05 秘する庭園
今日も今日とて、奈緒はランスロットの執務室へと訪れていた。
もちろんだがお茶やらの為ではなく、調査の為である。
「これ、どういう意味?」
『これも催眠ねぇ……。あらぁ、今はこんな風になっちゃって。まぁ』
「まさか、そんなに厄介とか?」
『ちょっとだけよぉ』
そのちょっとと言うのが恐ろしい。
連日、庭園の魔術の調査を行なっているわけだが、メルが思うちょっとと、人間のちょっとはだいぶ異なることをようやく理解してしまったのだ。
例えばだ。
惑いの魔術が施された庭園があった。これをメルはちょっと厄介なものだと評し、心が不安になりやすくなるものだと説明してくれた。
しかしながら、これは精神を常に不安に駆り立て追い込むと言う非常に厄介なものだった。聞けばその貴族は代を重ねるごとにどうも気性が荒くなってきており、今代の当主は中々に厄介極まりない性格の持ち主らしい。
一体これのどこがちょっとなのだろうか。
奈緒は忙しなく手元の紙へとメルが言ったことを全て書き留めつつ、この催眠については後で詳しく聞こうとさらにメモに文字を記した。
もちろんだが同じように隣で書き留めているオリヴィアがわずかに顔をあげた。
「……奈緒様って、実は指揮官とかそういうの目指していた方です?」
「目指してないわよ。いきなりどうしたの?」
「いえ。なんて言うか、すごく慣れているな、と」
そうだろうか、と奈緒は小さく首を傾げた。
「慣れっていうよりも皆が時間通りに動いてくれているし、分かりやすく庭の様子を映してくれているから助かっているだけよ。残りはようやく後三件ね」
『疲れたわぁ、奈緒』
「残り頑張って」
普段はだいたいのんびりと昼寝なんてしている頃だ。それがいきなり連日起きて、人間達の調査に付き合ってくれているのだ。それはもう疲れてしまうだろう。
それでも後もう三件見れば終わるのだ。嫌がるように頭を押し付けてくるメルをどうにか宥めつつ、時間通りにギルバートが次の映写機を稼働させた。
全てを確認し終わった瞬間、メルは奈緒の膝からレオナに飛び移り、首に前足を器用に巻き付けた。もう絶対にこれ以上のことはしたくないと言わんばかりの姿に奈緒はつい笑みをこぼしてしまった。
ほんの小さな笑い声だったがメルの耳にはしっかりと届いたらしく、尾が不機嫌そうに強く左右に揺れた。
さらに笑ってしまいそうな衝動を抑え、奈緒は今まで記した紙の束に再度じっくりと目を通した。
「にしても……本当に厄介ね。これ……」
庭園の魔術のそのどれもが催眠やら惑い、幻術といったものばかりだった。複合した効果のあるものがなかったのは救いであるが、これが長期にわたり仕組まれていたという事実にどうしても奈緒は現実味を感じることができなかった。
メルはどの魔術もちょっとしたものだと言った。しかし、どの使われていた貴族達のほとんどが人格に問題を抱えていることは最初の見せてもらったリストに記載があった。さらに庭園の魔術を見ながら、オリヴィアやギルバート、ランスロットからその貴族についての補足説明のおかげでより問題は鮮明に把握できた。
だが、ちょっと、なのだ。
確かにメルのちょっとと、人間のちょっとの認識には誤差がある。とはいえ、ここまで長期に仕組まれているというのに、今の今まで誰一人として気づかず、さらに言えば表立って問題にさえならなかったのだ。
いや、本当にちょっとなのだとしたら、だからこそ気づけなかったのではないか、と奈緒はふと思った。
結果的にはずいぶんと厄介なものになっているが、誰もがそれを通常だと思い込ませるくらいの時間をかけ馴染ませるにはちょうどよい力の加減だったのではないか。それこそ、本当にちょっとした力であるならば、それが可能ではないだろうか。いや、可能だったからこそ、現実に起きてしまったのだ。
奈緒は紙の束から視線を外し、目元を抑えた。
ああ、一体、どうすれば。
「奈緒様、奈緒様」
「……ん、何? オリヴィア」
隣りにいるオリヴィアに呼ばれ、奈緒は顔を上げた。
