06 冷たい怒り
開発局の方はどうなっているのだろうか。
奈緒は今日も今日とてランスロットの執務室で調べ上げた庭園の魔術についてより詳しく調べつつ、しばらく足を運んでいない巣窟をふと思った。
きっと、そう。確実に。巣窟はまた巣窟らしくなっているに違いないだろう。
さすがに明日はあちらに行くべきだろうなと決め、握っていたペン先を走らせた。
「ねぇ、ランスロット。その、残された貴族の方々についてなのだけど……」
「それなんだけど。実は少々難しいと言うか」
「難しい?」
奈緒はつい、顔をしかめてしまうとランスロットは困ったように小さく笑みを浮かべた。
「今回のことで貴族達がひどく警戒をしていてね。それに今は喪に服していることもあるから、外部との接触がほとんどないんだ。ある程度は探れるとはいえ、状況はとても悪い」
「……そうね。大事なご家族を亡くされたわけだし」
そんな時に調査の為だと家に押し入ってしまうのはどう考えても避けた方が良いのは確かだ。それにこちらの国での故人へのしのび方を知らない以上、可能な限り触れないでおく方がもっとも大事なことだ。
ましてや、会ったことがない部外者が突然話を伺いに行くことなんてご法度である。
では、どうすれば良いのだろうか。
とくに忘却の魔術を仕組まれた家の人々から話を聞ければ良いのだが、事情が事情なために触れることはできない。探れるとランスロットは言ったが、おそらくは第三者を介しての話になるだろう。例えばそこにいる使用人から聞いたとかそういうのだろう。
しかしないよりは良い。
奈緒は改めて、ある程度は探れるということについてランスロットに問おうとした。
その時だった。
「殿下!」
慌ただしく扉が激しく叩かれた。
ただならぬ空気が一気に執務室に広がる。ランスロットは扉の傍らに控えていたギルバートに目くばせし、扉を開けさせる。と、勢いよく白を基調とした服装を身にまとった文官が中へと飛び込んできた。
「失礼します、殿下! 急ぎ報告が!」
「紫の聖女様がいるけども、報告に来たということは緊急の何かが起きたということで間違いないかな」
「あ、も、申し訳っ……」
「気にしないで。とにかく急ぎなんでしょう? 必要なら沈黙は守るから安心して」
奈緒はなるべく物腰柔らかく伝えれば、顔をひどく強張らせた文官の表情はほんの少しばかり和らいだ。だがすぐに元通りに顔を強張らせた。
「殿下、陛下が突然倒れました」
文官の報告が言い終わるや否や、ランスロットは立ち上がり、まっすぐに奈緒に視線を向けた。
「申し訳ないけども、今日はここまでで良いかな。奈緒様」
「ええ、大丈夫よ」
「ありがとう」
ランスロットはいつになく忙しなく足音を鳴らし、普段の行動からは想像ができないことに奈緒をそのままに、文官と共に執務室を後にした。
残された奈緒は小さく息を吐き出した。
「戻りましょうか。ここにいたら邪魔になるわ」
しばらく調査は難しくなりそうだ、なんてつい他人事に思ってしまったことはさすがに言えず、代わりに無難なことを言うに留めるのであった。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
過労か。それとも病気なのか。
しかしあの夜会で出会ったアウグストはそのような様子は見えなかった。とはいえ、うまく隠していたのであれば分かるはずもない。
あの時、伊織は人混みに視線を向けようとはしていなかった。もし、伊織が周囲に影響されずに見ていたら、と考えてすぐに奈緒はその思考を追い払った。
伊織にばかり負荷をかけさせるなんていことをさせてはいけない。
なにせ、何より自分はこの力を使ったことがない。だからそんなことを考えてしまうような立場ではないのだ。何より、それが伊織にとって見たくないものであるなら尚更だ。
「お、お待ち下さい! 紫の聖女様!」
「聖女様! こちらにいらしたのですね!」
