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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 四章 紫は愛を抱く
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04 蝶が映す景色

 前回通された部屋とは違い、今回はずいぶんと本の数が多く、重厚な机の上には分厚い束になった書類の山が二つほど並んでいる。


「奈緒様、奈緒様。この絨毯、すごく良いのですよ」

「ただの執務室なのに、このソファもなかなか……」

「そこの二人は僕の執務室を物色しに来たのかな?」


 無遠慮に見渡すオリヴィアとギルバートの二人に、ランスロットは微笑みを変わらず浮かべてはいたが、不機嫌そうに眉をひそめていた。


「……私、何も聞かなかったことにするわ」

「わ、私もです」


 奈緒とレオナは高級品が溢れているというこの執務室から即座に退散したくなりかけたのは言うまでもない。

 と言うか、ただの執務室に何故そんな高級品が使われているのか理解が出来なかったが、理由があるはずだ。きっと。何せここは、王城でありランスロットの執務室であるから。


「ただの絨毯ですのに。せっかくなら何か仕込むなんて……」

「おい、変な事を言うんじゃねぇよ」


 何かを仕込もうか、口元に手を当て本格的に考え始める開発局局長、エミリオにすかさず漆黒の隊長、アルベルトが無遠慮に後ろ襟を掴んだ。


「おっと。貴方は変わらず乱暴ですね」

「ここで放置すればすぐに何かやり始めるだろうが」

「そんなそんな。ちょうどほら、ここに魔鉱石があるだけで試せるのはせいぜい二つくらいですよ」

「ほら言ったことか。縛り上げんぞ」

「すぐに暴力を使おうとして……。全く、これだから騎士というのは」

「させているのはお前だからな」


 魔鉱石があるだけで何かしら手を加えられるだなんて聞きたくない事実だった。

 奈緒は一先ず目の前にある紅茶を飲み、心を落ち着かせようと必死に思考をそらした。

 ああ、レオナの紅茶が飲みたいな、と。この紅茶ならあのお菓子があうだろうな、と。


「……ロビン、早く戻ってこないかなぁ」


 そしてランスロットはぼんやりと窓の外を見て、そんなことをぼやいていた。



 ようやく落ち着いてソファに座ったエミリオは、大きな鞄の中から一つずつ丁寧に取り出し、中央のテーブルに並べた。

 形はユアンが開発したあの虫の魔具と同じであるが、虫の形状は何とも可愛らしい蝶をモチーフとしている。これをユアンが作ったというが、なかなかにユアンの魔具のデザインはセンスが高かった。

 いくつかの可愛く美しい蝶が並び、さらにそれぞれ目の前には丸い両手ほどの銀の板が置かれた。もちろんこちらも装飾が施されており、愛くしい彫刻が縁どられている。


「なんか、女子供が喜びそうなものだな」

「見目は確かにそうですが、ユアンはさらに素晴らしいものを開発したんですよ。この羽には粉末にした魔鉱石を配合した塗料が使われているんです。ですのでより効率的に、さらにより鮮明な景色を見られるようになりました。本当に彼の作る魔具は美しく、機能的で……そして恐ろしい」


 何が恐ろしいのか、奈緒には理解することが出来なかった。おそらくは同じ開発者だからこそ分かるものなのだろうと勝手に判断し、奈緒は黙って耳を傾けた。


「使い方は簡単です」


 エミリオの指先に淡い光が灯ったかと思うと、蝶は羽を羽ばたかせ自動で飛び始めた。


「これ自体はユアンが作った虫の玩具を流用している為、このように動き回ることが出来ます。そして蝶の目には魔鉱石が嵌めてあり、そこに映った景色をこちらで見ることが可能です」


 銀の板を持ち、エミリオは掌をかざす。と、中心に小さな陣が浮かび上がり、光が飛散したと同時、そこには揺れる室内が映し出された。揺れているのは蝶が今も羽ばたいているからだ。