オリヴィアは奈緒を呼んだがその視線は何故か奈緒が記したメモに向けられていた。
「ずっと気になっていたんですけど。奈緒様が使っている文字の規則性が分からないと言うか……」
「実は僕も気になっていたんです。時々複雑な模様も出てくるから、一体どういう文字なのかと思っていたんですよ」
オリヴィアに続いてギルバートも奈緒の手元に覗き込み、視線は奈緒が書いた文字を追っていた。
調査が終わり、一段落をついたからだろう。二人してようやくというように抑えていたのだろう好奇心を遠慮なく向けてきた。さらにそこにランスロットも遠慮なく加わってきたのだから、今はその話をする時ではないと言えず、奈緒はわずかに顔をしかめるばかりだった。
「うぅん。難解だなぁ……。とくにこの模様のような文字、なのかな? ずいぶんと複雑だね」
「そう簡単に読まれても困るのだけども」
「そうかな? 僕は知りたいけど」
ランスロットの微笑みに奈緒はさらに顔をしかめた。
知識として知りたいという意味であるはずだ。きっとそういう意味だ。
たったこれだけのことを思い込むように考えるだけで重労働に感じてしまうのは、久しぶりに仕事らしい作業をしていたからだろう。きっと。
「そうね……。けど、本当に難しいと思うわよ?」
「へぇ、どのぐらい?」
「私達がいた世界の中で、高難度な言語って言われてるわ。他にも難しい言語はあるのだけど、文字の種類が三種類あるのよ」
このまま考えても袋小路に迷い込むようなもの。息抜き代わりに奈緒はせっかくならばとランスロットのお望みの通り、少しばかり自身の文字について教えることにした。
紙の余白部分に、りんご、リンゴ、林檎と続けて書いてみせた。
「この二つはそれぞれ四十六種類。で、こっちの文字の種類は二千以上だったかしら。それらを組み合わせて私達は文字として使っているのよ。まぁ、この文字の種類は多いし書くのも面倒から、ついつい簡単な方で書いちゃうのよね」
ひらがなとカタカナは忘れることはない。しかし漢字に関してはあまりにも数が多いし、記憶力がとても良いとはいえ、やはり使わないとどうしても引っ張り出すのに時間がかかってしまう。
そういえば真咲と伊織はちゃんと漢字が使えるだろうか。帰ったときに書けなくなったなんてことになっては、あまりにもかわいそうだ。時間と心にも余裕があれば、その面倒を見ても良いかもしれないなんて奈緒は思っていれば、オリヴィアが神妙な顔をしていたことに気づいた。
「……奈緒様って文官でした?」
「ただの本屋の店員。もちろんだけど三人共、読み書きは出来るわよ?」
「貴族の御出身でしたか」
「普通の一般庶民よ。ただ義務で学校に通わないといけない時があるから、皆そこで学んだだけよ」
「義務で学校?! ええ、それって貴族とか平民とかも一緒なんですか?」
「というか私達がいる国に貴族はいないわよ?」
「いない?!」
わけが分からないと言わんばかりに目を丸くするオリヴィアに、奈緒はつい笑みをこぼしてしまった。
この時代の水準等々を考えれば薄っすらと驚くまではいかないが、文明の違いについて言及されるだろうなとは予想をしていた。だが、まさかそこまでの反応をされるとは思わなかったのだ。
「義務で学校とは……。興味深いね」
「これ以上は何も言わないわよ?」
「残念だな。奈緒様達の国についてもっと知りたいところではあるのだけどね。例えば、そう。そちらの王族の方々はどのようなことをなさっているのか、とか」
まさしくランスロットは奈緒の予想通りの反応を見せてきた。
これ以上は言わないとは言ったものの、訂正ぐらいはしても良いだろうと思い、答えることにした。
「私達の国には天皇陛下と皇族の方々がいらっしゃるわ。けど、あの方々は国民の幸せのために祈ってくださっている」
「政は?」
「それは私達、国民が行うことだから別よ」
「国民が行う……? それはどういう」
「これ以上は黙秘するわ。それに、私の話を聞くことよりもやらなきゃいけないことはあるでしょ?」
ランスロットの言葉を遮るように、ぱしり、と手の甲でメモ書きした紙をわざとらしく叩いて見せた。