後少しで大神殿へと戻るための長い廊下に差し掛かろうとしたところで、後ろから慌ただしく奈緒を呼ぶ声をかけられた。
奈緒は足を止め、振り返り見れば、白服の文官四人、いや五人の集団が追いかけてきていた。
一体どうしたのだろうか。と、思っていると今までずっと控えていたギルバートが文官達の行く手を阻むように奈緒の前に出てきた。
「奈緒様に何用でしょうか」
物腰の柔らかそうなギルバートの声は、何故か妙に鋭いものに聞こえた。さらにオリヴィアも奈緒の姿を背中で隠すように、すぐ目の前に出てくる。
明らかに二人は追いかけてきた文官達に警戒を向けていた。
一体どういうことか分からず、無意識に落ち着こうと腕の中にいるメルの身体を少しだけきつく抱きしめてしまった。
「な、何だお前達は!」
「紫の聖女様の護衛になります」
「我々を敵であると言いたいのか!」
「そのようなことは決してございません。とはいえ、あの夜会のときのように操られていないとは限りませんので」
至極当然にギルバートは言ってのければ、頭に血でも上ったのか顔を赤くする者の他、信じられないと言わんばかりに目を丸くする者と反応は様々だ。
そしてそのうちの一人が心外とばかりに口を開いた。
「あれは銀の聖女の仕業であろう?」
何の根拠もなしに、当たり前のようにそれは言ったのだ。奈緒の目の前で。
ああ、と奈緒は理解してしまった。
「そうだ。だから陛下はあのようにおっしゃられた」
「まさか、聖女と呼ばれていたものが殺戮を呼ぶものであったなぞ、誰が思おうか」
「そもそもとして聖女と名を騙った罪人ではないか。ああ、恐ろしい。大神殿の奥で一体何をしていたのか……」
「恐ろしい。偶然捕らえることが出来たらしい罪人達は皆、ユフィアータの信徒だったらしい」
「何と憐れか。ユフィアータもそこまで落ちてしまわれたか」
目の前の人間達は口々に毒を吐き出し続ける。
腕の中にいるメルが今にも飛び出そうとしているが、耐えているのか代わりに深く奈緒の腕に爪を立てていた。鋭い痛みを感じるも奈緒は、そんなことがどうでもよくなるほどに頭の中はむしろ冴えていった。
言葉は理解出来た。しかし言葉の意味を理解することは出来なかった。
ただ、この人間達が何か喚いていることしか理解が出来なかった。
「奈緒様。いや、紫の聖女様。ほんの僅かでもご慈悲をいただけるなら、どうか陛下をお救いいただけないでしょうか」
「聖女様! 我らをお救いください!」
「メルヴェアータの聖女、奈緒様! 陛下を、陛下を! どうぞお助けください!」
救済の声が聞こえる。願われたのだとも理解出来た。
それでもどうしてか、冴えている頭はこの目の前の人間達を理解することを拒み、眺めるだけをどうしてか選択させてきた。
ギルバートを押しのけようとしている。
しかしギルバートは逆に人間の腕を取り、ぐるりと身体を反転させて腕を背中に回させた。
人間は大きく喚いた。それに驚いた他の人間達が後ろに下がり、しかしギルバートが一人を取り押さえたことで壁がいなくなったと勘違いをしたのか前に出てくる。
もちろん、そんなことは許されるはずもなく、オリヴィアが糸で人間を瞬きの間に捕らえて廊下に転がした。
「な、何をする! 私を誰だと……!」
「たかが深紅と漆黒の分際で!」
レオナが離れたオリヴィアのかわりにそっと近くに寄り添ってくれた。
ああ、この人間達は何を言っているのだろうか。
どうしても、どうやっても理解することが出来ない。
こんなにも頭は冴えわたっているというのに。
奈緒はふっと息を吐き出し、まん丸に毛を逆立てている黒猫の柔らかな毛を撫でた。
びくりと黒猫は背中を大きく揺らし、紫のまん丸の瞳を奈緒に向けてきた。奈緒はいつものように笑みを深め、同じ紫の瞳を細めた。
そして目の前の人間達に柔らかな微笑みを向けた。
「ごめんなさいね。ちょっと、言っている意味が分からないのだけど」
困ったように奈緒は頬に手を当て、小さく首を傾けた。