 エミリオは丸い銀の板をテーブルの中央に置けば、ランスロットは興味深げに覗き込み、深く感心したように数度頷いていた。


「こんなものが開発局にあったなんてね」

「も、申し訳ありません。その、あまりにも高度な技術でしたので、然るべき時にご報告をと思い」

「いや、良いよ。今がその然るべき時だったということだろうからね」


 ランスロットが指先を伸ばせば、蝶は意志を持つようにその指先に止まった。


「この蝶はどのように動かしているんだい?」

「今のは魔力補給の為に殿下の指先に止まっておりますが、特定の魔具によって反応をいたします。このように」


 そう言うと、エミリオは小さなベルを鳴らす動きをした。

 形はいつも使っているベルとなんら形が変わらないが、それは音が鳴らなかった。一体どういうことかと眺めていると、蝶はランスロットの指から離れ、羽ばたき、迷うことなくベルへと止まった。


「なるほど。それを使うのか」

「はい。開発局内を調べましたところ、これに似たものがいくつも発見しました。おそらくは定期点検の時に仕込まれていたのでしょう」

「全く……こちらが気づかないうちに、どれほど仕込んでいたのだろうね」

「はい、私としても不甲斐ないばかりでございます」

「それについては全て片付いてから改めて話を聞くとしよう。それで、仕込んでいたであろう相手は見つかったのかな?」

「ええ、見つかりました。が、すでに自ら命を絶ってしまいましたので何も分からずじまいでございまして」

「そうか。あの時の……」


 ランスロットの言葉に、エミリオは沈黙をもって返答をした。つまりは、そういうことだ。

 あの日の被害は王城と、大神殿の中だけに起きたことだったらしい。つまり、夜会に出られるだけの身分がある貴族。もしくはいっかいの騎士であったかのどちらかに絞られるが、あの開発局を出入りしていたというくらいだ。貴族である可能性は高かった。

 もちろん貴族本人が仕込んだというわけではないだろうが、頭が消えてしまえば末端まで追うのも難しい話になってくる。一体どこに敵が潜んでいるのかがわからない以上、下手に動いては逆効果だろう。だが、しかし、危険があるとしりながらも進まなければならない状態に陥っているのは間違いなかった。


