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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 四章 紫は愛を抱く
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09 知らない間に人は成長する

 国王陛下、アウグストから語られたものは語られた話はあまりにも恐ろしいものだった。



 あれから話せるまでに回復したアウグストから、今朝になって大神官と聖女達に話があるとのことで奈緒達は自身の護衛達や侍女達と共にあの重苦しい部屋に訪れていた。もちろんランスロットとロビンもいるが、その他の姿はいない。

 完全に締め切られた室内の中、重たく、しかし反して小さな声が響いていた。

 要約をすればこうだった。

 夢の中で、名前が分からないとある神に出会った。その神は近く、復活を遂げると語った。

 自らを人間の希望になるだろうと言う豪胆な神。

 そしておそらく主犯であろう男。もう一人の王位継承権を持つ者、マティアス。この騒ぎが起きているにも関わらず、その男はノーザイン城に引きこもっているのか、こちらに来るという話すら聞かない。

 アウグストはずいぶんと前からマティアスの動きを監視していた。しかし気づけば洗脳されているような状態になり、彼の神、そしてマティアスの言いように動かされてしまった。

 何故、今になり自由を得ることが叶ったかというと、アウグストは自らを用済みなのだろうと語った。

 奈緒もまた、そうなのだろうと内心頷いた。これはあくまでも推測に過ぎないが、神が近く復活を遂げると言ったと言うことは、計画は本当に終盤へと差し掛かっているということだ。

 であるならば、今後の動きに邪魔にしかならないであろう人間はさすがに切り捨てられる。それがこの国の国王陛下であるアウグストも含まれた。

 しかし何故、今このタイミングなのか。

 この国の王であるアウグストは権力そのものだ。洗脳をしていたのならば、もっとより確実な段階があるはずなのに。

 計画は終盤に差し掛かっている。だかこそ気を引き締め、より警戒しなければならないというのに。訳が分からない。こんなにも長く、おそらくとてつもなく長い時間をかけて行ってきた計画だろうに、こんなところでわずかに尻尾を見せつけるだなんて。

 何かを狙っているのか。それとも、そのマティアスという者の計画が杜撰なのか。

 分からない以上、不用意に言葉にするべきではない。

 ふと、隣にいた真咲の小さな声が室内に響いた。


「えっと、その、ただの思い付きって言うか」

「ええ、大丈夫よ。聞かせてくれる?」


 真咲が自信なさげに言うものだから、奈緒は大丈夫というように微笑んでみせた。すると真咲は安心したようにほんの少しだけ口元を緩め、真正面を見つめた。


「あ、あたし達が……他の神殿とかに行ったら、ちょっと変わったりとかしないかなって」


 まさか、真咲からそう来るとは思わず奈緒は僅かにだが目を丸くした。

 途端、ヴィンセントとアウグストがそろって顔をしかめ、難色を示したがそれは当然の反応だろうと奈緒は納得した。

 何せ安全という場所はもう大神殿の中でも僅かしか残っていないはずだ。それが外の神殿になんて行けば、簡単に相手の術中にはまってしまう可能性だってある。その上、すでに大神殿でも賊が二回も侵入してきたくらいだ。いつどこで襲われてもおかしくはない。

 だというのに真咲は不安げにしながらも、ただひたすらに前を見つめていた。

 いつの間に、こんなに頼れる存在になったのだろうか。

 奈緒はほんの少しだけ真咲のその姿を見て、寂しさを覚えてしまった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 一夜明け、奈緒達はヴィンセントの執務室に集まっていた。

 重要な話をするのには今まで紅星の間を使用していたが、どうも寒くなってきている季節になると底冷えがとても酷いのだと言う。


「さて早速だが本題に入らせてもらう」

「昨日のその神、とやらのことよね」

「ああ、そうだ」


 奈緒達やメル達がソファーに座り、ヴィンセントは分厚い書類が積まれている机越しに座ったまま、さっそく本題に入った。

 マティアスが信仰する神はここより北部、ノーザイン城にいると推測されている。いなくても、主犯であるマティアスを捕えることが出来れば良いだけの話だ。もちろん捕えるだけの証拠は揃えないといけないわけだが、昨日のアウグストが調査した諸々は危険性が大きすぎる為そもそも紙には残していないと聞いた。加えて、関わった幾人かはもうこの世にはいないのだと言う。