「同じ人間の言葉を話されているのよね? けど、どうしてか本当に理解することが難しくって」
どうしたら理解することが出来るだろうか。
奈緒の物言いにギルバートとオリヴィアも目を丸くし、しかしすぐに目の前にいる人間達へと視線を戻した。
人間達もまた奈緒をこれでもかと凝視し、はっと一人が何かを悟るようにさらに目をむいた。
「せ、聖女様? もしや、まさか銀の聖女に操られて?」
「なんと、そういうことか。それでは我らのお声が届かないわけだ」
「なんと言う非道を……! そ、そうか。お前達も操られているのだな? だからこのようなことを」
本当に、心の底から理解することが出来なかった。
人間達が繰り返し奈緒を呼ぶ。奈緒様、紫の聖女様、聖女様、と。
奈緒はただ、理解が難しいと言っただけなのだ。それだけでこれほどまでの狂言が出てくるなんて思わなかった。一体どういう思考回路をしているのだろうか。
この場に静がいれば、適切な答えを教えてくれるだろうか。それとも一緒に理解が出来ないと言ってくれるだろうか。
ああ、会いたい。
奈緒は今、この場にいない静に思いを馳せ、雑音を発する人間達へと向き直った。
「言葉、通じてるのかしら。ただ、貴方達が話された言葉の意味が理解出来ないと言っただけで、そんなにも器用な発想ができるなんて。ああそうね、この場所は常に足元をすくおうとしている人間達が多いのよね、たしか。だからそんなに歪んでしまったのね。なんてかわいそうに」
きっと素直に受け取ることがもはやできなくなってしまったのだろう。
言葉の裏に隠された真意を探らなければいけない日々を過ごしてきたのだろう。
そんな、悪魔の証明をするがごとく、腹の探り合いを常にしているのだろう。
それは、なんて――。
「かわいそうね、とっても。本当にかわいそう」
奈緒は今、心の底から目の前にいる人間達を憐れんだ。
そこには嘘偽りなく、素直にただ純粋に、そう思えてしまった。
「なのに、自分自身で見ても聞いてもしていないのに、たかが噂程度で私達の大切な彼女を罪人呼ばわりだなんて。陛下がどうとおっしゃられていたけれども、ねぇ?」
たかが噂。されど噂。その噂で、銀の聖女とユフィアータは倒れた。そして挙句には罪人扱いだ。
奈緒ははっきりと覚えている。
ネーヴェが眠りについてしまった時の怖がる静を。赤黒いあの色を。見慣れた黒い瞳を。苦しく、それどころではないというのに変わらない笑みを浮かべたあの豪胆さを。
静は変わらなかった。あんな状況に追い込まようとも、あんな瀕死の状態になろうとも。気丈な姿は一切変わらなかった。そして次はどうしようかと思考を巡らせようとしている始末だ。さすがにもう少し弱気な姿を見せてくれても良いのではないかと思ったが、きっとそれはルイス相手ぐらいには見せているのだろうと信じたい。
奈緒は目の前の人間達から何も言葉が返ってこないことに小さく肩を落とし、また続いた。
「しかもユフィアータが落ちた、だなんて。勝手に人間が祈り願ったくせに、都合が悪くなればそうやって悪者のように扱って。何も罰せられないからと、愛娘を玩具のように扱うのね。こちらの人間という生き物は」
絶対の安全圏だから勘違いし、好き勝手にあれこれと言ってくるのはどこの世界にもいるのだなと奈緒は知りたくもない事実を知ってしまった。
そうか。この人間達もまた、そういう人間達なのか。なんて、奈緒は失望に似たものを抱きながら、困ったように眉をひそめた。
「ねぇ。もし、ここで何もしないで大神殿に戻ったら、私は罪人になるのかしら。教えてくれない?」
そう問いかければ、人間達の顔色は何故か妙に青白く変わっていった。
その様子が何だか面白くて、奈緒はつい、くすくすと笑みをこぼしてしまった。
答えなんて返ってこないと分かり切ってしまっている。これ以上、この場にいるのは時間の無駄でしかない。
奈緒は傍らにいるレオナに顔を向けた。
「戻りましょう? 私、お茶が飲みたくなったわ」