『見て、奈緒。あちらの景色が映っているわぁ!』

「そうね。これなら問題ない?」

『ええ、もちろんよぉ』


 奈緒の膝の上から覗き込んでいたメルがご機嫌に長い尾を揺らしている。

 もっとよく見えるようにと銀の丸い板を目の前に持っていけば、控えめに前足でちょいちょいと触れている様は本当に猫のようだ。


「……その猫。まさか魔物の類……」


 エミリオが興味深げにじっくりとメルを眺め、ぼそりと呟いた声が聞こえた。

 奈緒が慌ててランスロットを見れば、とくに慌てる様子もなく掌を奈緒の方へ。正しくはその膝にいるメルへと向けていた。


「あちらにいらっしゃる猫のメル様は、愛娘が一人でもあるメルヴェアータだよ」


 勿体ぶらず、しかも前置きもしないでランスロットはエミリオに向けいきなり伝えたのだ。

 聞き流してしまいそうなほどに自然な物言いに、エミリオは納得したように小さく頷きかけ、猫を凝視した。


「ま、愛娘、ですと?!」

『そうよぉ』


 メルはエミリオの反応に満足したんか、大きく尾を左右に揺らした。


「ユアンは、存じて……」

「ええ、知っているわよ」

「なんと羨ましい……!」


 奈緒が肯定をすれば、ランスロットとアルベルトが何故か目を丸くしていたのが見えた。

 そして何故報告をしてくれなかったとか、そういうのではなく、ただただ純粋に羨ましいと言わんばかりにエミリオは頭を抱えていた。


「ああ、素晴らしい。普通の猫とは異なるのでしょうか。しかし一体どうやってお姿が……。申し訳ないのですが、毛を数本いただくことは……」

「メル、良いかしら? ほら、抜け毛とか」

『あんなものが欲しいのぉ? 変わった人間ねぇ』

「大丈夫みたいです。あ、ちょうど手についたわ」

『やだぁ、もう奈緒ったらぁ』


 なんだかやらしいことをしている気分になってくる。指先にひっついた毛をつまみ上げながら奈緒を長く息を吐き出した。


「あ、こちらにどうぞ」


 エミリオは何故か懐からコルク付きの小さな小瓶を取り出し、奈緒に差し出してきた。

 奈緒は深く考えることを止め、無言で受け取り、その中にメルの毛を丁寧に入れた。小瓶を返せば、エミリオは満面の笑みを浮かべ、大事そうにまた懐にしまった。


「さて、話は元に戻すけども」


 ランスロットは慣れているのだろうか、何事もなかったように話を再開させた。


「これを使えば、庭園にどのような魔術が仕組まれているかがこの場で分かるということだ。そして使うのは漆黒になるわけだけど……」

「俺のところにあっち側の奴らが混ざってないかってことでしょう?」

「そういうことだ。疑いたくはないけれどもね」

「いえ、むしろ疑うくらいで丁度良いんで」


 アルベルトは一切気にする様子はなく言い切った。


「これに関わる奴らについては、我らが神の前で誓わせたので問題ありませんよ」

「ああ、恐ろしい。血の誓いまで行うとは」

「当然だろう? さすがにもう笑えねぇ状況まで来てるんだしな。お前のところはどうなんだよ」

「そこまではしてませんよ。とはいえ、技術漏洩が発覚してしまいましたからね。我らが神へは各々何かしらの誓い等々を行っているようですよ?」

「お前は」

「さすがに奈緒様の前では」

「……禄でもねぇ誓いを立てやがったな」

「どうでしょう?」


 きっとエミリオのそれについては聞かない方が良いのだろうと判断しつつも、奈緒はそれならばとなるべく当たり障りのないであろう問いをレオナ向けた。


「レオナ。誓いって……」

「我らが神に対して立てる誓いです。必ずや達成をしますという約束事がほとんどで、一人で行う場合や内容によっては立会者が必要になる大事なものですよ」

「そうなのね。それなら、その……血の誓いっていうのは」

「それは……」


 素直に教えてくれたレオナに続けて問うと、やはり言い淀んでしまった。

 確かに血、だなんて言うくらいだ。あまり良いものではないが、とても強い誓いであるのは想像に容易かった。

 やはり答えなくて良いと奈緒が言おうとするよりも前に、ギルバートが答えた。


「血の誓いというのは、その名の通り、血を捧げる誓いです。とは言って、ほんの数滴なのですけども。しかし立てた誓いを破ろうものなら、立会した者に死を与えられるものです」

「そうなんですよ。とくに漆黒は役割的にも隠し事が多いんで、そのあたりはきっちりしているんです。あ、もちろんですけども。奈緒様の護衛になるにあたって、私も血の誓いを立てましたから安心してくだだいね!」

「比べて深紅はそのあたりは自由と言いますか。貴族が多いから尚更なのかもしれませんが、あまり誓いを立てるような騎士というのは多くはないんですよ。だから僕は血の誓いは立ててはいませんが、個人でしっかりと誓いを立て、この場におりますのでご安心を」


 より安心してしまうのはギルバートの方なのは仕方がないと思いたかった。

 何せそんな恐ろしい誓いをオリヴィアが立てていたことに奈緒は全く持って知らなかったからだ。加えてレオナも驚いたように両手で口元を抑え、凝視している始末だ。当然そんな反応になるだろうに、オリヴィアはよく分からないと言うように小さく首をかしげるだけだった。


『人間っていうのは大変ねぇ』

「……メルに比べたら、そうかもしれないわね」

『あらぁ。私だって大変なのよぉ?』

「お昼寝したいとか?」

『うふふっ』


 図星だったらしく、メルは笑って誤魔化すどころかそれならばと堂々と奈緒の膝の上で丸くなろうとしていた。

 奈緒はすかさずに持ち上げ、せめてこの話が終わるまではと寝かせないように無言で阻止をする。メルは何とか脱出しようと身体を揺らそうとするも、逃れられないのがすぐに理解したのか、すぐに大人しくなり伸ばされるがままになった。