 前進はしているのだ。だが、時間が無さ過ぎるこの状況ではあまりにも小さすぎる前進だった。

 外はすでに敵の手中だと思わなくてはならない。やはり、ここで考えられる手段は一つしかなかった。


「巡礼よね」


 奈緒はヴィンセントをまっすぐに見つめた。


「行く以外に選択肢は残っていないんでしょ」

「……だが」

「危険なのは分かるわよ。相手からしたら狙いやすいわけだもの。けど、だからってここで何もしないわけいかないじゃない。ただ問題なのは、私達全員で行くのか。それとも誰かが行くのかってことでしょう?」


 いつまでも閉じこもっていられる状況ではなくなったのだ。

 確かにここにいる限り、命の心配は極力少ない。しかし、祈りや願いが歪め続けられてしまえばここにいようといまいと関係がなくなるのは、あの日の夜にすでに分かっていることだ。もはや、この国に安全な場所なんて存在しないのだ。

 では、誰が行くか。理想を考えれば、一番は三人一緒に動くことだ。しかしそれこそ相手の思うつぼ。格好の餌食になりかねない。やはりせいぜい一人が限度なのだろうと奈緒は考えていた時、真咲が口を開いた。


「あたしが⾏ったら駄⽬、かな……なんて」


 真咲が言った途端、カルロスが考え成すようにと苦言を呈するが、その空の瞳には恐怖はあれど迷いなんていうものはなかった。

 真咲は言った。


「きっと、あたしが行かないといけないものだと思うのよ。そうよね、ディーヴァ」

『そうね。だって導くことこそが役割だもの』


 一体、真咲に何があったのだろう。こんなにも、いつの間につい頼ってしまいそうになる存在になったのだろう。

 適任という言葉は他人事のようにも聞こえるが、まさしく適任だと奈緒は理解してしまいそうだった。


「本気……なの?」


 冗談だと、嘘だと言う言葉を期待した。けれども、そこにあったのはとても美しい迷いのない澄んだ空色だった。


「ええ、本気よ。伊織なら分かるでしょ」

「うん。分かるよ」


 なんでも見える伊織がはっきりと頷いた。

 これはもう止められないのだと奈緒はすぐに悟った。そして適任だと肯定してしまった時点で止める権利なんてそもそも存在しないのだとも理解していた。

 真咲はラウディアータの聖女。そしてラウディアータは導くのが役割。もちろん無理やりに方向性を決めてやるのではない。

 生きることは苦しい。メルヴェアータの力を使い、その苦しみを取り払ったとしてもそれはほんの一時のこと。本当に必要なのはその苦しみと共に、どうやって生きるべきなのか。その役割こそがラウディアータの導く力なのだと、奈緒は勝手ながらに解釈をしている。とはいえ、大きく外れてはいないだろう。

