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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 四章 紫は愛を抱く
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07 聖女の力とは何か

 久しぶりに足を踏み入れた巣窟は予想通り前とまた同じ状況に戻っており、しかしまだ異臭が発生していないことに何故か安堵してしまった。


「おや、お久しぶりですねぇ」

「忙しかったのよ。ほらこれあげる。前回渡したバスケットはどこ? 持って帰るから返してちょうだい」

「ああ、それならここに。ふふふっ……、大変美味でしたよぉ」

「良かったわ」


 新たに持ってきたバスケットをユアンに渡し、代わりに前に渡したままのバスケットを回収した奈緒はそのままレオナに渡した。

 レオナの腕の中でまったりと過ごしていたメルは仕方が無さそうに飛び降り、奈緒の足へとすり寄った。

 ユアンはまたバスケットを大事そうに抱え、身体を前後に小さく揺らしている。

 本当に子供のような者だが、何故か不愉快にならないのは純粋に喜んでくれているからだろうか。


「もちろん、ユアンは聞いているのよね。王城のこと」

「もちろんですともぉ。陛下のことでしょう?」


 喜んでくれているユアンに、奈緒は遠慮なく問えばご機嫌のままユアンはゆったりと微笑みを浮かべた。


「そして、奈緒様のお力をあちらが所望していることも」


 やはり知っていたらしい。

 耳が早すぎるユアンの情報網に疑問をどうしても抱きそうになるが、もう少ししたら慣れるだろうと思い、奈緒は長話になるだろうからと埋まっていた木の丸椅子を引っ張り出すことにした。



 正式にランスロットからの書状は届いていない。だがアウグストの臣下達からの書状は束になってきている。

 全て目に通していないか、内容はどうにか陛下を救ってはいただけないかという願いだ。そしてあの人間達から聞いたのか、長々とした謝罪の文章まであった。

 しかしどの内容も、奈緒に対しての謝罪であり、静やユフィアータに対しての文言は、笑ってしまうくらいに一欠片もなかった。

 ヴィンセントからは好きにするようにと言われている。だから奈緒はその書状を全て無視しているような状況をユアンに愚痴のように伝えれば、ユアンは心底楽しそうに身体を揺らした。


「それはそれは。大変ご立腹なのですねぇ」

「なぁに? これで怒らないとでも思っているの?」

「いえ、全く。どうせだったら、いろいろと要求してみれば良いと思いますよぉ?」

「結局面倒なことになるじゃない。無視が一番楽なのよ」

「ええ、その通りですよぉ。あいつらはここまで捧げたのだから、それ以上のものが返ってくると当然のように思っておりますからねぇ」


 なんて質の悪い人間達なのか。いや、あのような思考をするのだから、強欲であるのは当然のことだろう。

 ユアンはバスケットの蓋を開け、ぱっと顔を輝かせている。


「同じので良かった?」

「もちろんですよぉ! あれきりだと思っていたのが、またいただけるだなんてぇ……!」


 骨ばった細長い指先でクッキーを一枚取り出し、ぱくりとユアンは一口で食べる。

 クッキー一枚で周囲に花が飛んでいるかのように喜ぶユアンの姿に奈緒はついつい和んでしまい、次は何を持ってこようかと算段してしまう。

 ああ、ここはなんて居心地が良いのだろうか。ただせめて、もう少し綺麗にしてくれたら本当に文句はないのだけども、こればかりはきっと仕方がのないことだ。


「そう言えば、奈緒様はご自身のお力を使われたことはあるんですかぁ?」

「ないわよ。癒やしの力なのは分かるけども」

「ああ、やはりそうなのですねぇ。メルヴェアータの役割を考えれば自ずと分かることなのでしょうけどもぉ」


 もう一枚食べようかと悩んでいる指先は名残惜しむように離れ、ぱたりとバスケットの蓋を閉じた。

 次はもっと多めに持ってくることを奈緒は決めた。


「何故使わないんですかぁ?」

「何故って……」


 奈緒は一度だって力を使ったことはない。むしろ意識的に使おうとはしなかった。

 静が傷だらけになっていたとしても使おうとは思わなかった。ルイスとオリヴィアが魔術で傷を治癒してくれたから何も言われることはなかった。しかしもし二人がいなかったらと考えても、きっと奈緒は使わないことを選んでいただろうし、静はきっと何も言わないで笑ってくれていると勝手に思っている。