「……うぅん。まさしく猫」


 エミリオが興味深げにメルを観察しつつぼやいていたのが聞こえた気がした。きっと気のせいだろう。


「血の誓いを立てたのなら、安心して任せられるよ。ちなみに誰が立会を?」

「俺です」

「とっても安心だね」


 満足げに微笑みを浮かべたランスロットから、つい、奈緒はちらりとオリヴィアに視線を向けた。オリヴィアは静かに何故か、アルベルトから視線をそらしていた。

 何も見なかった。

 奈緒はすぐに持ち上げているメルに視線を戻し、良く伸びる身体を上下させてみて、とにかく心を穏やかにしようと努めた。


「さて。それじゃあこれを使うときだけど、こちらとあちらで連携して動かなければならないわけだ」

「通信機は使えませんよ。あんなのすぐバレちまう」

「あれもまた最高傑作なのですけども。もちろん今は違いますが」

「それならさっさと最高傑作をよこしやがれ」


 ランスロットの言葉を皮切りに、議論は進んでいく。

 通信機は使えない。それならば鳥を使うか。いやしかし、鳥では時間がかかる上に撃ち落とされる可能性もある。それでは人間がやるのか。いや、それでは無意味ではないか。

 だんだんと煮詰まっていく話の中、ランスロットが一つ頷いた。


「時間を決めて行おうか」


 連絡手段が使えないのだ。ならば思いきった方法を取る他ない。


「となれば、どう回るか、ですか」

「ああ、この家も該当していたのですか。それなら」


 ランスロットの一声に、アルベルトとエミリオが瞬時に思考を切り替えた。それが当然と言うように。

 何故か、奈緒は底しれぬ何かをランスロットから感じてしまった。それとも、これが王族というものなのだろうか。

 話には入れない奈緒はただひたすらに終わるのを待つ他なかった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 長い話が終わった頃、窓から差し込む光はずいぶんと傾いていた。

 ああ、お腹が空いてしまった。こんな時はがっつりとお肉が食べたくなる。そこに加えてワインなんてあったら最高だが、こんな状況で酒なんて飲めるはずがない。

 奈緒は自身の欲望を抑え込み、長く冷え冷えとした王城の廊下を足早に進んでいった。


「あら。アンジェリカ様だわ」


 ふと、後ろからオリヴィアが誰かに気づいたようにポツリと呟いたのが聞こえた。

 それは思わずというようで、慌てて片手で口を抑えていた。


「どなた?」

「あ、えっと」


 周囲を見たが、いるのはこの王城の騎士や侍女。それから深緑や白の衣装を身にまとっている文官くらいだ。

 色のおかげで一目でどういった人達なのかがすぐに分かるというのはありがたい。とは言え、名前からして女性てあるが、侍女以外の女性の姿はもうどこにもなかった。

 オリヴィアはなんと説明をしようか考えているようで、ちらりと視線をギルバートに向けた。

 ギルバートは困ったように笑みを浮かべ、素直に答えてくれた。


「伯爵家のご令嬢になります」

「へぇ。けど、どうしてここに?」

「アンジェリカ様はランスロット殿下の婚約者なんですよ、奈緒様」


 奈緒は数度瞬き、ぐるりと視線を彷徨わせた。


「……そうね。婚約者というなら、こちらに来てもおかしくはないはずよね? よく分からないけど」

「はい、よくランスロット殿下のもとへ足を運ばれております」

「……こちらの文化とか、よく分からないんだけどのだけど。婚約って……」

「正式に大神殿で誓ったものです。確か……、もう五年も前になりますが」

「五年前……?!」

「当時、アンジェリカ様は成人ではなかったというのもありますから」

「……今は、おいくつの方なの? っていうか、ランスロットっていくつ?」

「アンジェリカ様は今年で十八。ランスロット殿下は二十六です」


 なんて若い婚約者なのだろうか。しかもそこそこの年の差だが、まだ許容範囲のはずだ。おそらく。

 それにしてもだ。


「……どうしよう。ランスロットのこと、余計に嫌いになりしうだわ」

「奈緒様。せめてお戻りになられてから……。ここでは誰に聞かれているか分かりませんよ」

「そうね。早く戻りましょ」


 きっと触れない方が良い話だ。ランスロットにもこれについては効かない方が良いだろう。


「ねぇ、ギル。もしかして……」

「いや、まだ確定は……」


 背後の方で二人がこそこそと話をしている。

 うまくは聞き取れなかったが、勘違い、なんて言葉を聞こえてきた。

 奈緒は明日以降、どうやってランスロットと向き合おうかと頭を抱えそうになったのは言うまでもない。

 一先ずではあるが、片付いたらランスロットに文句を言うことを奈緒はこの場で決意をしたのだった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 長い一日だったと思いつつ、今日の夕食に舌鼓を打つ。