文明があまりにも大きくかけ離れているからこそ、取り扱いに注意をしなければならない。例えそれがどれほど有益なものであろうと、この国の歴史や文化にとっては容易に破壊できてしまう可能性だって秘めている。
だから奈緒は秘することにしている。三人もまた、同じように考えているのかは分からないが、とくにあるこれと教えてはいないようだった。
とは言え、料理は別だと思いたい。
そんな奈緒を目の前に、ランスロットはしばらくの間見つめていたが、諦めたように一つ息をついた。
「そうだったね」
オリヴィアが記した内容を目に通しながら、ランスロットは僅かに顔をしかめた。
「あの日、自害した貴族達の大半は、この庭園の魔術が施された者達なんだよ」
「大半は、ね」
「そう、全てではないんだ。しかも中には騎士達もいたからね。とはいえ、何か法則性がないかとは思ってみたけれども……」
様子から見る限り、その法則性は見つからないようだった。
思い出したくもないが、あの時、奈緒達の目の前で命を絶ったのは貴族ではなく騎士達だった。中には貴族もいるだろうがそれでも全てではないはずだ。
異様な雰囲気だった。庭園の魔術の中に傀儡に似た意味合いのものがあるのなら、まだ分かるがそれすらないのだ。
一体どうして、どうやって起きたのか。
と、ランスロットが小さく首を傾げ、ああ、と小さく声を漏らした。
「いや。この庭園の魔術かな、おそらくは」
「どの魔術?」
「忘却の魔術だ」
その名の通り、何かを忘れさせる為の魔術だ。
これについては、その範囲にいる限り、ほんの些細な事柄を忘れることができるそうだ。だが、あまりにも些細であるため、おそらくはぼんやりとした記憶になるくらいたろうとメルは教えてくれた。
「この魔術が使われている貴族のほとんどが、あの日に自害している。しかも忘却だなんて……。一体何の記憶を消されているんだ……?」
「口封じとかじゃなく?」
「それなら他の庭園の魔術が使われている貴族達を狙うはずだ。これこそまさに、口封じでしかないだろうし」
結局、全てを忘れることはできない上に範囲から出れば思い出してしまうのだ。だから口封じというのはある意味正しいことなのだろう。
「……まさか、だけど。全員が被害に」
「いや、残されている一族の者達がいるからそこは安心を……だなんて、言わない方が良いね。とは言え、動向を探る必要がありそうだな……」
あくまであの場にいた貴族達であり、屋敷にいた者達は生き残っている、らしい。
良かったと思うべきだ。しかしその意味は、生きていたことに対して純粋に安堵したわけではない。貴重な情報源として生き残ってくれていたことに対しての思いであることを奈緒は自覚をしていた。
だんだんと自分自身が非道になっていくような感覚に陥ってしまいそうになる。いや、もうすでに、なってしまっているような気がしてならなかった。
どこまでもおちてしまいそうになる感覚から逃れようと、奈緒はそう言えばと、今更ながらあれについてランスロットに聞くことにした。
「ねぇ、今更なのかもしれないけど。あの日、大きな鐘の音が鳴ったでしょう? あれってどこからの音だったの?」
あんな大きな音を鳴らせられるのだ。だから上を見上げればすぐにでも見つかりそうだと言うのに、それらしきものは一切見当たらなかった。
一体あの音はどこから聞こえたのだろうか。
ただ、誰もが疑問に思っている様子はなく、触れることはなかった。だからついつい今の今まで聞くことを忘れてしまっていたのだ。
「ああ、あの鐘か。あれはこの王城の塔の中にあるんだよ」
「塔の中? 外じゃなくって?」
「そうだよ。国内が荒れていた時代に使われていたものでね。塔は鐘の音を遠くまで響かせるように設計されていて、警告であったり、その叩き方によって意味を変えてこの王都にいる国民に状況を伝える為にあるんだよ。といっても、もうかれこれ十年以上は使われていないかな」
「へぇ、そうだったの」