 まさしく真咲の役割にふさわしいものだと、奈緒はどうしたって認めざるえなかった。だからこそ、確認をする必要があった。


「その巡礼へ行く日だけども、いつぐらいになりそうなの?」

「準備等で早くても五日後だな。真咲、それで構わないか」


 残り早くても五日。それまでに通信機が出来ているか確認をしなければならない。しかし心のどこかでは大丈夫だろうという確信があった。

 すぐにでも確認しに行きたい衝動を抑えつつ、今日はせめて真咲の側にいようと奈緒は決めた。

 横で真咲がヴィンセントに問われ、大丈夫と答えたが、後で小さくたぶんとぽつりとつぶやいたのが奈緒の耳にしっかりと届いた。

 よくよく真咲の横顔を眺めてみれば、やはりどこか不安は隠せないようできゅっと口を強く結んでいた。

 奈緒は軽くそんな真咲の肩に触れ、そっと耳元に顔を寄せた。


「やっぱり変わる? 私が行っても良いのよ?」


 安心させるようなことを言わずに、わざとらしくけしかけた。真咲に今、必要なものだと思ったからだ。真咲からは残念ながら返答はなかったが、変わりに軽く膝を叩かれた。

 この様子ならきっと大丈夫だろう。それに側にはアリッサはもちろん、カルロスにイーサンがいるのだ。きっと、大丈夫。大丈夫だと、強く今は願うしか出来なかった。


「あ、の……その」


 と、伊織が言葉に詰まりそうになりながらも口を開いた。


「どうしたの、伊織」

「何よ。そんな顔して」


 不安げに顔を歪める伊織はそわそわと落ち着かない様子でちらり、とヴィンセントに視線を向けた。しかしヴィンセントは助けることもせず、むしろ何故かうすく笑みを浮かべてわざとらしく視線をそらしたのだ。

 伊織は金の瞳を丸く見開き、不満だと言わんばかりに口を歪める。年相応な反応を見せる伊織は少しして諦めたように、ようやく口を開いた。


「……その。祈りの間のこと、なんだけど」

「あら。もしかして話す気になったの?」

「……うん」


 伊織が何かを隠していることは知っていた。何かをやり遂げようとしていたのを知っていた。だから奈緒はその時まで待つことにした。

 本当は察して聞いた方が早いのは分かっていた。けれども、伊織が必死に考えて成し遂げようとしていることの邪魔はしたくなかったのだ。

 どうやら真咲も同じだったのか、とくに驚く様子もなく黙って話を聞いていた。


「話、長くなりそう?」

「ううん、短いというか……お願いっていうか。一緒に、祈りの間に来て欲しいの。うまく説明が出来ないから、たぶん一緒に来てもらった方が早いの」

「そう。それって真咲もよね」

「うん、もちろん。ただ夜になるんだけど」


 夜は信徒達がいない時間帯だ。きっと見られてはいけない何かを伊織は見つけたのだろう。

 一体そこに何があるのだろうか。それか、伊織の目にしか見えない何かが隠されていたのだろうか。

 奈緒は深く深く、その先に待っているであろう何かについて思考を回している横で真咲が伊織に問いかけた。


「ね、伊織」

「何?」

「……ゆ、幽霊がいるって」

「大丈夫! 見てくるだけだし、助けてくれるから!」


 聞き捨てならない内容ではあったが、きっとここ連日の疲れのせいだと奈緒はこの時ばかりはそう思い込むことにした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 どうやら幽霊というのは、この世界でも普通にいるらしい。とはいえ、この感じる寒さは恐怖からではなく、すっかり雪が積もっているほどに寒い冬の夜だからだろう。

 比較的にホラー耐性がある奈緒でも、正直本当にいると分かればそれなりの恐怖は覚えたが、伊織が楽しそうに周囲を見渡している様子を見ているとそれほどまで恐ろしいものではないのでは、と感じてしまう。それと、真咲やレオナがすっかり怯えている姿を目の前にしているとその恐ろしさというのは不思議と消え去ってしまったのだ。

 自分以上に怯えている人を目の前にすると本当に平気になるものなんだな、なんて冷静に思っている間にもエドヴィンがしっかりと施錠されていた祈りの間の扉を開けた。


「どうぞ、中へ」

「行くぞ、お前達」


 一足先にヴィンセントがすかさず祈りの間へと入り、伊織が後を続く。奈緒は真咲を顔を見合わせ、ほぼ同時に足を踏み入れ、そして強烈な何かを覚えた。

 襲ってきたもの。それは強い悲しみのようなものだった。

 無意識に奈緒は胸元を抑えながら周囲を見渡した。

 祈りの間の中は、とても無機質なものだった。正直、ヨーロッパにあるような教会に似たような場所だと勝手に想像をしていた。だが、紅星の間のようにあるのはアルカポルスの彫像といくつかの椅子。それと青い絨毯。床も壁も天井も全部が白く、窓から差し込む月光はステンドグラスの色を床に落としていた。

