、菓子や軽食の方が喜ばれるのだと奈緒は分かっていた。

 だから次の為に、バスケットたっぷりに菓子や軽食を詰め込んであげようと決めたのだった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 もはやヴィンセントの執務室は、奈緒達にとっても集まりやすい場所となってしまっていた。何せ何かあればすぐ目の前にいるヴィンセントに話せば良いし、重要な話もすぐに出来るのだからこれほど良い場所はなかったのだ。

 ヴィンセントは態度こそ迷惑そうにしているが、伊織曰く、どうやらいい感じに気を紛らわすことができているらしく、そこまでひどい胃痛には悩まされてはいないらしい。良かったと言うべきだろうが、それよりもまだ胃痛に悩まされていることに奈緒は内心同情を抱いてしまったのは言うまでもない。


「真咲。これ、持っていって」

「何、これ」

「わぁ、かわいい!」


 国内の地図とにらめっこをしていた真咲が顔をあげ、反射的に奈緒が差し出した通信機を受け取った。真咲の隣で邪魔にならないようにとのぞき込んでいた伊織は、それを見て笑顔で声をあげた。


「なんだ、それは」

「これ、ユアンが開発した私達用の通信機。だから四つあるのよ」


 もう一つを伊織に渡し、残り二つをヴィンセントに見せる。ヴィンセントはしばらく無言でそれを見ていたかと思うと、ゆっくりと頭を抱えてしまった。


「……そんなものを頼んでいたのか」

「そうよ。けどちゃんと試していないから、性能は保証できないけど、ないよりは良いと思って。それと、魔力で誤作動を起こすらしいから、使うとしたら私達のみか、魔力封じした人のみね」

「とんでもない物を作ったな、奴は」


 やはりヴィンセントにはこの通信機の高度な技術をすぐに理解したのだろう。すぐそばで資料整理をしていたエドヴィンも無言で目を丸くしているし、室内にいる騎士達なんかはどこか引いている。が、カルロスはよく分かっていないらしく、クラウスにどういうことか聞いていた。

 恐ろしく強い、というのはきっと嘘ではないのだろう。だが、そんな様子を見てしまうとどうしても実力をつい疑ってしまいそうになってしまった。


「ねぇ、奈緒。その手首の、どうしたの?」


 伊織が、奈緒の手首に付けているブレスレットに気づきいたようだった。

 細みで少し緩めに作られているせいで、すぐに袖の中に隠れてしまうがやはり伊織の目には見えてしまっていたらしい。

 奈緒は袖をまくり、隠れてしまっていたブレスレットを伊織に見せた。


「これ、ユアンがくれたのよ。すごく強い結界が張れる魔具だそうよ。伊織にはどんな風に見えるの?」

「え、鎖」

「鎖?」

「うん、鎖」


 まっすぐに言われた言葉はとても強かった。ただの強い結界を張れるだけの魔具のはずだというのに、何故鎖という言葉が出てくるのだろうか。

 奈緒は疑問に思うがすぐに掻き消え、変わりに自然と笑みがこぼれてしまった。


「鎖、ねぇ。ふふっ、怖いわぁ」

「あれ、奈緒。なんでご機嫌なの?」

「何でかしらね?」


 伊織が首をかしげる横で、真咲は盛大に顔を引きつらせていた。さらに言うと、ヴィンセントも盛大に顔を歪めているのが視界に入ったが今の奈緒には一切気にならなかった。

 だってまさか、鎖だなんて。

 なんて、かわいいのだろうか。だなんて思ってしまったのだから、もう奈緒は笑うしかなかった。そしてぐっと、奥深く、深くにこの溢れ出そうになる思いを胸の内にしまい込んだ。

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