と言うことは、十年以上前に何かしらの理由で使われたと言うことだ。警告等で使われることもあるというから、あまり良い出来事ではなかったのだろうと勝手に予想し、それ以上深く問うことは控えることにした。
「さて、奈緒様。お疲れだろうから、お茶と甘いお菓子なんてどうかな?」
「結構よ。けど疲れたのは確かだから、今日はもう戻るわ」
「全く、奈緒様はつれないな」
連日のやり取りで答えは分かっていると言うのに、ランスロットは今日も奈緒をお茶に誘ってくる。断れば毎度、わざとらしく肩を落とし、しかし楽しそうに笑っているのだ。
確かに、今日ぐらいは断らなくても良いのではと思ってしまうが、奈緒は絶対に絆されるわけにはいかなかった。
何せこの男は婚約者がいるのだ。そんな相手がすでにいるような男に対し、気があるような素振りを見せてはいけないのだ。例え、実際に好意を向けられていようとも。
理由は簡単だ。奈緒は、奪っていったあの女と一緒になりたくないのだ。
もちろんだが帰るという目的もある為に答えるわけにはいかないという理由もあるが、そんなものは二割程度だ。残りの八割は自分自身の自尊心の為だ。
絶対に同じようなことをしてやるものか。
ソファから立ち上がった奈緒は踵を返す直前に、ランスロットを見やる。
ランスロットはいつものようにゆったりと微笑みを見せた。
「また明日来るわね」
「楽しみに待っているよ」
美しい微笑みについ目を奪われそうになるが、より美しい顔立ちをすでに見慣れてしまった奈緒には一切意味をなさないものだった。
今度こそ奈緒は踵を返し、ランスロットの執務室を後にした。
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大神殿へと戻れば、今日も勉強で疲れたらしい伊織と、孤児院から戻って来たのだろう真咲が何故か緊張した面持ちでお茶とお菓子を嗜んでいた。が、皿の大きさと崩れたお菓子の山を見て、今日の夕食はきっと食べきれなくなるのでは、と奈緒はつい口を出しそうになった。
「おかえりー、奈緒」
「ただいま。もう疲れたわ」
「そんなに疲れたことしてるの?」
「いろいろとね」
二人の目の前のソファに座り、奈緒はようやく深く息を吐きだした。
奈緒は王城で行っていることをまだ二人には話をしていない。
さすがにヴィンセントにはギルバートかオリヴィアから伝えてはいるだろうが、さすがにヴィンセントも二人には伏せているようだった。
明確に話せる状態ではないのだ。今日で調査は終われど、結果として相手の尻尾さえも掴めていないどころか、謎が深まるばかりだった。
一体どうして、どうやってあの出来事が起きてしまったのか。
伊織が見たと言う黒い靄。それが一体何なのか。問えばきっと伊織は、目を凝らしてほんの僅かなものでも見逃さないように見つけようとするだろう。
それが例え、見たくないものだろうとも。
だから奈緒は伊織の力を借りずに、個人で動くことを決めたのだ。後はただ単に自分が最年長であるからという理由もある。見栄を張っている自覚もあるが、やはり年下の彼女達からかっこよく見られたいという欲求は少なからずあるのだ。
それに伊織や真咲もそれぞれ、個別に思い思いに動いている。であれば、邪魔なんて出来るはずがないが、ついつい手を勝手に貸してしまいそうになる衝動にかられそうになるのは仕方がないと思いたい。何せ元々の性格によるものだから。
奈緒は必死にその衝動を抑えつつ、クレアが用意してくれた紅茶に手を伸ばした。
「ねぇ、メルどうしたの?」
「疲れたからお昼寝中よ」
未だにレオナの首元に抱き着いたままのメルを見て、伊織はへぇと小さく声を漏らし、またお菓子を一つつまんだ。
二人は一体どれほどのお菓子を食べたのだろうかと思いつつ、奈緒もまた遠慮なく皿に盛られている菓子を一つつまんだ。
「あ、あのね。その」
ちょうど一かじりしたのと同時くらいに、真咲がようやく口を開いた。
その表情はどことなく緊張していて、しかしその頬は僅かに紅潮をしていた。
「どうしたの、真咲」
「ん、んー?」