 この襲い来る悲しみのせいだろうか。この無機質さが、とても冷たい空間に見えて仕方が無かった。

 伊織と真咲も、同じように感じたのかは分からない。だが、二人して顔を歪めていた。

 ここに、一体何があるというのだろうか。ここで、一体伊織は何を見つけたのだろうか。

 その答えは、足元に敷かれた青い絨毯の下にあるようだった。

 エドヴィンが重そうな青い絨毯をどかすと、その下から出てきたものは青基調のモザイクタイルで作られた大きな蒼い六つ星だった。


「伊織、これ何? 何するの?」

「今から開けるの。けど開け方、忘れちゃったからヨルに教えてもらおうと思って」

「へぇ……。けど勿体ないわね。綺麗な雪の結晶の模様なのに」


 真咲は今、これを見て星ではなく、雪の結晶だと言った。確かに雪の結晶の形は基本的に六角形であるが、一体どうしてこれが雪の結晶に見えたのか、奈緒にはいまいち理解が出来なかった。

 伊織も同じように首をかしげながら、真咲の隣に移動し、目と口を丸くした。


「雪だ」

「……どういうことだ?」

「ここから見ると、雪の結晶が見えるの。ほら」


 伊織は慌ててヴィンセントを隣に立たせ、足元の六つ星を見下ろす。と、ヴィンセントもまた目を見開き、妙に納得した様子を見せた。

 奈緒も慌ててその隣に並んで見下ろせば、そこには確かに綺麗な蒼で彩られた雪の結晶が浮かび上がったのだ。


「これ、すごいわね。見る角度と……後は光の当たり方? それで雪の結晶が浮かんで見えるのね」

「そのようだな」


 光の強弱と角度。まるでトリックアートのようなそれはあまりにも美しく、まさしくこの先に何かがあることを指し示していた。

 奈緒は伊織がこの先に行けるようにと開ける作業を黙って待つことにしつつ、湧き上がる底知れぬ不安に耐えようと強く両手を握りしめた。



 一体全体どういう仕組みだったのか。蒼い星、ではなく蒼い雪の結晶があった場所から下へと降りるための螺旋階段が現れたのだ。この場にユアンがいれば好奇心いっぱいに観察し、考察し、嬉々として仕組みを解明するであろうというのが手に取るように分かってしまった。

 だが、今この時いなくて良かったと思っている。そこで時間を取られては、その下に待つ眼前にある大きな壁画がある広い空間へとたどり着けなくなっていただろうから。

 それは、まさしく宗教画のようなものだった。一体いつの時代からあったのかは定かではないが、描かれているアルカポルスとは反対側は行為か事故かで大きく崩れてしまっていた。その下にある大きな瓦礫には確かに何かが描かれていたであろう痕跡は見えるも、長い年月が過ぎ去ったおかげでだいぶ色あせており、風化してきていたのを見る限り、そうとう古い時代からあったのだろうと推察してしまった。


「ここに何かがあるの」

「この壁画ではなく、か」

「そう。だからその……二人に、一緒に、探してほしいと思って」


 伊織は壁画を見上げているも、これ以外に何かがあると言い切った。しかもその目で見ることが出来ない何かだ。その目でさえ見つけられないものを見つけなければならない。

 無謀なお願いだ。しかし、断る理由なんて欠片もなかった。


「当たり前でしょ、伊織。それにしてもすごいわね、ここを見つけたなんて」

「宝探しってことよね。そういうの大好きよ」


 真咲も同じことを思っていたのだろう。笑顔で答えた真咲に、伊織は安心したように笑い返してくれた。



 それでも、見つけたのはやはりその目を持つ伊織だった。

 誰だって、この壁画に秘密があると思って当然だろう。しかし、まさか、この広い空間を灯すための魔具のような大きな魔鉱石が置かれた台座に装置があるとは誰も思わなかったはずだ。さらに驚くことに、その装置を動かすための鍵を何故か伊織が持っていただなんて誰が予想できただろうか。