「癒やしは、そうなのだけど。けど……、逆に傷つけたりとか……そんなことが起きたらって思うと……」


 理由はただ一つ、怖いからだ。

 何せ、魔力も魔術も関係のない世界から突如として落とされたのだ。そういう機械だと思えば、魔具はある程度は受け入れることが出来た。しかし、突如として現れる壁や炎、水なんてものに出くわしてしまえば、それはもうただの恐怖でしかなかった。

 何故、伊織は常に様々なものが見えているのに平気な顔をしているのだろう。何故、真咲はまた歌おうとしたのだろう。何故、静は男が恐ろしいと言いながらも刺客達に立ち向かえたのだろう。

 何故、誰も、これに疑問を持たないのだろう。

 何故、恐ろしくはないのだろう。

 何故、どうして。


「考えていたんですよぉ。何故、聖女様方は魔力がないのに、とくに伊織様は常にお力を使えているのか、と」

「……そう」


 奈緒が知る伊織は、あの黄金の瞳を持ち、全てを見ながらも沈黙し続けている姿だけだ。

 四人の中で最年少であるはずなのに一番力を使いこなし、全てが見えるというのに恐れなんてものは抱かず、笑い、沈黙をする。恐ろしいと思うのと同時、羨ましいという感情がにじみ出てきてしまいそうになり、すぐに思考をそらした。

 自分達に魔力はない。故に魔術は使えない。だというのに力は使えている。そういえばメルがリーリアに力を授ける時に、魔術とは相性が悪いと言っていたことを思い出した。


「今でこそ魔術が一般的になりましたけど、魔術が広がる前は魔法が一般的だったんですよぉ。まぁ、とっても遠い過去の話になってしまうのですけどねぇ」

「……その、申し訳ないけど。魔法と魔術って何が違うの?」

「似て非なるものですよぉ」


 ユアンは掌を上に向ける。淡く白い光が集まったかと思えば、瞬時にそこには小さな火の球体が浮かんでいた。


「どちらも魔力を使うわけですけどもぉ。これ一つでもやり方が異なるそうなのですよぉ」

「火を灯すだけでも?」

「おそらくはそうですねぇ。文献には残されてはいますが、実際使える者はおりませんからねぇ」

「そうなの?」

「ええ。魔術は魔力さえあれば等しく使えるもの。しかし魔法については魔力はあれど、どうやって発動するのかさえ今もまだ解明出来ておりませんからねぇ」


 ぱっと火の球体は瞬きの間に消しさったユアンは、ゆるりと祭壇があるほうへと視線を向けた。


「魔術は理論なんですよぉ。うちなる魔力をより効率的に、等しく使えるようにするもの。しかし魔法は感情に伴うもの。文献には魔法は愛から生まれたもの、なんていう記述が残されているんですよぉ」


 愛。

 ユアンは前、愛の為に祈っているのだと、話してくれた。


「僕はですねぇ、魔法が見たいんですよぉ。幼い頃に何度も読んだ、あの物語に出てきた魔法を」

「……その為に、祈っているの?」

「もちろん。ですが、別に僕は見たいだけで使いたいとは思ってはいないんですよぉ」

「何が違うのよ」

「僕は、その魔法を再現したいんですよぉ。僕が開発した魔具で」


 奈緒に向けられたユアンの瞳は、好奇心の輝きに満ちており、ご機嫌にまた小さく身体を揺らす。

 その度に美しい長い銀髪が顔に落ちてきているし、毎回忙しなく耳にかけているがそれでも揺れる身体は止まらない。

 ロッキングチェアにユアンが座っていたら、今頃だいぶ大きく揺れているだろうな、なんてほんの少しだけ思考が逸れてしまった。


「だから僕は我らが神に、どうかお見守りくださいと祈り、願っているのです。そして必ずや、美しく、優しく、あたたかなものをお見せいたしますとも。これが愛ではないというのなら、一体何が愛だというのでしょうねぇ?」