残念ながら伊織は一口でお菓子を食べてしまった為、慌てて飲み込もうと忙しなく口を動かしていた。
真咲はあ、と小さく声を漏らし、両手で顔を覆った。
「大丈夫よ。ねぇ、伊織」
「ん!」
「だそうよ、真咲」
ほらほら、話をしてちょうだい。と言うように奈緒は真咲の名を呼べば、ゆっくりと両手を下ろし、まっすぐに奈緒を見つめてくれた。
「そ、そのね? えぇっと……実は、その。実は、あたし……歌、今まで歌えなかったのよ」
奈緒は真咲の言葉に小さく驚きをつい、見せてしまった。
真咲との会話から、歌を歌う事を好んでいるというのはよく分かっていた、つもりだ。しかしながら真咲はここでは一向に歌う様子はなく、ただ遊戯盤にのめりこんでいるばかりだった。
とはいえ、あの遊戯盤については本当にこちらではまったものだろうから良いことなのだろう。だが、それにしたって歌わずとも口ずさんだり、鼻歌をついつい好んでいるのならしてしまいそうなのを真咲は一切やらなかった。
だから、きっと歌うつもりがないのだろうと、奈緒は勝手に察していたつもりだった。だがまさか歌えなかったということだったとは思わなかったのだ。
「そう、だったの。ごめんなさい、私」
「謝らないで良いから。だから言わなかったのよ」
では何故今になって、と問う前に奈緒は真咲が、今まで歌えなかったという言葉を思い返した。
「……今まで、ってことは」
「うん。あのね……、その。歌えるように、なって」
頬をさらに紅潮させ、僅かに空色の瞳が水の中に揺らいだ。
奈緒はすぐ真咲に言おうと口を開く。その前に真咲の横から二本の腕が伸びてきた。
「おめでとう!」
ちょうど食べ終わったらしい伊織が真咲に抱き着いた。
「ちょっと! いきなり抱き着かないでよ!」
「えー? だってずっとざわざわしてたのに、聞かないで待ってたんだよ? ちょっとぐらい良いでしょ? ね、真咲」
「ちょっとって……」
伊織の目からはきっと、おおよそを把握してしまっていたのだろう。それだというのにいつもと変わらない態度で隣にずっといたのだから、伊織には敵わないなと奈緒は思いながら立ち上がった。
「ほら、真咲。ちょっとつめて」
「え、ちょっと奈緒」
真咲が真ん中になるように奈緒は二人掛けのソファに無理やり座る。もちろん伊織は分かっていたように真咲を力いっぱいに自分のいる方へと移動させてくれた為、なんなく座ることが出来た。
そして奈緒もまた、同じように真咲に遠慮なく両腕を回した。
「私も抱きしめてあげるわ」
「ちょっと奈緒はいらないかも」
「あら酷い。思いっきり抱きしめてあげるわね」
えい、と力を込めてやれば、真咲は逃れようと身をよじる。しかし伊織もさらに力を込めたので真咲は逃れられるはずもない。
真咲の肩にいたディーヴァが慌ててアリッサの肩へと飛び移ってしまったが、真咲はきっと気づいていないだろう。
「頑張ったわね、真咲」
「……当然でしょ」
かみしめるように伝えた奈緒の言葉に、真咲は何ともかわいらしくない言葉で返答してきた。
しかし、真咲の両手はしっかりと奈緒と伊織の手に触れていた。
この状態ならば、と奈緒は試しに真咲の頭を撫でてみる。真咲は黙って受け入れたが、そこに伊織が加わった途端、頭をぶんぶんと振って二人の手を落そうとした。
「ひどい!」
「もういい加減に離しなさいよ」
「もうちょっと!」
「そうよ、もうちょっと良いでしょ? ほら、両手に花って言うじゃない?」
「無理やり持たされてるんだけど?」
ようやくいつもの調子に戻った真咲は逃れることを諦めたのか、またお菓子に手を伸ばそうとしていた。
「食べ過ぎじゃない?」
「アリッサが用意してくれたもの。食べなきゃ駄目でしょ?」
「あら、それなら食べなきゃいけないわね」
いつも真咲にそこはかとなく厳しいアリッサがここまで甘やかしてくれているのだ。それなら真咲の言う通り、食べきらなければ勿体ない。
今日の夕食は軽めのスープにしておいた方が良いだろうな。なんて思いながら、奈緒もまた皿に盛られたお菓子に手を伸ばした。