まるで静みたいな物言いだと気づいた奈緒は、また笑みをこぼし、その人間達を置いてさっさと踵を返した。
少し遅れてレオナが側に付き、ギルバートとオリヴィアもまた無言ですぐに側についてくれたのだと、聞こえてきた足音で察したが奈緒は振り返ることはなかった。
長い長い渡り廊下の中央に差し掛かるまで無言で先を歩いていた奈緒は、意を決して足を止めて三人に振り返った。
突然の行動にレオナはとても驚いた様子を見せていたが、ギルバートとオリヴィアは驚きを見せずにただ静かに奈緒をまっすぐ見つめてくれていた。
その視線のおかげで先ほどまで悩んでいたのが嘘のように晴れ渡り、奈緒はようやく緊張を解いた。
「ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「巻き込んだなんて、気になさらないでください。我々はその為に護衛としておそばにいるのですから。どうぞ便利に使ってください」
「そうですよ、奈緒様。私達は奈緒様をお守りするためにいるんですからね」
深紅と漆黒の騎士である二人はむしろもっと頼ってほしいと言わんばかりの物言いをしてきた。
しかし頼るにしても、今以上にどうやって頼るべきか分からず、ついレオナに視線を向ければ、何故か不満げにむすりとした表情を浮かべていた。
「私だって、奈緒様をお守りできますよ。力持ちですし、こう見えて魔術だって使えるんですから」
「そうなの?」
「そうですよ。一番得意なのはお洗濯に便利な水の魔術ですけど」
一体どういう魔術なのか、つい聞いてしまいそうになるが今はその話をするべきではないだろう。
「分かったわ。じゃあ、その時はお願いね」
「はい! けど、びっくりしました。奈緒様があんなことをおっしゃるだなんて……」
「ああ、理解が難しいってこと? いやね、あんまり言わないで欲しいわ。久しぶりにあんなに怒ったところ見られちゃったし」
「……お、怒っていたんですか?」
レオナが信じられない、と言うように目を丸くした。
「そうよ? あんなに分かりやすく怒っていたでしょ、私」
「い、いえ。その……奈緒様って、もっとこう……それこそユアン様を相手するみたいに怒るのだとばかり思っていたので」
「あれは呆れてるだけよ。あれでいちいち怒ってられないわ」
確かに見ようによっては怒っているように見られるが、あんなのは子供に注意している親のようなものだ。
「とにかくかわいそうに思ってしまうのよ。本当よ? かわいそうでかわいそうで……。怒られないと分からないような人だと思うと、本当にかわいそうだと思ってしまうのよ。ええ、もちろんこっちはちゃんと怒っているわよ。ただ声を荒げたりするのって体力いるでしょう? そんなのを相手にするのに疲れるなんて嫌じゃない? だからかわいそうだと思っちゃって」
怒るという行為はとても体力がいることだ。どうしたって怒りを覚えてしまうような相手を前にしたとしても、何故こんなのを相手にして疲れなければならないのか奈緒には理解できなかった。
であれば、ただひたすらに怒りを覚えるような行為をしでかす相手を憐れんだ方が手っ取り早かった。
もちろんだが、これを当時の友達の前で行ったら引かれたし、もはや連絡が取れない相手もいるくらいだ。しかし奈緒はこれを変えるつもりはない。何せ怒ることはとても疲れるし、そこまでして相手をしたいとは思えなくなるからだ。
「静だったら分かりやすく怒るし、手も出るから。きっと静の方が適しているんでしょうけどもね。彼らにあんなにまっすぐ向き合ったんだもの。私には出来ないことだわ」
もし、静だったならと考える。
きっと分かりやすく怒るのだろう。それこそ拳を出すくらいには。それに自身を狙ってきた刺客達相手にあそこまで心を砕いて真正面が向き合う姿は、高潔そのものだった。
だが奈緒は静になろうとは思わない。静も、奈緒にそうなってほしいとは思わないだろう。結局、自分は自分、他人は他人なのだから。