 そんなことを考えているとは知らないだろうユアンはとてもご機嫌に、ねぇ面白いでしょう? ねぇ楽しそうでしょう? なんて言わんばかりに無邪気に声を弾ませた。


「……そうかもね」

「ふふふっ……。っと、話がだいぶ逸れてしまいましたねぇ。ああ、それで。奈緒様達のお力ですけども、それこそ魔法なのではないか、と思ったのですよぉ」

「けど、魔力は」

「ですから、貴方方は愛されているでしょう? 愛娘達に」

 にゃおん。


 後ろに控えているレオナの腕の中にいるであろうメルが一つ、同意するように鳴いた。

 ユアンがおかしそうに肩を揺らしながら堪えるように笑う。しかしその目はどことなく普段よりも柔らかいもののように奈緒には見えた。


「とくに伊織様は……、蛇だからという理由かは知りませんけどもぉ。とても愛していらっしゃるではないですかぁ、ご自身の愛娘を。もちろん力の性質にもよるかもしれませんし、我々人間の祈りや願いによるものも大きいのでしょうけども、だから伊織様は常に力を扱えるのではないか、と仮説を立てたわけですよぉ」


 蛇は完全に伊織の趣味だ。しかしだから尚更に伊織はユアンの言葉通り、とても愛している。

 一体どこから大神殿からほとんど出たことのない伊織の様子を知っているのか、少々問い詰めたい気持ちになりそうなのを必死に抑えた。

 ユアンの鋭い考察はまだ続いた。


「真咲様は何故歌なのかは存じあげませんが、波長というものがあったんでしょうかねぇ。それに導くにも、歌というのはとても分かりやすいものでしょうし」


 伝えるという手段において、歌は確かに分かりやすい。話すことが得意であれば、きっと普段の会話からもその力がにじみ出てしまっていたのかもしれないが、真咲はそれを得意ではない。歌を好み、さらに得意だからこそ、歌に力が宿ったのではないかと奈緒は一人、さらに考察を深めた。


「静様は……、祈りと願いが大きく歪んでしまったが故でもあったのでしょう。そう、それこそ、強く愛しているからこそ、ご自身にも大きく影響が出てしまった可能性だってあると僕は考えているんですよぉ」


 言葉を選ぶように、慎重にユアンが言葉を紡ぐ。状況はある程度把握はしているだろうが、静があの時にどのような状態になったのか。そして今、どこでどのような状況下にいるのかをユアンは知らないはずだ。

 ひどく曖昧な言い方だ。しかしどうも、言葉の裏に何かを隠しているような気がしてならなかった。

 だが、それではあの人間達と同じようになってしまいかねないと思い、奈緒は今はまだ、素直にユアンの考察を聞き入れることにした。


「さて、奈緒様。メルヴェアータの聖女である貴方は、一体何を愛していらっしゃるのでしょうかねぇ」


 しかしユアンはどういうことか、その鋭い考察力は奈緒に使わないようだった。

 いや、考察はしたのだろうが、意地悪めいた笑みを浮かべて奈緒の出方をうかがっているあたり、そう簡単には教えてはくれない様子を見せた。


「貴方、私には妙に厳しいわね?」

「おやぁ? それではあの殿下のように真綿で包み込まれることをお望みで?」

「まさか。そんなのこっちから願い下げよ」


 ランスロットは優しい。奈緒が苦しさを覚えてしまうほどに。

 それこそ奈緒にとって、彼の優しさはとても甘ったるい毒のようなものだ。あれを甘受してしまえば最後、きっと自分は聖女としてではなく、ただの女になってしまうだろうと確信している。

 だから奈緒は決して彼の愛を受け取るわけにはいかなかった。加えて、婚約者がいる相手を横取りなんてしたくもない。せめて、婚約者ときっちり話を付けてからにしてほしいが、そんなものは一切望んでなんていない。