 最初こそ、侍女であるレオナや、護衛であるオリヴィア、ギルバートがいる中での食事に慣れなかったが、今では慣れたもの。

 彼等はそういう仕事なのだから、こちらから何か言って困らせてはいけない。とは言え、気分によっては一緒に食事をとる時もあるが、今日はそんな気分ではない。

 護衛の騎士達は室外に出てもらい、室内にいるのは奈緒達三人と、各々の侍女達だけだ。慣れている顔ぶれしかいないから余計に気が抜けてしまうのは仕方がない。

 それこそ伊織が先ほどからこの美味しい食事を目の前にしていると言うのに、ずっと動かずにぼうっと遠くを見続けているくらいに。


「伊織、ちょっと大丈夫?」

「べんきょうきらい」

「何につまずいているの?」

「魔術。本当に意味が分かんない」


 あれから伊織は毎日この国について勉強をし始めた。なんでも、より見る力を強くするためだとか。

 どうも伊織の見る力と言うのは、伊織が想像出来るものでしか見えないらしい。だからことそ、多くを知り、理解することで今まで見えなかったものがより鮮明に見えてくる、らしい。

 常に見えてしまうからと言って、伊織自身がそのものを理解していない限り見えないというのは良いものなのか、それとも悪いのか。奈緒には判断できなかった。

 それに伊織が妙に張り切っているのだ。ならば伊織を止めるのではなく、応援することがもっとも優先すべきことだと奈緒はそう理解をしていた。


「確か……、魔術以外もやっているのよね? そっちは大丈夫そう?」

「歴史は大丈夫。何となくだけど、学校で習ってきたような感じだったし。神話は……なんか、物語読んでるみたいだったから、ちゃんと読めた。けど、本当に魔術が分かんない」

「どんな感じなの?」

「理科っていうか、化学っていうか……。そんな感じだけど、言葉とかもよく分かんないし、なんでそうなるのかも分かんない」


 伊織はどうやら文系らしい。

 少しばかり興味本位で奈緒は続けて問いかけてみた。


「伊織って学校の成績とかどうだったの?」

「えっとね……平均よりは上だから大丈夫!」

「胸張れるものじゃないと思うけど? 真咲はどうだったの?」


 話の流れでそのまま真咲に問うと、真咲はそっと視線をそらした。


「……ほら、あれよ。赤点は回避してたし」

「ちょっと大丈夫? 忘れてない? いろいろと」

「大丈夫よ。うん、きっと」


 これは駄目かもしれない。

 真咲は今年で十八。まさしく受験生である。

 確実で戻れるとは決まっていないし、いつ戻れるかも分からない以上、変に触れることは出来ないがそれにしたって危険である。


「そ、そういう奈緒はどうだったのよ」

「私?」


 いざという時は自分が教えるべきか、と思考がそれそうになる前に真咲に聞かれ、笑顔を見せた。


「ほぼ満点」

「……あ、記憶力」

「そういうこと。もちろんだけど、覚えたからって使えなきゃ意味がないから、ちゃんと勉強はしたわよ」


 重要なのは、きちんと理解して使えるかどうかだ。覚えたからといって理解できていなければ意味がない。

 ようやく元気を取り戻してきたらしい伊織はスプーンを手に取り、小さく呟いた。


「静ってどうだったのかな……」

「やんちゃしてたって言ってたから、きっとあたしと同じよ」


 むしろそうであってほしそうな真咲に、奈緒は何も言わずにした。代わりに再会した時にでも、聞こうと頭の隅に留めておくことにしたのだった。

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