「さ、早く戻りましょ。さすがにヴィンセントに話はしておかないといけないだろうし」
「奈緒様」
奈緒はそそくさと大神殿へ戻ろうとすると、レオナが呼びかけてきた。
「どんな奈緒様であろうも、私達は側におりますから」
レオナはもちろん、二人とも奈緒をひたすらに真っ直ぐ見つめてくれていた。何もそこには疑いの色はなく、ほんの少しばかり微笑みを浮かべていた。
ああ、この三人は絶対に裏切ることはないのだろうという確信を奈緒は今更になってようやく持てたのだ。
「頼もしいわ。ねぇ、メル」
にゃおん、とメルは同意するように一つ鳴いてご機嫌に尾を左右に揺らした。
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大神殿に付いた奈緒が真っ先に向かったのはヴィンセントがいる執務室だった。
「奈緒! どこにいたの?! 今、本当に大変なことが起きて……!」
「王城よ、いつも通りに。大変なことって陛下のことでしょう?」
「う、うん。そう、そうなの」
最低限の礼儀作法としてノックをした後、返答を待たずに扉を開ければ、やはり伊織の姿があった。もちろんクレア達も一緒だし、エドヴィンも控えていた。
奥にいたヴィンセントが何か言いたげだったが、この状況である以上何も言わずにいてくれた。
「ちょうどランスロットのところにいた時に聞いたのよ」
「そ、そうだったんた……」
「ええ、それでなんだけども、ヴィンセント」
「……兄上から何か言われたか」
ぐっと顔をしかめるヴィンセントに、伊織があ、と小さく声を漏らしたのが聞こえた。
また腹痛を感じているのだろうか。奈緒はそれに気づかないふりをしてゆるく首を横に振った。
「違うわよ。あっちの文官達に、陛下を救ってくれって願われたのよ。けど何もしないで戻ってきたから、何か問題になるか心配で……」
「……お節介焼きのお前が? 何もせずに?」
意味が分からないと言うように目を丸くするヴィンセントと、静かに驚きを見せる伊織に奈緒は小さく肩をすくめてみせた。
「銀の聖女を罪人呼ばわりしたあげくに、ユフィアータがおちたとか好き勝手に言うんだもの。そんな意味不明なことを言っているのを相手になんか出来ないでしょう?」
同意を求めるように首を傾げた奈緒に、何故か伊織がそっと袖を軽く引いてきた。
「な、奈緒。落ち着こ? ね? 真咲が戻って来るまでに落ち着こ?」
「あら、ごめんなさいね。あまりにも不快な雑音だったから」
「そ、そっかぁ……」
伊織の目には、今の奈緒の姿をどう見ているのかは分からない。が、何故か目線は合わなかった。
「あ、えっとね。それでね奈緒」
「何?」
うろうろと彷徨っていた視線がようやくばちりと合い、伊織は少しばかり泣きそうな、けど嬉しいと言わんばかりの顔を見せた。
「静、無事だって」
奈緒は、伊織の言葉を一瞬理解することが出来なかった。
無事。誰が。静が。
「先程までロビンがいたんだ。体調は比較的安定しているらしい」
ヴィンセントが続けて教えてくれたことで、どうしてランスロットの側にロビンがいなかったのか、ようやく知った。
一体どういう風の吹き回しか。何か理由があるのか。なんて勘ぐってしまいそうになる。だが、突然の思いも寄らない良い知らせに奈緒はその場でへたりと座り込みそうになり、レオナとオリヴィアが慌ててささえてくれた。
「な、奈緒!?」
「ごめんなさい。ちょっと、その……安心しちゃって」
そう、誰だって驚くだろう。にしても安堵しただけで、身体から一気に力が抜けてしまいそうになるなんて初めてのことだった。
こんなことになるのか、と思いもながら二人に支えてもらいつつソファに座り、大きく息を吐き出した。
「真咲にも伝えなきゃね」
「うん……!」
いつ真咲は戻ってくるだろうか。
大きな懸念することが起きてしまっているが、しかし今はこの喜びをひたすらに感受させてほしくて、奈緒は心配にそうに顔をのぞき込んできたメルを優しく抱きしめた。