 思考が脇道に逸れそうになり、奈緒は軽く頭を振って一つ息を大きく吐き出した。

 何を愛しているのか。ユアンの問いに答えなくてはいけないというのに、何一つ思い浮かぶ者はなかった。

 奈緒の思考を察してかは知らないが、ユアンは話題を少し変えてきた。


「婚約者がいらっしゃったと前、お話くださったじゃないですかぁ」

「……ええ、そうね」

「何故、結婚をしようと思ったのですかぁ? ろくでもない相手だったというのに」


 結果的に見れば、確かにユアンの言う通り、ろくでもない男だった。元友人と浮気をするなんて、本当にろくでもない。

 しかし、恋は盲目とはよく言ったものだ。


「……好き、だったから」

「何故?」


 好きに理由なんてものはない。好きになったから。

 けどもユアンはそう答えても何故、と重ねて問いかけるだろう。

 奈緒は必死にその当時の事を思い出し、きっかけとなった思い出を探し出した。


「……優しい人、だったのよ。それで少し抜けていて、そこが妙にかわいくて」

「優しい奴なんてそのあたりにでも転がっているでしょうに」

「話が合ったのよ。それに……、結局は受け入れてくれなかったけど。私の潔癖も理解してくれていると思って……」


 とても優しい人だった。困ったことがあれば、どうしてかいつもあちらから声をかけてきては助けてくれた。そこから奈緒は彼に夢中になっていった。

 確かに優しい人というのは彼以外にもいるだろう。しかしあの時の奈緒にしてみれば、その優しさが全てだった。だからその他の事なんて目を向けようとはしなかった。日々を過ごすうえで感じた違和感や、ちょっとした衝突もいずれは馴染むだろうなんて楽観的に過ごしていた。

 だから最後はあんな結末になってしまったのだとすれば、奈緒もまた加害者の一人であったと言えた。


「別に何かしらの理由があったわけじゃないし、ただ他人に比べたら綺麗好きなだけの方っていうだけなのよ。たぶん、価値観が違っただけね」


 もう吹っ切れなければいけなかった。けども胸の内にあるしこりは今もまだ残ったままだった。

 何故、どうして。答えなんてないというのに、どうしても後生大事に気づけば今もまだ抱えたままだった。


「どうして後悔するって言ったの」


 どうせ、慰めの言葉か何かだったのだろう。

 そう思ったが、ユアンは一度目を瞬かせ、僅かに首を傾げた。


「するでしょう?」

「まさか、私が聖女だからって言うんじゃないでしょうね?」

「ふふっ、まさかぁ」


 悪戯めいた、しかしどこか柔らかな視線が奈緒に向けられた。


「奈緒様。貴方はとてもお美しい」


 そして出てきた言葉に、奈緒は理解するのに一瞬だけ時間を必要とした。


「は……、はぁ?!」

「おやおやぁ? どうされたんですかぁ? そんな反応なさってぇ」

「い、いきなりそんなことを言うから……!」

「僕が言いたいのは、見目ではなくその御心のことですよぉ」


 ほんの少しだけ勢いをつけ、ユアンはバスケットを抱えたまま立ち上がり、そのまま奈緒へと足を進めた。


「巣窟の主だなんだと言われているような変人の元へ何度も足を運ばれるお姿というのは、なんとも屈強な精神をお持ちだと感心したんですよぉ。それにこのようなものも与えてくださるわけですしねぇ」

「私の事なんだと思っているのよ」

「我らが美しき紫の聖女様ですともぉ」


 ぴたりとユアンは奈緒のすぐ目の前に立ち止まり、はっと息をのむほどに美しい微笑みを浮かべた。


「僕は、貴方に愛を見たのですよぉ」


 偽りもない。冗談というものもない。ただ真実、曇りのない微笑みに奈緒はただ目を奪われた。


「そうでしょう? 僕も含め、この開発局にいる者達のほとんどはおおよそ外れた者が多いのは事実。ましてはここは開発者以外の者にはとても厳しい場所。というのに貴方は、それすら構わずにもはや力づくて入り込んでしまったではないですかぁ」

「……良いことを言われているのは分かるけど、何故か余計な一言が耳障りね」

「事実ですしねぇ」


 しかし喉から出てくる言葉はやはり変わらずにどこか意地悪めいていて、おかげで奈緒はすぐに気を取り戻して不愉快と言わんばかりに顔をしかめてやる。とユアンはこれまた楽しそうに肩を揺らした。