 いや、ヴィンセントの様子を見る限り、何か知っている様子だったが今聞くことではない。今はとにかく、目の前で起きている状況をどうにか理解することに精一杯だった。

 改めて奈緒は、ここは魔術の世界なのだと実感することとなった。

 伊織がよく分からない金で出来た置物に似た鍵を台座にはめ込むと、突然二体の大きな白い石で作られた二体のゴーレムがどこからともなく床から姿を現したのだ。そのゴーレム達はこちらに襲うどころか、壁画の丁度中央あたりに並び立ち、隠されていた扉を開けたのだ。

 まさしくファンタジーだ。いや、確かにユアンのところで魔具は多く見てきたが、あれはどちらかと言えば機器のような印象に近く、どうしても現代日本のそこらにあるようなものとしか考えられなかったのだ。だから、目の前ではっきりとこれを見せつけられた奈緒は、正直強く感動したのだ。

 開けられた両開きの扉。その中に待っていたのは触れてはいけない真実だった。しかし、触れなければいけない真実だった。

 ここを守っていたであろう、ミイラ化した三人の亡骸だけでも十分に物語っていた。だがしかし、そのさらに奥の部屋こそ、禁忌が眠っていた。

 あったのは、巨大な絵画と、古びた一冊の本。

 絵画にはあの大広間にあった壁画とよく似たものだったが、そこにさらに愛娘達と、中央に翼を携えた一人の青年。さらにその左には、アルカポルスとよく似た男が描かれていた。

 その男の正体こそ、敵である大地の神、ラグマドルス。天の神、あるかポルスの兄。

 そんな強大な神が敵だったとは、誰が思おうか。そして、知らないままであればきっと、と選ばなかった過去につい思考を向けてしまった。

 封印されし、彼の神の力を弱体化させるために存在全てを忘却しなければならなかった。だから、もし未だに名前を知らないまま相対せばもしかしたら、こちらが確実に有利担っていた可能性があるのでは、とこの短い間に考えた。が、しかしすぐに奈緒はそれを否定した。

 知らないままだろうが、すでに天の神も、ユフィアータも眠ってしまった。だからもう手段なんて選んでいられない。

 虎穴はいらずんば虎子を得ず、なんて言葉はある。危険を冒さねばならなかった。結果として、明確に相手の姿を捉えることが出来たのは大きい。そして奈緒は思うのだ。彼らが何故、これを残したのか。

 完全に忘却するためには、この場所さえもなくしてしまうのが手っ取り早い。けれども絶対に忘却するということはほぼ不可能。何かしら記録が残ってさえいれば、そこから紐解かれていく。好奇心旺盛の学者はきっと素晴らしい発見だといって調べ尽くし、全てを解き明かし、最悪な状況になるだろう。

 彼らはただ、その信仰心からここをどうしても壊すことが出来なかった。しかし、壊されなかったからこそ、真実を掴めた。それこそ、まさしく――。


「パンドラの箱だったわね。ここ」

「ぱんどらの箱? なんですか、それ」


 無意識に声に出てしまった奈緒の言葉に、オリヴィアが問い返した。

 奈緒は簡潔に、バンドラの箱の神話を説明をした。パンドラが好奇心から災厄が詰められた箱を開けてしまったこと。すぐに閉じたが、災厄は世界中に広まったこと。


「けど、パンドラは慌てて箱を閉めたおかげで一つだけ残ったものがあるの」

「何が残ったんだ」


 ヴィンセントが問う。奈緒は絵画を見上げた。


「希望よ」


 これこそが希望だ。まだ希望が残っている。

 何せ今、静が目覚めているのだ。相手の出方が不明なのは分からないが、国王陛下も正気を取り戻している。そしてこの禁忌に触れたことにより、相手がより明確になったのだ。

 時間が取り残されていないのは事実だが、もはや今更だ。それならばその時までどうにか抗い続けるだけだ。

 以前、静が三人だけでも帰れるか、なんて考えたことを怒った手前、諦めるなんていう選択肢はもはや奈緒の中には欠片もなかった。

 やれるだけやろう。そして、生きて元の世界に帰ろう。

 奈緒は天の神、アルカポルスと向かい合う、大地の神、ラグマドルスを強く睨みつけた。

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