「ただのお節介焼きってことでしょう? 押し付けで悪かったわね」

「愛なんていうものは全て一方的なものでしょう? 答えなんて待っていること自体が愚かしいというのに。最も身近な母からの愛なんてまさにそれではありませんかぁ?」

「……つまり、私のそれは母親と同じ類ってこと?」

「いえいえ、物の例えですよぉ」


 さすがにまずいと思ったのかユアンが少しばかり顔を歪めて白銀の髪を大きく揺らした。


「僕は貴方のその、迷わずに愛せる姿がとてもお美しいと思ったのですよぉ」

「まぁ、調子の良い言葉ね」

「本心ですよぉ」


 本当に心からそう思っているのだろう、眉尻をさげ、さらに両肩も思いきり下げて背中を丸める姿はまさしく子供のようだった。

 奈緒はそんなユアンに手を伸ばし、前髪あたりとぐしゃぐしゃと撫でまわした。


「な、何をするんですかぁ……!」

「あら、ごめんなさいね。つい」


 後ろに慌てて下がるユアンは目を白黒させて奈緒を凝視してくる。こればかりはさすがに予想をしていなかった事態だったようで、奈緒は笑うのを堪えようとしたが小さく肩が揺れてしまった。

 ああ、どうやらユアンの癖が移ってしまったようだ。


「私が何を愛しているか、よね」


 奈緒は撫でられた箇所を抑えて動かないユアンを見て、ゆるりと紫の瞳を細めた。


「秘密よ」

「……ほぉ、秘密ですかぁ」

「そうよ。その方が貴方にとっても面白いでしょう?」


 驚いて動かなくなったユアンが途端動き出す。それも、好奇心を抑えられないと言わんばかりにいつもの意地悪気な笑みを浮かべて。

 すぐに通常運転のユアンに戻ったことに、奈緒はまた小さく肩を揺らした。


「今日はもう戻るわ」

「いえいえ。しかし、本日は何もなさらないのですねぇ」

「急ぎでやることがあるのよ。掃除はその後ね」

「……別に掃除はしなくても良いんですよぉ?」

「ありえないわね。ほら、私の愛が美しいんでしょう? 見たいんでしょう? やるわよ」

「それはぁ……うぅん……」


 ほんの少しだけ気恥ずかしさを覚えつつも、言い切ってしまえば図星のようにユアンは口をへの字に曲げてバスケットを強く抱きしめてぽすりと椅子に座ってしまった。

 あれは完全に拗ねたな、と奈緒は瞬時に理解した。


「また何か作ってくるけども、何が良い?」

「……では、同じ物を」

「……その他にも余裕があれば作るわね」

「ふふっ、ふふふふふっ……楽しみにお待ちしてますねぇ」


 しかしすぐに上機嫌に身体を僅かに揺らしたユアンに、奈緒は今度こそ耐えきれずに笑い声を漏らした。

 ああ、なんてかわいらしく、愛しい人なのだろうか。

 奈緒は胸の内に溢れる想いに、そっと蓋をしめた。


「そういえば、通信機。あれ、どんな感じなの?」

「……聞かないでいただけますかねぇ」


 自分達専用の通信機のことを思い出した奈緒は、何気なく問いかければユアンがそっと顔をそむけた。

 魔力を必要としない魔具も存在しているのは知っているが、それでもなかなか開発が思うように進んでいないようだった。

 奈緒はさて、どうしたものかとわずかに視線を上にあげ、小さく頷いた。


「私達がいた世界で、似たようなものがあるのよ。仕組み的なものはある程度知識として知っているけども、聞きたい?」

「よ、よろしいんですかぁ……?!」


 興奮気味に立ち上がったユアンが勢いよく奈緒に歩み寄った。


「異世界の技術……、ああ、本当はもっと早くにお聞きしたいとは思いましたがそこまでは詳しくないだろうとばかりに……! ああ、なんと、我らが紫の聖女様は素晴らしいお方なのでしょうかぁ!」

「近いっ!」

「痛いっ!」


 いきなりすぐ目の前にまで距離を縮められたユアンの美しい顔面に、奈緒は思わず思いきり平手を食らわせた。

 後ろからオリヴィアとレオナの黄色い声が聞こえた気がしたが、奈緒はもうそれどころではなかった。

 役得なのだ。役得なのだが、やはり少しいきなり近距離だけは勘弁してほしいと火照った顔を誤魔化すように、ずっと足元にいたメルを抱えて顔を思い切りうずめた。

 何するのよぉ、と言わんばかりにメルが軽く尾で奈緒を叩いてきたが、とにかく今だけは許してほしくて無視させてもらった。

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